クリスマスの来襲者 後編
その後は不思議なこともなく普通に業務を行う。だが、どこかぽわっと浮ついた気持ちのままだった。
皆もそれは同じようで、朝のことは口にしない。狐に化かされたような感じが、どうしても抜けない。
いかんいかんと自分に言い聞かせ、深呼吸をして気を落ち着かせる。うん、大丈夫大丈夫。
気持ちを入れ替え仕事をする。今日は冒険者たちが多く、店の中には人がいっぱいだ。
そんな中、黒いフード付きローブを着込んだ三人組が入って来る。顔は見えないが、冒険者だろう。
よくある格好なので特に気にしていなかったのだが、三人は並びもせずにカウンターへと真っ直ぐ向かって来た。
もしかして初めてのお客様かな? 俺は三人の前へ立ち、足を止めさせた。
「申し訳ありません、順番に対処しておりますので並んでいただければと」
「ここに赤い服を着た爺さんが来ただろ。預けた荷物を渡しな」
「いえ、そのような方は来ておりません」
俺は笑顔を崩さず受け答えをする。声の感じからするに、相手は女性のようだ。顔の下半分が見えており目を向けると、きつい赤の口紅をつけた唇が見えていた。
しかし、彼女は俺の返答が納得できなかったのだろう。ふんっと鼻を鳴らし笑った。
「いいかい? 面倒ごとはごめんだろう? 荷物を渡してくれたらすぐ終わる。あぁ、それとも金かい? この店一軒建て替えられるくらい払おうじゃないか」
「お引き取りください」
まるで対応を変えない俺に苛立ったのか、彼女の様子が変わる。どうやら短気なお客様のようだ。
一緒に入って来た二人も、身構えているのが見えていた。
女は俺の胸元を掴み、素早く腰元のナイフを抜いて腹部へ突き付ける。しかしキューンがすぐに俺の腹部に纏わりついたので、危険は無くなっていた。
「これが最後だよ? 命と荷物。どっちが大事かなんて考えるまでもないだろう?」
「確かに、その条件だと命をとるかもしれません。ですが……驚きました」
「驚いた? 厄介な荷物を預かったことにかい?」
俺は首を横へ振り、眼鏡をクイッと持ち上げた。
「うちの倉庫にこういうお客様が来るのは、とても久しぶりです。少し懐かしくも感じました」
「何を訳の分からないことを……お前たち!」
カシャリと音を立て、後ろの二人が剣を抜く。しかし周囲を囲んでいた冒険者たちは、音も無く武器を抜いて二人の首元へ突き付けていた。
驚いている二人は口を開くことも許されず、剣を取り上げられる。そしてそのまま外へと拉致されていった。タイミングの悪い人たちだ。
しかし、後ろを見ていない彼女は気付かない。ナイフもキューンがいるので刺さらない。少しだけ可哀想だった
「外にはあたしの仲間が二十人以上待ちかまえている。逃げ場はないんだよ? あたしも出来れば死人は出したくない。……できれば、だ。分かるね?」
『ボスよ、もう良いか?』
「あぁうん、外はどうなってる?」
『そちらは父と母、そして冒険者たちが片付けた』
「後は衛兵を待つだけかな?」
「キャンキャンうるさい犬だねぇ! 優男も喋ってんじゃないよ! 誰が話していいって言ったんだ! 衛兵が来るまで自分の命があるとでも思っているのかい!」
顔を真っ赤にしている女性へ笑いかける。それを余裕の現れとでもとったのか、女性は俺の腹部にナイフを突きつけた。
ぷにょっと柔らかい感触。視線を少しだけ下へ向けると、キューンがナイフを受け止めている。というか、刀身自体が無くなっていた。
女性も違和感に気付いたのだろう。何度も突き出した後にナイフを見る。そしてギョッとした表情を見せた瞬間、ガブちゃんが飛び掛かった。
「ぎゃあああああ! やめな! この! 犬!」
『犬ではない! 我は誇り高きダイアウルフだ!』
「ダイアウルフだって怒っています」
