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二十六個目

 とりあえず大体の事情をセトトルに説明してもらった。

 アグドラさんの口調も戻ったし、後はお願いをするだけだった。


「ということでして、キューンをうちの新しい仲間にしようかと思います。このままだと色々大変なので、外を連れて出歩けるようにならないでしょうか?」

「害は無さそうだが……。モンスターを連れて外をか……副会長、何か良い案はあるか?」


 副会長はしばし悩んだ後、頭を振った。難しいらしい。

 だが俺は気付いている。嘘だ。だってこっちを見て笑ったからね。

 困ってる人に嫌がらせするとか、副会長は最低だな……。


「ねぇアグドラ、何とかならないのかな? オレ、キューンを自由にしてあげたいよ!」

「む……うむむ……難しいとしか言えないな」

「……カーマシル、何とかならないかな?」

「キューンキュン?(何とかならないッス?)」


 セトトルが目をうるうるさせ、キューンはぷるぷると震えながら、副会長にお願いをしている。

 これは効果的だ、絶対に折れるに違いない。いいぞセトトルとキューン、もっとやれ!

 副会長はまたしばし悩み、諦めたように溜息をついた。


「そうですね、こちらでも東倉庫に有用なスライムがいるという情報を流しましょう。そうすれば、段々と周知の事実になるはずです。すぐには外に連れ出せないと思いますが、よろしいですか?」

「本当ですか! ありがとうございます!」


 俺は副会長に丁寧に頭を下げた。

 良かった良かった。うまくまとまった。

 というかだな、みんなで俺に触りながら話すって違和感ないかな? 非常に面白い絵面になっている。

 そして俺の耳元で、副会長がボソリと言った。


「次はこちらから色々お願いしますから」


 怖い……。

 善意で行動してくれたわけではないとか、何て人なんだ!


 俺たちは袋にキューンを詰め直し、おやっさんの店へと行った。

 いや、お腹が減ったから遅めの昼飯をね。

 キューン? おやっさんとウルマーさんなら大丈夫だろう。


「はい、いらっ……!?」


 逃げられた。ウルマーさんにガン逃げされた。一体、俺が何をしたって言うんだ。

 昼時の込み具合も終わっているらしく、都合の良いことに店の中にはお客はほとんどいなかった。カウンターに数人といったところだ。

 俺はなるべく人目につかない席についた。キューンを見られるとあれだからね、まずはおやっさんにちゃんと紹介をしておこう。


「おう、注文はどうする」


 都合の良いところに来た。おやっさんは空気が読める男で助かる。


「おやっさん、実はちょっとうちの新入りを紹介させて頂きたいと思いまして」

「新入り? 何だ、後から来るのか?」

「いえ、この袋の中にいます。キューンです」

「は?」


 セトトルに袋を開けてもらい、俺はおやっさんの肩を触った。ムキムキだ。


「キュン、キューン!(どうも、キューンって言うッス!)」


 おやっさんはキューンを見て、固まった。

 そして慌てて厨房に戻り、分厚い肉切り包丁を持ってきた。やべぇ!


「てめぇそこ動くんじゃねぇぞ! 今、三枚に卸してやらぁ!」

「おやっさん! 待ってください! このスライムが仲間なんです! 本当です! 卸さないでください!」


 俺はおやっさんに抱き着き、何とか押さえ込む。

 いや、普通に考えて抑え込めてはいないんだが、おやっさんが話を聞いて止まってくれたのだろう。

 戦車に体当たりしているかのようなパワーを感じた。勿論、戦車に体当たりなんてしたことはない。


 おやっさんも何とか椅子に座り、水を飲んで落ち着いてくれた。

 もう少しで遅めの昼食が、スライムの三枚卸しになるところだった……。

 

「……で、事情を説明しろ」

「はい、キューンです」

「キューン!(よろしくッス!)」

「名前じゃねぇ! てか、何でこいつの言葉が分かるんだ!?」


 面白い。キューンを仲間にしてから、すごく楽しい。こんな面白いことがあって良いのだろうか?

