十九個目
「この棚、組立の方法を覚えたら便利でしょうか? 商人組合でも議題に上げてみようと思うのですが」
「はい。今後より良くなっていくはずですし、先行投資と考えれば良い買い物だと自分は思っています」
「ふむ、検討してみようと思います。ですが、親方が出す値段次第にもなりますね」
俺がカーマシルさんとそんな会話をしていると、親方が走って戻って来た。
「よし、話はついたぞ! 残り三つの棚に関しては、1万Zで良い!」
「本当ですか!? 助かります!」
「やったねボス!」
予想以上に安くなった。これは案外高評価だったのかもしれない。
セトトルと二人でハイタッチして大騒ぎだ。楽しくなってきた。
予想外に良い棚も手に入り、値切り交渉も成功している。絶好調と言っていいだろう。
だがまだ欲しいものがある、箱だ。
親方とカーマシルさんが先程の棚について話しているようだ。俺は話が一段落するのを待ち、親方へと話しかけた。
「親方、後は箱を見せて頂きたいのですが」
「箱? それならこっちじゃな! なんじゃ、また変わったもんが欲しいのか?」
「そこまで変わった物が欲しいわけではないですよ」
案内されて、今度は大量に箱がある場所へと来る。大小様々な箱があり、装飾が豪華なものなどが別にされている。
一応種類ごとに分けてあるらしく、見るのに困ることはない。
俺は一つ一つ丁寧に箱を見て行く。だが、中々良い物がない。サイズ的には丁度良い箱が多いのだが、想定していた物はない。
仕方なく、希望している箱について親方に聞いてみる。
「親方、密閉性の高い箱はありますか?」
「密閉性? どれもしっかり閉じるじゃろ?」
「いえ、出来る限り外気の影響を受けないものが良いんです。かつ、中から匂いが漏れたりしない箱が望ましいです」
そう、実はここをずっと気にしていた。冒険者から預かるもの……その匂いを。
想像でしかないが、匂いがきつい物などもあるはずだ。なら、その対策ができる箱が望ましい。
俺の話を聞き、親方は少し考えた後に首を振った。そんなに都合の良い物はない、か。
ならば自分で作り出さなければいけない。
ゴムが工房にあるようなら、それを買い取って自分で加工しよう。恐らくそれが一番手っ取り早いはずだ。
「でしたら、こちらの工房にゴムとかはありますかね?」
「ゴム? なんじゃそれは」
「ゴム? お菓子みたいな名前だね! おいしいの?」
むむむ、この世界にはゴムがないのか。後セトトルよ、ゴムは食べ物ではないぞ。
……うん、何か代わりになる素材を探すしかないだろう。やはり密閉性を上げるために、ゴムみたいな素材が欲しい。
つまり、ここでの用事は済んだ。次は素材を探しに町を歩いてみよう。
「じゃから、ゴムとはなんじゃ! どういうものじゃ!」
親方の怒鳴り声で、耳がキーンとしている。俺の中では終わっていたが、親方の中ではまだ話が続いていたらしい。
良くしてもらっているし、このまま無視して帰るわけにもいかない。聞くのはタダだ、一応聞いてみよう。
「固いんですが、弾力性のある素材です。衝撃なども吸収してくれるので、とても便利なんです」
「固くて弾力性がある……? もしかして、こういうのか?」
親方はポケットから、黒い物体を出して渡してきた。
俺はそれを受け取り触ってみる。ぷにぷにしてる。かなり柔らかい。
「オレも! ボス! オレも触りたい!」
「はい、どうぞ」
セトトルに渡すと、嬉しそうにつついている。面白いらしい。
「で、どうじゃ?」
「すみません、これだと柔らかすぎますね。もっと固いものが良いんです」
「なら、こっちはどうじゃ?」
さっきと同じ黒い物体をまた渡される。見た目は同じだが、何か違うのだろうか?
