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百三十七個目

 夜、そろそろ店を閉めるしかなくなったころだ。アグドラさんとハーデトリさんが東倉庫へとやってきた。

 二人とも、げっそりと青い顔をしている。俺なんて目じゃないくらい大変だっただろうことは、簡単に想像できた。

 今後の予定などの可能性もあるので、俺はお客様から聞こえないように二人を二階へ案内して話をする。聞かれて問題が起きても困るからだ


「お二人ともお疲れ様です。うちはそろそろ倉庫を閉めようかと思っています。残りは明日にせざる得ないかと……」

「うん、そのことで話があって来た。我々も、今日処理し切るのは無理だと思ってな」

「えぇ、並んで下さっている方々に、整理券を配って頂けますかしら?」


 そう言ってハーデトリさんが差し出したのは、番号などの簡易的な情報の入った紙だった。もう一枚渡された紙は、どうやらリストらしい。これに名前などを書いて、間違いがないようにする方針だろう。

 今日中に全てを終わらせることは無理だと分かり切っている以上、最低限かもしれないが、必要なことだ。なので、俺はその提案に異論もなく同意した。


「分かりました。準備をして頂いて助かります。ではこれを配って、残りはまた明日から対応します」

「事前に、説明のほうを頼む。整理券を持っている人を優先はするが、その人が来る前に、対応をしているお客様がいる場合もあるだろうからな」

「ですね。揉めないためにも、しっかりと説明してから配らせて頂きます」

「まぁボスは心配ありませんわね。では、私たちはこれで失礼いたしますわ。まだまだまだまだまだ仕事が残っていますので……」

「あ、あの、自分もお手伝いした方が……?」


 俺の提案に、二人は首を横に振った。出来る限り協力するつもりだったのだが、必要ないということだろう。

 でも、本当に大丈夫だろうか? 正直なところ、不安な気持ちは隠せない。

 そんな俺の態度に気付いたのか、ハーデトリさんはいつもの高笑いをした。


「おーっほっほっほ! 東倉庫は、かなりまだ仕事が溜まっておりますわ! 人手も足りていないでしょうし、こちらはお任せくださいませ!」

「……気を遣わせてしまい、申し訳ありません。お言葉に甘えさせて頂きます。ですが、なにかありましたらすぐに呼んでください」

「その心づもりでいてくれるだけで助かる。あぁそれと、明日からは門での規制もかけようと思っている。町の中が馬車だらけになってしまうからな……」


 入場規制は必要なことだと、俺も思う。しかし、それに納得できない人は多いのじゃないだろうか? 延々となにもない外で待たされるわけだし……。

 だが、そこら辺の対応も二人は考えてあるようだった。


「外に、仮設の休憩所を作りますわ。それと、衛兵も多目に回しますから大丈夫ですの。オークたちも協力してくれて、しっかりと荷物を守ってくださいますわ!」

「なるほど、それなら安心ですね」


 そう答えはしたものの、本当に安心なのだろうか? オークに囲まれる人々は、不安に思うのではないだろうか? だが、衛兵も一緒だと言っている。なら、大丈夫……かな?

 うん、まぁ俺が口を出す問題ではない。たぶん大丈夫だろう。たぶん直に落ち着くだろうし、平気だ。たぶん。


「……ナガレさん、顔に疑問が現れているぞ」

「え!? いえ、そんなことはありませんよ?」

「安心してくれ、オークよりも人の方が多く配置されている。オークはむしろ、周囲の警戒だな。邪険にするようで悪い気もしたが、オークたちも納得してくれている」

「彼らも、人と少しずつ歩み寄ろうとしていますわ」


 少しずつ歩み寄ろうとしている。これは、とても良いことに感じた。

 急激な変化を求められることもあるが、根が深い問題だ。ゆっくり地道にやっていくしかない。

 今回のことで、オークは人と協力できるということが、もっと他の町にも伝わるといい。俺は素直にそう思った。


「では、明日からもよろしく頼むぞ」

「はい、お疲れ様です」


 一通りの打ち合わせが終わり、二人と一緒に一階へ降りた。そしてお客様たちに整理券の説明をする。

 正直なところ、物凄い反発が出ることも考えていたのだが、お客様たちは非常に物分りが良かった。というか、小声で「言い返したらどうなるか……」と言っている。

 いや、こちらの不備ですから怒りませんよ? 頭を下げて納得してもらうことしかできませんから!

