百三十個目
商人組合の中は、昨日来たときと同じように慌ただしかった。
というか、ここ最近はずっと慌ただしい。そりゃ当たり前だよね……。
「とりあえずお二人とも、こちらにお願いします。会長のところへご案内します」
「すみません、お忙しいところ……」
「いえ、どうぞお気にせず」
「お姉さん、今晩暇ですか? 自分は、王都で話題の一流管理人マヘヴィンです!」
まだ入ったばかりなのに、マヘヴィンはカウンターにいる受付のお姉さんをナンパしていた。
目を離したわけでもないのに、なんだこの行動力は! 仕事のときも、それくらい率先して頑張ってくれよ!
とりあえず俺は慌てて猫耳受付嬢に頭を下げた。
「すみません、すみません! マヘヴィン行くぞ!」
「あ、まだ猫耳お姉さんと話が……」
俺は戯言を言い続けるマヘヴィンの首根っこを掴み、引きずりながら会議室へと向かった。最近は忙しいので、資料を広げるために会議室に集まっていることが多いからだ。
それにしてもこいつは、出会う女性全部に声をかける気か? 本当に勘弁してくれ。
そして会議室へ到着。軽くノックをして中へ入ると、予想通りそこにはアグドラさんと副会長、ハーデトリさんがいた。
「失礼します」
「おや? ナガレさん、早いな。まだ王都からの荷物が来たという報告はきていないが?」
「はい。すぐに帰るつもりですが、王都からのお客様をお連れしました」
「ん? いや、確かに王都から商人組合の人間が来る予定はあったが、なぜナガレさんが……?」
「失礼します! ハーデトリさんお久しぶりです! 後、可愛らしいお嬢さん!」
マヘヴィンは、とても嬉しそうな顔で会議室へと入る。続くように、申し訳なさそうな顔をしているダリナさんも入ってきた。
アグドラさんと副会長は、ぽかんとしている。ハーデトリさんは俺をにこにこと見ていたのに、マヘヴィンを一瞥すると視線を書類に戻した。縦ロールも、不機嫌そうにゆらゆらと動いているのが分かる。
「あー……その、どういうことかな?」
「はい! 王都から来ましたマヘヴィンです! まずはこちらの手紙を見て頂けますか!」
マヘヴィンはアグドラさんに近づき、手紙を差し出す。にやにやしながらアグドラさんに手紙を渡そうとしていたが、その手紙を受け取ったのは副会長だった。
すかさず間に入り壁となっている。グッジョブ副会長。
「あの、手紙はそちらの可愛いお嬢さんに……」
「副会長の私が受け取らせて頂きます」
「でも、座っている位置を考えても会長はそちらの……」
「手紙の方、拝見させて頂きます」
副会長はマヘヴィンに有無を言わせなかった。というか、若干怒っている。額に青筋が浮かび上がっているのが怖い。
手紙を開き、副会長はアグドラさんと一緒に中身を吟味する。そして、副会長はにっこりと笑った。
「そうですか。王都からお疲れ様です。マヘヴィンさんの滞在は三日ほどでしょうか? それでは王都からの荷物の受取などを考え、最適な担当の元へとご案内させて頂きます」
「いえ! 自分はここで大丈夫です!」
「……総管理人であられるハーデトリさんのことは、ご存じですよね?」
「もちろんです! あ、もしかして担当って彼女ですか!?」
マヘヴィンの鼻の下は伸びっぱなしだ。さすがの俺も勘弁ならない。
なによりも、俺の横で申し訳なさそうにどんどん小さくなっていくダリナさんが居た堪れなかった。
だがその後の副会長の言葉で、俺は止まることになる。
「担当をして頂く方も管理人です。しかも二人! ……いかがですか? 私の申し上げたいことが、マヘヴィンさんなら分かるのではないかと思います」
「ハ、ハーデトリさんのような管理人二人が担当!? すぐ行きましょう!」
「分かって頂けてなによりです。では、そちらの御嬢さんのことは会長にお任せします」
「あ……すみません、ご挨拶が遅れました。王都の商人組合本部から派遣されました、ダリナと申します。よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします。……あなたも苦労していらっしゃるようですね」
副会長の気の毒そうな言葉に、ダリナさんは苦笑いで答えていた。
道中も大変だったんだろうな……。
その後、副会長はとてつもなく浮かれているマヘヴィンを連れて、部屋を後にした。
とてもいい気分だ。ぜひ彼には、二人の管理人とキャッキャッウフフしてもらおう。
少しだけいい気分になりながら、俺は落ち着いた室内でダリナさんを紹介することにした。