 だが、そろそろおやっさんに殴られそうだ。何よりセトトルがまた俺を小突きそうだ。ちゃんと説明をしよう。


「……ということでして、自分に触れていると話せるみたいです。理由は分かりません」

「へぇー、高品質のスライムゼリーな。俺に話して良かったのか? 誰かにバレたら、変な奴が狙って来るかもしれないぞ?」

「おやっさんを信用してますから」

「……ちっ」


 おやっさんはスキンヘッドを真っ赤にして、そっぽを向いて頭を掻いていた。

 良い人だなぁ。

 他のお客も全員帰ってしまい、ウルマーさんがこちらに寄って来た。さっきからこちらをちらちら見ていたし、何をしているか気になっていたのだろう。

 俺とは何故か目を合わせてくれないけどね。


「父ちゃん、どうしたの? ボ……セトトルたちの料理は出さないでいいの?」

「ん、おう。こいつ見てみろ。新しい仲間らしい」

「仲間……? スライム!?」


 とっても良い反応だ。ウルマーさんはおやっさんの後ろにすぐ隠れた。楽しい。

 でも、もう遊ぶのはやめたことだし、ちゃんと紹介をしておこう。


「ウルマーさん、ちょっと自分に触れてもらえますか?」

「……で、何でこのスライムが仲間なの?」

「おう、何か仲良くなったし、色々役立つらしい」

「へぇー、害がないなら良いんじゃないかな。こう見ると、緑でぷるぷるしてて可愛いしね!」

「キューン!(よろしくッス!)」

「うん、可愛いし面白いんだよ!」


 ……あれ? 今、俺無視された?

 というか、俺無しで何かみんな楽しんでないかな? ちょっと寂しい……。


「ウルマーもボスに触ってみなよ! そうすると、キューンとお話しできるんだよ!」

「へぇ、そうなんだ。……スライムとお話!? そんなことできるわけないでしょ?」

「いや、まじなんだ。ちょっとやってみ」


 あ、ウルマーさんと漸く目が合った。

 そして怒ったように目線を逸らされた。あれぇ、何でだ……ろ……昼飯? あ、やばい。

 俺はここで致命的なミスに気付いた。ウルマーさんにご飯もらったんだった! なのに店に来ちゃったよ!?

 感想も言ってない、むしろ食べてもいない! そりゃ怒る!

 ちらちら見ていたのも、キューンが気になっていたからじゃない。食事のことが気になっていたんだ。

 やべぇ……。


「あ、あのウルマーさん?」

「……」

「頂いたお食事なんですが……」


 ピクッと反応した。やっぱりこれだったか。

 よし、何とかうまいこと言い訳を……。


「食事? 今日は朝はあるもので食べたし、お昼はここにオレたち食べに来たんじゃないの?」


 ……詰んだわこれ。

 ウルマーさんが俺を見下すような目で見ている。俺の両手は手汗でべったりだ。

 だが、彼女はにっこりと笑顔を見せてくれた。よく分からないけど、許してくれたのかな?


「……とりあえず、適当に食事を持ってくるね」


 ウルマーさんが厨房から持ってきた食事は、とてもおいしそうな食事だった。

 セトトルだけでなく、キューンの分も用意してくれていた。

 ……俺の分は、パンクズが少しのっているお皿だった。めっちゃ怒ってるわこれ。

 ど、どうにかしないといけない。正直超怖い。そうだ、とりあえずキューンと話ができるところを見せて、誤魔化そう!

 俺は必死にウルマーさんの手を握り、その目を見た。

 彼女は驚いたようなちょっと赤いような顔をしている。顔が赤くなるほど怒っている!


「新しい仲間のキューンです! よろしくお願いします!」

「キューンキューン!(ウルマーさんよろしくッス!)」

「ちょ、離して……話した!? スライムが!? 何これ! 面白い!」


 俺の必死の誤魔化しが聞いたのか、ウルマーさんは面白そうにキューンと話し出した。

 よし、ミッションコンプリートだ!

 そのまま俺たちは食事を済ませ――俺はパンクズだけだが――倉庫に帰ることにした。

 支払いをしようとしたとき、ウルマーさんと手を繋いだままだったことに気付いた。これじゃあ払えない。


「セトトルもキューンもまた来てね!」

「うん! また来るよ!」

「キューンキュン!(おいしかったッス!)」

「ウルマーさん、支払いをしたいので手を……」


 三人の談話に割り込むのもあれだったのだが、俺は声を掛けた。

 ウルマーさんは手を見て、一瞬固まった。そして顔を真っ赤にして俺の頬をぶっ叩いて、走って逃げて行った。

 お、俺が一体何をしたと……。いや、食事のことは全面的に悪かったよね、うん。


 俺は顔に真っ赤な紅葉を作って、倉庫へと戻った。

 そして店を開ける前に食休みということにし、二階に戻ってウルマーさんが作ってくれたご飯を食べた。

 すごくおいしい。でも、ちょっとだけ鉄錆くさい味がする。

 ……口の中が切れてた。泣ける。

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