百五十七個目
蜘蛛、犬、牛人間、トカゲ、様々なモンスターが襲い掛かって来る。しかし、全て敵ではなかった。
おやっさんやヴァーマが多少手こずりはするものの、一瞬足止めをすれば残りの四人がぼこぼこと敵を倒していく。無双状態だった。
俺たちはそんなダンジョン製作者に謝らなければいけないような攻略をし、明らかに様相の違う扉へと辿り着いた。
煌びやかで、美しい装飾がなされている、天井まで届こうかという数mある扉。ここが最後の到着点だと、確認しなくても分かった。
「……開けますよ?」
全員に確認をすると、頷いてくれたので仰々しい扉を俺は押して開いた。俺が開けた理由は、襲い掛かられても他の面々が守ってくれるという信用からだ。
戦力が削られるくらいなら、もう用済み状態の俺がやられたほうがいい。……さすがに、それは言わなかったけれどね。
開いた扉の先は、美しい装飾がなされた部屋。立っている太い数本の柱にまで装飾がなされている。正に最後という感じだった。
部屋に入ろうとしたとき、キューンがぴくりと反応をする。なにかと思ったが、その理由はすぐに分かった。大量の物音が、足音が、津波のように向かって来ている音がしたからだ。
「これは……」
「僕が残るッス」
「でも」
「ブレスを吐いたら生き埋めになっちゃうから吐けないッスけど、ちょちょいと黙らせるッスよ」
一瞬心配をしたが、キューンに勝てるやつがいるとも思えない。なのでその言葉を信じ、俺たちは中へ入った。
中へ入ると、扉が勝手に閉まる。どうやら自動ドアのようだ。うちの店にもぜひ採用したい。そんな関係ないことを考えつつ、部屋の一番奥にある祭壇を目指そうと俺たちは歩き出した。
『下がれ、ボス!』
答えるよりも早く、俺の襟がガブちゃんに掴まれて引きずられる。そして次の瞬間、目の前にとても大きな黒い鎧がどこからか現れていた。3mくらいありそうだ。
……どうやら、最後の番人といったところだろう。
大きな剣に、大きな盾。絶対に強いことが、見ているだけで分かる。キューンもいない状況で、やばいことになった。
そうも思ったが、自信満々に進み出る二人と三匹がいた。
「俺たちがあいつを倒す」
「まぁ、そういうことだ」
『ボスは祭壇へ行け』
『久々の闘争、血が騒ぐ』
『あらあら……』
なんか、どうしてだろう。少しだけ、黒い鎧のほうに同情してしまった。lv50くらいで行くダンジョンに、lv200くらいの仲間を従えて攻略しに来ている気分になったが、まぁいいだろう。
こういうのも悪くはない。俺は戦力外だけどね!
みんなを信じ、俺は祭壇へと真っ直ぐに走った。こいつを倒す必要はない。必要なものを手に入れて、脱出してしまえばいい。そう思って走っていたのだが、俺はすぐに吹き飛ばされた。
理由は、鎧に弾き飛ばされたおやっさんだった。どうやら俺の方へ飛ばされたらしい。
「ちっ、やるな。ボス大丈夫か!」
「駄目とは言えません!」
「よし、なら走れ!」
「はい!」
走って、走って、走った。当然敵も気づいており、俺に剣が振り下ろされる。でもそれは、ヴァーマが、おやっさんが、ガブちゃんが、ご両親が、全て防いでくれていた。
俺は後ろから聞こえる叫び声を無視し、祭壇へと……辿り着いた。
息を整える時間すら惜しみ、俺は祭壇を見る。そこに置いてあったのは、透明で丸くて、そう占い師が使っているイメージのあるあれ。つまり、水晶がおいてあった。
だが、ただの水晶のはずがない。俺は恐る恐るそれに触れ、持ち上げた。……特になにも起きない。やはり、ただの水晶かもしれない。た、ただの水晶!?
