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百四十四個目

 ガバッと俺は体を起き上がらせた。時間は七時過ぎ。いつも通りの目覚めだ。

 体中汗だくだが、これも変わらない。大体は顔を引っ張っている妖精とか足元の魔獣、それと張り付いて……いないが、横に寝ているシルフのせいだろう。

 俺はフーさんを見て、ほっとした。どうやら悪い夢を見ていたらしい。


 よく分からないうちに決闘をし、告白され、妙なことを口走り、婚約者が三人できる夢を見た。鮮明に覚えていることが恐ろしい。

 もしかして人恋しさとかがあったのだろうか? 結婚願望というものは、とうに捨てていた。なのにこんな夢を見てしまうあたり、捨てきれていなかったのかもしれない。

 ……まぁでもいいだろう。夢を見ただけなら、誰かに迷惑をかけるわけでもない。


 なによりも、夢だという確証もあった。フーさんは昨晩、恥ずかしがりながら違う部屋で寝ると去って行った。セトトルもそれについて行く夢だったはずだ。つまりセトトルとフーさんがいる以上、あれは夢以外のなんでもない!

 馬鹿な夢を見た自分にやれやれと溜息をつき、俺は服を着替えて部屋を出た。とりあえず顔でも洗って……いい匂いがする。後、物音と鼻歌も聞こえる。

 本来なら警戒すべきだが、俺はその鼻歌の声に聞き覚えがあった。


「ふんふんふ~ん♪」


 とても機嫌が良さそうだ。朝はそこまで食べないほうなのだが、妙にお腹が空いてくる。俺は良い匂いに釣られて、ほとんど使っていない台所へふらふらと歩いて行った。


 台所へつくと、ウルマーさんが笑顔で料理を作っているのが見て分かった。うんうん、こんな朝も悪くないよね……。

 夢のことなんて全部忘れて、俺は平然とウルマーさんへ挨拶をする。……正直に言おう、俺はまだ少し寝ぼけていた。


「おはようございます」

「ふ~ん……あ!」


 ウルマーさんは俺の顔を見ると、もじもじと恥ずかしそうにし出した。何度も会っているのに、なぜ恥ずかしがっているのだろう? しかし、俺も妙な気恥ずかしさを感じてしまう。恐らく、あの夢のせいだろう。

 だが彼女も同じ夢を見たわけではない。つまり……どういうことだろう?

 不思議に思いつつ彼女を見ていると、彼女はすーはーと深呼吸をし、意を決したように俺を見た。そんなに緊張しなくても……。


「お……おはようナガレ! 」

「いい天気ですね。今日はなぜ朝食……今、俺のことをなんて呼びましたか?」


 一瞬で目が覚めた。ナガレ? ボスじゃなくて、ナガレ? なぜ? why? 今、名前で呼ばれたよ? 

 しかもウルマーさんは頬を紅潮させ、俺のことをちらちらと見ている。なにか、嫌な予感がする。

 俺が頭の中をフル回転させ、現状を理解しようしていると、ウルマーさんがもじもじとしながら告げた。


「やっぱり、そういうところから入っていこうかなって……」

「な、名前で呼ばれるのもいいものですね。ぐっとお互いの仲が縮まった気がします」


 友達としての仲が縮まった。そう……そういうことだよ。ウルマーさんとの付き合いも長くなっている。俺の態度が固いというようなことも言っていたし、自分から動いてくれたんだ。それ以上の理由は無い。断じてない。

 俺は、自分に言い聞かせる。あれは夢だ。妙なことを考えるな。今日も一日仕事を頑張ろう。うん、それが一番大事なことだ!

 しかし、次にウルマーさんが述べた一言で、俺の頭は真っ白になった。


「他の二人とも仲良くやっていくつもりだけれど、負けられないからね」

「二人? 負けられない?」

「婚約者として!」


 全身にぶわっと汗が流れ出した。どうやら夢は夢じゃなく、現実逃避することすら許されない状況に追い込まれている。そういった現状を、はっきりと自覚させられた朝だった。



 みんなで朝食を食べる。「おいしい!」「朝から最高だ!」と、楽しそうだ。俺はというと、味すら分からない。自分がなにを食べているのか、今なにをしているのか、まるで分からないまま口へ運んでいる。