受け取り触ってみると、さっきよりも遥かに固い。そして弾力性もある。
「どうじゃ?」
「……すみません、少し叩いてみても?」
「構わんぞ」
俺は親方から受け取った棒で、黒い物体を叩いてみる。
少しへこみ、元に戻った。もう少し固い方がいいな……。
「これ、もう少し固くもできますかね?」
「できるぞ? 混ぜ物の比率を変えて、熱すれば固くなるものじゃからな」
ほうほう、こんなゴムみたいな便利なものがあるのか。いきなり代用品が見つかってしまった。
滑り止めにも使えそうだし、かなり使い道がある。
俺が色々考えていると、大喜びのセトトルがさっきの物体を俺の頬に押し付けてくる。
頬っぺたにぐにぐにとした感触が押しつけられて、妙な感じだ。
「ボスこれ面白い! 何これ変なのー」
「そうか、お嬢ちゃんはそれが気に入ったか。それはスライムゼリーを加工したものなんじゃよ」
黒い物体が、セトトルの手から零れ落ちた。
スライム? スライムって言うとあのモンスターのあれかな? 緑色でゼリー状のぷるぷるしたやつ。
「いやああああああああ! スライム!? 何でスライムなの! あいつは妖精とかを捕まえて体の中で溶かしちゃうんだよ!? スライムいや!」
セトトルは何かトラウマでも刺激されたように、震えながら俺の胸ポケットへと隠れ込んだ。
ポケットから少しだけ頭を覗かせているところが、面白い。
「お嬢ちゃんは嫌いだったみたいじゃが、それでこれをどうするんじゃ?」
「はい、このサイズの箱の蓋部分に着けられますかね? 出来れば、箱側の方にも。そうすると密閉性が上がると思うんです」
「ほうほう……。確かに、うまくやればできそうじゃな。だがのぉ……」
親方は渋い顔をしている。何か引っかかっているのだろうか? もしかしてスライムは貴重で高いとか?
俺の疑問に答えてくれたのは親方ではなく、カーマシルさんだった。
「スライムはたまに大量発生したときに狩るくらいで、基本放置されているんですよ。お金になる素材もありませんからね。ですから、スライムゼリーの数が足りないのかと」
「なるほど、ならスライムゼリーを集める必要があるんですね」
「はい。冒険者に依頼するにしても、元がとれるものではありません。それにナガレさんもお金は掛けたくないですよね?」
カーマシルさんの言う通りだ。俺には金がない。冒険者に払う金を捻出するというのは、あまり良くない。
こんなところで問題が起きるとは……。
「……そうじゃ。ボス、お前がとってこい」
「……はい? 何をですか?」
「スライムゼリーをじゃよ。冒険者登録をして、スライムを狩ってこい。そうすればうちも人を割かないで済むから助かる。代わりに箱を安くしてやる、どうじゃ?」
スライムを狩ってこい? 喧嘩もしたことがない俺が? 武器も防具もないのに?
……無理だな。常識的に考えて、やれるとは思えない。
だがそんな俺の考えを読んだかのように、カーマシルさんと親方はにやにやと笑っていた。
「そうじゃな、スライムくらいなら剣と軽鎧くらいでいいじゃろ。うちの工房のを貸してやろう」
「では、私は付き添いの冒険者を探しましょう。いきなり一人で倒してこいでは酷ですからね」
「え、あの、俺は行くとは……」
「何事も経験です」
「何事も経験じゃ」
親方とカーマシルさんの台詞がハモった。
あれ!? 何かすでに行くことが決定していないか!?
俺は助けを求めるようにポケットのセトトルを見る。……いない!
いつの間にか抜け出していたセトトルは、なぜか離れた位置で俺に手を振っている。見捨てられた!
「ナガレさんも冒険者のことを実体験として知ることが出来る。これは良い機会ですね」
「うむうむ、スライムなら普通の大人なら簡単に倒せるくらいじゃしな。安くしたいのなら体を使わんとな!」
た、確かに金はない。それに安くしたい。
となると、俺に残された選択肢は一つしかなかった。
異世界で倉庫の管理人になったと思ったら、冒険者にクラスチェンジだよ……。
俺、剣とか持ったこともないんですよ!?