愕然としていると、ドォォンと重いものが倒れる音がし、狼の遠吠えが聞こえた。
『ウオオオオオオオオオオオオオオン』
「勝った……勝ったぞおおおおおおおお!」
ヴァーマとガブちゃんが、お互い抱き合いながら喜んでいる。負ける気はしなかったが、本当に勝ってしまうとは……。
俺は喜んでいる五人の元へ、ただの水晶としか思えない水晶を持ち、近づいた。
「ボス! 勝ったぞ! ガブ公の活躍見たか!?」
「ごめん、見てなかった」
『良い! 構わぬ! 強敵だった!』
物凄く短時間で倒した気がしていたが、よく見ると全員傷だらけだった。本当に激戦だったらしい。なのに、手に入れたのはただの水晶……。
言い出せずに困っていると、いるはずのないやつの声がした。
「それ、神石ッスね」
「キューン!? あれ、敵は!?」
「全部倒したッス」
ここは俺に任せて先に行け! 的なあれかと思っていたが、目の前にいるキューンは無傷だった。どうやら、本当にさらりと倒したらしい。頼りになると同時に、若干の恐怖を覚えた。
……それはともかく、神石とはなんだろう?
「神石は、魔力を無尽蔵に溜めることができる石ッス。それを悪用しようとするやつが多くて、封印されたって話だったッス」
「……魔力を?」
俺は、賢者の書の記述を思い出していた。確か、妖精から精霊になるときに記憶を失ってしまうのは、魔力を大量に消費する後遺症? それで、これは魔力を無尽蔵に溜められる? それって、つまり……。
「これに魔力を溜めれば、記憶を失わずに済む?」
「かもしれないッス!」
「う……うおおおおおおおおおおおおお!」
俺は、誰よりも大きい雄たけびを上げた。助けられるかもしれないだが、初めて掴み取った。助けられるかもしれない物を。それが嬉しく、俺は叫び続けた。
その後、お宝が無いということはまずいと思い、俺たちは黒い鎧の剣を台座近くに置いた。とても人が持てる物には思えないが、これもかなりの一品らしい。きっとこれから攻略する冒険者にも満足頂けるだろう。
ついでに、ガブちゃんの乳歯をお母さんが置いていた。ダイアウルフの乳歯は貴重なものらしいが、これは満足してもらえるかは不明だ。
なにはともあれ、俺たちは来た道を戻る。当然穴は入念に塞いだ。ダイアウルフ三匹の力で塞いだのだ、多分大丈夫だろう。……駄目だったとしても、許してもらえるよね?
だが町に戻った後、新たな問題が浮上した。
「これにあらゆる属性を混ぜ合わせ、さらに十分な魔力を溜めることは分かった」
「はい、親方。いけますかね?」
「可能か不可能かで言えば、可能じゃ。……大量の魔力と、それを混ぜ合わせることができればな」
魔力が足りない。それを混ぜ合わせられない。ない物尽くしだ。二歩進んで一歩下がった感じだ。しかし、確実に一歩進んだはず。そう信じよう。
俺たちは東倉庫で、会議を始めた。
「まず、どうやって属性を混ぜ合わせるか。これはフーさんの力を借りるしかありません。他のシルフの協力もほしいですが、知り合いがいません」
「シルフの知り合いはさすがにおりませんわ……」
ハーデトリさんでも厳しいらしい。キューンを飛び回らせて集めることも考えたのだが、いるかどうかも分からないものを探し出す時間が無い。つまり、できる範囲でやるしかなかった。
俺はフーさんを心配していた。引き受けてはくれるだろうが、プレッシャーも大きい。気弱な彼女が、耐えられるだろうか?
……だが、それは俺が彼女を舐めていたとしか言えない。フーさんの顔は、笑顔だった。
「必ず……成功させます。私も、セトトルちゃんの力に……なれる。嬉しい」
「フーさん……」
「任せて……ください!」
信じるしかない。いや、信じよう。彼女の決意を。
しかし、もう一つの問題が残っていた。
「大量の魔力、ですね」
「それは問題ないだろう」
「アグドラさん? なぜ、問題ないのですか?」
「やれやれ……。明朝になれば分かる、任せておけ。行くぞ、カーマシル、管理人たち」
「はい、お任せください」
自信たっぷりなアグドラさんに、俺は任せるしかなかった。っと、管理人たちと言っていた。俺も行かないといけない。そう思いついて行こうとすると、副会長に頭をチョップされた。
「ナガレさん以外の管理人さんです。そういったボケは要りません」
「す、すみません」
ボケたつもりは無かったのだが、ボケたと思われたらしい。
ともかく俺にできることは、もう待つことだけ。残り日数は……後二日。