表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/175

三個目

 あははっ、妖精さんが飛んでる! お花畑が綺麗だなぁ。


「ボス! しっかりしてよボス!」


 あ、セトトル? え? 俺のことも飛ばしてくれるって? やったね!

 さぁ、みんなで空を飛んで旅に出よう! あはははは……。


「ボス! お願いだからしっかりしてくれって!」


 ん? 何でセトトルは涙声になってきているんだ?

 ……はっ!

 俺は頭を振り、意識をしっかりとさせる。

 夢の中で現実逃避とは新しい体験だ、これは目が覚めたら友達に話すしかないな。

 勿論、ネットの中の友達にだ! 現実にいるなんて都市伝説には興味がない。


「ナガレ……さん? この契約書なんだが」


 何とか意識を取り戻した俺に、気まずそうにアグドラさんが契約書類を見せる。

 内容は説明された通り、倉庫と借金を譲渡するという内容だ。そんな馬鹿な!


「俺はそんな契約を結んだ覚えはありません。何かの手違いの可能性は?」

「いや、裏面を見てもらえるかな? ここにナガレさんの手形がある」


 手形? 裏面を見ると、丸く囲まれた中にしっかりと手形が残っていた。

 俺はそこでやっと昨晩のことを思い出した。

 そう、俺は紙を手で触った。間違いなくあれだ。俺はハメられたのだ!

 恐らく服装などから、この辺りの人間じゃないと予想したのだろう。ホイホイとこいつなら手形を押すだろうと! なんてひどい夢だ!

 職を失い、金を失い、家を失う。終いには借金までついてきた! なんだこれは!


「手形がある以上、この契約書は受理されている。だから、この倉庫を経営してもらわなければいけないんだが……」


 アグドラさんは言葉に詰まった。そりゃそうだ。

 俺の態度から、騙されていたことは明らかである。そして迂闊に契約をしてしまったとはいえ、そんな通りがかりみたいな素人に任せるのは、心配に決まっている。 

 ちなみにセトトルは俺の頭の上でのんびりしている。そういえばセトトルはこの店のなんなんだろう?


「なぁセトトル? セトトルはこの店の関係者なのかい?」

「かんけいしゃ? オレはこの店のぎゅーぎょーいんだぞ!」


 セトトルは自慢気にそう答えた。……いや、顔が見えないのではっきりとは分からないが、そんな感じがした。

 ぎゅーぎょーいん? ぎゅうぎょういん……じゅうぎょういん? 従業員!?

 こんな小さい子を従業員って、あのおじさんは何をさせてるんだ!?

 いや、だが高い物をとるのに便利か? だが小物しか持てないだろうし……。

 俺はその時、顔を真っ赤にしながら頑張って荷物を運ぶセトトルを脳裏に浮かべた。

 ……うん! ありじゃないかな! 何とも癒されるじゃないか。


 そんなほっこりとしている俺を見て、アグドラさんは不思議そうな顔をしている。

 そういえば、この子も何なんだろう? 年齢の割にしっかりしている気がするんだが。

 俺のそんな考えには気づかず、アグドラさんは俺に話しかけてきた。


「ちょっと質問してもいいだろうか? ナガレさんは最近この町に来たばっかりか?」

「ここには昨日、初めて訪れました」

「じゃあ借金のことは?」

「初耳です」

「今の心境とかは?」

「騙された!」

「……だろうなぁ。なら、倉庫で働いたことは?」

「8年ほど」

「はぁ、そうだろうなぁ。やはり代わりを何とか早急に……8年? ……これは拾い物じゃったな」


 アグドラさんは俺をまじまじと見出した。この娘、正面から見るとすごく可愛い。もう一度頭を撫でてもいいかな?

 俺が手を伸ばそうとすると、アグドラさんは俊敏な動きで俺から距離を取った。そして頭を両手でがっちり守った。くそっ、もうちょいだったのに。

 子供には割と好かれる方だと自信があったんだがなぁ。そのお陰で近所では不審者扱い。

 子供は可愛いだろ? 好みとかとは違うんだよ! 癒されるんだ、分かるだろ?

 アグドラさんは地味に距離を取りながら、片手で頭を守りながらこちらへと話しかけてくる。

 少し傷つく。


「ナガレさん。騙されたことは分かった。こちらでも早急に手を打とう。もちろん、借金のことについても前向きに検討をする。元々オルフェンスが作った借金だからな」

「本当ですか? 助かります。ありがとうございます!」


 俺は丁寧に頭を下げた。そして顔が見られていない状態で考える。

 アグドラさんの好条件には裏がある。顔を見ただけで俺には分かった。この顔は、上司が厄介ごとを持ちこむときの顔だ!

