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二十個目

「とりあえず肘当て、膝当て、それに胸当てで良いかの。武器は普通の剣か?」

「いえ、鍛えているわけでもないようです。もっと軽い武器の方が良いかと」

「ふむ、それじゃあショートソードかの」


 俺の意見など聞かずに、親方とカーマシルさんの間で勝手に話が進んでいく。

 そして着せ替え人形のように、あっという間に装備を着けさせられ、剣を腰に下げることになった。


「どうじゃ、動きづらくはないか?」


 俺は親方に言われ、体を動かしてみる。少し引っかかる感じはするが、特に問題はない。

 だが、重い……。


「少し重いのですが……」

「うむ、問題なさそうじゃな。剣はどうじゃ?」

「あ、聞いてくれないんですね」


 渋々俺は剣を引き抜こうとする。

 ……引っかかってうまく抜けない。親方に抜き方を教わり、何とか剣を抜いて両手で構える。

 ずっしりとした重圧感が手から感じられる。


「ボスかっこいい! オレも鎧とか着けようかな!」


 やめておくんだセトトル。重さで飛べなくなるぞ……。


「あぁ、それとこれはスライムの素材を入れる袋じゃ。これに入れて帰るといいぞ!」


 俺は親方に無理矢理、腰の辺りに袋を着けさせられた。助かるけど、すでに逃げ道が無いのが辛い。

 そしてカーマシルさんに連れられ、俺たちは工房を後にした。



 次は冒険者組合で登録をするらしく、カーマシルさんに続いて歩く。セトトルは俺の周りを飛んで、その姿を面白そうに見ていた。

 馬子にも衣装くらいにはなっているといいんだが……。

 そこで一つ気になっていたことがあったのを思い出し、カーマシルさんに聞いてみることにした。


「そういえば、なぜ冒険者登録が必要なんですか?」

「説明していませんでしたね。冒険者登録をしておくと、身分証の代わりになるのですよ。商人組合副会長推薦冒険者。身分証にはぴったりだと思いませんか?」

「あの、自分は冒険者になる気は……」


 俺がそう言おうとすると、カーマシルさんは足を止めた。そして手を翳し、俺の台詞を遮った。

 彼は意味ありげな顔をして、話を続けた。


「冒険者としての活動に力を入れる必要はありません。ですがナガレさんには、身分証が必要(・・)なんじゃないですか?」


 俺はその言葉を聞き、正直狼狽した。

 確かにその通りだ。いきなりこの町に入ってしまった俺には、この世界での身分証が必要だ。

 だが、それをなぜこの人が知っているんだ?


「こう見えましても、私も商人組合の副会長です。色々と調べさせて(・・・・・)頂いております。これで納得して頂けるんじゃないでしょうか?」

「……はい」

「?? ボス、どういうこと?」


 俺は適当にセトトルの頭を撫でて誤魔化した。

 どうやら、俺が身分証もない不審人物だということは分かっているらしい。

 なら、何で俺を倉庫の管理人として認めたんだ? この人が何を考えているかが分からない。今後は警戒しておこう。


「あぁ、ちなみに警戒は要りませんよ。あなたの倉庫管理能力を見ていましたが、真面目な人物だと分かっております。そして先程の棚や箱についての知識ですが、それも踏まえて有用な人物だと判断致しました」

「……」

「ふむ、警戒は解いて頂けないようですね。では、もう一つだけ。我々の知らない技術を持つあなたを、出来るだけ商人組合としては囲っておきたいのです。そのような人物を他に渡したくないですからね」

