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百五十五個目

 後片付けを終えた俺はキューンを抱えたままふらふらとウォルフ王子の元へ向かった。


「ナガレ殿? 目的は済んだのかな?」

「はい……もう十分です。アキの町へ戻ろうと思います」

「そうか……解読が進んでいれば、また違ったのかもしれない。力になれず済まない」

「いえ、ありがとうございます」


 俺の顔から何かを察したのだろう。ウォルフ王子は深くは聞いてこなかった。



 中庭で、俺はキューンの背へ乗り飛び立った。もう出来ることはなにもなく、命は救えても記憶は失われる。力なく俺は、キューンの背へ横たわった。

 あぁ、でもできることがまだ一つだけある。それは、セトトルの側へいてあげることだ。こんなことなら、苦しんでいるセトトルの側にずっといてあげれば良かった。色んな人に迷惑をかけ、俺が掴んだことはたった一つの事実。

 奇跡を願う。そんなくだらない妄想だった。


「ボス……ほとんど寝ていないッス。ついたら起こすッスから、少し寝るといいッス」

「うん、そうさせてもらおうかな。キューンも疲れているよね? 本当にごめん……」

「いいから、寝るッス」

「あぁ……」


 こんなに悲しいのに、とても辛いのに、瞼を閉じれば睡魔が襲ってくる。それすらも悲しくて、俺は陰鬱としたまま眠りについた。




 アキの町へ戻り、俺は集まっていた人たちに全ての事情を説明した。命は助かるが、記憶は失われる。後できることは、奇跡を信じることだけだと。

 誰もが嘆き、泣いた。そんな中で、俺は一人泣くこともできず、茫然と空を眺める。なにもできない、無力な自分が泣いてはいけない。一番辛いのはセトトルであり、泣くことだけはできなかった。

 俺はせめて泣くことにだけは抗おうと、泣きそうな顔をしながらセトトルへ会いに行った。


 大きなベッドに、セトトルは小さな体で横たわっていた。息は荒く、頬が紅潮していることから熱が下がっていないことが分かる。

 俺はベッドの横にある椅子へ座り、ぼんやりとセトトルを眺めた。

 頭の中には、この一年の思い出が浮かび上がる。初めて出会ったとき、彼女は強がっていた。本当は辛くて怖かったのに、笑っていたのだ。

 本当の笑顔を彼女が見せてくれたとき、とても嬉しかった。


 セトトルは、物覚えは決して良くなかった。でもいつも一生懸命で、何度も繰り返しメモを読む。擦り切れるほどに読んでいる姿を見ていたので、俺は何度でも教えた。

 その甲斐もあり、今では立派なNo.2だ。俺がいなくても、彼女が入れば東倉庫は問題ない。

 しかし、俺はそんな気持ちに甘えてしまっていた。彼女との時間を、しっかりと作れていなかったのだ。

 もっと、一緒にいてあげれば良かった。


 本当にそう思う。至らないことばかりで、情けなくて、自分に自信がなくて、迷惑ばかりかけた。それでも、ずっと一緒にいてくれたんだ。

 俺に自信をもたせてくれて、みんなを引っ張るということを教えてくれた。手が届かないところは、全部セトトルたちが埋めてくれていたんだ。

 そんななによりも大切な記憶が、失われてしまう。

 それを、止めれなかった。


 そっと眠っているセトトルへ指先を伸ばすと、小さな手が力無く指を掴んだ。


「ボス……?」

「セトトル? 起きていたのかい?」

「うん……はぁ……ごめんね」


 謝らなければいけないのは、俺のほうだ。なにもできなかった無力な俺を罵倒してほしい。なのにセトトルは、弱弱しくも笑っていた。

 それが俺の胸に響き、居た堪れなくなり目を逸らしたくなる。だが、逸らすわけにはいかなかった。


「オレ、すぐ元気になるからさ。だから……辛そうな顔をしないで?」


 こんなときにまで、セトトルは俺の心配をしていた。辛いのは俺よりもセトトルなのに、俺のことばかり気にかけている。その笑顔が失われてしまうことが、なによりも怖い。

 だが、俺にはなにもできないのだ。ただ、一緒にいることしかできない。


「すぐ……元気になるよ。セトトルはずっと頑張っていたからね。ゆっくり休みな?」

「うん……すぅ……」


 セトトルは、俺の指先を掴んだまま眠りについた。俺は膝をつき、地面を見る。泣くことに必死に耐え、弱く小さな手の感触をせめて忘れないようにと、心の中で泣いた。



 俺は毎日、仕事の僅かな合間を縫ってセトトルのところへ行った。常に誰かセトトルを見てくれているが、彼女に会わないと俺が耐えられない。少しでも、彼女の姿を目に焼き付けておきたかった。

