二十三個目
ぺちぺち……ぺちぺち……。
何かが顔を叩いている。後五分寝かせて……いや、やっぱり後5時間寝かせてくれ……。
ぺちぺち……べしべし! 急に強くなった! いてぇ!
「痛いだろ! 誰だ!」
「あ、ボス起きた! ボス大変だよ! オレすごいことを発見したんだ!」
「キュン! キューンキュン!(ボス! おはようッス!)」
「え? あぁ、おはよう……? それじゃあ、おやすみ」
「寝ないでよ!」
俺はそのまま二人に叩き起こされた。……二人? 妖精やスライムってどう数えるんだ? 二匹?
まぁいいか。いいのか? いや、いいだろ。大した問題じゃない。
それより何か発見があったと騒いでいるが、一体何だろう。
「で、ふわぁ……。何があったんだい?」
「聞いてよ! オレもキューンとお話しできるようになったよ!」
「うん。……うん? うん」
「キューン!(なったッス!)」
言葉が通じないのにお話できるようになった。これはきっとあれだ、ボディランゲージ的なあれだろう。
……何か面白い動きが見れそうだ。ちょっと見学してよう。
「見ててね! まずボスに触ります!」
セトトルはそう言いながら、俺の頭に乗った。セトトルよ、それは触るじゃなくて乗るだ。
「話します! キューンおはよー!」
「キュン!(おはようッス!)」
うん……うん? どういうことだ? さっぱり分からん。
というか、おはようくらいは雰囲気で伝わるんじゃないだろうか。
俺の顔を見て、セトトルは口を膨らませた。キューンはぷるぷる震えている、顔がないのでよく分からない。
セトトルは何かこう、むくれていることは分かるんだが……。
「もう! これならボスにも分かるでしょ! キューン! えっと、ぴょんぴょん飛び跳ねてくれる?」
「キュン!(了解ッス!)」
キューンはぴょんぴょんと飛び跳ねた。
あれ、これ本当に通じてるんじゃないか? でも何で?
「ね? ね? ボスに触りながらだと、キューンとお話しできるんだよ!」
「そんな馬鹿な……」
「キューンキュン!(でも出来てるッス!)」
どうやら俺に触れていると、お話ができるらしい。理屈は分からない。
だから少しだけ理由を考えてみよう。まず、なぜ俺がキューンと話せるかだ。
これはあれだろう、あの怪しげなバイト紹介の人に頭をつつかれたのが理由だろう。他に理由がない。
文字も書けるし読める。言葉も話せるし理解できる。
すごく便利だが、だからどうしたという気持ちもある。基本的にこの町から出るわけじゃないからなぁ……。
問題は、俺に触ったら話が通じるということだ。
さっきからセトトルは俺に乗ったり降りたりして、触ったら話が通じるアピールをしている。
正直よく分からない。こういうときは、置いておこう。
うん、とりあえず俺に触ると話が通じる可能性がある。だから、他の人とも試してみよう。以上だ。
「よし分かった、俺に触ると話が通じる場合がある。セトトルすごい発見だ! ってことで、顔を洗って朝ご飯でも食べよう。それから仕事だ」
「すごい!? オレすごいかな! えへへー!」
「キューンキューン(やりましたね姐さん!)」
昨日はあんなに怯えていたのに、セトトルはまるで怯えていない。何でだろう?
