二十八個目
朝、掃除を済ませた俺は一人で冒険者組合に向かった。
冒険者荷物預かりますの張り紙を貼るためだ。
冒険者用に棚を二つ、一列四箱の四段で十六箱。棚二つで三十二箱。予備も考えて三十五箱の箱が用意されている。
さらに預かり証も、親方にお願いして新しく作った。
昔の通行証は、二つの板をパズルのように合わせて本物だと確認した。という話を思い出して、似たような物を作ってもらった。
工房ではこれが面白かったらしく、様々な形の物を作ってくれた。正直、管理が大変だが致し方ない。
でもちょっと作り過ぎだと思うくらい作ってくれた。100個もあるんだよね。職人にとっては、玩具を作るようなノリだったらしく、親方も作り過ぎたと謝っていた。
ちなみに面白かったからと、タダでくれた。本当は邪魔で置場ないという話が、俺には聞こえていたけどね!
俺は朝も早くから冒険者組合に突撃。中には人はほとんどいない。
カウンターのところにいる兎耳の受付嬢に話しかけることにする。
「すいません、こういう張り紙を貼ってもいいでしょうか?」
「はい? ……冒険者の荷物預かります、ですか。これでしたら、商人組合の許可を取って貼った方が良いんじゃないですか?」
確かにその通りだ。俺は受付嬢に頭を下げ、次は商人組合にダッシュした。二度手間になってしまったけど、しょうがない。
商人組合の建物の中に入ろうとすると、誰かとぶつかる。しまった、焦ってよく見ていなかった。
倒れた少女に慌てて手を差し出す。
「すみません、大丈夫ですか?」
「……大丈夫だ。だが、前はしっかりと……なんだナガレさんか。また朝早くからどうした」
「アグドラさん! 丁度良いところに! これを冒険者組合に貼りたいので、許可をください!」
「待て待て待て、仕事の話か。とりあえず会長室で話そう」
アグドラさんは俺の手を取り立ち上がると、奥へと歩いて行く。俺もその後に続いた。
そして会長室に入り、アグドラさんは自分よりかなり大きい椅子に座りこちらを見た。
「で、用件は何だ?」
「はい! この張り紙を冒険者組合に貼る許可をください! 後、荷物預かりの相場を教えてください!」
「ん、とりあえず張り紙からだな。何々……。いいぞ、ほれ」
あっさりと彼女は張り紙に判子を押してくれた。そうか、判子を押してもらわないと張り紙も駄目なのか。覚えておこう。
そして次に机から書類のような物を出した。彼女はそれに目を通し、俺に差し出して来た。
「ほれ、これが基本の相場だ」
「はい、えーっと……。一箱一日100Zですか。なるほど、一ヶ月3000Z……」
うちは32箱の用意がある。32×100×30となる。つまり、96000Z!
さらに棚を二つ増やせば倍所有できるから、192000Z! これはすごい!
……だが俺もいい歳だ。そんなに人生とは甘くない。
全部埋まるなんてことはそうないだろう。良いところ、半分から3/4。96000~144000Zといったところか。
前聞いた普通の月給が20~30万Zと言っていたところから考えると、悪くはない感じがする。
上手くやりくりしつつ、これで他の仕事も増えれば……。借金も少しずつ返せるんじゃないか!?
