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十七個目

 朝、昨日の酒が残っているような気怠さを感じながら体を起こした。

 だがすぐに行かなければならないところがある、文句は言って入られない。

 セトトルを何とか起こし、シャワーを浴びて目を覚ます。

 彼女に掃除を任せ、身支度を整えた俺は慌てて店を出た。理由は単純、昨日の飲食代を払いに行くためだった。完全にやってしまった。


 朝早くから店に行くのは失礼かもと思ったが、駄目そうならまた後で来ればいいだろうと考え、おやっさんの店の扉をノックする。

 予想とは反して、すぐに返事が返ってきて扉が開かれた。


「あれ? ボスじゃん。こんな朝早くからどうしたの?」


 長いTシャツの片側がずり落ちており、まだ寝ぼけた感じのウルマーさんが出迎えてくれた。ズボンは履いてないらしく、長いTシャツが揺れるたびに見えそうで困る。

 寝癖なども彼女くらいの美人になると、アクセントみたいなものでとても可愛らしかった。

 その無防備な姿を直視できず、つい目を逸らしてしまう。


「ん? どうしたの?」

「あ、いえ、あの……。昨日の支払いを忘れて帰ってしまったので!」


 彼女はキョトンとした後、お腹を抱えて笑い出した。


「あははは! 本当にボスは真面目だね! そんなに慌てて来ないでもいいのに、朝一で来るなんて」

「え? その、申し訳ないなと思って……」

「あはは、まあいいや。とりあえず入りなよ。お茶くらい出すからさ」

「いえ、支払いをしたら店に戻らないと」

「いいからいいから!」

「あの、本当に店が……お邪魔します」


 俺は彼女に強引に押し込まれ、店の中に入った。

 店の中は椅子なども机の上に乗せられており、開店前ですよといった雰囲気だった。

 そしていい匂いがする。厨房の方からかな?


「父ちゃん! ボスにお茶を出すからちょっと厨房お願いね」

「あぁ? こんな朝早くからどうしたんだ! また何かあったのか!」

「また? またってのはよく分からないけど、昨日の支払いに来たんだってさ」

「昨日は大分酔ってたみたいだからな。真面目なやつだ。俺は仕込があるから、お前が対応しておけ!」

「はーい」


 そんな会話を聞きながら、どこに入ればいいのだろうと俺はキョロキョロしてしまっていた。

 椅子を机からおろした方がいいのかな? いや、お詫びに掃除くらいは? 

 俺が完全に挙動不審になっているところに、ウルマーさんがお茶を持って現れた。

 そして、カウンターにお茶を置く。


「何してんの? ほら、座りなよ」

「はい、失礼します」


 厨房から一番近いカウンターに座る。そりゃそうだ。どれだけ俺はテンパっていたんだ……。

 俺はウルマーさんに言われた通り、カウンターの席についた。そして差し出されたお茶を一口飲む。温かい。

 紅茶かな? ほんのり甘く、少し入っているミルクが身に染みた。疲れがとれていく感じがする。


「で、支払いだっけ? 昨日の伝票はっと……。んー、1万Zくらいかな。結構いってるね、ヴァーマさんが随分飲んでたからかな」

「はい、分かりました。では丁度お支払いさせて頂きます」


 ぽやっとした顔をしているウルマーさんにドキドキしつつも、何とかお金を払う。

 後はお茶を飲んで急いで帰ろう。俺は一気に飲もうとするが、熱くて中々飲みきれない。


「そんなに早く帰りたいの?」

「そちらのお邪魔にもなりますし、仕事もありますので」

「ふーん」

 

