十六個目
「いやぁ、酒がうまい!」
全然話は進んでいなかった。ヴァーマさんは酒を飲んでばっかりだ。机の上にはドンドン空のグラスが足されていく。
何とか切り出そうとは何度もしたのだが、どうにもうまくいかない。困った……。
「そういえばヴァーマさん。何かボスと話すんじゃなかったの?」
「……ん?」
セトトルはまるで空気を読まずに聞いた。グッジョブ! 正直助かった!
ここしかないとばかりに、俺は畳み掛けるように話した。この流れにのるしかない!
「えぇ、冒険者のことがお聞きしたかったんです。ここら辺にはダンジョンがあると言っていましたよね? そこで素材を集めたりしているのですか?」
「おぉ、その話をするんだったな。まぁでもみんな知っていることだぞ?」
「構いません、お願いできますか?」
ヴァーマさんは少し考えた後、グラスを机に置いて話し始めた。
「まずアキの町の東にダンジョンがある。そのお陰でこの町には冒険者が多く、人の入れ替わりが激しい」
「なるほど、他の町よりも人が多いのですかね?」
「そうだな。だが、ダンジョンは結構色んなところにあるぞ? だから、決してこの町だけ人が多いというわけではない」
「鎧を着けた人とかがよくいるもんね!」
ふむふむ……。ダンジョンは色んな所にあるのか、面白いな。
セトトルの話からも、結構冒険者という職種の人が多いことも分かる。
色々と思いつくことはあるが、俺は話を続けてもらった。
「で、冒険者はこの辺りのモンスター退治を請け負ったり、ダンジョンでモンスターを倒して素材をとったりする。一攫千金狙いで、ダンジョン奥深くの宝箱を狙ったりもしているな。詳しいことが知りたかったら、冒険者組合に行ってみるのもいいんじゃないか?」
「冒険者組合というのがあるんですね。一度行ってみようと思います」
「商人組合などと同じで、中央広場にあるからな。すぐに見つかると思うぞ」
ふむふむ、色々な組合があるんだな。一度行っておいた方がいいかもしれない、情報収集に使えそうだ。
さて、そろそろ一番聞きたかったことを聞いておこう。……じゃないと、ヴァーマさんが酔いつぶれてしまいそうだし。
「ヴァーマさんは、冒険者の荷物を預かってくれるところが少ないと仰っていましたよね? それはなぜですか?」
「あぁ……。冒険者の荷物ってのはな、武器だったり野営道具だったり、モンスターの素材だったり様々なわけだ。そんな細々とした物は預かれんってな。今回だって、同じパーティーの荷物を木箱に纏めて何とかだ。それでも東倉庫以外の倉庫には断られたけどな」
「なるほど。では倉庫で冒険者用の箱を用意してあり、そこに入れてもらえた物を預かる。などと言った倉庫があったらどうなりますか?」
「がっはっは、そんな都合の良い話があると思うか? 冒険者ってのは泥にまみれて汚いと思われてるからな! そんな倉庫があったら、こっちから頭を下げてやるとこだ!」
ビジネスチャーンス! 俺は一筋の光明をここに見つけた。
俺は喜び勇んでいたが、彼の話はそこで終わりじゃなかった。
「もう本当にな……。冒険者ってのは、有事の際以外は嫌われ者なんだ。荒っぽいやつも多いからな、問題を起こすやつもいる。だが、本当はそんなことはないんだ……」
ヴァーマさんのテンションが見る見る落ちて行く。目も潤んで、見てられない。
飲むとこういうテンションになる人はよくいる。説教をしだす人、泣きだす人。様々だ。
つらいことを吐き出して、明日も頑張るために必要なことなんだろう。
「そうですね、自分もヴァーマさんとお話をしてそんなことは無いと思いました。噂というのは、9割の人が良いことをしても、1割の悪い人間の方が話題になります。冒険者が嫌われているのも、そういう人たちが話題に上がってしまうからですね」
ヴァーマさんは潤んだ目でこっちを見てきた。大の男がこんな顔をするほどだ。よっぽど辛かったんだろう。
少しでも慰めてやりたいものだ。
