百三十五個目
休憩を済ませ東倉庫へ帰った俺は、いつも通りに声をかけた。
「ただいま、なにかあったかな?」
「あらぁ? ボスお帰りなさぁい」
……いつも通りだが、いつも通りじゃない返事がきた。俺は眼鏡を外し目を擦って、もう一度声のした方を見る。
うん……うん? 何度見ても、マッチョなシルフがそこにはいた。
「フ、フーさん?」
「なぁに?」
なんと声をかけたらいいかも分からず、俺は止まってしまう。そんな俺に気付き、セトトルが近づいてきた。
そして俺の頬をぷにぷにと突いている。突く必要はないが、事情を教えてくれそうだ。
「セトトル、フーさんはどうしたんだい?」
「うん、なんか……今日はたくさんお客さんが来てるよね? それで、その……」
「……限界?」
「うん……オレたちも忙しくて気付いていなかったけど、もう無理だったみたいだよ」
改めて見てみると、フーさんが着ぐるみを着た状態で、にこにことカウンター業務をしている姿が見えた。
どうやらたくさんのお客様の相手をしていたせいで、再発してしまったらしい。
まぁ、うん。しょうがないよね。それに仕事ができているなら、問題ないからいいかな。俺はそう思い、特にツッコまないことにした。
とりあえず精神的に辛そうだったら、休ませてあげよう。そう決めて、仕事を再開した。
仕事の流れは順調だった。やはりダリナさんヴァーマ、セレネナルさんの三人が入ってくれたことが大きい。
検品作業があまり滞らなくなっているのが、非常に助かる。一番時間のかかる作業だからね。
元の世界では検品作業は、一つ一つ品物をチェックすることが多かった。1000個あったら、10個だけ抜き取ってチェックをしたりもあったが、こちらの世界ではそうはいかない。
品物がごちゃごちゃに入っていることが多いためだ。なので基本的には、取り扱ってはいけない品物が入っていないか、ここを主にチェックしている。
もちろん門でも調べているはずなのだが、見落としはできるだけ潰せるようにした方がいい。
……それでも、見落としは出ちゃうからね。人がやっている以上、どうしようもないところだ。ヒューマンエラーを無くすのではなく、減らすことが一番大事なことだと思う。
俺は仕事をしながらも、出来るだけ皆に声をかけることにしていた。自分では気づいていないが、疲れているということはよくある。
なにより「疲れました! 少し休ませてください!」の一言を口にするのは、少し勇気がいる。だからこそ、こちらで事前に気付いてあげたい。
まぁそれで休みまくられても困るのだが、その点については一切心配していない。皆、毎日頑張っているからね。
しかし、作業は順調だが仕事は減らない。完全に終わりが見えない作業になってしまっていた。
理由はやはり検品作業だ。皆、何かあったら困るとしっかりチェックをしている。それは正しいのだが、慎重になりすぎている節があった。
俺はそれをなんとかしようと、全員に声をかけることにしたのだ。
「はい、皆作業をしながらでいいから聞いてくれるかい?」
「キューン?(また何かあったッスか?)」
仕事をしながらでも、俺の方に耳を傾けてくれている。集中力が削がれてしまっても困るので、手短に話そう。
全員がこちらの話を聞いていることを確認し、俺はゆっくりと話し始めた。
「丁寧に作業をしているのは、とても喜ばしいことだね。でも、みんな少し慎重になりすぎているよ」
『それは良いことではないのか?』
俺はガブちゃんの言葉に頷いた。
確かに、悪いことではない。ただしそれは、時間が限られていないときの話だ。
今現在は、スピーディーな作業がどうしても求められてしまう。もちろんそれでミスをされても困るのだが、心構えはしっかりとしないといけない。
「慎重に丁寧な作業は悪くない。俺もそういうやり方を昔はしていたからね。でも、仕事はそれだけじゃ駄目なんだ」
「キュン?(駄目ッスか?)」
「うん、仕事には速さが求められることがある。例えば掃除をするときだけど、忙しいときに100%の掃除をするよりも、90%くらいで掃除をし、次の作業に入ることが必要なときもあるんだよ」
「正確さよりも速さをとる、ということですか? ですが、それでミスが起きてしまったらまずいと、わたしは思います」
「そうですね、ダリナさんの言っていることは間違っていません。そのためにチェックを増やしているわけです。門でも調べ、うちでも調べる。つまりダブルチェックを行っているわけですね」
俺も頑張って説明したのだが、どうにもみんなしっくりきていないようだ。うーん、困った。ミスを0にしようとしていることは間違っていないのだが、100のミスを1にすることはできても、0にはできないんだよね……。
一時的に0になっても、それを何年も続けることはできない。俺はその点をさらに説明した。
「いいかい、ミスというのは絶対に無くならない。一番大事なことは、ミスを減らすこと。そしてミスを見つけることだ」
「ミスを見つける……?」
「そう、セトトルが復唱してくれた通り。ミスというのはね、見つけるのが大事なんだ。これはミスしている人を探すなどではなく、ミスを見つけてすぐに対応できる状態にしておくことだね」
「でも、ミスが見つかっちゃったら怒られちゃうよ?」
「俺が怒ったことがあったっけ?」
「……キュン、キューン(……注意はされても、怒られたことはないッスね)」
どうやら分かってくれたらしい。なるほど、と頷いてくれていた。
ミスをしろ! ではなく、ミスを減らそう! だと、なぜか少し楽な気持ちになる。それを伝えたかったのだが、中々説明が難しかった。俺もまだまだだ。
「ミスは見つけるのが早ければ早いほど、対応がしやすい。そして後に回せば回すほど、大変になる。ミスがあっても怒ったりはしないから、見つけたらすぐに対応していこう。そしてそのミスがもう一度起きないように、みんなで考えよう」
「ヒヤリヒャットかしらぁ?」
「フーさんその通り! ヒヤッとしたことは覚えておこうね! さぁ、ミスを恐れずに頑張っていこう! ……あ、でもミスをしろってことではないからね?」
「うん、オレ分かったよ! ASAPで頑張ろー! おー!」
うん、なんとか伝わった気がする。良かった良かった。
そもそも時間がとれていないのは、人手が足りていないからだ。商人組合にも連絡をしてあるので、お手伝いさんが来てくれる予定となっている。
……手が空いている人がいれば、だけどね。大丈夫かな? きっと来てくれるよね?
俺が少しだけ不安になっていると、扉がバーンと開かれた。
お客様!? 順番に案内すると言ったのに、入って来てしまったのかな!? ……と、思ったのだが違った。
入って来たのは親方とドワーフたちだ。工房の人たちが、どうしたのだろう?
「親方、なにかありましたか?」
「なんじゃ? 人手が足りないのじゃろ? 検品作業をする人員が必要と聞いて、うちから五人ほど見繕ってきたぞ! 北倉庫に人を回し過ぎて、東倉庫に回すのには時間がかかるらしくてな!」
「ありがとうございます! では手順を教えますね!」
「うむ! ……あぁ、工房でも日々怪しい物のチェックはしているからな。素人よりは使えると思っていいぞ!」
全面的に信用できるわけではないが、少しでも慣れている人というのはありがたい。
実際その後、作業のスピードは格段にあがった。単純に人が増えただけでも早くなるが、ドワーフたちは本当に手馴れていたからだ。
これ、工房に全部の検品とか任せた方がいいんじゃ……?
俺が薄っすらとそんなことを考えつつ仕事をしていると、またバーンと扉が開かれた。
「おい! いつまで待たせるんだ!」
強面の、どう見てもやばそうな人たちが痺れを切らして入ってきたのだ。