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百三十八個目

 忙しさの中、日々をこなしていき五日が経った。

 明らかに仕事が落ち着きを見せ、終わりが見えてきている。今度は荷物を出して様々な店、他の町に送ったりする業務が入って来るが、一時的な忙しさは安定した業務へと変わり始めていた。


「ねぇボス、なんか今日少し落ち着いてるね? オレたちが慣れてきたせいかな?」

「うん、慣れてきているのはあるね。忙しさに慣れてきているから、余裕が出てきているのもあると思う。でも、安定し始めているんだよ」

「キュン、キューン?(ということは、この忙しさも終わりッス?)」


 俺はキューンの言葉に対し、首を横へ振った。さすがに、これで終わりだとは言えない。この三日間は100%フル稼働だった。しかし、今後は80%稼働くらいで動くことに違いはない。

 王都からの荷物は、減った分がどんどん追加されていく。最初が一番忙しかったとはいえ、安定した仕事となる予定だからだ。

 アキの町を拠点とし、他の町に出荷する。もちろんアキの町へ仕入れに来る商人も多い。王都ほどとは言わないが、王国第二の物流拠点として動いていくのだ。

 今ごろ商人組合では、出荷のための準備をしているはずだろう。運送業者が、大量に必要になるからだ。

 しかしそれでも、やり遂げた達成感は間違いなくあった。それは自分だけでなく、他の面々も同じだろう。少しだけ、気を緩めている感じがする。

 明日からは、工房のドワーフたちや商人組合から来てくれていたお手伝いさんも、少しずつ減らして行こう。そう考えると、俺も気が緩み始めてしまう。

 ……いや、いけないいけない。そうじゃない。俺は自分の頬をパシッと叩いた。


「みんな、こういうときこそミスに気を付けよう。確かに落ち着いてきてはいる。だからこそしっかりと、もう一度気を引き締めよう!」

「わたし見ていましたよ? 一番にやにやしていたのは、ナガレさんですよね」


 うっ……。ダリナさんに痛いところを突かれてしまったが、俺は頬を掻いて誤魔化した。

 悪戯っぽさのある笑みで言われると、こちらも言い返すことはできない。

 彼女もこの五日間で大分慣れたらしく、このように素晴らしいツッコミを笑顔で入れてくるようになっていた。東倉庫に慣れてくれたことは、ありがたいんだけどね。

 気を引き締め直しつつ、みんなの成長やダリナさんが慣れてくれていることを、喜ばしく思いながら仕事を進めていると、バーン! と扉が開かれた。もっと優しく開けてくれないかなぁ……。


「魔王! 助けてください!」


 入って来たのはマヘヴィンだった。

 彼を見て最初に浮かんだ感想は、とても単純なものだ。いや、忙しかったし誰もが同じことを思っただろう。


「そういえば、こんなやついたなぁ……」

「ボス、口から出てるわよぉ」

「おっと」

「魔王!? ひどいじゃないですか! 自分の相棒にそんなことを言うなんて!」


 フーさんにつっこまれつつも、マヘヴィンを見てうんざりとしてしまう。

 弟子→右腕ときて、相棒まで進化している。俺はそんなことを認めたつもりもないし、認める気もない。一体こいつの頭の中はどうなっているのだろう? 本当に疑問しかない。

 だがまぁ、来てしまった以上は仕方ない。適当に相手をして帰らせよう。……帰らせる? あれ? なんでマヘヴィンはまだいるんだ?

 三日ほどで帰る予定だったはずなのに、マヘヴィンは今目の前にいる。そのことには、疑問しかなかった。


「魔王! 自分は今日帰らないといけないんです!」

「そっかそっか。お疲れ様」

「冷たくないですか!?」


 冷たいもなにも、俺からするとこの五日間マヘヴィンと会わなかったことは、幸せ以外のなんでもない。帰るというのなら、喜ばしい限りだ。

 しかし、彼は半泣きで俺の腕を掴んだ。もちろん、すぐに振り払った。


「ぐっ……せめて聞いてくださいよ!」

「いや、忙しいんだよね」

「5分でいいですから!」

「忙しいんだって。仕事中だよ?」

「3……2分でいいんで!」

「まぁ2分なら……」

「ありがとうございます!」


 俺は時計をチェックし、2分をしっかりと測りだす。2分経ったら問答無用で追い出そう。どうせ、大した内容じゃない。聞かないでも分かっている。

 だが、マヘヴィンは神妙な顔をして俯いた。おや、もしかして本当になにかあったのだろうか?