「アグドラさん、こちらダリナさんです。王都で自分もお世話になった方です」
「書状が届いていたので、用件は分かっている。優秀な人物のようだ、よろしく頼む」
「優秀かは分かりませんが、できる限り力になりたいと思います」
うんうん、ダリナさんについては何も問題なさそうだ。
こういう人だけを派遣してくれればいいのに、なぜマヘヴィンを連れて来たのだろう。エーオさんに苦情を上げたいくらいだよ。
……っと、それどころじゃなかった。今後の方針を聞いておかないといけない。彼女は東倉庫でも働くようだからね。
「すみません、自分はどうしたらいいでしょうか?」
「あぁ、ナガレさんは東倉庫に戻ってもらって大丈夫だ。だが、一つだけ頼みがある。申し訳ないが、夜に商人組合へ彼女を迎えに来てくれるか?」
「迎え? ダリナさんを宿まで送るということですか?」
「んん? 手紙が届いているはずだが?」
手紙は大馬鹿者にインターセプトされていたので、届いていないんです。
なので、アグドラさんの話していることの意味が分かりません。だが、それを告げてしまうとダリナさんが、申し訳なさで更に縮こまってしまうだろう。
俺はそう思っていたのだが、ダリナさんは自分から打ち明けていた。
「あの、会長? 実はこちらの不手際で、わたしの手紙がナガレさんに届いていなかったようで……」
「なんと、そうだったのか。なら改めて説明をしよう。ダリナさんは東倉庫と商人組合の手伝いをしてもらうことになっている」
「はい、それはお聞きしました」
「うん、そうか。それと、東倉庫では部屋が余っているので、そちらに泊まらせてほしいということだったのだが……」
「うちに泊まる? え、東倉庫にですか?」
さらりとアグドラさんが言ったことに、俺は動揺を隠せなかった。
いや、うちで働くのならそれが一番手っ取り早いだろう。だが、うちに泊まって一緒に生活をする?
うちにもそれなりに人が増えているし、俺だけの独断では決められないことだ。スライムもどきやワンコを増やすのとは、訳が違う。
「セトトルたちにも確認しませんと、自分だけでは許可できません」
「うん、そうだな。今日のところは宿に泊まってもらおう」
「……それと、年頃の女性が同じ家で寝泊まりをするのは、正直いかがなものかと思います」
さすがにちょっとね……と、俺は思う。だが、それを聞いてアグドラさんは驚いていた。
そんなに不思議なことを言っただろうか? 至極当然のことを言ったつもりだったんだが……。
「まさかナガレさんが、今さらそんなことを言うとは思わなかった。セトトルやフレイリスと寝食を共にしているからな」
「いやいやいや! あの二人は仲間で、家族みたいなものです!」
俺は、自分の口から自然に出た言葉に驚いていた。
家族、か。なんだろう、とても温かい気持ちになる。家族か……いい響きだ。なぜか嬉しくなる。
それは置いておいたとしても、ダリナさんはそれなりの年齢だろう。……いや、どうだろう? 身長はフーさんより少し大きい。見た目は女子中学生くらいに見えるが、いくつなのだろうか?
「確かに、そう言われてはな。では、別に宿を用意するということでいいかな?」
「はい、お願いします」
「あの……」
俺とアグドラさんが納得したところで、ダリナさんが恐る恐る手を挙げた。
なんだろう。この人に限って妙なことは言わないと思うが、ちょっとだけ不安になる。
彼女に注視していると少し躊躇いがちに、こう言った。
「東倉庫に寝泊まりをした方が、仕事はスムーズだと思います。常駐となりますと、ずっとこちらで働く可能性もあります。ですが、お二人の話していることも分かります。その点を踏まえまして、出来るだけ東倉庫から近いところを用意して頂けないでしょうか?」
「うん、なるほどな……。となると、あそこになるかな」
「あそこ、ですか?」
「うむ、おやっさんの店だ。あそこなら下宿させてくれるはずだ。距離的にもちょうどいいだろう。こちらで話はしておくことにする」
「ご迷惑をおかけします」
このダリナさんの常識的な態度! マヘヴィンに、爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいところだ。
それにしても、おやっさんの店か。うちからも近くて立地的にはぴったりだろう。
話もうまくまとまり、トンボ返りするように急いで東倉庫へと戻ることにした。
本番は明日からのはずなのに、前日からこれだ。明日からが心配でしょうがないよ……。
次回更新は火曜予定です。