百三十三個目
目につく場所はできるだけ、しっかりとやろう。その方が来てくれたお客様も良い気分で、また来ようと思ってくれるはずだ。
俺はそう思い、丹念に掃除を続けた。
キューンに床などの大雑把なところを任せ、細かいところに気を使って……と、そんなことをしているうちに玄関が開かれた。
「あー、北倉庫は混み合っているので、東倉庫へ行ってくれと言われたのだが、ここでいいか?」
「いらっしゃいませ、東倉庫へようこそ。お預かりですね」
俺はにこやかにお客様へ挨拶をし、カウンターへ案内する。
フーさんたちが預かる荷物の中身、数量の確認をしている間に掃除用具を片づけた。
さぁ、今日はここからが本番だ。
手も洗って綺麗にしたし問題ない。俺が仕事に取り掛かろうと洗面所から出ると、また玄関が開かれた。
「荷物を預けたいのですが、こちらが東倉庫で良いですか?」
「いらっしゃいませ、東倉庫へようこそ。前のお客様がいらっしゃいますので、順番に対応をさせて頂きます。少々お待ち下さい」
早速二人目のお客様だ! 今後の流れを円滑にするために、こちらのお客様から預かる品物についても、しっかり先に聞いておこう。
……あ、そうだ。ただ待たせるのもあれだし、お茶も用意してもらおうかな? 事前に座って待てるように、椅子を用意しておいて良かった。
うんうん、一人一人しっかりと済ませていこう。
「邪魔するでやんす。荷物を預かってほしいでやんす」
「いらっしゃいませ、東倉庫へようこそ」
も、もう三人目が入って来てしまった。
だが、まだまだ想定の範囲内だ。……とは思ったのだが、少しだけ嫌な予感がする。
俺がちらりと玄関を開いて外を覗きこもうとすると、四人目のお客様がいた。
「おっと」
「っと、失礼いたしました。お怪我などはないでしょうか?」
「あぁ、大丈夫大丈夫。荷物を預けたいんだがなー」
「はい、東倉庫へようこそ。中でお待ち頂けますでしょうか」
……ちょ、ちょっとだけペースが早すぎるんじゃないかな? 俺は四人目のお客様へ中に入ってもらった後、改めて外を覗きこんだ。
外を見ると、想定以上の状況になっていた。
馬車! 馬車! 馬車! 馬車! 馬車が並んでいる。
まだ増えて行く馬車を見て、少しまずい状況であることに気づいた。どうやら、すでに北倉庫は対応しきれていないらしい。
そして西倉庫や南倉庫の準備がどうなっているのかは分からないが、大量の荷物が向かってきている。
……ここが踏ん張りどころだ。なによりも、今日はピークではない。明日からはもっと大変になる。
俺は慌てて中に戻り、全員に話しかけた。
「全員作業をしながらでいいから、聞いてくれるかな?」
「あわわ……あわわ……ボ、ボスどうしたの?」
どんどんお客様が来ていることで、すでにセトトルはテンパっていた。他のメンバーを見ると、そう違いはない。出だしから、これはまずい。
みんなを落ち着かせて、慌てず素早く作業をしてもらおう。
「みんなまずは落ち着こう。これから、まだお客様が荷物を預けに来る。そのためには、流れるように作業をする必要がある」
「流れるように……?」
「そう、滞ってしまっている作業のところに、人を回していくようにしないといけない。なんでも全部一人でやろうとするのではなく、自分が担当しているところをしっかりこなしていこう」
それを聞いて、みんな少しだけ落ち着いたらしい。大体慌ててしまう理由は、仕事の終わりが見えないこと。全部の作業を自分でやろうとすること。こういったことに起因する。
そのために、1-2-3-4-5といった役割を流れるようにこなし、次の人へ回していくことが大事だ。
そのための業務フローは作ってある、なによりもみんな日々頑張ってくれている。成長しているのだから、きっと大丈夫なはずだ。
