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百四十一個目

 すらりと、手慣れた様子で貴族が剣を抜く。ちょっと待ってくださいませんか? そういう危ないのはよくありませんよ。ジャ、ジャンケンとかでどうでしょうか?

 俺は心の底からそう思ったのだが、そんなことを言えば火に油だろう。言うわけにはいかない。

 だが謝っても駄目。決闘やめたいと言っても駄目そう。本当に困った。せめて穏便な決闘をしたい。

 ……穏便な決闘ってなんだろう? よく分からないが、穏便な決闘を申し込もう。


「どうした! 抜け!」

「すみません、剣の心得はありません。決闘はやめませんか……? 話し合いとか、どうでしょうか?」

「剣が使えないだと? ちっ、しょうがない。ならば、素手で相手になろう」

「素手もちょっと……決闘やめましょう? お互い痛いだけですよ?」

「えぇい! 申し込んだのはこちらだ! そちらで競技を決めろ!」


 うん、どうも俺の話は聞いてもらえているようで、聞いてもらえていないらしい。特に後半は、全く聞いてもらえていない。

 ……そうだ! こういうときに助けてくれる人がいる。ヴァーマとおやっさんだ! 俺は一縷の希望を信じて、二人を探す。二人は……すぐに見つかった。


「ボスがウルマーを賭けて決闘だ! 年貢の納め時ってやつだ!」

「管理人に賭けるぞ!」

「馬鹿野郎! ボスが負けるわけがねぇだろう! この後、他のやつらがどうするかが賭けの対象だ!」


 友よ、一体なにをやっているんだい? それは俺を助ける行動なのかい? 信じていいのかい? 今、俺の中で友情が揺らいでいるよ……。

 も、もうおやっさんしかいない。俺は恐る恐るおやっさんへ近づいた。もちろんウルマーさんや貴族、そのお供にすごく見られながらだ。気まずい。


「あの、おやっさん」

「男だからな。決闘の十や百はあるだろう。頼んだぞ」


 頼まないでください。止めてくれませんか? 信じていた人、全てに裏切られた。後、頼れるのは……商人組合!? そうだ! 副会長やアグドラさんがいるじゃないか! ……この状況を抜け出して、二人を呼びに行く? 無理だよね……。

 様々な状況を想定した結果、俺にできることは一つだった。


「決闘の前に、事情を説明してくださいませんか?」

「人の顔に扉をめり込ませておいて、よく言えたものだな!」

「あの、本当にすみません。お願いしますから、事情を教えて頂ければと……」


 貴族は舌打ちをしたが、話してくれるようだった。そんなに悪い人じゃないのかもしれない。

 ……そうだよ、この人はウルマーさんに結婚を申し込んでいるんだろ? なら、二人の問題だ。ウルマーさんは拒否しているようだし、事情が分かればなんとかなるのじゃないだろうか?

 俺はそう考え、貴族の話をしっかりと聞くことにした。


「私は、先日この町に来た」

「はい」

「たまたまこの汚い店に入ってな。美しい女性を見つけた。よって、妻にする。他の客が邪魔だったので、店から追い出した。お前が私に扉をぶつけたので、決闘をする。以上だ」

「なるほど……」


 正直に言おう。この人、馬鹿じゃないだろうか? 一目惚れしたというのは、まだいい。他の客を追い出したところもいい。扉をぶつけたところも、こちらに過失があると言わざる得ない。

 でも、なぜ決闘になったのかが分からない。貴族の間では、扉をぶつけられたら決闘をする決まりでもあるのだろうか? そんな決まり、廃れてしまえばいいのに……。

 結局分かったことは、この人の機嫌をとり、決闘をやめてもらうことだけだ。その後、ウルマーさんにプロポーズでもなんでもしてもらおう。


「分かりました。俺が扉をわざとぶつけたのではないということは、分かってもらえていますか?」

「そう言ってはいたな」

「ですので、謝罪をさせて頂きます。申し訳ありません」

「分かった。そのことは許そう。決闘の内容を決めろ」


 うん、全く伝わっていないようだ。なんなのもう……なんなんだよ! 許してくれたのなら、決闘をする必要はないよね? 段々腹が立ってきた。一体どうすればいいのさ!

