二十二個目
「ごめんボス! オレやっぱり無理!」
それだけ言い残し、セトトルはあっという間にヴァーマさんの後ろへと逃げて行く。
ちょ、まっ……。俺は一人残され、剣を掲げたまま固まる。……だが固まっていてもしょうがない。覚悟はさっきした!
俺がぷるぷると震えて見えるスライムへと、剣を振り下ろそうとしたそのときだった。スライムが声を発した。
「キュン!? キューンキュンキューン!」
「……え? いや、うんそうだよね。うん……」
「キュン! キュンキュンキューン?」
「うん? え、そうだけど……」
「キュンキュン! キュンキューンキュンキューン!」
「えっと、俺も初めてだよ。喜んでくれてありがとう?」
ヴァーマさんの後ろから、慌てた声でセトトルが叫ぶ。
「何してるのボス! 危ないよ!」
「え? 危なくないと思うけど……。ねぇ?」
「キューンキュン!」
「ほら」
「え? えぇ……? ボスどうしたの?」
異変を嗅ぎつけたのか、セトトルとヴァーマさんとセレネナルさんがこちらに走ってくる。
「何やってるんだ! どけボス! 俺が手本を見せてやる!」
ヴァーマさんが背中からでかい斧を引き抜き、スライムへと振りかぶる。
「ヴァーマさん待ってください!!」
俺の声が届いたのか、ヴァーマさんの斧は寸でのところでスライムの横を穿った。
良かった、当たらなかった。
「キューン!? キュンキュンキューンキュン!」
「あぁ、えっとごめんね? ちょっと勘違いしてたみたいでさ」
「キューン?」
「……ボス、お前誰と話してるんだ?」
「頭でも打ったか?」
「……え? 誰って、見ての通りこのスライムとですけど」
「「「……は?」」」
俺はセトトルとヴァーマさんとセレネナルさんに、頭がおかしいやつを見るような顔で、返事をされた。
え、何で?
俺たちは腰を下ろし、円を組んだ。中心にはスライム。
そして、その場で会議が行われることになった。
内容は、俺の頭がおかしくないかだ。ひどい。
「……で、ボスはそのスライムの言葉が分かる、と?」
「えっと、皆さんは分からないんですか?」
「……セナル、分かるか?」
「分かるわけないだろ。そっちのおチビちゃんは?」
「オレにも分からないよ……」
どうやら、俺だけがこのスライムの話を理解しているらしい。
こんなにはっきりと話しているのに、なぜだろう?
「キューンキュンキュン?(この人たちは何を話してるッス?)」
「ん? あぁ、君の言葉が分かることについて不思議に思ってるんだよ」
「キュン! キュンキューンキュンキュン!(なるほどッス! 僕も何でか不思議ッス!」
「ううん、何でだろうねぇ……」
完全に三人は、頭がおかしいやつを見る目で俺を見ている。
何とか誤解を解きたい。……そうだ。
「あ、じゃあ三人とも見ていてくださいよ。今からスライムさんに俺が言った通りの行動をしてもらいます。そうしたら通じてるって分かりますよね」
「お、おう……」
そう、まずは誤解を解こう。
えーっと何をしてもらおうかな。
「じゃあ、俺の周りを歩いてもらっていいかな? 歩く? 歩いてるのかな? まあいいや、移動してみてもらえるかな?」
「キュン!(了解ッス!)」
スライムさんは、俺の周りをぴょんぴょこ飛び跳ねながら回りだした。
それを見て、二人は唖然としていた。セトトルはすぐさま俺の後ろに隠れた。
どうやら、スライムと話が通じるというのを知らなかったんだろう。
「どうですかね?」
「いや、うん。確かに話が通じてるみたいだね。それで……どうするんだい?」
「えっと、どうするとは?」
「いや、ボスはスライムの素材を取りに来たんだろ? 私たちはその手伝いに来た。違うかい?」
おぅ……。セレネナルさんの言う通りだ。俺はこいつを狩って素材を採るために来たんだ。
改めてスライムさんを見る。ぷるぷる震えていて可愛い。つつくと、ぷよんぷよんしている。面白い。
これを斬るなんて、とても……。
「キューン?(どうしたッス?)」
その愛らしい仕草に、俺の心は囚われてしまっていた。
だが素材は欲しい! 何か方法は無いのか……。
ここは、当事者であるスライムさんに相談してみよう。無理なら諦める。
「実はね、スライムさんの素材が欲しいんだよ。スライムゼリーって言ったかな? それが欲しくてね」
「キューン? キュンキュン? キューンキュンキュン!(スライムゼリーが欲しいッス? あげるッスよ? ちょーっと待ってッス!)」
そう言うと、スライムさんのぷるぷる度合いが増した。というか、振動しているようにすら感じる。スライムさんが二重や三重になったように見える。
一体何が起きるんだ?