「セトトルは荷物を店の中に運ぶことを、まずはしっかりやっていこう。箱の外観などに傷がないかなども、チェックを忘れないように」
「分かった!」
「キューンはセトトルがチェックしたものを、さらにチェック。一人じゃ見落としもあるからね。ダブルチェックするつもりで見ていこう。手が空いているときは、俺と検品作業をしてもらうよ」
「キュン!(了解ッス!)」
「フーさんは、お客様との書類上のやり取りを気をつけてやっていこう。割符なども、他の人のと混ざらないように、一人一人やること。同時にやったら、混ざってしまうからね」
「わ、分かり……ました!」
「ガブちゃんはセトトルのサポートと、荷物を倉庫に運ぶこと。ここを重視しよう。カウンター前に荷物が滞ってしまったら、次の荷物が入れられないからね」
『任せるが良い』
「ダリナさんは、まずお客様にお茶を出してください。ただ待たせてしまうのは失礼ですからね。その後に、フーさんのサポート。もし手が空いたようでしたら、自分のところへ来てください。5分しか手伝えなくても構いません。少しでも空いた時間を有効に使いましょう」
「はい! 分かりました!」
こういうときに曖昧な指示はいけない。やるべきことを、しっかりと指示して止まらないようにしよう。
動いてさえいれば、少しずつでも作業は必ず進む。しかし、仕事をし続けるということは効率が悪い。
休憩もちゃんととらせよう。よし、やることが頭の中で明確になってきた。
「困ったら俺を呼ぶんだよ。俺は、いつ外に呼ばれてしまうか分からない。だからこそいる間に、しっかりとした流れをみんな掴んでおこう。でも焦っちゃいけない。ASAPで作業をこなそう!」
さぁ! やるぞ! ……と思ったのだが、みんなは俺を見て首を傾げていた。あれ? なにか変なことを言ったかな?
俺がそう思うと、ダリナさんがおずおずと手を挙げた。
「あの、ナガレさん。勉強不足で分からないことがありました。質問をさせて頂いてもよろしいですか?」
「え、はい。もちろんです。分からないことはどんどん聞いてください。なにか複雑なことを言ってしまったでしょうか?」
「いえ、そうではなくてですね……"ASAP"という言葉に、聞き覚えがありませんでした」
……しまった、やらかした気がする。
元の世界では、ASAPという言葉がよく使われていた。最初は、横文字で格好つけてるのかと思っていた。だが、意味を知った後からは気に入っていたので、ポロッと言ってしまったようだ。
うん、でもいい機会だと思う。手短にだけど、説明しておこう。
「ダリナさんは悪くありません。説明していなかった自分に非があります。では、"ASAP"について説明をします」
「ほうほう……」
なぜか、お客様方も食いついている。そんなに面白い話でもないのだが、まぁいいか。
俺は一つ咳ばらいをし、五人に説明を始めた。
「"ASAP"とは"as soon as possible"の略です。意味は"できるだけ早く"ですね。つまり急ぎすぎず、でも出来るだけ早く行おうという意味で自分は使っています」
「……なんか、かっこいい! 無理をしてミスをしたらいけないけど、できるだけ早く作業をして頑張ろうってことだね! オレ気に入っちゃった」
「うん、俺はそういう風に思って使ってるよ。急げ! 早く! って言うのは、仕事の上で重荷にしかならないからね。できるだけ早くやっていこう」
「おー!」
セトトルや他の四人が納得してくれたのはいいのだが、お客様方も頷いてメモをとっていた。
な、なんか恥ずかしい! 「えー、横文字とか格好つけてるー!」みたいに言われた方が良かった! ……まぁそもそも、この世界に英語はないんだけどね。
その後、店の中ではASAPと声に出しながら作業をする面々がいたのだ。俺はそれを聞きながら、余計恥ずかしい気持ちになりつつ仕事を進めることになった。