クリスマスの来襲者 前編
セトトルを助け出し、平穏な生活を取り戻した。俺以外は。
倉庫の業務も安定を見せ、取り立てて問題は起きていない。俺以外は。
朝、誰よりも早く目を覚ます。足元にはガブちゃん、お腹の上にはキューン。少しでも遅く起きれば、両隣に女性が寝ていることもあるので危険だ。
さっとベッドから出て着替えをし、一階へ降り顔を洗う。すっきりとした気分になり、受付へ座りぼんやりと天井を眺めた。
すぐにガシャガシャと入口から音が聞こえ出す。開かれた扉から入って来たのは、いつの間にか合鍵を作っていたウルマーさんだった。
「あら、ナガレは相変わらず早起きね。おはよう、今から朝食作るわ」
「おはようございます」
彼女が通い出した最初のうち、いつもすみません、無理しないでもいいですよ? と言ったことがある。告げた後、ウルマーさんは烈火の如く怒った。
「婚約者でしょ! いつまで遠慮してるのよ! どうせ毎日作ることになるんだし、無理もしてないんだからね!」
毎日作ることは決定で、無理をしているのではなく好きで作っている。ありがたいと同時に、若干恐怖のような物を感じたことは隠しておいた。
トントンと小気味良い音を立て、ウルマーさんは二階の台所へ向かう。音が止まった後、俺は大きく溜息を吐いた。
「はぁぁぁぁぁぁぁ」
「溜息を吐くと幸せが逃げるらしいッス」
「……おはようキューン」
「おはようッス!」
いつ寝ていつ起きたのか分からない緑色の球体がぷるぷると震える。いつ一階に来たのかも分からないが、そういう存在だと分かっているので気にならなかった。
――毒されている? 慣れというのは怖いもので、もしかしたら疑問に思うところなんじゃないか?
顎に手を当て、ふーむと言いながら悩んでいると、二階から降りてくる足音がした。
「ボスがいないよボスがいないよ! ……あ、ボス!」
「おはようセトトル」
「ボスー! おはよー!」
セトトルはカウンターの中へと入り、俺へと抱き着いた。もう小さい妖精ではないのに、今でもやっていることは変わらない。
乱れた寝間着、柔らかい体、良い匂い。本来ならば喜ぶところだが、俺の顔は引き攣っていた。
理由は至極簡単、どう接すればいいのかが分からない! これに尽きる。
しかもこれだけで終わらない。すぐにもう一つ足音が二階から降りて来るのが分かった。
緑色の髪、だが服はしっかりと着替えている人物。フーさんは俺のほうを向き、にっこりと笑った。
「おはよう……ございます」
「おはようフーさん」
彼女は無言でとてとてと歩き、自然に俺の膝へと座る。心拍数が上がるのを感じた。
後ろから抱き着き頬を摺り寄せるセトトル、膝に座りにこにこと笑うフーさん。逃げ場のない追い込まれ方に苦笑いをしたいところだが、東倉庫の扉がゆっくりと開かれた。
扉はゆっくりと丁寧に開かれているが、彼女自身はそうではない。くるくると巻かれた金髪をピョンッと跳ねさせているハーデトリさんは、口元に手を当て口を開いた。
「おーっほっほっほっ、おはようございます! 今日も良い朝ですわね!」
「おはようございますハーデトリさん」
「呼び捨てでもよろしくてよ?」
「……熟考の末に検討したいと思います」
「よろしいですわ!」
どうしてこうなったのだろうか? 女性慣れしていない俺にはきつい環境、心休まらない職場。深く深く考えていると、二階からウルマーさんの声が聞こえた。朝食の用意ができたらしい。
俺は纏わりつく二人、後ろへ続く金髪美女とスライムを連れ二階へと向かった。
とても和やかに大家族のような人数で食事をする。実際、家族なのはヴァーマとセレネナルさんだけなのだが、俺にとっては家族と変わらない。
「今日はスープに一手間加えたの」
「私も……手伝いました……」
「パンを焼いて持って参りましたわ」
「オレは食べるのがお仕事だよ!」
『我も同じだ』
肉は野菜と食うとおいしいということを知った黒い狼、ガブちゃんはおいしそうに食事を平らげる。
ちなみに両親も毎朝食べに来る。別にいいのだが、ダイアウルフたちに野生の誇りとかはないのだろうか? いや、いいんだけどね。
女性陣が食事の後片付けをする中、セレネナルさんのお腹を見る。かなり大きくなっており、家族が増える日も近いと思えた。
ヴァーマは厳しい顔つきをした男だったはずなのだが、デレデレしてお腹を撫でている。愛情の深い男だったが、子供ができるとこんなに変わるのだろうか。
