十五個目
19時過ぎ、店をそろそろ閉めようかとセトトルと片付けを始めていた。
お客様は来なかったが、その理由もなんとなく想像がつく。前は2~3日に一人は来ていたようなので、前よりも評判が悪くなっているのだろう。
とても厄介だが仕方ない。
「ボス、ヴァーマさん来ないね? オレ探してこようか?」
「ん? たぶんそろそろ来るんじゃないかな? 待っていれば来ると思うし、探しにまで行かなくていいよ。来なかったとしても、それはそれでしょうがないからね」
「んー? そういうものなんだ」
セトトルは探さなくていいのかな? と言った顔をしていたが、口約束である以上は来ない場合も十分ある。
来たら来たでいいし、来なかったら来なかったくらいの心構えの方が気が楽だ。
「じゃあボス! お店をCLOSEにしてくるね!」
「うん、よろしく」
元気よくふわふわと飛んで、扉を開けてセトトルは出て行った。
うーん、俺もあんな風に飛んでみたい。セトトルに頼んで持ち上げてもらおうかな?
そんなことを考えていると、開きっぱなしだった扉の前から話し声が聞こえてきた。
ヴァーマさんが来たのかな? 俺は椅子から立ち上がり、入口へと向かおうとした。だが、向かうよりも早くセトトルが入って来た。
「ヴァーマさん来たよ! 早く飲みたいから行こうってさ!」
……どうやら、どの世界でも酒好きの思考というのは同じらしい。
俺はエプロンを外し、ジャケットを羽織った。
そういえば今はどのくらいの季節なんだろう? 元の世界的には秋か春くらいだと思うんだが……。
そもそも四季とかがあるのは日本だけか。冬は乾燥するから、湿度の対策なども考えないといけないな。
俺がセトトルと店から出ると、待ちわびていましたとばかりにヴァーマさんが笑顔で立っていた。
「お、来たか。色々時間が掛かってしまってな! まぁ早速行こうじゃないか!」
「はい、ではお話はお店の方でお願いします」
「飲むぞー! 人の金で飲む酒は最高だ!」
全然聞いてないな、この人。
とりあえずさ立ち話も何なので、さくさくっとおやっさんの店に来た。この店に来るのは二度目だ。
徒歩五分圏内という、とても来やすい場所にある。
ヴァーマさんは俺よりもこの店に慣れているらしく、真っ直ぐ進みステージ近くの机に座った。
……ステージ? 昼は気付かなかったけどステージがある。夜はショーでもやっているのかな?
俺とセトトルもヴァーマさんに続いて席に着く。セトトルは席につくというか、俺の前の机にちょこんと座る感じだ。
ヴァーマさんはメニューを見る間も惜しんで、店員を呼んでいた。とりあえずビール! という言葉を思い出す動きだった。
「麗しのウルマーちゃん! とりあえずエールを二つもらえるかな?」
「はいはい、ヴァーマさんいつもありがとね! ……って、ボスじゃない。ちゃんと夜も来てくれたんだ、ありがとね! サービスしておくよ! おチビちゃんはジュースでいいかな?」
「あ、どうもこんばんは。ありがとうございます。セトトルにはアルコールの入っていないのをお願いします」
「はいよ、ちょっと待ってね!」
とりあえずビール! ではなく、とりあえずエール! だった。どこの世界でもこういうのは変わらないらしい。俺の意見は聞いてくれないのね……。
注文を受けて厨房へと戻って行く後姿を目で追う。ウルマーさんって言う名前だったのか。名前を聞いていなかったことを、この時に気づいた。
夜のウルマーさんは化粧をしっかりとし、薄青のスリットが入ったドレスみたいなのを着ていた。夜はお酒を飲む人も多いし、服装が違うのかな?