 俺が若干苛立っていると、さっとウルマーさんが俺の横へ立った。ウルマーさん! ちゃんと返事をして、黙らせてやってください!


「私は、結婚するつもりはないからね! その……困っているときに、いつも助けてくれる人がいるし」


 ちらちらと、ウルマーさんが俺を見ている。その誤解される態度はやめてください。絶対に良くないことになります。

 ほら見てください。貴族の人がわなわなと震えていますよ? ウルマーさんは、俺の袖を少し掴むのはやめましょう? ね?

 ……だが俺の望みは叶わず、当然良くないことになってしまった。


「決闘だ! 絶対に決闘だ!」

「はい……」


 そして俺は、この貴族と決闘をすることになった。逃げ場は、もう何一つ残っていない。やるしかなくなった。穏便な決闘を考えよう。

 俺の頭の中はフル回転だ。まず俺が勝てる内容にしよう。そうしないと追いつめられるだけで、穏便には済ませられない。俺がこの人より優れていること……それを提案していこう。


「在庫管理を、どちらがうまくできるかなどはどうでしょうか?」

「却下だ!」

「整理整頓……?」

「ふざけるな!」

「掃除とかはどうでしょうか!」

「貴族が自分で掃除をすると思っているのか!?」


 全部突っぱねられてしまう。正直、最後の提案は自信があった。だってハーデトリさんは自分で掃除していたし……。

 しかしこうなると、最後の方法しかない。あれはあまり好きではないのだが、他に方法もなさそうだ。

 俺は溜息をつきつつ、最後の提案をした。


「呑み比べならどうでしょうか?」

「ほう……酒か。いいだろう。このまま決まらないよりは、よっぽどマシだ! 私はこう見えて、かなり嗜むからな。後悔するなよ?」

「はい、分かりました。ウルマーさん、あれ(・・)を持ってきて頂けますか?」


 ウルマーさんは俺の言葉を聞き、びくりとする。だが覚悟を決めたのか神妙に頷いた後、奥へと走って行った。

 俺は貴族と一緒に席へつき、彼女の帰りを待つ。また、あれを飲まないといけないのか……憂鬱だ。

 貴族のお供は彼の後ろへ立ち、俺たちの座っている机の周りを、アキの町の市民たちが囲う。完全に面白がっている。当事者である俺は全然楽しくないけどね。

 どんよりと暗い気持ちになっていると、ウルマーさんが酒瓶と二つのグラスを持って戻って来た。


「どうぞ」

「ありがとうございます」

「ん……? 見たことがない酒だな」

「はい。『決闘酒』というお酒です。ものすごくきついです! 飲んでもいいことはありません! ですので、やめませんか?」

「怖気づいたか? よろしい、相手になろう!」


 うん、善意のつもりだったんだけれど、全く伝わっていなかった。俺はこうして、謎の貴族と飲み比べをすることとなる。

 普通に飲み比べをしたら、絶対に後々面倒なことになる。落としどころをうまく見つけないと……。

 一杯目……飲んだときの、彼の顔が忘れられない。意気揚々と一杯目を呷ったのに、ぐらりと揺れたのだ。

 俺も後を追うように、一杯目を飲み干す。ぐぇー、相変わらずきっついなぁ。


「ほ、ほう。いい飲みっぷりだな。だが、まだまだこれからだ!」


 二杯目……三杯目……気付けば、十杯目となっていた。貴族の顔は真っ赤で、ぐらぐらと揺れている。かなりのハイペースで飲んでいるので、かなりきついはずだ。

 しかしそれでも、彼は揺るがずに次を飲んだ。すごい、少し尊敬してしまう。ウルマーさんへの愛というやつだろうか。

 普通に告白をしてくれていれば、こんなことにはなっていなかったけどね。


 俺たちはその後も決闘酒を飲む。そして十五杯目を飲んだとき……彼が机へと突っ伏した。


「ぐぇっ……ぐぉっ……うぇっぷ……」


 声にならない嗚咽をあげている。今にも吐きそうなのだろう。こんなものを十五杯も飲めば、当然のことだ。……そろそろ潮時かな? そう思った俺は、彼と同じように机へ突っ伏した。