「そうなんだ! そうなんだよ! 大半の冒険者はそんなことはしない! なのに、夜盗崩れになった冒険者たちや、店で暴れるような冒険者のせいで、どんどんイメージが悪くなっている! 本当はそんなことはないんだ! 分かってくれるか!?」
「はい、分かります。一部の人間のせいで、多くの人が巻き添えになる。悲しいことですね」
「うん……うん……」
「なんかオレも……」
完全にヴァーマさんは泣いていた。セトトルも、もらい泣きしている。
段々収拾がつかなくなってきた。誰かヘルプが欲しい。
俺がなぜか二人を慰めていると、店が暗くなった。
そして、ステージが照らし出される。
ステージ上にいたのは、ウルマーさんだった。
「はい、注目! 今日もステージの時間がやってきたよ!」
店の人が全員ウルマーさんを見る。
さっきまでの喧騒が嘘だと言わんばかりに、みんな小声で話すようになる。
そして、たまに声援の声が上がっていた。
「いよっ! 歌姫ウルマー!」
「待ってたよー! このために店に来てんだから!」
どうやら彼女が一曲歌うらしい。あのドレスは、ステージ用だったのかと妙に納得する。
彼女はお客さんに軽く手を振って声援に応えている。
「ボス? 何が始まるの?」
「あ、うん。これから」
「麗しの歌姫! ウルマーのナイトショーだ! 知らないのかおチビちゃん! この店にはこれ目当てで客が大量に来るんだぜ!? 一度聞いたら病み付きだ! もう通わずにはいられないからな!」
……ヴァーマさんが説明してくれた。その説明でセトトルも興味を持ったのか、真面目な顔でステージに向き直っていた。
昼間は元気溌剌だった彼女が、どんな歌を歌うのかは俺も興味がある。ここは、みんなと一緒に楽しませてもらうことにしよう。
そしてウルマーさんが周囲を一瞥し、一つ大きく息を吸うと、彼女の顔つきが変わった。
彼女から発せられる透き通るような声が、耳から体中を駆け巡る。心地よく、衝撃的でもあった。
その昼とはまるで違う真剣な顔つき、妖艶ともいえる目。そして透き通る歌声。
俺は彼女から目を離せなくなっていた。
そして彼女が一曲歌い終わり、軽く頭を下げた。
その瞬間、俺は誰よりも早く、大きな拍手をしていた。すごい!
ちなみにセトトルも同じようにすごい勢いで拍手をしていた。
そんな俺たちを、ウルマーさんだけでなく、他のお客さんまでが見ていた。
そこでやっと気付く、他に拍手をしている人がいなかったことに。たぶん俺たちがすごい勢いで拍手をしていたため、他のお客さんもこちらを注視してしまったのだろう。テンションが上がって、完全にやらかした。
俺とセトトルは拍手をやめ、周囲の人に軽く頭を下げた。恥ずかしい!
「なんだなんだ? そんなに良かったか! ウルマーは最高だったろ!」
「はい。すごかったです! つい、興奮しちゃって……お恥ずかしい」
「ううっ。オレも何かこう、ぐわーっ!ってなっちゃって……」
ヴァーマさんの言葉に、赤面しながら俺たちは答えていた。
だが、ヴァーマさんも周囲の人も、笑って迎えてくれていた。段々と俺たちの机に周囲の人たちが集まってくる。……失礼、三割か四割は人ではなかった。
まぁそんなことはいい。大事なのは、誰もがウルマーさんを賛辞していること。
そして、俺とセトトルもそれに楽しく答えられていることだ。
それはこの世界に来て、初めて少し馴染んだ感じがした瞬間だった。
「はい! それじゃあ新しいファンも出来たみたいだし、もう一曲歌うよ!」
ウルマーさんがこちらに投げキッスをしてくる。
俺は恥ずかしがりながら、少しだけ頭を下げた。ちなみにセトトルは、両手をぶんぶん振り回して手を振っていた。
その後の歌も最高だった。
ウルマーさんの歌を堪能した俺とセトトルは、夢心地で店へと戻った。
ちなみにふらふらとしていたので、ヴァーマさんが心配して店の前まで送ってくれたくらいだった。
俺とセトトルは、そのままベッドへと倒れ込んで眠った。本当に楽しかった……。
意識が落ちていく中、俺はあることを思い出した。
……食事代を払い忘れた。