 何か面白いものを見るように、彼女は俺を見ていた。何か失礼なことをしてしまっただろうか。

 とりあえずそんな彼女にドギマギしながらも、何とかお茶を飲みきる。よし、帰ろう。


「今日のお昼は店に来てくれるの? 夜でもいいけど」

「えっと……まだ未定です。でも近々またお邪魔はさせて頂くつもりです」

「……ボスって本当に面白いね。うちに来る客なんて、みんなお世辞ばっかり言うんだけどね。麗しのウルマー! 今日もあなたに会いに来ました! ってね」


 間違いなくヴァーマさんだろ。何となく想像がつく。

 だが、俺に女性を誉めるようなスキルはない。そんなスキルがあれば、友達どころか彼女だっていただろう。

 そんな俺が彼女には物珍しいのだと思う。

 だから、素直に言うことにした。変な誤解をされるのも嫌だし。


「その、そういうことは苦手でして……」

「そうなんだ、んふふ」


 なぜか笑われた。面白いことを言ったつもりはなかったんだが、彼女には面白かったのかもしれない。

 このままここに居続けてるわけにもいかないので、俺はそこで話を打ち切るつもりで立ち上がった。

 そして厨房のおやっさんに一声かける。


「昨日はすみませんでした! また寄らせて頂きます!」

「おう、いつでも来い!」


 おやっさんの元気な返事を聞き、支払いを忘れて怒っていなかったことに安心する。

 店を出ようとすると、店の入り口までウルマーさんが見送ってくれた。


「またね、ボス。また来てね」

「はい、またお邪魔させて頂きます」

「おいウルマー! お前そんな格好でいつまでボスの相手してるつもりだ!」


 厨房から聞こえたおやっさんの声で、ウルマーさんは自分の姿を見直した。……そして、いきなり目が覚めたような顔をして俺を見た。

 もしかして気付いていなかったのか。


「早く帰れ!」

「はい! お邪魔しました!」


 俺は真っ赤になって怒鳴りつけるウルマーさんから、逃げるように店を後にした。

 


 走って店に戻り、俺は荒い息を整える。セトトルに怪しまれでもしたら、言い訳に困る。

 いや、やましいことはないんだけどね。

 店の扉を開き中に入ると、カウンターですやすやと眠っているセトトルを見つけた。

 起こそうかとも思ったが、昨日ので疲れているのだろうと思い、布をかけてやった。このまま寝かせておいてやろう。


 俺は店の前の掃除をし、逃げられながらも挨拶をする。そして倉庫内の埃を払って、掃き掃除をするという日課をこなした。

 今日はこの後にやらなければいけないことがある。

 そう……倉庫に棚を入れる! そして箱を買うのだ!

 俺はまだ寝ぼけているセトトルを頭の上に乗せ、意気揚々と店を出た。

 ちなみに店は閉めてある。どうせお客さんも来ないからね……。


 時間は10時、こないだマジックペンなどを買った雑貨屋さんに行ってみることにした。

 棚をどこで買えばいいかが分からないからだ。


「お邪魔します」

「あら、いらっしゃい! 何かまた入り用かい?」


 こないだと同じ、恰幅のいい牛角のおばさんが迎えてくれた。

 少しだけほっとする。面識がある方が話しやすいというものだ。


「すみません、こちらで棚などは扱っていますかね?」

「棚……? うぅん、うちでは扱ってないね。棚が欲しかったら、工房に行ってみた方がいいかもね。北通りを少し進んだところに、ドワーフの工房があるんだよ。うちの棚もそこで誂えてもらったのさ」

「工房ですか。分かりました、行ってみます。ありがとうございます」

「いえいえ、次はうちで買い物してってくれよ!」

「はい、また買い物に来ます」


 当たり障りのない返事を返し、俺は北通りへと向かう。

 俺たちの倉庫がある場所が東通り。ということは、中央広場なるところを右に行けば北通りだろう。


「ボス! 棚を何に使うの?」


 やっと目が覚めてきたらしいセトトルが、頭の上から声をかけてくる。


「うん、倉庫内に棚を入れようと思うんだ。冒険者用の品物預かりを始めようかと思ってね」

「冒険者用の棚? どう使うの?」

「んー、それはお楽しみってことで」


 俺の髪を引っ張りながら、セトトルはぶーぶー言っていた。ちょっと痛い。

 そんなやり取りを続けつつ進むと、中央広場へと辿り着く。ここを右だな。

 俺が右に進もうとすると、肩を軽く叩かれた。

 誰だろうと振り向くと、そこにいたのは商人組合の副会長カーマシルさんだった。


「おはようございます。もしかして商人組合に御用事でしたか? それでしたら、こちらですよ」

「おはようございます。いえ、今日は工房に行って棚を購入しようかと思っていまして」

「おはよーございます!」


 セトトルの大きな声で耳がキーンとした。大声を出さないように後で言っておこう。

 それはともかくとして、だ。そういえば商人組合や冒険者組合は中央広場の辺りにあるって、昨日ヴァーマさんが言っていた。

 商人組合という場所がどういう場所なのか、一度顔を出しておいた方が良いな。でも、今日は棚だ。


「ふむ、棚ですか。工房というと、ドワーフの工房ですかな?」

「はい。ご存じですか?」

「えぇ、勿論です。ナガレさんも不慣れでしょうし、ご一緒しましょうか」

「本当ですか? 助かります」


 いい人だなぁ。ほんわかしてしまう。カーマシルさんはちっとも嫌そうな顔をせず、にこにこと先に歩き出した。

 俺はカーマシルさんに案内され、北通りを進む。

 少し進むと、カーンカーンと鉄を叩くような音が聞こえてくる。

 かなり広い入口も見える。あれが工房かな?

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