「ダイアウルフ? ダイアウルフ!? ……まさか『オークの英雄』『変態樹の主』『倉庫の魔王』『王国の裏番』『竜殺し』『女を侍らす悪魔』の異名を持つ倉庫の管理人がアキの町にいるっていうのは、本当だったのかい!?」
増えてる、聞き覚えの無いやつが大量に! 謂れのないことに唖然としながら振り向くと、なぜかほとんどの人が頷いている。
頷いていないのは、よく分からないという顔で笑っているセトトルだけだった。釈然としない。
その後、縛られたならず者たちは衛兵に連れて行かれる。事情を聞きに来た衛兵の人も驚いていた。
「まだ東倉庫でこんなことをしようと考えるやつがいたんですねぇ」
とのこと。俺もそう思う。戦闘力ばかり高いうちの倉庫で、まだ悪事を働こうとするやつがいたんだなぁ。
夜、俺は今日の報告を終え、ヴァーマとおやっさんの店へ飲みに来ていた。
「それにしても、まだあんなやつらがいたんだな。外から来たにしても、珍しいこともあったもんだ」
「本当困ったもんだよ。早く一週間後になってほしいもんだ」
「厄介ごとがあったみたいだな。今日はみんな酒の肴に困らないって言ってたぞ」
「おやっさん」
酒を運んで来たのはウルマーさんではなく、おやっさんだった。そして珍しいことに、そのまま椅子へと座る。
俺たちがコップを掲げると、おやっさんがカチンと合わせた。
「で、その荷物はなんだったんだ? 調べたんだろ?」
「そりゃ検品はしましたが、開いて見ても何も入っていませんでした」
「なにも入ってない袋? つまり袋が高いのか?」
「さぁ……」
「俺たちには関係ないしなぁ」
ただの袋が高かろうが、俺たちにはまるで関係が無い。中にやばい物でも入っていればあれだが、何も入っていなかったし。
多少の興味はあれど、調べてまで知ろうとは思わない。
俺たちのそんな様子を見て、おやっさんは楽しそうに笑った。
「変なこともあるもんだ。……で、いつうちのを嫁に貰ってくれるんだ」
「おっと、そろそろ帰らないと。ヴァーマ行こうか」
「まーた逃げるのか。いいけどな。おやっさん、会計頼むぜ」
呆れ顔の二人から目を逸らし、店から出ようとする。苦笑いしているダリアさんと、頬を膨らませているウルマーさんが視界の端に見えたが、気にしないことにしよう。
逃げるようというか、実際俺は倉庫へと逃げ帰った。
深夜、物音で目を覚ます。一階からだった。
慌てて向かうと、唸り声が聞こえる。暗闇の中でもギラギラ光る瞳にビクリとしたが、ガブちゃん一家だと気付いた。
「何かあったのかい?」
『何者かかが侵入しようとした』
「……逃げられた?」
「大丈夫ッス。ガブちゃんのお父さんが追ったので、捕まるのも時間の問題ッス」
「そりゃご愁傷さまだね。で、狙いは……」
「あれッスね」
薄々察しはついていた。どうやら俺たちが思っている以上に、あの袋は厄介なものらしい。
俺は二階から布を持って来て、椅子へ座った後に体へ巻き付ける。見張りは任せてしまってもいいのだが、それは無責任な気がした。
暖かいガブちゃんの体温を感じつつ、俺は目を瞑る。しかし、少し経つと扉が叩かれた。
眠い瞼を擦りながら立ち上がり、扉を開く。そこには何かを背負っている副会長がいた。
「ナガレさん、夜分遅くすみません」
「いえ、お気にせず。副会長お疲れ様です。……背中にいるのはアグドラさんですか?」
「えぇ、どうしても行くと仰いますので連れて来ました」
「眠くなんてないよー……すぅ……」
可愛らしい寝息を聞きつつ、俺と副会長は話し合いを始めた。
荷物のこと、預けた人。色々話し合いはしたのだが、中身が入っていない袋には首を傾げるしかない。捕まえたやつらもよく分からないことしか言わず、情報がないらしい。