「子供、か」
なんとはなしに呟くと、ガタガタと音がして二人が部屋に飛び込んで来る。扉のところにもおずおずと覗いている一人と、きょとんとしている一人がいた。
言うまでもなく、婚約者となっている四人だ。
「ナガレ! 結婚する気に――」
「家族に連絡を――」
「ヴァーマ、そろそろ倉庫の掃除を始めようか」
「ん? そうだな」
恨めしそうな表情を見せる女性陣から、逃げるよう部屋から出る。途中すれ違ったセレネナルさんは「やれやれ」と呟いていた。
掃除を済ませ、店を開く。今日も多数のお客様がいらっしゃると思っていたのだが、なぜか誰も来ない。
本当に珍しいこともあるものだと思っていたのだが、店の前に馬車が止まり……馬車? 角が見える気がする。もしかして、角が生えている馬がいるのだろうか。
不思議に思っていると、扉が開かれる。入って来たのは、赤いジャケット、白いふさふさの髭。威厳がありそうな、ふくよかな老人だった。
「いらっしゃいませ。中に馬車を入れても大丈夫ですが」
「いやいや、雪のない場所へ入れるとソリは面倒でのう。ほっほっほっ」
ソリ? 雪? 外を見てみると、確かに雪が降っている。さっきまで晴れていた気がしたのに……。
まだこちらの世界で冬は一度しか経験していないが、降るのには早い。とはいえ天気なんて気まぐれな物なので、こんなものなのかもしれない。
そういうことで納得することにしていると、セトトルがお客様に近付いた。
「いらっしゃいませ! お預かりですか!」
「おぉ、これは可愛らしいお嬢ちゃんじゃなぁ。この袋を一週間ほど預かってもらえるかい?」
肩にかけていた大きな白い袋をセトトルへと渡す。重そうだと思ったのだが、彼女は平然と運んでいた。見た目ほど重くないのかもしれない。
カウンターで袋を箱へ入れ、割符などを用意。書類にサインもしてもらい、手続きは滞りなく終わった。
「それで料金ですが」
「あぁ、その前に一つ良いかのう。わし以外の人には絶対渡さないでもらえるかい?」
「えぇ、それはもちろんです。お約束します」
「うんうん、良かった良かった。ではこれで良いかの」
老人がポケットからお金を出す。そんなに必要ないと言おうとしたのだが、老人はどんどんポケットからお金を出していく。気付いたときには、カウンターの上はお金で埋まっていた。
――これだけあれば何年分の稼ぎになるのだろう? ポケットのどこに大量のお金が入っていたのだろう?
頭の上に疑問符を浮かべていたのだが、口を開いて固まっている仲間たちを見て我を取り戻した。
「こ、こほん。申し訳ありませんが、一週間のお預かりでこれほどの金額はいただけません」
「ふむ? 気にせず受け取ってもらいたいのだが」
「いえ、うちの信用に関わります。一週間分以外は受け取れません」
「……ほっほっほっ」
気前の良さそうな老人は嬉しそうに笑う。こっちは冷や汗掻きつつ、厄介ごとに巻き込まれているのではないかと考えているのに、全然気にしていないようだ。
しかし、こちらの意図は老人にも伝わったのだろう。言われるがままにお金を仕舞ってくれた。……本当にどこに入っていたんだろう?
「ではよろしくお願いします」
「はい、確かに承りました」
老人が外へ出て、馬車らしき物が移動して行く。シャンシャンと音を鳴らしており、どうにもサンタさんとかそういうのを連想してしまう。
他のお客様もいないのでぼんやり外を眺めていると、また扉が開かれた。
「すみません、少し遅れてしまいました」
「おはようございます、ダリアさん」
「はい、おはようございます」
今日は尻尾に白いリボンをつけている少女は休む気もないらしく、すぐにカウンターへと向かって来る。そして箱を見て、不思議そうにした。
「この箱は仕舞わないんですか?」
「あ、うん、仕舞おうかな。そういえば雪は大丈夫だった?」
「雪? 今日はカラッと晴れた良い天気ですよ?」
ダリアさんの言葉で、俺たちは一斉に外を見る。さっきまでこんこんと降っていた雪は、その姿を消していた。
目を合わせた後、今度は玄関を開き外へ向かう。しかし地面には雪が無いどころか、濡れている跡すら無かった。
まさか夢だったのか……?
「あの、どうしたんですか? とりあえずわたしはこの箱を仕舞っておきますね」
彼女のほうを見ると、確かに箱があり、中を覗くと白い袋が入っている。
さっきのことが夢でも幻でもなく、現実である証拠だった。
後編は明日21時に。