表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/175

百三十五個目

 休憩を済ませ東倉庫へ帰った俺は、いつも通りに声をかけた。


「ただいま、なにかあったかな?」

「あらぁ? ボスお帰りなさぁい」


 ……いつも通りだが、いつも通りじゃない返事がきた。俺は眼鏡を外し目を擦って、もう一度声のした方を見る。

 うん……うん? 何度見ても、マッチョなシルフがそこにはいた。


「フ、フーさん?」

「なぁに?」


 なんと声をかけたらいいかも分からず、俺は止まってしまう。そんな俺に気付き、セトトルが近づいてきた。

 そして俺の頬をぷにぷにと突いている。突く必要はないが、事情を教えてくれそうだ。


「セトトル、フーさんはどうしたんだい?」

「うん、なんか……今日はたくさんお客さんが来てるよね? それで、その……」

「……限界?」

「うん……オレたちも忙しくて気付いていなかったけど、もう無理だったみたいだよ」


 改めて見てみると、フーさんが着ぐるみを着た状態で、にこにことカウンター業務をしている姿が見えた。

 どうやらたくさんのお客様の相手をしていたせいで、再発してしまったらしい。

 まぁ、うん。しょうがないよね。それに仕事ができているなら、問題ないからいいかな。俺はそう思い、特にツッコまないことにした。

 とりあえず精神的に辛そうだったら、休ませてあげよう。そう決めて、仕事を再開した。



 仕事の流れは順調だった。やはりダリナさんヴァーマ、セレネナルさんの三人が入ってくれたことが大きい。

 検品作業があまり滞らなくなっているのが、非常に助かる。一番時間のかかる作業だからね。

 元の世界では検品作業は、一つ一つ品物をチェックすることが多かった。1000個あったら、10個だけ抜き取ってチェックをしたりもあったが、こちらの世界ではそうはいかない。

 品物がごちゃごちゃに入っていることが多いためだ。なので基本的には、取り扱ってはいけない品物が入っていないか、ここを主にチェックしている。

 もちろん門でも調べているはずなのだが、見落としはできるだけ潰せるようにした方がいい。

 ……それでも、見落としは出ちゃうからね。人がやっている以上、どうしようもないところだ。ヒューマンエラーを無くすのではなく、減らすことが一番大事なことだと思う。


 俺は仕事をしながらも、出来るだけ皆に声をかけることにしていた。自分では気づいていないが、疲れているということはよくある。

 なにより「疲れました! 少し休ませてください!」の一言を口にするのは、少し勇気がいる。だからこそ、こちらで事前に気付いてあげたい。

 まぁそれで休みまくられても困るのだが、その点については一切心配していない。皆、毎日頑張っているからね。 


 しかし、作業は順調だが仕事は減らない。完全に終わりが見えない作業になってしまっていた。

 理由はやはり検品作業だ。皆、何かあったら困るとしっかりチェックをしている。それは正しいのだが、慎重になりすぎている節があった。

 俺はそれをなんとかしようと、全員に声をかけることにしたのだ。


「はい、皆作業をしながらでいいから聞いてくれるかい?」

「キューン?(また何かあったッスか?)」


 仕事をしながらでも、俺の方に耳を傾けてくれている。集中力が削がれてしまっても困るので、手短に話そう。

 全員がこちらの話を聞いていることを確認し、俺はゆっくりと話し始めた。


「丁寧に作業をしているのは、とても喜ばしいことだね。でも、みんな少し慎重になりすぎているよ」

『それは良いことではないのか?』


 俺はガブちゃんの言葉に頷いた。

 確かに、悪いことではない。ただしそれは、時間が限られていないときの話だ。

 今現在は、スピーディーな作業がどうしても求められてしまう。もちろんそれでミスをされても困るのだが、心構えはしっかりとしないといけない。


「慎重に丁寧な作業は悪くない。俺もそういうやり方を昔はしていたからね。でも、仕事はそれだけじゃ駄目なんだ」

「キュン?(駄目ッスか?)」

「うん、仕事には速さが求められることがある。例えば掃除をするときだけど、忙しいときに100%の掃除をするよりも、90%くらいで掃除をし、次の作業に入ることが必要なときもあるんだよ」

