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百三十九個目

 マヘヴィンという厄介ものがアキの町を立ち去って数日。

 慌ただしくも平穏な日常を、俺たちは取り戻していた。いや、忙しさは前とは比べものにならないのだが、お金も入るし悪いことばかりではない。

 借金も無ければ、困っていることもない。普通に仕事をし、淡々とこなす日々。

 それだけならば、元の世界と同じだったかもしれない。しかし、今は違う。なによりも自分を慕ってくれる仲間がいるのだ。こんな幸せは中々ないと思う。

 仕事って一緒に働く人でこんなに精神的に楽になるんだ……。俺はしみじみと、そんなことを思いながら日々を過ごしていた。

 ちなみにヴァーマとセレネナルさんは、まるでうちの従業員のように毎日働いている。冒険者稼業は大丈夫なのだろうか? 俺はそんなことを心配し、二人に聞いてみることにした。


「ヴァーマ、セレネナルさん。ちょっといいですか?」

「おう、どうした?」

「この書類が片付いたらでいいかい?」

「はい、大丈夫です」


 いや、なんか本当普通に仕事をしてくれているんだよね……。もちろん賃金は払うつもりだ。商人組合にも話してある。でも、本業のほうがね? 大丈夫なのかなって、心配になる。

 俺は仕事をセトトルに任せ、一段落ついた様子の二人と二階へ上がった。

 椅子を二人にどうぞどうぞと差し出し、座ってもらう。ついでにお茶を用意しようと思ったら、ダリナさんがお茶をさらっと置いて部屋から出て行った。本当に気が利いて助かる。

 一口お茶を飲み、落ち着いた俺は改まって二人へと話を切り出した。


「二人にお聞きしておきたいことがあります」

「ん? なんかやらかしたか? すまんな、なにをやっちまったんだ?」

「いえいえ、お二人はしっかり働いてくれています。苦情や注意といった類のことではないので、安心してください」

「ん? なら、なんで呼んだんだい?」


 「ん?」という言い方が、二人ともそっくりで俺は少し笑ってしまった。

 そんな俺を見て、二人は顔を合わせて不思議そうな顔をする。そりゃいきなり笑いだしたら、困るよね。……いやいや、和んでいる場合じゃない。俺は真剣な態度を出すために、佇まいを直した。


「率直にお聞きします。お二人は、冒険者ですよね?」

「ボスもだがな」

「ボスもだね」

「自分のことは置いておきましょう。ね? それで、冒険者であるお二人にいつまでもお手伝いさせるのも、悪いかと思っているんです。なので、話をちゃんとしておこうかと……」

「あー……そういうことか」


 ヴァーマは少しだけ困った顔をしながら、頭を掻いた。そしてセレネナルさんをちらりと見る。セレネナルさんはそんなヴァーマに、ただ頷いた。

 なんだろう、このお互い分かっていますという感じは。まるで夫婦のようだ。

 彼は一つ咳払いをし、背筋を伸ばして俺へ向き直る。どうやら、あちらからもなにか話があるようだ。


「ボス、俺たちもまぁそれなりの歳だ」

「はい」

「で、その……だな? やっぱりな? 色々とだな?」


 どうしよう、ヴァーマがもじもじとしていて、何を伝えたいかがさっぱり分からない。

 俺は困っていたのだが、ヴァーマの背中をセレネナルさんがばしっと叩いた。いや、バシッというかバシーン! とだ。すごくいい音がした。


「ほら、はっきり言いなよ。見てるのは私だけじゃないんだからね!」

「わ、分かってる。任せておけ」


 もう長い付き合いになっているのだし、俺が見ているからと気にしなくてもいいと思うのだが……。なにか思うところがあるのだろうか?

 ヴァーマもいつになく真剣な表情なので、俺は黙って話を聞くことにした。


「……よし、言うぞ。ボス、俺たちは冒険者を辞める」

「そうなんですか? 完全に手を引くのでしょうか?」

「完全にとなるかは、冒険者組合とボスとの話し合い次第だな」

「俺ですか?」


 俺との話し合いとはなんだろう。全くそんな素振りもなかったので、ピンときていない。

 しかし、これだけ思いつめた感じに言っているのだ。なにかしらの事情があるのだろう。なら、友達として俺もちゃんと考えないといけない。

 今まで何度も世話になった二人に、俺ができることはなんだろうか? きっと俺の助けがほしくて言っているのだろう。

 落ち着いて話された内容を反芻した俺は、一つの結論に至った。


「もしかして、うちで働きたいとかですか? なーんて」

「そう! それだ! ここで働かせてくれないか! もちろんこれまで通り、外に出るときも付きそう! 護衛だってなんでもござれだ! どうだ!?」


 大当たりだった。

 当たったのはいいが、正直驚いてしまう。え? まさか、本当にうちで働きたいの? いや、人手も足りていないから助かるが……。冒険者辞める? なぜ?