警備を密にする。俺たちはそう結論を出し、その日は別れた。
――そしてそれから襲撃を受け続け俺の苛立ちがピークに達したころ、一週間が過ぎ去った。
この一週間仕事になっていない。店の中、外にも冒険者とオークが大量にいる。王国から指示を出し、隣町から急ぎ兵を送った王子もいるせいで、物騒なことこの上ない。
どこの国を落とすつもりだという戦力に囲まれ生活をすることは、俺たちの精神を擦り減らす。睡眠不足もありイライラを隠せずにいると、冒険者の一人が近付いて来た。
「ボス、ちょっと外の様子を見て来る」
「はい、お願いします」
一人、また一人と外へ出て行く。おかしいと気付いたのは、東倉庫内に俺たち以外誰もいなくなったときだった。
外にたくさんいたはずの人たちの声も聞こえず、様子を見に行こうとする。あの時と同じで雪が――降っていた。
シャンシャンと音がする。倉庫の前にはいつの間にかソリが止まっており、厄介ごとの主が店の扉を開いた。
「どうもこんにちは、荷物を受け取りに来ました」
「それは良かったです。本当にこの一週間大変でした……赤い服?」
暖かそうな赤い服、赤い帽子に白い髭。少しだけそうではないかと思いもしたが、目の当たりにすると驚きが隠せない。
サンタ、だ。もう見るからにサンタ。こっちの世界でも同じ姿なんだなぁ。
「ほっほっほっ、どんな物でも出せる袋だと勘違いし、襲って来る輩が多かったのでな。その点この倉庫は良い。ドラゴンの紹介もあり安心できた」
「はぁ……」
「ボス! サンタさんだよサンタさん!」
「サンタ……さん……」
『我は良い子にしていたぞ!』
苦情を言いたい気持ちを我慢していたのだが、今は全て吹っ飛んでいる。サンタっていたんだなぁ、と思わずにはいられなかった。
手続きを済ませ、荷物を受け渡す。不思議な気持ちのままでいると、サンタさんがにっこりと笑い、袋の中へ手を入れた。
「この袋は本当に必要としている物を出してくれる物。迷惑をかけたお詫びをしよう」
本来ならば断わるところなのだが、何が出て来るのだろうと興味が消えない。断るにしても見てからでもいいかな?
俺たちがドキドキしながら見ていると、まずはセレネナルさんに手渡された。
「魔法のガラガラ。これを鳴らすと、赤ん坊の機嫌が良くなる」
「おや、これは助かるね」
「まだ産まれてないが、いい物をもらったな」
ヴァーマ夫妻が受け取った物を喜ぶ。それだけで財を成せそうな品物だが、そんな気持ちにはならなかった。
サンタさんは、次にガブちゃんへと差し出す。
「いくら攻撃しても壊れないカカシ。……強さに貪欲なのかな?」
『おぉ! これでいくらでも訓練ができる!』
よ、良かったなぁ? 最初は微笑ましい物だったのに、少し物騒で首を傾げてしまう。ガブちゃんが嬉しそうだし、いいのかな?
プレゼントにそれはどうなんだろう? 困っていたが、サンタさんは次にダリアさんへプレゼントを差し出した。
「男運が良くなるリボン。……男運が悪いのか?」
「ありがとうございます! これで余計なゴミが送られてこなくなるかもしれません!」
たぶんあいつから手紙が来ているんだろうなぁと思ったが、俺たちは誰もツッコミを入れなかった。苦労していたんだ……。
そしてサンタさんは俺とセトトル、フーさんの前へと来る。
カウンターの上に並べた物は小さな四つの箱だった。
「幸せの指輪。これが出て来るということは、悩む必要はないということだ」
「オレ指輪持ってるよ?」
「うぐぐ……セトトルちゃんずるい、二つ目……」
二人は箱を受け取らず、じっと俺を見ている。サンタさんどころか、他の人たちも俺のことを見ていた。
受け取ったら、後戻りができない気がする。本当に受け取っていいのか? こんなことで決めてしまっていいのか?