「ぐへぇ……。も、もう無理だ」


 ふっ、完璧だ。飲みながらもずっと考えていた。これがその方法である。

 引き分けという体裁をとれば、彼だって納得できるはず。そう思った俺の策だった。よし、これで後は普通に夕飯を食べて帰れば……。

 そう思ったのだが、彼はガバリと起き上がった。いや、無理はしないほうがいいですよ?


「そ、そうか。ならこれを飲めば! わらしの勝ちだ!」


 ぐいっと、気持ちいいくらいの勢いで彼は十六杯目を飲み干した。急性アルコール中毒になると思うのだが、大丈夫だろうか? ……しかし、心配をしていてもしょうがない。彼が頑張る以上、俺も飲むしかないんだ!

 負けるものか! 絶対に引き分けにしてやる!


「くそ……な、ならこっちもだ」


 胡散臭い演技をしながら、よろよろと手を伸ばしグラスを掴む。そして、ぐいっと飲み干す。はぁ、腹はたぷたぷだし、トイレに行きたい。最悪だ。早く潰れてくれないかな?

 だが彼は負けないとばかりにに十七杯目を飲み干す。仕方なく、俺も飲む。そして十八杯目を飲み干した貴族は……がたーんと、後ろへ倒れた。


「がっ……がぎっ……ぐへっ」


 よし、終わった。俺はそれを喜ばしく思いながら、十八杯目を飲み干す。これで後は机に突っ伏していれば事態は収拾する。引き分けだから、お互い良い気分で終わるだろう。

 こう、友情とかを認め合っちゃうようなやつだ。もしかしたら、友達になってしまうかもしれない。

 そんな甘い考えを俺はしていたが、倒れたはずの貴族は立ち上がった。そしてふらふらとしながらも、剣を抜く。


「イ、イカサマだ! お前のだけ水なのだろう!」

「……」


 俺は突っ伏したまま、答えない。ここで答えたらバレてしまう。大人しくしていよう。剣は怖いけれど、ヴァーマたちが止めてくれるはずだ。そう信じよう。

 よろよろとしており、お供に支えられている貴族は剣を高く……構えることもできず、ふらついたままだ。そしてよろりと動いた勢いで、俺へ向けて剣を下ろした。


「「あ」」


 俺と貴族の言葉が重なる。どうやら、彼も本気で斬るつもりはなかったのだろう。でも、これは駄目だ。吸い込まれるように剣が俺へ……。


 剣が俺の顔に当たるか当たらないかの場所で止まる。貴族の腕を掴んで止めてくれた人がいた。本当にギリギリのところだったので、俺の目の前に剣がある。

 や、やばかった! うっかり切られるところだった! 酔ってもいなかったのだが青くなった俺は、お礼を言おうとして止めた人物を見て驚く。


「卿、こんなところでなにをやっていますの?」

「オ、オーガスの令嬢? なぜ、こんな……うぷっ」


 すでに息も絶え絶えの貴族は、掴まれている腕を振り払らわれるだけで倒れて動かなくなった。良かった、彼女のお陰でこの後のこともなんとかなりそうだ。

 俺が彼女にお礼を言おうとしたときだ。ハーデトリさんは髪をふぁさっと書き上げて、声高々に告げた。


「ボスに手を出すということは、オーガス家へ叛意があるということですわね? 私の夫に手を出した以上、覚悟して頂きますわ!」


 ……その日、おやっさんの店は普段ない異様な喧騒に包まれていた。貴族は来るし、娘は求婚されるし、決闘は起きるし。ひっちゃかめっちゃかだっただろう。

 しかしハーデトリさんの発言で店の中は静寂に包まれる。彼女の言葉は、全てを吹き飛ばす爆弾発言だった。

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