百三十四個目
俺はそろそろみんなを休憩に出そうと思っていたので、丁度いい区切りを探していた。
だが、仕事がうまく途切れない。どうやら区切り良くは難しいらしい。となると、ここら辺で全て無視して休憩に出すべきだろう。
休憩をとらせることは大事だ。人間ずっと集中し続けることはできないので、休憩を入れて仕事をした方が、効率が上がる。俺はそれに関しては疑ったことが無かった。
まずは二人ずつ休憩に出し、全員回した後は小休憩を入れていこう。そう決めて指示を出そうとしたときだった。
玄関から見知った二人組が入ってきたのだ。
「おう、ボス。東倉庫へ手伝いに行くよう言われてきたぞ」
「私たちはたまに手伝っていたからね。ばっちりだと商人組合も冒険者組合も思ったみたいだね」
「二人とも助かります、ありがとうございます!」
本当にいい二人が、とてもいいタイミングで来てくれた。
ヴァーマは荷物を運んだり、検品についてはよく知っている。人が少なかったころから、手伝ってくれていたからね。
セレネナルさんも同じ様に手伝ってくれていたので、カウンター業務がそれなりに出来るのだ。
これなら休憩も回せる!
「ヴァーマはキューンと一緒に検品を頼むよ。セレネナルさんは、カウンターをお願いします。セトトルはダリナさんと休憩に入ってくれるかい?」
「え? でもそうしたら、オレのやっていた仕事は……」
「大丈夫、そのために俺がいるんだからね。俺がセトトルの仕事をやりつつ、カウンターの様子を見ながら、検品をするよ。ヴァーマはガブちゃんと一緒に荷物を運んでもらうこともあるから、よろしく頼むよ」
「力仕事なら任せておけ!」
よし、作業を続けよう。二人ずつ休憩へ回せるのは大きい。
これなら回転もかなり早い。……俺はそう思っていたのだが、セトトルはおろおろとしていた。
「セトトル、どうしたんだい?」
「だ、だってそれじゃあ、ボスの仕事ばっかり増えちゃうよ? オレが頑張るから、他の人を休憩に回していいよ?」
セトトルの温かい言葉に、俺は少しだけジーンとした。こんな些細だが当たり前の心遣いが、とても嬉しい。
でもそうじゃないんだよ、セトトル。俺はセトトルの頭を撫でながら告げた。
「いいかい? 俺はセトトルがいない間、頑張る。でもセトトルが戻ってきたら、その必要はなくなるだろ? だから、早く休憩に行ってしっかり休んで元気になってほしいんだ。特にダリナさんは、今日から働きだしたから疲れているはずだと思う。ゆっくりさせてあげてくれるかな?」
「そっか! 分かったよ! ダリナ、オレと休憩に行こう! それでまた頑張ろうね!」
「はい、それでは休憩に入らせてもらいます」
俺は二人に軽く手を振って、仕事に戻った。
ごめん、セトトル。少しだけ嘘をついたんだ。二人ずつ休憩に行くから、俺は全員休憩が終わるまで忙しいんだけどね!
……まぁ、それくらいは許してもらおう。足りないところを補えるというのは、やりがいがある。
全部を一人で押しつけられているわけじゃないからこそ、頑張れるというやつだ。
さぁ、管理人として一踏ん張りしますかね!
その後キューンとガブちゃん、フーさんを休憩に入らせる。ヴァーマとセレネナルさんは、昼食をとってから来たということだったので、フーさんと同じタイミングで半分ずつ休憩に入ってもらった。
俺の休憩が終わった後、少し長めに小休憩をとってもらおう。
ということで、俺はようやく休憩に入ることにした。
本当はまだやることはたくさんあるし、休憩に入らず仕事を続けたい気持ちはある。だが、それではいけないだろう。
ちゃんと休まないと、みんなに気を使わせてしまうからね……。
「セトトル、なにかあったらおやっさんの店に来てくれるかい?」
「うん、分かったよ」
「もしいなかったら、商人組合に行ってね? アグドラさんたちがいるはずだから」
「うん、大丈夫だよ」
「……そうそう、もし判断できないことがあったら」
「分かったよ! 自分の判断で決めれなかったら、無理に決めないこと! でしょ! ボス休憩に行くって言ってから、五分以上経ってるよ!? はい、ボスは休憩! 後はオレに任せて休憩!」
「う、うん……なにかあったら、本当にすぐ呼んでいいからね?」
「分かったってば!」
俺はセトトルに背中を押されながら店を出た。
うぅむ、心配しすぎて口うるさくなってしまっていただろうか? そんなつもりはなかったのだが、今考えるとそうなっていた気がする。
はぁ……気をつけよう。
東倉庫が心配で、何度か振り返りながら俺はおやっさんの店に辿り着いた。
おやっさんの店に入ると、いつもなんて目じゃないほどの混雑っぷりで驚いてしまう。王都からの荷物の影響で、アキの町全体が活性化しているのかもしれない。
そう考えると、嬉しくなる。でも仕事の邪魔をするわけにもいかないので、俺はさらっと空いているカウンター席へ座った。
「おう、いらっしゃい……ってボスじゃねぇか。声くらいかけろよ」
「はい、お邪魔しています。サンドイッチを頂けますか?」
「どうせ忙しそうだからって、気でも遣ったんだろ。ったくよぉ……サンドイッチな。待ってろ」
何も言っていないのに、全部おやっさんはお見通しだった。
気を遣いすぎているのだろうか? もっとフレンドリーに接したほうがいいのかな。
うーん、ちょっと小声でやってみよう。
「おやっさん、景気いいね! いつもの頼むよ!」
……こんな感じかな? でも小声で言ってみただけなのに、とても恥ずかしい。自分には合っていないのだろう。
やっぱりいつも通りいこう。そう一人で納得していると、横から水が差し出された。
「ボ、ボス……ぷふっ。それ、なに?」
「え? ウ、ウルマーさん?」
ウルマーさんは口を押さえながら、吹き出すのを耐えている。少しだけ吹き出していたが、それでも精一杯耐えてくれているようだ。
まさか……聞かれて、いた?
いや、間違いなく聞かれていたのだろう。俺はそれに気づき、恥ずかしくて頬を掻いた。
「あの、すみません」
「いや、うん。ボスも気を遣わないようにとか、考えだしたのね。悪いとは思わないけど、ボスはいつも通りが一番だと思うよ」
「はい、自分でもそう思います」
俺はウルマーさんの顔を見れないまま、受け答えをする。うぅ、もっと気をつけて試すんだった。小声だから大丈夫だと思ったのに……。
彼女はそれ以上なにか言うこともなく、少しだけ笑いながらその場を忙しそうに去って行った。
これだけ混雑しているのだから、かなり忙しいのだろう。
にも関わらず聞かれてしまうなんて……ついてない。
フレンドリーに接すること、気を遣わないこと、その関係性の難しさについて考えながら、俺は机に置かれたサンドイッチを食べた。
あっという間に空になった皿を見つつ、お茶を飲む。うーん……俺も少しは変わってきているんだろうか?
こちらの世界に来てから、基本的には楽しい。楽しいのは、人に恵まれたからだと思う。俺は今恵まれていて、幸せなんだ。
そんな当たり前のことを再認識し、良い気分になりながら支払いを済ませて店を出た。
さあ、休憩もしたからまた頑張るかな!
まだまだ荷物はたくさん来るからね!
次回は水曜に更新したいと思います。