悩みに悩んだが――俺は受け取らなかった。
「素直になったほうが良いと思うぞ?」
「いえ、大丈夫です。覚悟は決めました。こういう物は、自分で手に入れないといけません」
「ほっほっほっ、なら良かった」
おぉっと騒めく一同。ヴァーマとセレネナルさんがにやにやと笑い、キューンがぷるぷると震え、ガブちゃんと両親が頷いていた。
セトトルはにこにこと笑い、フーさんは顔を真っ赤にしている。年貢の納め時ってやつらしい。
そして別れの時。俺たちはサンタさんを外まで見送る。
雪が積もっており人影がない。そしてトナカイがソリの前で行儀よく待っていた。セトトルとフーさん、ガブちゃんは大興奮だ。
「サンタさんのソリってドラゴンが引いてたんじゃないんだね! オレ賢くなった!」
「本では……ドラゴンが引いてた……」
「……」
聞き捨てならない言葉だったので、後で問い詰めることを決める。誰のせいかが、分かった気がした。
サンタさんはソリに乗った後、俺へ手招きをする。何か話があるらしく、俺は一人近づいた。
「どうかしました?」
「……異世界ってたくさんあるんですよ。無数に世界があるので、その人に向いている世界が必ずあります」
「え、それって……」
「奥さんが四人とは驚きましたが、どうぞお幸せに。それっ!」
この世界へ来る前に出会った懐かしい声の主は、手綱をピシャリと鳴らし、シャンシャンと音を立てながら空へと飛び立つ。
もしかしたら俺の様子を見に来たのかな……。そう思うと、不思議に顔には笑みが浮かんだ。
俺たちはその姿が見えなくなった後も手を振り続けた。
倉庫に戻った後、俺はキューンを二階へと呼び出した。
「どうしたッス?」
「サンタさん、知り合いだったよね」
「なんのことッス? 困っていると言われて紹介したわけじゃないッスよ?」
「襲って来たの、あれなんだったの? この国の人間じゃなかったよね?」
「隣の国の服装だったッスね! 見覚えあるやつらだったッス! 袋のことを知っているとは驚きッス!」
「……隣の国で何かあった?」
「僕が預かったこととかないッスよ? その時にちょっと困っている人に使ったこととかもないッス!」
「キューンが元凶じゃないか!」
「誤解ッス! トナカイの代わりにソリを引いたこともないッス!」
こうしてこの事件は幕を下ろした。やっぱりこいつのせいだったか……。
溜息を吐き、背もたれへ体を預ける。ギシリと椅子が軋んだ。
もうクリスマスになってしまったが、親方のところへ行き、注文をしないといけない。本来なら宝石店などだろうが、付き合いなどもあり信用性も高い。
許して欲しいッスよぉと言いながら、膝の上へ乗ったぷるぷるした球体をポイッと投げ捨てる。そして笑いながら伝えた。
「……メリークリスマス」
「メリークリスマスッス! 後、僕は悪くないッス! 煮え切らないボスの背中を押したんだから誉めてほしいッス!」
「まだ言うか!?」
キューンとギャーギャーやっていると、一階からウルマーさんとハーデトリさんの声が聞こえる。タイミングが良いというか悪いというか……。もしかして誰かが情報をリークした?
二階へと向かう足音を聞き、俺は窓を開きキューンへ手招きする。それだけで伝わったらしく、キューンは外へ飛び降り地面で俺を待ち受けた。
ピョンッと飛び降りると、キューンが受け止めてくれる。まだ指輪が無いのに、あの二人に会うのはなんとなく気まずい。
雪が降るアキの町、俺は足早に親方の店へと向かうことにした。