不思議に思い、俺はそのことを聞いてみた。
「キューンのこと、怖くないの?」
「え? だってお話しできるし! それに姐さんだってよ! オレ偉くなった感じがする!」
すごくちょろい。
でも、やっぱり普通のスライムは怖いらしい。キューンは別なんだと。俺にはよく分からないが、セトトルがそれで良いならいいだろう。
朝食は適当に済ませる。
ちなみにキューンにも一応同じものをあげてみたのだが、おいしいおいしいと気にせず食べていた。
スライムに食べられない物とかはあるのだろうか? そもそも味覚とかは? 目や耳はどこ!? 分からないことだらけだ……。
一つだけ分かったのは、全身が口みたいなものらしい。食べ物をにゅるんと飲み込むように吸収していたからな。
さて、朝の掃除だ。
今日からは作業分担をする。理由は、セトトルがキューンに仕事を教えるためだ。
俺が教えたときのことをしっかりと覚えているセトトルなら問題はないだろう。そうだ、そろそろ次のことも教えておこう。
「よし、それでは掃除を始める前に、ほうれんそうについて説明します」
「ホーレンソー」
「キューンキュンキューン?(そうってことは、草っすか?)」
そうか、この世界にはほうれん草はないのかもしれない。あっても名前が違うのかな。まぁそれは置いておこう。
「報告! 連絡! 相談! この三つだ!」
「ほーこくれんらくそーだん! このみっつだ!」
「キューン?(ちゃんと話し合おうってことッス?)」
あれ? この軟体生物、実は賢くないか? 脳みそどこにあるんだよ。
「報告は今何をしているかを、ちゃんと俺に報告すること」
「ふむふむ。今なにをしているかを報告する」
「キューン(現状把握っすね)」
だから、なんなんだこの軟体生物は? 実はすごいやつなんじゃ……。
「れ、連絡とはちゃんと業務などのことについて知らせること!」
「報告と何が違うの?」
「キューンキュン!(ボスにだけじゃなく、お互いの関係を密にするってことッスね!)」
「う、うん……。そうだね、それで連携をしっかりとろうってことだね」
「キューンすごいね!」
もしかしてスライムの社会って、すごい厳しいのか? この世界の人間よりしっかりしている感じがする。
スライム恐るべし。スライム社会については、一度しっかり調べておきたいところだ。
「最後に相談! 分からないことは、自分で無理に決めないで相談しましょう!」
「んん……。でも、怒られちゃわない?」
「そんなことはないよ。ミスもそうだけど、早い方が対処が楽なんだ。言ってもらえず後になればなるほど、対処が大変になっていくからね」
「そうなんだ……」
「キュンキューン!(言わない方が怒られるッス!)」
何かよく分からないが、キューンが予想外にすごいと分かって説明は終わった。
セトトルも勤勉に学んでいくので、どんどん成長している。
楽しみな二人だ。いや、一人と一体……? 今度誰かに数え方を聞いてみようかな。
朝礼的なものも終わり、朝の掃除だ。
倉庫の掃除はセトトルとキューンに任せ、俺は外の掃除を始める。
いつものように、井戸端会議のようなおばさま方にひそひそ話をされ、朝の挨拶をすると逃げられる。
変わらない朝に安心する。いや、安心してどうする。そろそろ普通に挨拶を返されたい……。
「おう、おはよう」
「!! おはようございます!」
「ん? 何か妙に元気だな」
「あ、おやっさん……」
「何で俺の顔見て、急にテンションが落ちてんだ!? 後、誰がおやっさん……。はぁ、もうそれはいいか」
おやっさんすいません。嬉しいけど、ちょっと今は違ったんです。
後、おやっさんって呼ぶのもやめれません。
それにしても、こんな朝早くからどうしたんだろう。
「……まぁいい。何かうちの娘が、お前の朝飯を作ったらしくてな。届けろって言われて来た」
「え? ありがとうございます。でも何故作ってくれたんですかね? おやっさんが届けてくださるのも不思議ですし……」
「いや、何か朝のだらしない格好を見られたのが恥ずかしかったらしくてな。これで忘れろってよ。俺が届けたのも、自分じゃ行きたくないかららしいぞ」
「はぁ……ありがとうございます」
ちょっと乱れた色っぽい姿だったが、そのことだろう。正直こちらとしては眼福だったのだが、朝食を頂けるのはありがたいのでもらっておこう。
「じゃあ、俺も仕込みがあるから行くぞ」
「あ、はい。ウルマーさんにもありがとうございますとお伝えください」
「おう、入れ物は飯でも食いに来たときに返しておいてくれ」
「分かりました」
背を向けながら、おやっさんは軽く手を振って去って行った。
俺もあんな頼れる背中の男になりたいものだ。
おやっさん……!
ところで、朝食食べちゃったよ。昼に食べればいいか……。