 どうでもいいことを、今までのことを、セトトルが目を覚ましているときは話す。温かく、楽しく、それだけが俺を支えてくれていた。



 後、三日。作り笑いで日々を過ごしていた俺がセトトルの眠った部屋から出ると、そこにはヴァーマがいた。どうしたのかとも思ったが、なにも考えられない。横を通り過ぎようとすると、肩が掴まれた。


「ちょっと来い」

「いや、仕事があるから……夜じゃ駄目かい?」


 俺の返答を無視し、ヴァーマは俺を引きずり一階へと降りる。

 一階には、顔見知りたちが集まっていた。もしかしたら、怒られるのかもしれない。そうされても仕方のないことをしているので、なにも言えない。

 好きにしてほしい。そんな投げやりな気持ちになっていた。


「助けるぞ、セトトルを」

「……ヴァーマ、その話は」

「ダンジョンの奥に、なにがあるか知ってるか?」


 ダンジョン? なんの話をしているのだろう? まるで理解できず、俺はただぼんやりとヴァーマの言葉を待った。

 誰もが心配そうな顔で俺を見ている中、ヴァーマだけが違う。俺の胸元を強く握り上げた。


「ダンジョンにはな、お宝がある。この町の近くのダンジョンは、まだ誰も攻略していない。それだけすごいお宝があるってことだ。そして、あのダンジョンを作ったのは賢者だと言われている」

「賢者? 賢者の書なら調べて……」

「どんな願い事でも叶うかもしれない石があるって噂だ! 諦めるのはまだ早い! 行くぞ!」


 叶うかもしれない石。曖昧すぎる。そんなものに頼るより、今はセトトルの側にいることのほうが大事だ。どうせ記憶が失われてしまうなら、少しでも俺が覚えていてあげないといけない。

 だが、俺のそんな考えを見抜いたのか、ヴァーマは俺を殴り飛ばした。


「しっかりしろ! ここで足掻かないでどうする!」

「ヴァーマ! 落ち着きな!」

「うるせぇ! 黙ってろ!」


 ヴァーマはセレネナルさんを怒鳴りつける。その光景を見つつ、カウンターへ打ち付けられた俺は、よろりと立ち上がった。

 気持ちはありがたい。でも、もういいだろう。俺は頑張った。今まで使わなかった手も、全て使った。キューンも、解読能力も。全てだ。次はダンジョン攻略? そんなことをしたところで……


 そこで、気づいた。ヴァーマが泣いていることに。

 この大男が、隠しもせず、辛いと、悲しいと、俺を見て泣いていた。


「ボス、最後まで一緒に足掻いてくれ。ずっとそうしてきたろ!? セトトルのために、俺たちのために、お前のために! 頼む……」

「あ……」


 誰も諦めていなかった。ずっと動いていたのだ。セトトルを助けるために。

 俺だけが決めつけて、立ち止まっていた。それが分かってしまう。ただ俺だけが、止まっていたのだ。

 一番諦めてはいけない俺が、一番最初に……。


「剣と鎧を……」

「ボス!」

「ヴァーマ、キューン、ガブちゃん、それとご両親の力を借りよう。……おやっさんにも声をかけてくれるかな?」

「分かった、すぐに呼んで来る!」

『父と母は我が呼んで来よう!』


 まだ終われない。なにをやっていたんだ。

 力が、弱いながらも沸いてきた。現実を認めることができず、おぼろげだった意識もしっかりとする。そうだ、諦めてはいけないんだ。


「ナガレさん、私たちは同時に大量の魔力を集め、属性を混ぜ合わせる方法を調べる。シルフはそういったことに長けているらしく、フレイリスの力があれば、なにかできるかもしれない」

「お願いします、俺は今日中にダンジョンを攻略します」

「いや、それは……いえ、お願いします。私たちも全力を尽くします」


 アグドラさんと副会長の手を、強く握る。まだ俺は、一人でなんとかしようとしていた。でも、そうじゃない。力を借りるんだ。大切な人の記憶を守るために。

 店を出ようとする俺を、フーさんが呼び止めた。


「ナガレさん……」

「大丈夫、まだ頑張れる。だから……一緒に頑張ってくれるかい?」

「そういうときは……頑張ろう、です」

「……頑張ろう!」


 俺はフーさんの頭を軽く撫で、全員に頭を下げた後、キューンと共に店を飛び出した。

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