表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/175

二個目

 とりあえず一旦落ち着こう。

 おじさんも怪訝そうな顔をしている。すまないおじさん待ってくれ、一番怪訝な顔をしているのは、たぶん俺だ。

 こんな訳の分からない状況になっても、すぐに冷静になり状況判断をしてしまう。この時ばかりは、そんな自分に少し感謝した。

 

 どうやらここは木製の建物、そして何かのお店。

 先程のおじさんの話からすると、例の倉庫なんだろう。ということはだ、俺はさっき面接?を受けて帰ろうとしてドアを開いた。

 そのドアの先がここに繋がっていたということだ。

 なるほど、至極簡単な話だった。

 はっはっはっはっは……。

 落ち着け。そんなことがあるわけがない。トリックか? こんな大がかりなトリック……?

 

 そこでハッと気づいた。

 そうか、これは夢だ。どこからだ? 家が燃えたのも夢? 財布を落としたのは? 会社を辞め……。

 俺は慌てて鞄を開けた。そして中を見る。

 ……鞄の中には、俺が買ったプリンが入っていた。


 ……。


 プリンを買ったことも夢だ。俺は自分を納得させた。

 よし、こうなればもう何をやっても構わないだろう。

 腹を括った俺は、ようやくおじさんへと話しかけた。


「すみませんでした、ちょっと緊張していました。こちらで働かせて頂こうと思っています、秋無 流と言います」

「おぉ、緊張していたのはしょうがないしょうがない! そうか、胡散臭いやつに募集を任せたんだがね? こんなにすぐに見つかって良かった! 服装を見るに、君はこの辺りの人じゃないようだね? あ、とりあえずこの紙に手を載せてくれるかい」


 紙に手? 特に何も書かれていない白い紙。自分の手にも何か朱肉などをつけたわけではない。

 この夢の中では、こういう挨拶をするのが普通なのだろうか。

 ……まぁいいか、所詮夢だしな。

 俺は深く考えずに、言われるままに手を載せた。


「うん、ありがとう。と言っても今日はもう夜も遅いからね、また明日来てもらってもいいかな?」


 まずい、俺には(夢の中とはいえ)家がない。

 何とか頼み込もう。


「すみません、即日から住み込みが可能と聞いたのですが」

「ん? あぁ、勿論その方が助かるよ! じゃあ部屋に案内するから来てくれるかな?」


 俺はおじさんに促されるままに、二階の部屋へと通された。


「じゃあ、今日はここで休んでくれるかい? 詳しい話はまた明日ということで!」

「はい、お手数お掛けします」


 おじさんはそれだけ言うと、部屋を出て行った。夢とはいえ、服装の違いなどにも一切のツッコミがない。良く出来ているようで手抜きだな。


 とりあえず部屋を見渡すと、部屋の中は質素な作りだった。

 むしろ、海外とかで見るような古い作りと言えばいいんだろうか? 味があるその感じに、ちょっとテンションが上がる。

 自分はとりあえず鞄を小さい机の上に置いた。ついでに上着を脱いでネクタイを外し、近くの椅子にかける。

 今日は疲れた。……疲れた? 夢なのに?

 ……まぁいいか。


 俺はそのまま、眼鏡を外すこともなく木製のベッドへと倒れ込んだ。

 布団は薄く、クッションも入っていない。すごく固い。

 でも今はそんなことはどうでも良かった。

 とりあえず寝よう……。


 


「おーい、起きろー! おーい!」


 ……うるさい。何かが顔の前で騒いでいる。


「頼むから、起きてくれって。……起きてくれないとオレが困るんだよぉ」


 困る? 一体何が困るっていうんだ?

 俺はぼんやりと薄目を開けた。

 目の前には青髪の小さい少女。この子が俺を起こそうと騒いでいたのだろう。

 ……いや、小さすぎないか? 何か羽とかあるし。


「起きた! おはよう!」

「……おはよう?」

「寝ぼけてるな……。まぁいいや、この手紙を渡すようにって言われてたんだよ」


 手紙? 彼女は俺の前に手紙を置くと、パタパタと飛びながら俺の肩に座った。

 ……座った!?

 俺は急激に目が覚める。

 なんだこの子は!? 身長はえーっと、15cmくらいか? どう見ても手のひらサイズだ。で、今は俺の目の前をパタパタとホバリングしている。 

 これはあれだ、ファンタジー物によく出る妖精ってやつじゃないのか?

