二十七個目
おいしいけどちょっと鉄錆くさい食事を済ませたころ、一階からセトトルが俺を呼ぶ声がした。
「ボスー! お客様だよ! 親方が来たよ! すっごい髭がもふもふだよ!」
セトトルは一体何をやっているんだ。俺もその髭はちょっと触ってみたかったのに我慢したんだぞ? 羨ましい。
親方たちが来たということは、棚や箱のことだろう。俺は慌てて一階へと向かった。
「すみません、お待たせしました」
「気にするな! 棚を持ってきたぞ! 倉庫に設置するのか?」
「はい。セトトル、倉庫を開いてくれるかい?」
「了解だよ!」
親方と一緒に3人のドワーフ。組立要員として連れて来たのだろう。
倉庫の扉を開いてもらい、俺たちは倉庫の中へと入った。
「で、どこに設置する?」
「はい、右側の壁の手前から設置してもらえますか? 棚は見たところ二つですかね?」
「うむ、ではとりあえず二つ設置しよう。残りは二つ完成したらまた設置するぞ」
親方に指示され、三人のドワーフはきびきびと棚の設置を始めた。
外枠を組立、組立てた棚を壁に動かし、棚板をはめる。あっという間に一つ完成した。
「どうじゃ?」
「いいですね。確認をしますので、それから二つ目を設置してもらえますか?」
「分かった。一応、組立はしておくぞ。おい、もう一つも頼むぞ!」
「アイアイサー!」
元気よく三人のドワーフが組立てている中、俺は設置してもらった一個の棚に触れる。
押したり引いたり、色々と試す。ふむ、これじゃ駄目だな。
隣で俺の行動を見ていた親方に、もう一つお願いをすることにした。
「棚には問題はありませんが、少しだけ付け加えて頂けますか?」
「む? 何を足すんじゃ?」
「はい、棚を壁に固定してもらいたいんです。移動する時の事も考え、出来るだけ外しやすい固定方法が望ましいです」
「固定? なぜそんな手間になることをやる?」
なるほど、これもちゃんと説明をしておいたほうが良いだろう。
俺は組立を面白そうに見ているセトトルとキューンも、こちらに呼び寄せた。
「ではこれから親方に理由を説明します。セトトルとキューンもしっかり聞いておくように」
「うむ、頼むぞ」
「分かったよ!」
「キューン!(了解ッス!)」
俺は三人のことを一度しっかりと見て、落ち着いてゆっくりと話し始めた。
焦ったり伝えようとすると、つい早口になってしまうことがあるので、そうやって話すように自分の中で決めていた。
「棚を固定することによって安全性を上げます。棚が倒れたりしないようにだね。これをすることで、いざというときに危なくありません」
「ふむ、荷物を守るためか」
「いえ、それもありますが、一番大事なのはそれではありません。一番大事なのは、作業をしている人が怪我をしないようにです。この場合は、自分とセトトルやキューンが怪我をしないためにですね」
キューンが荷物を運べるかは疑問が残るが、まぁそこは置いておこう。
「荷物はもちろん大事です。でも作業をしている人が怪我をするということは、もっと大変です。高価な品物とかは低い位置に置く。重いものも低い位置に置く。そういうことで対応ができます。でも仲間の替えというのは、そう簡単にいくものではありませんから」
「ほー! よく考えているんじゃな」
俺の話を聞き、親方は感心していた。
セトトルとキューンは、なぜかうるうるしていた。キューンはぷるぷるだけど。
「ボ、ボスはオレたちのことを心配して……」
「キュ、キューン!(い、一生ついていくッス!)」
……こいつらは一体どんな環境で働いてきたのだろう。そこはかとなく不安になる。
出来るだけ大事にしてやりたいと、本当に思った。
「理由は分かった。参考に聞きたいのじゃが、お主は今までどんな風に棚を固定してきたんじゃ?」
「そうですね。例えば鉄板みたいなものをL字にし、棚と壁の設置面につけます。そしてそれを、棚に穴を開けて壁につける、ですかね」
「なるほど、壁 鉄板 棚 と三つを一つに通すと言う事じゃな。四箇所くらい止めた方が良いか? 上二つに下二つといったところか」
「いえ、上二箇所だけで大丈夫です。下が動くということは、早々ないですからね」
「ふむ、分かった。おい、このくらいの鉄板を四枚……いや、予備も考えて六枚工房から持ってきてくれ。釘やハンマーはあるからいらんぞ」
「アイアイサー!」
親方の指示を受け、一人のドワーフが元気よく店を走って出て行った。すごくパワフルな感じがする、俺に足りないところだ。
そしてそれが戻って来る間に、細かいとこを親方と打ち合わせ、もう一つの棚も横につけた。
ついでに、棚と棚も固定してもらえるように頼んだ。こうすることで、片方の棚が倒れそうになっても、もう一つの棚が支えとなりバランスが良くなる。
親方と話し合った結果。棚と棚はとりあえずだが、紐でしっかりと結んでおくことになった。邪魔になったら切ってしまえばいいと、親方は言っていた。
「親方! 持ってきやした!」
「うむ、ではこれを曲げてっと……。こことここにつけ、棚に穴を開ける。そして壁に通すぞ」
「アイアイサー!」
いや、職人さんっていうのはすごい。テキパキとこなしていく。
俺たちは釘を渡したりを少し手伝ったが、あっという間に棚二つが完成した。
壁に固定するときに、釘は抜けにくくするように錆やすくしていた。これなら早々抜けないだろう。
俺は完成した二つの棚を、また押したり引いたり色々してみるが、カッチリ固定されていた。これなら大丈夫そうだ。
だが、そこで俺には一つ疑問が残った。倉庫の扉に画鋲が刺さらなかったのに、倉庫の壁には何で釘が刺さったんだろう?
