十四個目
昼は、セトトルが食べたいものを適当に買ってきてもらった。
結果、昼は甘いパンばかりを食べることとなった。もう少し台所が片付いたら、自炊も考えた方がいいな。節約になる。
それにしても、甘いものばっかりだと塩っ気のあるものを食べたくなる。
だが、セトトルはそんなことはないらしい。嬉しそうに食べていた。
……今度からは、しょっぱいのも少し買ってきてもらおう。
本当は、今日も昼食は外で食べるつもりだった。情報収集にもなるし。
だが、午前の掃除中に予想外のものが出てきた。それを精査するために、店の中で食事をすることになった。
もちろん、食事は二階で食べた。ファイルだけ二階に持ち込んだ形だ。
「ボス、食事中に何か見てるのはお行儀が悪いんだよ?」
「うん……うん」
俺は上の空だった。
見ていたものは、借用書! 一応言っておくが、俺のではない。オルフェンスさんの借用書だ。
どうやら見ている限り、借りた金で返す。そしてまた借りて返す。こういう最悪なループを繰り返していたらしい。
そりゃ借金もどんどん膨れ上がるわけだ。
……これは後でまとめて、アグドラさんに渡しておこう。俺よりも彼女の方が使い道を分かっているだろう。
一通り見終わった後、ふて腐れた顔で頬を膨らませているセトトルと目が合った。
あれ? 何か怒ってる?
「セトトルどうかした?」
「……さっきからずっと書類見てばっかり! オレとも話をしようよ!」
ごもっともな意見だった。
俺はファイルをベッドの上に投げ、セトトルとの食事と会話に集中することにした。非常に悪いことをしてしまった。
「ごめんねセトトル。代わりに何でも聞いていいよ」
「本当に? それならオレずっと気になってたことがあったんだよね」
「ん? 何かな?」
「ボスってどこから来たの? 見たこともない格好をしてるしさ」
……いきなり核心を突かれてしまった気持ちだ。
やばい、何て言おう。
俺が渋い顔をしながら考え込んでいると、セトトルが慌て出した。
「あっ、ごめんね! 言いたくないことだってあるよね!」
「あぁいや、そういうわけじゃないんだ……。うーん……何て言えばいいのかな」
別世界から来ました! 何て言ったら、鼻で笑われるんじゃないだろうか。
よくある答え方で、東の方から来ました。何て言うのはどうだろうか? ……駄目だよな。
考えた結果、俺は正直に言ってみることにした。こういう腹芸は苦手だ。
「いや、実は全然別の世界から来たみたいなんだよね。はっはっは」
「……あははっ、ボス面白いね! 別に言いたくないならいいよ! オレ気にしないよ!」
「いや、その……本当にそうなんだよね」
「……」
部屋は静寂で包まれた。そりゃそうだよな。
セトトルはポカーンとしたり、難しい顔をしたり、頭を抱えたり。見ていて面白い。
次に出た台詞は、少し予想外のものだった。
「うううんんん……。ボスが言うならきっとそうなんだね。でも別の世界から来たなんてすごいね!」
「え……信じてくれたのかい?」
「嘘なの?」
「嘘じゃないけど、信じてもらえないかと思っていたよ」
セトトルはもう一度、俺のことをじっと見た。
心の中でも読めるのだろうか。ドキッとした。
「うん、ボスが言うんだから本当だよね! オレ信じてるから大丈夫だよ!」
こんな突拍子もない話を、笑顔で返されてしまった。
俺はもう二度とセトトルに嘘はつけないんじゃないだろうか……。その笑顔が眩しすぎる。
「それじゃあ、ボスが魔石を使えなかったのもそれが理由なのかな?」
「魔石? あの洗面所とかの宝石のことかい?」
「うん、そうだよ! あれは魔力を流さないと動かないからね。ボスは別の世界の人だから、魔力がないのかもしれない。つまり、オレがいて良かったってことだね!」
ぐぅの音も出ません……。セトトルがいなかったら、まともに生活すらできないだろう。本当に良かった。
それと、俺も薄々気づいていた。恐らくあれは何かしらの力に反応している。
俺には反応しなかったということは、俺にはその力がないのだろう。
認証についてもそうだ。
前にセトトルが言っていた魔紋というのは、魔力の指紋みたいなものだろう。
多分だが、一人一人の魔力は少し違うのだ。それを読取、認証させる。
つまり、俺には登録させることも認証させることもできないということだ! ……何てこったい。考えれば考えるほど、セトトルがいないと本当に生きていけないぞ。
とりあえずそんな談話を楽しみ、午後の仕事に移った。
午後は荷物の受取が来るはずである。それまでは出来るだけカウンターにいたい。そして試したい物があった。
それは、昨日買ったマジックペンだ。
くっくっく、これが俺の予想通りなら、かなり使える物のはずだ。
俺はまず紙に、赤の一本線を引く。そしてペンを引っ繰り返して線を消す。
……消えない。
「セトトル、ちょっとこれ消してくれるかい?」
「後ろ側を使って消すんだよね? 任せて!」
セトトルがペンを引っ繰り返し、体いっぱいで抱えたペンで、赤い線をなぞるようにする。
見事に赤い線は消えた。すごい。
そして一つここでもはっきりとした。俺には魔力はない! 魔法使いたかった……。
俺は次々にペンを取り替えて線を引く、それをセトトルが消す。
紙だけでなく、木や鉄っぽい物にも書く。しっかりと書けるし、しっかりと消える。
次は色が混ざってしまうかの実験だった。
紙に赤と青の点をつけ、指で混ぜ合わせてみる。
色は混ざった。ということは、しっかり乾かしてでもいない限り、重ね塗りなどはできないということだ。
ペンに色が残ってしまうから、そうなるとどんどんペンが汚れてしまう。
ちなみに色が混ざったのを消せるかも試したが、若干黒ずんではいたが消せた。何これすごく便利。
マジックペンのテストも終わり、大満足の結果が出た。
消したり書いたりが面白かったらしく、セトトルも満足そうにしていた。……おもちゃじゃないからね?