「……つまり、有用であるのなら手を貸してやる。そう判断したんですね」

「仰る通りです。今後の働き次第で敵に回るなどというつもりもありません。ご安心ください」


 カーマシルさんはそう言うと、また前を向いて歩きだした。

 ……有用じゃなくなったり、他の町に行くというなら助けないぞ。そういうことか。

 逆に言えば、俺が成果を出せていればこの人は味方だということだ。

 何かまだ裏があるかもしれないが、そこら辺をしっかり踏まえて接していかないといけないな。


 前を歩いていたカーマシルさんは、とある建物の前で足を止めた。

 そしてその建物の看板を指差した。


「こちらが冒険者組合。通称『ギルド』です。様々な町にありますので、アキの町のギルド。そう認識して頂ければ良いかと。では、登録を済ませましょうか」


 彼に続き、俺とセトトルは恐る恐るギルドの中へと入った。

 中は薄暗く、部屋の半分くらいはカウンターで区切られている。カウンターの向こうは、恐らくギルドの職員の場所なのだろう。

 カウンターの前側のスペースには、簡素な机と椅子がいくつか置かれている。そして色々な種族の人たちが座っており、値踏みするように俺たちを見ていた。

 緊張する……。


「ではこちらのカウンターで登録をしましょう。すみません、新人冒険者の登録をしたいのですが」

「はい、ギルドへようこそ。ご登録をされるのはどの方でしょうか?」


 兎耳に白い髪の、可愛らしい受付嬢が笑顔で出迎えてくれた。

 俺は彼女の前に進み出た。


「自分が登録をするものです」

「畏まりました。お名前と職業を教えて頂いてもよろしいでしょうか?」

「秋無 流です。職業は東倉庫の管理人です」


 俺がそう言った瞬間、部屋の中に笑いが起きた。

 いや、笑いじゃない。これは嘲笑だ。

 座ってこちらを見ていたうちの一人が、立ち上がり俺へと近づいて来る。

 褐色の肌に銀髪。何よりもその尖った耳が特徴的な美人。てか、俺より大きいぞこの人。モデルみたいだ。


「商人組合の副会長が連れて来るからどんなやつかと思えば、倉庫の管理人が冒険者? 冗談はその辺にしてお帰り坊や。今ならまだ間に合うよ」


 いや、全くその通りである。俺も自分自身にそう言ってやりたい。今ならまだ間に合う! スライムゼリー何て諦めよう! と。

 ……よし、諦めよう! 身分証については他の方法を考えよう!


「ですよね! そんな気がしていたんです! どうもお邪魔してすいませんでした。では自分はこの辺で……」


 本当に帰ろうとしている俺に、からかっていたであろう冒険者だけでなく、他の冒険者たちも唖然としていた。

 踵を返しカウンターから離れようと俺はした。だが、俺の肩は容赦なく掴まれた。かなり力が籠っていて痛い。


「ナガレさん? 冗談はその辺にしておきましょう」

「ですよね……」


 カーマシルさん痛いです……。

 仕方なく、俺はもう一度受付嬢へと振り向く。


「すいません、そんな感じなので登録をお願いします」

「……えっと、いいんですよね?」

「構いません」


 何でカーマシルさんが答えるの? いや、そんな睨まないでください。


「では、こちらにサインを。……はい、結構です。では簡単なご説明だけさせて頂きます」

「はい、お願いします……」


 意気消沈している俺を不憫そうな顔で受付嬢は見ていた。

 そう思っているなら助けてください。


「冒険者にはランクがあります。E~Sまでのランクがあり、クエストをこなしたり、功績によってランクが上がります。ナガレさんは何か実績などがありますでしょうか?」

「あるように見えますか?」

「では、Eランクからのスタートとなります。クエストなどはクエストボードを見て受けてください。仲間を募る場合は、こちらで募集をかけてくださっても大丈夫です。何かご質問などはありますか?」

「……ノルマとかはありますか?」

「一応ありませんが、あまりにも活動していない方は、資格を剥奪する場合がございますので、頑張って頂きたいと思います」


 あれ? つまり冒険者としての活動も最低限しないといけないってことか?

 俺はカーマシルさんを見てみる。カーマシルさんは素知らぬ顔をしていた。畜生……。


「説明は以上となります。良い冒険者生活を送ってください」

「ありがとうございます……」

「これで登録は済みましたね。では誰か手伝ってくれる人を探しましょうか。声を掛けて来てください」


 この空気の中で探すの!? この人、鬼じゃないだろうか。

 そんな俺が居た堪れなくなったのか、セトトルが肩にちょこんと乗った。ごめんセトトル、気持ちは嬉しいけど逃げ道を塞がれた気持ちだよ?

 俺は仕方なく冒険者の方々に近づく。駄目元でお願いをしてみよう。


「あの、すみません。自分は初心者でして、お手伝いして頂ける方などがいましたら……」

「手伝いだ? 内容といくら払うかくらい言えよ」

「内容はスライム狩りでして、その……お礼とかは感謝の言葉とかでどうでしょうか」


 室内は静寂に包まれた。

 そして、先程を超えるほどの笑いの嵐が起きた。うん、知ってた。


「お、おい聞いたか!? スライム狩りに手伝い!? しかも金は払えないってよ! 脳みそ足りてないんじゃねぇのか!」

「ぎゃはははは! 冗談だろ? 馬鹿じゃねぇのか! 一昨日来やがれってんだ!」

「あ、そうですよね。そうじゃないかと思っていました。ではこの辺で失礼しますね」


 よし、これで帰れる。もう本当おうちに帰りたい。

 だが、俺の肩から飛び上がった人がいた。そう、それは……セトトル!

 なぜかプルプルと震えている。

 嫌な予感がする。


「ボ……」

「あぁ? 何だ妖精の嬢ちゃんよぉ。何か言いたいことでもあるのか?」

「そんな俯いてたら分かんねぇぞ!」

「ボスを馬鹿にするなー!」


 やっちまったよ。止めれば良かった。

 大笑いしていた冒険者たちは、酒の肴を手に入れたとばかりに更に大笑いだ。

 ……さすがにセトトルが笑われるのは腹が立つ。

 だがここは言い返せばもっと厄介なことになる。俺がぐっと耐えてセトトルを連れて帰ろうとした、その時だった。


 ギルドの扉が開かれ、あの人が入って来た。

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