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百三十六個目

 ずらずらと五人ほどのお客様が、大股開きで店の中を闊歩する。

 他のお客様たちも、それを嫌そうな顔で見ていた。こんなに待たせているこちらに非があるとはいえ、ねめつけるように他の人を退かせながら歩いているのは頂けない。

 俺は慌てて柄の悪いお客様たちの前へと進み出た。


「申し訳ありません。ただいま混雑しておりまして、順番をお待ち頂けますか?」

「順番だぁ? どれだけ待ってるんだと思ってんだ!? おぉ!?」

「順次対応をしております。こちらとしても精一杯やっておりますので、もうしばしお待ちください」


 ぺこぺこと頭を下げるが、まるで効果はない。相手は苛立った様子で……あれ? 苛立っている感じではない。むしろ、ニヤニヤと笑っている。

 多少の違和感を覚えたが、俺はそのまま謝罪を続けることにした。


「本当に申し訳ありません。お待たせしているのは、こちらの不手際です。商人組合や他の倉庫とも連携し、急ぎ対応をしておりますので……」

「そんなことを聞いてるんじゃねぇよ!」


 男は、足で勢いよく地面を踏み鳴らした。

 図体のでかい男が思い切りやったせいで、大きな音が鳴る。それで場は静かになった。

 騒いでいる男と、後ろから茶々を入れる四人。クレーマーの見本みたいな面子だ。なんとか早く事態を収拾しないといけない。

 しかし現状できることは、やはり謝罪をすることだろう。言い返せば相手が余計怒り出すのは、想像するまでもないことだった。


「他の倉庫で早く対応ができるところがあるかを、今調べますので少しお待ち頂けませんか?」

「っだから、そういうことを言ってんじゃねぇよ! 分からねぇか? あぁ?」


 本当に悪いのだが、さっぱり分からない。え? そういうことじゃない? 早く預けさせろというクレームだよね? そうじゃない??

 困りつつ他の面々を見ると、セトトルやフーさんは慌てており、キューンとガブちゃんヴァーマ辺りは目が活き活きと輝いていた。怖い。

 ダリナさんとセレネナルさんは、首を傾げて困った顔をしている。恐らく、俺と同じで相手の伝えたいことが分からない状態なのだろう。ちなみに手伝いで来てくれたドワーフたちは、なにも気にせずに作業をしている。マイペースですごい。

 このままでは埒が明かないので、俺は思い切って聞いてみることにした。


「その、つまりどういうことでしょうか?」

「あぁ? おいおい……ったく言わないと分からねぇとか馬鹿じゃねぇのか? 待たせてんだぞ? ってことは、詫びだろ詫び!」

「……? 謝罪でしたら、先ほどから述べさせて頂いておりますが?」

「ちげぇよ! これだ! これ!」


 男は、親指と人差し指で輪っかを作って俺に見せた。

 ……え? このジェスチャーって、もしかしてあれ? 俺は厭らしそうに笑う男の顔と、輪っかを作った手を見て驚く。

 こ、このジェスチャーって異世界でも共通だったのか!

 素直にそう歓心してしまった。いや、どこの世界でも金は指で輪っかを作るものなのか。それに、こんなジェスチャーを本当にしているところは、元の世界でも見たことはない。

 悪徳業者やクレーマーならではだろうか? いやいや、天然記念物のような人たちだ。このまま保護した方がいいのではないだろうか?

 俺はそう思い一人頷いていたのだが、男が先に痺れを切らした。


「おい! なに頷いてんだ! 分かったなら、さっさと出すもん出せや! 悪いと思ってんなら、当然だろうが!」


 いやいや、本当にすごい。ドラマや映画でしか見たことがないような台詞が、ぽんぽんと出てくる。

 俺は笑ってしまうのを耐えるので必死だった。いやぁ、本当にいるんだね。

 だがまぁ、こういう場合は警察を呼ぶしかないだろう。この世界だと、衛兵とかだろうか? 鎧を着た人たちを呼んで……どこに詰所があるのだろう? 門番さんくらいしか、いる場所が分からない。

 となると、俺にできることは商人組合に連絡をすることだろう。うん、他に方法が浮かばない。


「申し訳ありません、こちらの一存でお決めすることはできません。商人組合の方に行って頂けますか?」


 俺がそう言うと、相手はぽかんとした後、真っ赤な形相に変わった。

 あれ? 懇切丁寧に断ったつもりだったのに、怒らせてしまったのだろうか?

 ……そういえば、妙に落ち着いている自分がいる。こんなに怖そうな人なのに、全然怖いと感じない。俺、大丈夫なんだろうか? 