「実は……」

「うん、どうしたんだい?」


 どことなくだが、緊張感が漂う。珍しく真剣な感じがした。俺もそれに合わせて、襟元を正す。しっかりと聞いてやろう。

 よく考えたら、知っている人が少ない中で働いていたのだ。色々思うところだってあったのだろう。悩みくらいは、ちゃんと聞いてやってもいい。


「この五日間! 仕事しかせずに帰ることになったんです」

「うん……うん?」


 ……真面目に聞こうとした俺が馬鹿だった。期待を裏切らないとは、このことだ。いや、マヘヴィンの場合は期待を裏切ってほしいんだけどね。

 俺はうんざりとしながら、涙目になっているマヘヴィンに、正直に告げた。


「仕事をしに来ていたんだから、当然じゃないかな?」

「分かっています! むさいおっさん二人に囲まれながらも、しっかりと仕事はしました! ですが、そうじゃないんです……! 潤いがほしいんです!」

「そうか、王都に帰れば潤いもあるんじゃないかい?」

「なぜ東倉庫で働かせてくれなかったんですか!? 魔王が一言言ってくれれば、そうできたはずです!」


 八つ当たり甚だしいとしか言いようがない。そもそもマヘヴィンが五日間一緒にいたら、俺の胃がまたやられてしまっていた確信がある。

 そんなことだけは、絶対にごめんだ。そもそも潤い? どうせ女性がいなかったことへの不満だろう。こいつは、本当に……。

 俺が若干苛立っていると、倉庫の扉がギィっと鈍い音を立てて開かれた。

 入って来たのは、副会長、ダグザムさん、アトクールさんの三人だ。しかし、マヘヴィンは全く気付かずに俺へ熱弁している。


「大体、あの副会長ってなんですか!? 女性の管理人といちゃいちゃさせてくれると言ったのに、むさいおっさん二人ですよ!? 騙したんですよ!? これ、訴えたら勝てますよね!?」

「いや、あのね、マヘヴィン」

「ジジイとおっさん二人って、最悪じゃないですか! 自分は女の人と仲良くなって、アキの町へ来る口実や楽しみがほしかったんです!」

「だからね……そんな理由で来ていたの!?」


 マヘヴィンは、胸を張って自信満々だ。本気で言っているらしい。

 君の後ろに鬼が三人いることを気付いていないことだけが、幸せだね。この後どうなるか、想像するだけで俺は怖いよ。


「忙しい中この仕事に立候補したのだって……新しい出会いを求めていたからですよ! これなら王都にいた方が良かったです!」

「そうですか。それはなによりです。では、王都へ帰還して頂きましょう」

「そうだな。仕事も落ち着いたし、もうお前がいなくても大丈夫だ」

「……やれやれ、仕事だけは真面目にやっていましたが、隙あれば女性に声をかけようとして、こちらも困っていたので良かったです」


 三人の声がし、マヘヴィンはギギギッと音がしそうなくらい鈍い動きで後ろを見た。ご愁傷様としか言いようがない。

 出会ったときのように、マヘヴィンの顔は一気に青ざめた。自業自得なので、庇いようがない。元々庇うつもりもないけどね。

 しかし、彼は悪足掻きをした。この後に及んで、足掻いたのだ。素直に謝って帰ればいいのに、抵抗した。往生際の悪さだけは、尊敬に値する。


「た、助けてくださいダリナさん! 一緒にアキの町へ来た仲じゃないですか!」

「ごめんなさい」

「謝られた!? そんな! 道中はあんなに仲良くしてくださったじゃないですか!?」

「事あるごとに泊まる部屋を一部屋にしようとする人は、信用できません。わたし身持ちが固いんです」


 うわぁ……流石にドン引きだった。俺は少しだけマヘヴィンと距離をとる。欲望に忠実すぎるのも困ったものだ。

 実際、うちの女性陣だけでなく、男性陣も俺と同じような顔をしていた。それにマヘヴィンも気付いたのだろう。きょろきょろと味方を探そうとしている。……だが、そんなものはいない。

 がしっとマヘヴィンの肩が、ダグザムさんとアトクールさんに捕まれる。副会長の顔にも笑顔はなく、無表情だった。完全に終わったな。


「待ってください! 弁解を! 弁解をさせてください!」


 無言で三人はマヘヴィンを連れて出て、扉は閉じられた。

 さようなら、マヘヴィン。もうアキの町へ来られることはないだろうけど、元気でな。……元気じゃなくてもいいか。俺に厄介ごとを持ち込まないようにな。


 俺は万感の思いを込め、閉じられた扉へ頭を下げるのだった。

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