 ん? 妖精? そこで俺は昨日のことを思い出した。

 ……そうか、まだ夢の中か。

 なら仕方ない、動揺していても意味がないからな。


「なぁ、手紙見ないの?」

「あ、そうだな。見ようか」


 夢だと分かっていれば動揺もしない。俺は手紙を勢いよく開いた。

 普段ならペーパーナイフとかカッターが欲しいところだが、夢でそんなことは気にしない。


『おはよう。

 昨日は夜分遅くに来てくれてありがとう。

 私はこれで隠居します。

 ちょっとした理由があって、どこに行くかは言えません。

 頑張ってください。 

                     オルフェンス』


 ……最後には、見知らぬ名前が記載されている。というか、俺の名前すら書いていない。きっと覚えてすらいなかったのだろう。

 で、俺に手紙を渡すような人は一人しかいない。昨夜会ったおじさんだ。

 俺は一応確認のため、妖精の女の子に話を聞いてみた。


「この手紙は、おじさんに頼まれたのかい?」

「あ、うん。そうだよ! オレ、偉い?」

「(オレ……?)偉い偉い、ありがとね」


 とりあえず頭を撫でて置いた。彼女はくすぐったそうに、嬉しそうに笑っていた。可愛い。

 現実にも、ぜひ妖精を実装するべきだ。大人気だろう。

 オレという口調から、もしかしたら彼女じゃなくて彼だったのか? まぁ可愛いし、彼女でいいだろう。

 もし男の娘だとしたら、俺もとんでもない設定の夢にしたものだ。

 さて、とりあえず分かったことはだ。

 おじさんは店を俺に押し付けて逃げたらしい。最低だ。

 とはいえ、夢の中でまで一々怒ってはいられない。俺は起き上がって眼鏡を拭き、身支度を整えた。

 そして俺の周りを飛んでいる妖精さんを見て気づいた。


「あ、自己紹介もしないでごめんね。俺の名前は秋無 流。名前を教えてもらっていいかな?」

「オレはセトトルだよ! よろしくボス!」

「うん、よろし……え?」


 今、この青髪の妖精は俺のことを何て言った? 聞き間違えかな?

 ……ま、まぁいいか。とりあえず気にしないでおこう。まずは一階へと降りるかね。セトトルは俺の周りをうろうろとしながら顔色を窺っている。

 その視線の先が、肩や頭であることに気付いた。もしかして、乗りたいのかな?


「セトトルさん、肩でも頭でも好きなところに乗っていいよ」

「え、本当!? ありがとう! あ、でも俺のことはセトトルって呼び捨てで大丈夫だよボス!」


 可愛い。変な呼び方をされた気がしたが、そんなことは一瞬で忘れてしまう可愛さだ。

 セトトルは嬉しそうに俺の頭へ飛び乗った。柔らかい感触が頭に当たる。これは……恐らく胸だな、間違いない(確信)。

 男の娘じゃなくて女の娘のようだ。どうやら俺はそっちの趣味に目覚めたわけじゃなかったらしい。少しホッとした。

 

 1階へ降りて、まず最初に時計を見る。時間は8時半。仕事をしていたころなら遅刻だ。

 2階から1階へ降りるだけだから遅刻にはならない、これは中々快適だ。

 そうだ、顔を洗って朝食とかも何とかしたいところだが……。

 そこで、扉がけたたましく開かれた。


「オルフェンスはいるか! む? 誰だお前は」


 入ってきたのは、黒髪におかっぱで、THE・委員長といった見た目をした、小学生くらいの女の子だった。朝から扉を壊れんばかりに開いて入ってくるとは、親の躾けが悪い。しっかりと注意をしよう。


「お嬢さん、扉は優しく扱わないとだめだよ? 物は大事にしないとね。後、僕は秋無 流。昨日からここで働くことになったんだ」

「む、確かに扉はすまなかった。私はアグドラという。オルフェンスに用が会ってきたのだが、呼んでもらえるだろうか」

「えっと、オルフェンスさんなんだけど……」

「おはようアグドラ! 前のボスなら逃げたよ!」


 部屋の中は、セトトルの一言で静寂に包まれた。もう少しオブラートに言ってあげようと思ったのだが、手遅れだった。

 アグドラさんはわなわなと顔を真っ赤にして震えている。

 今にも怒鳴りだしそうだ。いや、というか怒鳴る。

 それを止めたのも、セトトルの一言だった。


「あ、でも俺がアグドラへの手紙を預かってるよ! これ、渡しておいてくれって」

「見せてくれ!」


 アグドラさんは手紙を引っ手繰るような勢いで取ろうとし、止まった。

 そして一つ咳払いをすると、優しく手紙を受け取った。さっき注意したことを覚えていたのだろう、とても良い子だ。

 俺はアグドラさんの頭を撫でてあげることにした。


「な、何をする! 手紙が開きにくいし、恥ずかしい! やめてくれ!」

「偉い偉い」

「うぅー!」


 先程とは違った意味で顔を赤くしたアグドラは、俺が撫でるのを止めるのを待ち、手紙を開き読み始めた。子供ってのは可愛いなぁ。

 そして口を開いたまま固まった。一体何が書いてあったのだろう?

 覗き見たいが、大人としてそんなことはできない。そんな俺に気付いたのだろう、アグドラは無言で俺に手紙を差し出してきた。とっても良い子だ。


 俺は受け取った手紙に目を通す。色々と書いてあったが、内容的にはこんな感じだった。


『アグドラさんへ 

 後のことはその青年に任せてあります。

 彼の手形入りの契約書を同封しておきます。

 店も借金も全て彼に譲渡することになっています。

 探さないでください。 

                  オルフェンス』


 今度は、俺が口を開いたまま固まる番だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