 そう思っていたのだが、さすがに次の相手の行動で俺も後ずさった。

 腰につけていた、剣を抜いたのだ。


「てめぇ……調子にのってんじゃねぇぞ! おらぁ! さっさと出さねぇと、どうなるか分かってんだろうな? あぁ!?」

「い、いえ、そんなつもりはありません。ですが、自分の一存で決めるわけには……」

「いいから出せや! それとも切られてぇのか!?」


 ひどい、これでは強盗だ。ぶった切られたいのか! というオーラを醸し出している。

 俺は少しだけ悩んだ。……悩んだが、素直にお金を渡すことにした。ここで意固地になって、他の皆が傷つけられることが怖かったからだ。

 金庫から多少のお金を出した俺は、相手へ差し出す。男は、それを引っ手繰るように奪った。


「ひーふーみー……おい! もっとあんだろ! 舐めてんのか!」

「どうか、それで勘弁して頂けないでしょうか? こちらにも生活などが……」

「ちっ……」


 男は舌打ちをし、諦めてくれたようだ。俺はそれでほっとしたのだが、それは間違いだった。

 剣を握っていない手を俺へ振りかざし、今にも振り下ろそうとしている。


「やっぱり、ちょっと痛い目みないと分からねぇみたいだな!」

「あ……」


 自分で言うのもなんだが、とてもマヌケな声を出していたと思う。とても避けれるとも思えないし、俺はこのまま殴られるのだろう。

 手で防ぐこともできず、茫然と拳が振り下ろされるのを見ていた……が、次の瞬間、俺の前に壁が突如出現した。

 振り下ろした拳を止めることができなかった男は、当然壁を殴る。ガンッといい音が響いた。うわぁ、痛そうだ。


「いってええええええええ! て、てめぇ! ざっけんなよ! もうただじゃおかねぇぞ! 野郎ども! ……野郎ども?」


 返事が無いことに気付いた男が振り返ると、野郎どもは全員倒れていた。その中心では、うちの危険生物代表である、ダイアウルフのガブちゃんが唸り声をあげている。

 男は唖然とした顔で、ガブちゃんを指差した。


「は? な……てめぇ! なにしてんだおらぁ!」

『それはこちらの台詞だ。我が主に手を上げようとは、己の身をわきまえぬゴミめ』

「ゴミだと!? 犬っころが、何様だ!」


 男がいきり立ってガブちゃんに向かおうとしたが、俺の横をすっと抜けた影が男の肩を掴んで止めた。

 言うまでもない、ヴァーマだ。


「おい」

「あぁ!? ぎゃふっ!」


 ヴァーマは二の句を告げさせずに相手を殴った。が思い切り殴り飛ばした男は、壁にぶち当たって床に落ちる。

 い、生きているかな? 俺はそんなことを心配したが、ヴァーマとセレネナルさんは全く動じずに五人のならず者を縛りあげていた。

 ガブちゃんだけでなく、ヴァーマとセレネナルさんのいる状況で来るなんて、相手に少し同情してしまう。というか、もう少し早く俺を助けてほしかった。


「おう、ボス。金を出して油断させるとか、やるな! お陰で簡単にぶっ飛ばせたぞ!」

『うむ。金を見た瞬間、隙だらけになっていたからな。馬鹿なゴミどもだ。所詮、我が主の掌の上というわけだ』

「え? うん……え? そ、そうかな?」


 俺は本当に金を渡して、安全を確保した後に商人組合に連絡をして捕まえてもらおうと思っていたのだが、なにか勘違いをされている。

 結果的には良かったのだが、この勘違いはどうなんだろう? 俺が顎に手を当てつつ悩んでいると、いつの間にか足元にいた緑色の生命体が、さらりとこう言った。


「キューン?(こいつら消すッス?)」

「いや、普通に商人組合に連絡をして、衛兵とかを呼んでもらうからね?」

「キュン……(そうッスか……)」


 なんとも残念そうなキューンが余計なことをしないよう抱きかかえると、その瞬間セトトルとフーさんが俺に抱き着いてきた。

 ダリナさんも袖をぎゅっと掴んでいる。きっと怖かったのだろう。


 まぁなにはともあれ、このよく分からないやつらを衛兵に引き渡し、事態は解決する。

 その後、うちの倉庫に入って来るお客様は緊張の面持ちになり、大人しくなった。外で並んでいる人たちまでも、びしっと並びだしたのは良かったことだろう。

 ……変な噂が、また流れないといいなぁ。

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