その後しばらくはカウンター内の掃除をしていた。
ファイル整理だけで当分掛かりそうだ。
その時、扉が開かれた。引き渡しのお客様が来たかな?
だが入ってきたのは、肌の色は緑、頭には小さく角が何本か生えている。さらにごっつい斧を背負い、上半身には鎧を着た大柄の人だった。なぜか下半身はビキニパンツに膝当てだけだ。
まさかまた強盗!? 俺は警戒を露わにしながら、言葉を待った。いざとなったら、こないだの一件でぐらついている椅子で防御しよう。
「邪魔するぞ。荷物を受け取りに来た」
「……はい、いらっしゃいませ。お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ん? 前のうざったいおっさんはいないのか? ……まあいい。俺の名前はヴァーマだ」
「少々お待ちください」
良かった、強盗じゃなかった。俺は動揺を出さないように気をつけながら、預かり証を確認する。
記載されている名前には、間違いなくヴァーマと書かれていた。
俺はセトトルに荷物を倉庫から出すように任せ、その間にサインを書いてもらうことにする。
「ではこちらにサインをお願いできますか?」
「ん? 分かった。……これでいいか?」
俺は預かり証のサインと、今書かれたサインをしっかりと確認する。
……問題は無さそうだ。
「はい、確認がとれました。こちらがお預かりしていた木箱二箱になります」
「おう。ったく、ダンジョンに行くと素材ばっかり溜まりやがるな」
……ダンジョン? 聞きなれない言葉を聞いた。
俺はヴァーマさんの身なりをもう一度確認する。武装しているその姿に、ダンジョンという言葉。
何か使える気がする。
「すみませんヴァーマさん。少しお聞きしてもいいでしょうか?」
「ん? 何か問題でもあったか?」
「いえ、問題はありませんでした。もし失礼ではなければ、ご職業をお聞きできればと思いまして」
ヴァーマさんは不思議そうな顔をしていた。見れば分かるだろ、そういった顔だ。
そして彼はそれを隠すことなく告げて来た。
「見れば分かるだろ、冒険者だ。この近くのダンジョンへ通っている」
「……なるほど、やはりそうでしたか。実は冒険者の方に興味がありまして、お時間があるのでしたらお話をお伺いしたいなと」
「はっはっは、そんなひょろい体でか? よっぽど魔法の腕に自信でもあるのか?」
「いえいえ、自分は冒険者に疎いものでして。もしよろしければ色々と聞ければと思いまして」
面倒だな。そう言った顔をしていた。きっと、とても素直な人なのだろう。
こういう人には、好感がもてる。
「夕食でもご一緒しながらお話を聞ければと思いまして。もちろん、こちらが支払わせて頂きます」
「そうか! ちょっとこの後に用事があってな、夜でも構わんか?」
「はい、もちろんです。では店でお待ちしていますので、用事が済んだら来ていただけますでしょうか? 近くのお店で食事をと思うのですが」
「あぁ、おやっさんの店だな。了解だ、それじゃあ、また後で来る!」
ヴァーマさんはそう言い残すと、木箱二箱をひょいと抱え上げて去って行った。
冒険者か。これは何かいい話が聞けるかもしれない。
「ボス! 今日の夕飯はまた外で食べるの!? オレも行っていい!?」
「最初から置いて行く気なんてないよ」
セトトルを置いて行く気なんて当然なかったが、セトトルの変化が俺には嬉しかった。段々思ったことを正直に言うようになってきた気がする。
良い傾向だ。
俺たちはその後も掃除やらをしながらお客様を待ったが、当然来なかった。
……当然来ないってなんだ、畜生。