俺たちは事のあらましを見届けるしかなかった。そして少し待つと……。スライムさんの体が少し小さくなり、ぷるぷるした緑のゼリー状の物体が残った。
ぶ、分裂した!?
「え……分裂したの? これ、もらっちゃって大丈夫なの?」
「キュンキュン! キュンキューンキュン!(そっちには核がないから大丈夫ッス! 動きもしないッス!)」
「そうなんだ、ありがとう」
俺はスライムさんの体を撫でた。ちょっとひんやりしていて気持ち良い。
……待てよ? この方法を使えば、俺はスライム狩りをしなくて良いんじゃないか?
一緒に来てくれないかお願いしてみるか。
「あのさ、体が元に戻るまで時間はかかるの?」
「キューン?(一日くらいッス?)」
「そっかそっか、ならさ。スライムさんの素材をこれからももらいたいんだけど、良ければ付いてきてくれないかな?」
「キューン! キュン……キュン、キューンキュン?(面白そうだからいいッス! あ……でも、痛いのは嫌ッス?)」
「大丈夫! 痛いこともしないし、嫌になったら言ってくれればここまで送るよ」
「キュン!(ならいいッス!)」
俺は三人を見る。三人は相変わらず、訳の分からないという顔をしていた。
とりあえず説明をしておこう。
「ということで、そういうことになりました」
「いや、さっぱり分からないんだが……」
ヴァーマさんは困った顔をしていた。そりゃそうだ。通じてないんだし。
「分かりやすく言いますと、うちの倉庫に新しい仲間が出来ました! スライムさんです!」
「キュンキュン! キューンキュン!(スライムさんじゃないッス! キューンって言うッス!)」
「おっと、ごめんごめん。キューンです!」
「キューン!(よろしくッス!)」
「オレ嫌だよおおおおおおお!」
「私には、もう訳が分からない……」
ヴァーマさんは困った顔で笑い、セレネナルさんは頭を抱えていた。
セトトルは絶叫していたが、何とか宥めて機嫌を取った。ごめんね、必要なんだ。
よし、いい感じだ。俺は意気揚揚とキューンを新たな仲間とし、町へと戻ることにした。
残り三人は、何を言えばいいか分からないと言った感じだが、渋々俺と一緒に町へと戻った。
東門が見えた辺りで、ヴァーマさんがふっと思いついたように声を掛けてきた。
「おいボス。仲間はいいが、袋に入れておいた方がいいんじゃないか? スライムが攻撃してくると思ってる人の方が多いぞ?」
「む、確かにそうですね……。キューン、ちょっと袋に入っていてくれるかい?」
「キューン!(お安い御用ッス!)」
気の良いやつだ。俺はキューンを袋に入れ、背負うことにした。ちょっと重い。
東門で当然チェックを掛けられたが、スライムゼリーかと思われすぐに抜けられた。ちょろい。
東倉庫の前まで戻って来て空を見ると、空はもう夕焼けと闇が混じった紫色になっていた。
俺はヴァーマさんとセレネナルさんへと頭を下げる。
「もう夕方ですね。今日は本当にありがとうございました」
「いや、何だ? 何もしてないというか……なぁ?」
「本当に私たちは何もしてないね……未だに理解不能だよ」
どうやらまだ混乱しているらしい。まあ、元の世界でも英語を話せる人を見ればすごいと思ったもんだ。同じような感じなんだろう。
「まぁ、俺たちはこの辺で……いいのか?」
「はい、大丈夫です。今度お二人に食事でもごちそうさせて頂きますね」
「あ、うん。よろしく……?」
二人は首をひねりつつ、倉庫を後にした。
俺とセトトルは、倉庫の中へと入り、袋を開けた。
「キューン!(狭かったッス!)」
「あはは、ごめんね。これからよろしくね」
「キュン!(こちらこそッス!)」
「えっと……キューン? オレはセトトル。よろしく……ね?」
「彼女はセトトル。キューンによろしくと言っているよ」
「キュンキュン? キューン!(姐さんでいいッス? よろしくッス!)」
「よろしくってさ」
セトトルは怯えたままで、どう接すればいいか分からないようだった。
ところで姐さんって何? 俺がボスだから? そんな言葉をどこで覚えたんだこいつは。
この日は、適当に三人で食事を済ませ眠りについた。
ちなみにセトトルが怯えるので、キューンには袋の中で眠ってもらった。
入れて運ばれるのは大変らしいが、寝るのには快適らしい。寝袋みたいなものなんだろうか。
明日は親方のところにスライムゼリーを届けに行こう。