「親方、倉庫の扉には画鋲が刺さらなかったのですが、なぜ壁は大丈夫だったんでしょうか?」
「ん? そうか、普通は知らんか。倉庫というのはな、厳重に防備を固めてある。壁の外から結界を張ってあるんじゃ。結界は壁の外、だから中は問題ない」
「なるほど。ですが、扉の横の壁には画鋲が刺さりましたよ?」
「ん? ここの壁か? これは倉庫の壁→結界→壁といったように、壁を二重にしてあるんじゃ。引っぺがしたら、もう一枚壁があることが分かるぞ」
へえええええええ! 俺はなぜかすごく感心してしまった。色々考えられてるんだなぁ。
でもそれなら、倉庫の扉にも何かつけておいてくれたら、紙を貼れたのに。
まぁ横の壁に貼れるんだから、文句を言ったら駄目か。
「さて、これで後は箱だけじゃな。見るが良い! これが試作型の密閉箱じゃ!」
「はい、見させて頂きます」
「もっと驚かんか!」
俺はなぜか親方に怒られながら、箱を確認する。
外側はただの木箱。だが、中が違った。内面にはスライムゼリーを加工したであろうものが、しっかりとくっついている。
これなら中の匂いなどが外気に漏れる心配も少ないだろう。
そして心配していた蓋だが、これも綺麗にスライムゼリーが張り付けられていた。
何度もふたを閉めたり外したりしたが、適度な引っかかりで閉まるという抜群の作り加減だった。
「親方! ばっちりです! 本当にありがとうございます!」
「お? そうか! これからも色々と改良は試してみようと思うが、基本的にはこの感じになるぞ!」
「はい、ありがとうございます! あ、でも一つだけお願いが……」
「お前は本当に色々思いつくな。なんじゃ!」
職人気質の人というのはこうなのか、お願いをされたのに喜んでいた。
たぶん、よく分からずに駄目だしをするようなのは許さないだろう。でも俺は良くなるように、改良案を出す。
それはきっと、より良い物を作りたい職人には嬉しい事なのだと思う。
聞いてないから分からないが、きっとそうだろう。
「箱の底の二隅にですね、スライムゼリーをつけてもらえますか? 滑り止めになるので」
「安全対策か。だが、そうしたら箱を引っ張って取り出したりはできなくなるんじゃないか?」
「はい、だから二隅なんです。手前側にだけつけておけば、前を持ち上げて引っ張り出せますので」
「なるほど。分かった、それくらいのことなら簡単じゃ。すぐに終わらせてやろう」
そう言うと、親方は仲間のドワーフたちと共に箱を改良した。
作業はすぐに終わり、試作型の箱は一旦完成した。個人的には完璧なのだが、親方的にはまだ何か思いついたら改良をしたいらしい。
「今日は本当にありがとうございました。こちら、棚のお代です。箱代はいくらほどですか?」
「箱代はいらんぞ。使ったスライムゼリーも高品質のものじゃないしな、これくらいはサービスじゃ。高品質のスライムゼリーにはまだまだ色々使い道がありそうなのでな! では帰る! また何かあったら呼べ!」
親方は仲間を連れて、さっさと帰って行った。
でも、高品質のスライムゼリー使ってないの? いや、売ったんだから好きに使っていいんだけどさ。
うん、いいんだよ? ……でも少しだけ俺はもやっとした。俺は何のためにスライムゼリーを採りに行ったのだろうか……。
「ボス! ボス!」
「キュン! キュン!(ボス! ボス!)」
「ん? どうしたんだい、二人とも」
「オレも職人になるよ! あんな風に棚を組立てるんだ!」
「キューン!(僕もッス!)」
とても二人には魅力的に映ったらしい。でも、二人がいなくなったら俺が困るからね?
でも夢があるのは良いことだ、二人の成長が俺にはとても微笑ましかった。
大体の準備は整った! 明日はギルドに荷物預かりやりますという、貼り紙を貼らせてもらおう
……そういえば、預かりの相場っていくらくらいなんだ? 他にも倉庫があるって言ってたし、明日もう一度商人組合に顔を出して聞いておこう。
うちだけ高かったり安かったりしたら、問題になりそうだしね。
借金:1億100万Z