 そんな俺を見て、ウルマーさんが声をかけてきた。


「あの、ナガレ?」

「はい!」

「……おいしい?」

「おおおいしいです! 最高です!」

「良かった」


 少しだけ不安そうな顔をしていた彼女は、パッと花のように笑った。暗い顔をさせたくなくて、嘘をついてしまったよ……。

 いや、嘘ではないはずだ。ウルマーさんの料理はおいしい。まずかったことなんてない。つまり、俺は嘘をついていない。

 誰に言うでもなく胸の中で言い訳をし、俺はなんとか精神状態を保っていた。


 食べ終わると、ウルマーさんは後片付けをして帰って行った。店のほうの仕込みもあるらしく、長居はできないとのことだ。

 申し訳ないが、俺は少しほっとしてしまった。あのまま一緒にいたら、どうすればいいかが分からない。とりあえず仕事に集中し、考える時間がほしい。

 ……考えれば解決するのかな? 解決するのかは分からないが、現状をしっかりと把握し、落ち着くことが必要だと思う。

 まずは掃除だ。掃除をしよう! 体を動かそう! 俺はそう思い立ち、東倉庫の掃除を始めた。


 掃除も滞りなく終わり、朝礼も終了した。最近、朝礼をやるのも様になってきた気がする。俺も上に立つ人間だという自覚が出てきたのだろうか? そうだといいなぁ……。

 店を開き、本日の業務が開始される。俺がお客様への対応をしていると、フーさんがとんとんと俺の肩を叩いた。


「どうしたの?」

「あの、この書類なのですが……」

「あぁ、うん。これは、日付順にまとめたほうが見やすいね。手が空いているときに、並べ直しておいてくれるかな? いざというときに、すぐに見つけられるからね」

「はい、分かりました……ナガ……ナガレ、さん」


 俺は、血を吐きそうになっていた。実際吐くわけはないのだが、それくらい精神的にダメージを負っている。透き通るような白い肌の美少女が、全身を真っ赤にしながら上目づかいで、自分の名前を呼んだのだ。

 しかも、その後に恥ずかしそうに走り去って行った。今の俺に耐えられるわけもない、素晴らしくもきつい状況だ。本当にやばい。異世界でハーレムを作っている物語は、よくラノベで読んでいたが……とても、俺には真似できそうにない。

 気持ちを落ち着かせよう。そう決めて、俺は用事もあるので商人組合へ向かうことにした。


「ちょっと商人組合に行ってくるよ」

「オレも行く!」

「うん……うん? うーん……今日は落ち着いているし、大丈夫かな?」

「やったー!」


 俺は、はしゃいで喜ぶセトトルを頭に乗せ、店を出た。自分がいないときはセトトルに任せる。いつもそうやって来たが、一緒にいる時間も作らなければいけない。なにより、俺もセトトルもいない状況だって想定するべきだ。

 そういうことも考えて動かないとな……。


「ボス、なにをぶつぶつ言っているの?」

「ん? ちょっと仕事のことを考えていたんだよ」

「そっかー、ボスは大変だね」


 ボスと呼ばれると安心してしまう。今日すでに二人ほど俺のことを名前で呼び出した。あれはダメージが大きかったと言える。

 かなりあれだった。……あれってなんなのか説明しにくいのだが、くるものがあったことは間違いない。

 これからどうすればいいのだろう……そう悩みつつ歩き、商人組合が目の前になったときだった。慌てて走って来る人物が見える。

 よく見ると、ダグザムさんだった。普段の彼からは想像もできないくらい、狼狽している。顔は少し青褪めて、単眼をぎょろぎょろと動かしていた。


「ダグザムさん、どうしたんですか?」

「ボス!? 大変だ! 黒い獣が二匹、町へ入り込んだらしい! 今から冒険者組合と商人組合へ連絡しに行くところだ! お前たちも早く建物の中へ避難しろ!」

「黒い獣!? どどどどどうしようボス! オレ食べられちゃうよ!?」

「セトトル落ち着いて」


 セトトルに落ち着くよう言っていたが、俺も内心は慌てていた。黒い獣? よく分からないが、非常に危険そうだ。東倉庫へ急いで戻るか、商人組合に逃げ込むか。

 少しだけ考える。……東倉庫にはヴァーマ、セレネナルさん、ガブちゃんがいる。なによりも、キューンがいるから大丈夫だ。

 俺はそう思い、とりあえず商人組合へ逃げ込もうと決める。だが、その考え込んだ時間が致命的だった。視界に一瞬黒い影が映り込んだ後、それが俺へと猛然と走ってきたのだ。


『その匂い! お前か!』

「え……セトトル逃げて!」


 避けられない。そう判断し、俺は頭の上のセトトルを掴み、空へと放り投げた。彼女は飛べるから大丈夫だ。きっと逃げ切れるはず。

 セトトルを投げた次の瞬間、どんっと飛び込んできた黒い影に俺は襟元を掴まれて引きずり倒される。俺の上には獰猛な黒い獣が乗っており、今にも喉元へ噛み付こうと口を開いていた。

 為すすべない。俺は自分が助からないことを悟り、全てを諦め目を瞑った。


 ……しかし、一向に噛まれない。俺は恐る恐る目を開く。すると、黒い獣は噛み付かずに話しかけてきた。


『ガブリエルはどこだ!』

「せめて、優しく殺して……ガブリエル?」


 聞いたことがある名前を出され、俺は目を見開く。改めてよく見ると、俺の上に乗っていたのは……ガブちゃんより一回り大きい黒いワン……黒い狼だった。

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