「むー!」
何かセトトルが膨れている。何となく面白くて、理由を聞く前に頬をつついてみた。
「何するのさボス!」
「いや、何か面白くて……」
「オレは怒ってるんだよ! オレはおチビちゃんじゃないよ!」
「そうだね、セトトルは日々頑張ってるもんね」
「うん! オレ頑張ってるよ!」
あっという間にセトトルは笑顔に戻った。割とどうでもいいことだったが、セトトルには大事なことなのかもしれない。なので、適当に誤魔化しておいた。汚い大人である。
そんな俺たちのやり取りをヴァーマさんがじっと見ている。その顔は少し険しい。
話をしに来たのに、放置してしまって怒っているのかもしれない。謝っておいた方がいいかな。
「お前……ウルマーちゃんとどういう関係だ! 常連の俺にだってあんなに優しく話しかけてくれないぞ! むしろ適当にあしらわれている! どういうことだ!」
うわぁ、こっちの方がセトトルより面倒だぞ。
こちとらまだ名前だって知ったばかりなんだが……。まぁ、そのまま伝えればいいか。
「ヴァーマさん、それは誤解です。自分はまだこの店に来たのは二度目でして、近くで働いていることもあり、贔屓にしてくださっただけですよ」
「ん? そうなのか? 本当だろうな」
疑り深い! たぶんウルマーさんに好意を抱いているんだろう。何とか誤解を解きたい。
そこで、丁度良く飲み物を抱えたウルマーさんが戻ってきた。彼女本人に言ってもらえれば、誤解も解けるだろう。
「はい! エール二つにぶどうのジュース! エールは約束通りサービスにしておくよ!」
「ありがとうございます。あの、ウルマーさん?」
「こっちはつまみのベーコンにポテト! で、どうかした?」
「いえ、ヴァーマさんがちょっと誤解をされているようでして……。自分とウルマーさんはまだ会ったことも二度しかないと言っているのですが、親しい仲だと勘違いをしていまして」
ウルマーさんはちらりとヴァーマさんを見た。ヴァーマさんは少しだけ気まずそうな顔をしていた。直接聞かれたくなかったのかもしれない。
そんな姿を見て、ウルマーさんは意地悪そうに笑った。あ、これあかん。
ウルマーさんは、するりと俺の腕をとった。やめて! これやばいやつだって!
「ふふん、ボスはまだ店に来てくれたのは二度目なんだけどね。すごく真面目なところとかが気に入っちゃってね」
耳に息を吹きかけないでください! ドキドキします!
後、セトトルがじとっとした目で見てます! こういうのは教育に悪いと思うんです!
ヴァーマさんはグラスを持ったまま、震えていた。……終わった。
「お前!」
「なーんちゃって。冗談に決まってるじゃない」
「……え?」
「う そ」
ウルマーさんの言葉で、ヴァーマさんから力が抜けた。そして笑顔に戻った。
良かった……本当に良かった。ここで縊り殺されるかと思った。
「なーんだ、そうだったのか! はっはっは! 俺は最初から信じていたぞ?」
「あ、はい。誤解が解けたのなら良かったです。……セトトル、ウルマーさんの冗談だからね?」
「ふーん」
セトトルはまだじとっとした目をしていた。誤解……解けたよね?
俺はセトトルの機嫌をとるように、ベーコンやポテトを切り分けた。セトトルはつーんとしていた。俺は悪くないけど、後で謝ろう……。
ウルマーさんはそんな様子を面白そうに見た後、俺たちに背を向けて顔だけこちらに向けた。
「あ、でも気に入ってるってのは本当よ? うちの父ちゃん相手に、正面から目を見て言い返したやつなんていなかったからね」
彼女はそのまま軽く手を振って立ち去って行った。
え!? 会話のときに相手の目を見て話すのは当たり前のことで……。後、言い返したんじゃなくて謝罪ですからね!?
いや、それどころじゃない。またヴァーマさんの機嫌が! と、思ったのだが、感心した顔をなぜかしていた。
周囲からも声が聞こえてくる。
「おい、あいつおやっさんに……」
「俺見たぜ、昼のことなんだけどよ……」
「よく殺されなかったな……」
お前ら聞き耳立てすぎだろ! どんだけ話聞いてたんだよ! なぜか誤解が広まって行く気がする。
だが、ヴァーマさんはうんうんと頷き、俺の肩に手を置いた。
「なるほど、お前は大したやつだ。俺の知る限り、おやっさんに言い返したやつは全員ぶっ飛ばされてる。ボス、お前はすごいやつだ! 俺はこの出会いに感謝をしよう! それじゃあ、そこのおチビちゃんも一緒に……乾杯!」
「か、乾杯」
「オレはチビじゃないって! 乾杯!」
……冒険者の話を聞くつもりだったのに、その前に妙な誤解が広まってしまった。