 そう俺は思っていたのだが、先ほどのならず者撃退事件で、そう思われてしまう流れが出来上がっていることには気づいていた。

 なので、俺は素直にその流れに乗らせてもらうことにする。早くみんなも休ませてあげたいからね。


「……と、なっております。では、整理券を配布させて頂きます」


 その後、滞りなく整理券を配布して、名前などの簡易な情報をリストに記載した。これで今日は一段落だ。

 本日最後のお客様の荷物の預かりが終わったとき、全員崩れ落ちるように倒れた。


「やっと終わったー! オレ、こんなに頑張ったの初めてだよ」

「私も、もう無理だわぁ……」

「キューン……(神経を使う仕事だったッス……)」


 キューンのどこに神経があるのか。非常に興味深いところではあったが、疲れていることはよく分かった。

 休憩を入れていたとはいえ、へとへとだろう。


『当分これが続くのか。そう考えると、流石の我でもくるものがあるな』

「あはは、みなさんお疲れ様です。わたしも少し疲れました」


 みんながぐったりとしている中、ダリナさんだけは笑顔を保ってみんなにお茶を用意していた。あまり疲れていないようにも見える。本部の仕事は、それだけ過酷なのだろうか? 

 ……いや、そう見せているだけなのだろう。疲れていないわけがない。でも、その心遣いがありがたかった。


「こりゃ明日は、朝から気合入れないといけないな。ダンジョンに潜ってるほうが楽なくらいだ」

「そうだね。でもまぁ、こういうのもいいかもしれないね」

「疲れたー! あ、疲れたって言うと親方に怒られる!」

「本当にお疲れ様です。先に工房へ戻った親方に言ったりはしないので、安心してください」


 ヴァーマもセレネナルさんもドワーフたちも、本当に頑張ってくれた。そんな人たちの告げ口をしようなんてつもりは、これっぽちもない。疲れたと口に出すと、ドワーフたちは親方に怒られるのか。流石、職人といった感じだ。

 俺たちは、簡易的な後片付けをして、軽く掃除をした。これでもう休ませてあげて大丈夫だろう。


「じゃあ、みなさんお疲れ様でした! 明日からも、よろしくお願いします!」

「お疲れさまー!」


 帰る人たちを見送るため、外へ出る。ダリナさんは、ヴァーマとセレネナルさんが送ってくれるらしいので安心だ。

 おやっさんの店まではすぐだが、見知らぬ人が町には増えている。用心するにこしたことはない。

 全員を送り返した後、俺は疲れているみんなに労いの言葉をかけた。


「本当にみんな頑張ってくれたね。もう何日か、こういう日が続くと思う。でも、今日は終わり! ゆっくり休んでね!」

「ボスもお疲れ様! さぁシャワーに入って、寝ようかな……」


 疲れ切った体を引きずるように、四人は二階へと上がって行った。

 ……俺一人、一階へ残っていることは気付かれていない。さて、もう一仕事しますかね。

 その日預かった品物のリストのチェック、倉庫内の荷物との一致確認。今日やっておかなければならない作業は、まだある。

 本当はみんなに手伝ってもらってもいいのだが、明日からのことも考えてゆっくり休ませてあげたい。ここは管理人である俺が頑張るところだ。

 そう思いカウンターへ座ったときだった。二階からばたばたと降りて来る足音が聞こえた。


「あー! やっぱりボス、まだお仕事してる!」

「え? いや……え? 違うよ? ちょっと、後片付けをしているだけだよ?」


 一瞬でバレてしまった。俺はしどろもどろになりながら、言い訳をする。やはりみんなが寝てからやるべきだったかもしれない。完全に失敗した。

 ……俺を見る四人の目は、じとっとしたものだ。完全に俺を疑っている。なんとか言い訳をしていたのだが、聞く耳持ってくれなかった。


「さぁ、何が残っているのかしらぁ? みんなでやれば、すぐ終わるわぁ」

「キューン。キュンキューン、キューン!(フーさんの言う通りッスね。ボス一人じゃ数時間かかっても、みんなでやれば一時間ッス!)」


 俺はその言葉に、少しだけ目が潤んでしまった。情けないことに、感動していたのだ。みんなが当たり前のように、手伝ってくれようとすることが嬉しかった。

 後ろを向いて、そっと涙を拭った俺は改めて皆を見る。そして命令するのではなく、お願いをした。


「ごめん、今日預かった物のチェックなどをしたいんだ。箱の数などがあっているか、他の人の荷物とごっちゃになっていないか、などをね。頼めるかな?」

「任せてよボス! オレがすぐ終わらせちゃうよ!」

『うむ。ついでに、雑に積んでしまった荷物も整理しようではないか!』

「……ありがとう」


 俺はまた泣きそうになりながら、なんとか笑顔で答える。

 そしてみんなで和気藹々と、本当に一時間ほどで業務を終わらせて、その日は終了した。

次は火曜に更新いたします。

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