 ……とはいえだ、とりあえず聞いてみないとどうにもならないのも事実だった。

 断ってそのまま借金返せと言われるのも困るしなぁ。むしろ、良心的な相手だと好感すら持っている。


「うんうん、代わりに一つ頼みごとがあるんだが……」


 ほら来た、やっぱり来た。この展開知ってたよ?

 恐らく内容としたはだ、後任が見つかるまでの店の管理とかだろう。

 だがまぁ、手形を容易に押した俺にも非はある。

 朱肉も何も押していないのに、手形が押されている危険な世界だと認識もできたしな。

 数日くらいは頑張ってもいいだろう。セトトルも可愛いし。


「オルフェンスの捜索と後任の手筈を整える。その間、この倉庫を預かってもらえないだろうか? もちろん、積極的に運営してくれとは言わない。ただ、今預かっている品物だけは、しっかりと受け渡してほしいんだ」


 あれ? アグドラさんって小さいけど偉い人? 何か予想より話がしっかりとしている。

 それに話の筋も通っている。これくらいのことなら、自分にも非がある以上頑張るしかないだろう。


「分かりました。迂闊に契約書に手形を押した自分にも非はあります。最低限のことはさせて頂きたいと思います」

「そうか、本当に助かる。このまま放置しては、商人組合の会長としての顔が立たないからな」

「え」

「え?」


 今、何て言った? 会長? 会長って一番偉い人?

 俺はアグドラさんをじっと見る。


「そ、そんなにいきなり見ないでほしいんだが……」


 アグドラさんは前髪をいじりながら、恥ずかしそうに目を逸らした。

 なるほど、つまりお父さんの手伝いとかそういうことだな。そりゃ小学生くらいの子じゃ、父親に怒られるのは怖い。ちゃんと協力してあげよう。

 だがそのためには、色々と聞かなければならないし、やらないといけないことがある。

 そう、主な業務内容だ。引き継ぎの書類やマニュアルが欲しい。


「業務内容を確認してもいいでしょうか? 出来ればマニュアルなどがあればいいのですが」


 彼女は顎に手を当てて考え出した。たぶん伝えるべきことを纏めているのだろう。

 考えが纏まったのか、うん、と一つ頷きアグドラさんは話し始めた。


「うむ、あまり時間がないのでな。ざっくりとした説明になるぞ?」

「はい、お願いします」


 これが夢じゃなければ、詳細に業務を説明してもらえるように頼んだだろう。

 でも夢だからね、こんなもんだよ。


「客が来る、品物を預かる、品物を保管する、品物を返す。支払いは前金で貰う。預かった品物については台帳に記載を残してくれ」

「はい、分かりました。もしも期日までに受取に来られなかった場合はどうなりますか?」

「ん? うぅん……。商人も必要な物を預けているから、あまりそういうことはないのだがなぁ。まぁ、そこはナガレさんの裁量に任せる」


 裁量に任せる。

 これが実は一番厄介だ。経験上、そこはこうしてほしかった、などのクレームが次から次に入ることが多いパターンである。

 この店についての知識が何もないのに、引き継ぎもない。ひどく厄介な状態だ。

 俺がアグドラさんに言おうとしたとき、彼女は慌てた様子でパタパタと走り出した。

 そしてそのまま扉を開けて帰ろうとしている。え、ちょっと待って!?


「っと、もうこんな時間か。では、すまないが後は頼んだ!」

「え? いえ、まだ聞きたいことが」

「セトトルに聞いてくれ! 大体の流れは知っている! ではまたな!」


 そのままアグドラさんは扉へと手を掛けて、扉を優しく開き出て行った。

 もちろん、閉じるときも丁寧だった。いい子だなぁ。


 ……いや、今は和んでる場合じゃない。

 とりあえず一人じゃなくて良かった、セトトルに色々聞いて手さぐりでやらなければいけない。

 そういえば、この店は何時から営業しているんだ? 本当に何一つ分かっていない。

 その時、バタンッ! と扉が開いた。音にも驚いたが、もう客が来たのかと俺は驚く。

 だが、驚いた俺が見たところにいたのはアグドラさんだった。

 忘れ物かな?


「っと、すまん。言われたばかりなのに、癖で扉を強く開けてしまった」

「あ、いえ、気を付けて頂けるだけで助かります。それより忘れ物ですか?」

「うむ、一つ言い忘れていた。後任は仕事の合間を縫って、大急ぎで探す。早ければ三ヶ月程で何とかなる見通しだ。では、頼んだぞ!」


 アグドラさんは、静かに扉を閉めて去って行った。

 

 ……え? 三ヶ月? 数日じゃないの?

 夢とは思えないくらい、俺に優しくない。

 ハード過ぎるだろ……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