「正確さよりも速さをとる、ということですか? ですが、それでミスが起きてしまったらまずいと、わたしは思います」

「そうですね、ダリナさんの言っていることは間違っていません。そのためにチェックを増やしているわけです。門でも調べ、うちでも調べる。つまりダブルチェックを行っているわけですね」


 俺も頑張って説明したのだが、どうにもみんなしっくりきていないようだ。うーん、困った。ミスを0にしようとしていることは間違っていないのだが、100のミスを1にすることはできても、0にはできないんだよね……。

 一時的に0になっても、それを何年も続けることはできない。俺はその点をさらに説明した。


「いいかい、ミスというのは絶対に無くならない。一番大事なことは、ミスを減らすこと。そしてミスを見つけることだ」

「ミスを見つける……?」

「そう、セトトルが復唱してくれた通り。ミスというのはね、見つけるのが大事なんだ。これはミスしている人を探すなどではなく、ミスを見つけてすぐに対応できる状態にしておくことだね」

「でも、ミスが見つかっちゃったら怒られちゃうよ?」

「俺が怒ったことがあったっけ?」

「……キュン、キューン(……注意はされても、怒られたことはないッスね)」


 どうやら分かってくれたらしい。なるほど、と頷いてくれていた。

 ミスをしろ! ではなく、ミスを減らそう! だと、なぜか少し楽な気持ちになる。それを伝えたかったのだが、中々説明が難しかった。俺もまだまだだ。


「ミスは見つけるのが早ければ早いほど、対応がしやすい。そして後に回せば回すほど、大変になる。ミスがあっても怒ったりはしないから、見つけたらすぐに対応していこう。そしてそのミスがもう一度起きないように、みんなで考えよう」

「ヒヤリヒャットかしらぁ?」

「フーさんその通り! ヒヤッとしたことは覚えておこうね! さぁ、ミスを恐れずに頑張っていこう! ……あ、でもミスをしろってことではないからね?」

「うん、オレ分かったよ! ASAPで頑張ろー! おー!」


 うん、なんとか伝わった気がする。良かった良かった。

 そもそも時間がとれていないのは、人手が足りていないからだ。商人組合にも連絡をしてあるので、お手伝いさんが来てくれる予定となっている。

 ……手が空いている人がいれば、だけどね。大丈夫かな? きっと来てくれるよね?


 俺が少しだけ不安になっていると、扉がバーンと開かれた。

 お客様!? 順番に案内すると言ったのに、入って来てしまったのかな!? ……と、思ったのだが違った。

 入って来たのは親方とドワーフたちだ。工房の人たちが、どうしたのだろう?


「親方、なにかありましたか?」

「なんじゃ? 人手が足りないのじゃろ? 検品作業をする人員が必要と聞いて、うちから五人ほど見繕ってきたぞ! 北倉庫に人を回し過ぎて、東倉庫に回すのには時間がかかるらしくてな!」

「ありがとうございます! では手順を教えますね!」

「うむ! ……あぁ、工房でも日々怪しい物のチェックはしているからな。素人よりは使えると思っていいぞ!」


 全面的に信用できるわけではないが、少しでも慣れている人というのはありがたい。

 実際その後、作業のスピードは格段にあがった。単純に人が増えただけでも早くなるが、ドワーフたちは本当に手馴れていたからだ。

 これ、工房に全部の検品とか任せた方がいいんじゃ……?

 俺が薄っすらとそんなことを考えつつ仕事をしていると、またバーンと扉が開かれた。


「おい! いつまで待たせるんだ!」


 強面の、どう見てもやばそうな人たちが痺れを切らして入ってきたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