俺はほんの少し見通しが良くなったことに、とても嬉しくなる。
それと同時に、冷静な部分が計算をし直していた。その考えは余りにも都合が良すぎるだろ、と。
そしてその考えは、我ながら嫌になるが恐らく正しいだろう。これだけ評判が悪い倉庫だということを加味すれば、1/4が良いところか……。
48000Z。最初はこんなもんだろう。うん、収入0よりはよっぽど良い。
「どうせあれではないか? これで借金もがっつり返していけると思っているんじゃないか?」
「いえ、色々踏まえても月に5万Zくらいいけば良いかな、と。これで少しでも評判が良くなり、色々と仕事が増えればまた違いますね」
「そんな甘い考えではな……え? いや、月に10万から20万はいくんじゃないか?」
「他がやっていないから需要があるとはいえ、そんなに人生甘くないですからね。より良くなるように、色々と努力を重ねていきます」
「ナガレさんはどんな厳しい世界で生きてきたんだ……」
なぜかアグドラさんの顔が同情的になっている。何か不思議なことを言っただろうか。
とりあえず話もそんな感じで終わり、俺は冒険者組合に戻った。
さっき来た時とは違い、大分賑わっている。やっぱりどんどん混んでいくんだな、用事があるときは早い時間に来ることにしよう。
そして、冒険者組合での許可もとり判子を押してもらった。
クエストボードの横ならみんな見てくれるとアドバイスをもらったので、そこに貼る。
よし、完璧だ。後は店に戻って……。
「おう、ボスじゃねぇか!」
「あ、ヴァーマさんおはようございます」
「おはよう! 何してんだ?」
俺は丁寧にヴァーマさんに頭を下げる。ヴァーマさんはそんな俺の背中をいつも通り叩いていた。痛い、背中に鎧を常備した方が良いかもしれない。
叩く手を止め、急にヴァーマさんが静かになる。
見てみると、張り紙を見てくれている。おぉ、興味を持ってもらえたみたいだ。
「なぁボス。これどのくらい預かってくれるんだ?」
「はい、今のところの予定ですと……32箱ほどですね。そんなに来るわけがありませんけどね」
「……32箱っていうのには理由があるのか?」
「一応、専用の箱を用意してますのでそれを使う上で今は32箱です。状況次第では、今後増やして行く予定もあります」
「おい! お前ら大変だ! 東倉庫で先着32箱分、冒険者荷物を預かってくれるってよ!」
え、何でヴァーマさんは急に叫んだんだ?
そこで俺は漸く気付いた、騒々しかった冒険者たちが静かになっていたことに。
そして俺を取り囲む冒険者集団。殺される!?
怯える俺の肩に、ごつくてでかい手が乗せられる。こんなのに殴られたら、俺一発で死ぬ自信がある。
「本当に預かってくれるのか? 今から行ってもいいか?」
「あ、待てよてめぇ。俺が行くつもりだったんだぞ」
「私も預けたいんですけど……」
あれ? 何か好感触? どうも話を聞くと、そこにいる20数人だろうか。みんな荷物を預けたいらしい。
預かってくれると知ると、我先に我先にとまずい展開になり出していた。収拾がつかない。
パンッと大きな音が部屋の中に鳴り響き、全員が静かになる。
「まあまあお前ら落ち着けって。とりあえずみんなで見に行ってみないか? どんな風に預かってくれるのかを」
ヴァーマさんの一言で落ち着いた皆は、その意見に賛同したようだった。そして俺と一緒に倉庫へと向かうことになった。
殺されないで良かった……。
ごつかったり、鎧を着けてたり、武器を持っていたり。そんな人たちが俺の後ろに付いてくる。
はっはっは、これ誤解されかねないよね? 大丈夫だよね?
そんな心配をしながら、俺は倉庫の前へと辿り着く。あ、いつものおばさんたちの井戸端会議が聞こえる。
「ちょっと、あれもしかして……」
「えぇ、東倉庫の新しい管理人よね……」
「客もいないし、借金で……」
完全に俺が取り立てで殺されそうになってると誤解されている! 違うんです! お客様なんです!
さすがにまずいかと、俺が誤解を解きに行こうとしたときだった。
「おい、ボスどうした! 倉庫に入らないのか?」
何て余計な時にヴァーマさんは声をかけるんだ!
俺は恐る恐るおばさんたちの声に耳を傾ける。
「き、聞きました? ボスですって……」
「何か悪いことを企んでいるんじゃ? 掃除や挨拶もする真面目な人かと思ったら……」
「これ、冒険者たちじゃないですか? まさか強盗とか……」
あはは、これもう駄目だわ。うん、もう無理。
俺は説得を諦めて、軽く会釈だけする。目があった瞬間逃げられたので、頭を下げたことには気付いていなさそうだった。
うん、いいんだ。今は冒険者用荷物預かりの方を成功させないとね……。
俺は肩をがっくりと落としながら、倉庫へと冒険者たちを案内した。
ヴァーマさんだけが、不思議そうな顔で俺を見ていた。
あんたのせいだよ! いや、ヴァーマさんのお陰で人が来てくれてるんだけどさ! 畜生!