 働いてもらうことは助かるが、ちゃんと話を聞いておく必要がある。俺は、詳しい事情を聴くことにした。


「えー……。うん、まず最初に伝えておきます」

「お、おう」

「働いてもらうことは、大歓迎です」

「本当か!?」

「はい、ですがなぜ冒険者を辞めるのかが、分かりません。やはり危険な仕事だからですか?」

「いや、まぁ、それは……な?」


 ヴァーマは、またしどろもどろになってしまった。いつもならセレネナルさんのフォローが入るのだが、彼女も今日は静かにヴァーマを見ているだけだ。

 しかしその目はとても優しく温かかった。だから俺も、じっとヴァーマの言葉を待つことにする。そうしなければならない気がしたからだ。

 じっと見られて余計緊張したのか、ヴァーマは何度も深呼吸をした後、ようやく話し始めた。


「じ、実はな……んだ」

「え? すみません、聞こえませんでした」

「だ、だからな。……子供が、いるんだ」

「ヴァーマは子持ちだったのか」

「違ぇ! これから産まれるんだ!」

「ですよね。セレネナルさん、仕事は無理をせずこなしてくれますか? 無理そうだったら、もう休んでもらっても大丈夫です。自分も初めてのことですので、どう対応したらいいかが分からないので、申し訳ありませんが自己申告でお願いしたいのですが」

「いやいや、すぐになんとかってことはないよ。でも、そう言ってもらえると助かるね」

「お前ら、なんでそんなに落ち着いているんだ!?」


 いや、さすがに気づいていたよね。セレネナルさんが、ヴァーマに気付かれないように自分のお腹を擦って俺に見せていたからさ。

 それにしても子供か。これは本当にめでたいことだ。俺もなぜか嬉しくなってしまう。


「では、冒険者組合との話し合いが済んだら、正式にうちで働いてもらうということでいいでしょうか? お給料などについては、今しておきましょうか」

「その辺は心配していないから大丈夫だよ。多少低くても、信用できるところが一番さ」

「……なんか、とんとん拍子だな。俺は冒険者を続けるつもりだったんだが、ボスを見ていてこういう仕事も悪くないと思ってな。世話になれるか?」

「はい、よろしくお願いします」


 俺はにこやかに、二人を迎え入れた。新人に一から教えるよりも楽だし、なによりも気心しれている相手というのも大きい。こちらとしては良いこと尽くしだ。

 その時、セレネナルさんが軽くてを上げた。彼女からもなにか伝えたいことがあるらしい。


「ボス、すまないけど、今後は少しだけ店を外す時間をもらってもいいかい?」

「あぁ、子供のための用意もありますよね。もちろん大丈夫です」

「そのために、一番最初に用意しなければならないことがあってね……」


 なんだろう? 病院に行ったり母子手帳の用意とかだろうか? 俺には分からないが、色々と準備があるのだろう。こちらとしても分からないし、駄目と言うつもりもない。問題ないだろう。


「家を探さないとね」

「だな。冒険者だから宿暮らしだったが、そうも行かないからな……」

「なるほど、確かに定住するのなら家が必要ですね。あ、でしたらとりあえずうちに住みますか? 部屋も余っていますし。……そうも行きませんよね、新婚ですし」

「え? い、いいのか? いや、俺は助かるが……セレネナル、どうだ?」

「こりゃ願ったり叶ったりだね。仕事と家が同時に見つかったよ」


 あれ? 落ち着くまでのつもりだったのだが、二人はそんな感じではなかった。すでに運ぶ荷物のことや、手続きのことを話している。

 俺から言い出したのだから問題ないが、本当にいいのだろうか?


「それじゃあ、落ち着いて家が見つかるまではこちらで世話になるよ。お金も貯めないといけないし、少し時間がかかるかもしれないが、いいかい?」

「大丈夫ですよ。……と言いたいのですが、少し待ってもらってもいいですか?」

「ん? 本当に無理はしないでいいぞ? 元々探すつもりだったからな」

「いえ、ここは自分だけの家ではないからです。セトトルたちにも聞いてからでいいですか?」

「あぁ、そりゃそうだな。分かった。誰か嫌だってやつがいたら、すぐに別の場所を探すから安心してくれ」


 ついオッケーを出してしまったが、やはりみんなにも聞いておかなければならない。少し迂闊に答えてしまったと、反省をする。

 俺たちは一階へ降り、全員に話を告げた。すると……。


「赤ちゃん!? 赤ちゃんが産まれるの!? うわー! オレ赤ちゃんのお世話するの初めてだよ!」

「私もよぉ! すごいわ! 楽しみだわぁ!」

「(これはめでたいッスね!)」

『我が強い子に育てよう』

「わたし子供の面倒を見たことがあるので、お力になれると思います」


 全然反発はなかった。むしろダリナさんは赤ん坊の面倒を実家で見ていたこともあるらしい。本当に万能で驚いてしまう。

 それを見て俺は嬉しく思ったのだが、セレネナルさんは少しだけ困った顔をしていた。

 彼女は少しだけ躊躇った後、俺たちにはっきりと告げたのだ。


「みんな喜んでくれるのは嬉しいよ。でもね、子供ってのはいいことばかりじゃないよ? 最初のうちは2~3時間に一回は泣いてお乳をあげないといけないし、毎日泣いたり騒いだりでうるさいし、迷惑になることだって……」

「じゃあ、尚更うちの方がいいよね! だって、面倒見てくれる人がたくさんいるよ! オレも頑張るし!」

「だってよ、セナル。ここは甘えさせてもらおうや。なにかあったら、家を探せばいいだろ」

「……やれやれ、確かにそうだね。ここまで言われたら、甘えさせてもらうしかないか。あんたは、産まれる前から恵まれてるね」


 優しい顔でお腹を撫でるセレネナルさんが、俺には凄く印象的だった。

 その後細かい話をしたのだが、二人の故郷はかなり遠いらしく、助けてくれる人間は近くにいないようだ。なので、本当に嬉しかったらしい。


 こうして王都からの荷物が落ち着いたとは言えないが安定を見せ、うちの倉庫には新しい仲間が増えた。

 ダリナさん、ヴァーマ、セレネナルさん、そしてまだ産まれていない赤ん坊の四人だ。

 うちも大所帯になったな……。


 俺は今後大変なこともあるだろうが、そんなことは全て忘れて、ただ嬉しくてみんなと笑った。

これでこの章終わりです。

外伝書いてあるので、土曜に投稿いたします。

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