百二十九個目
フーさんに突撃しようとするマヘヴィン。困った顔をしているダリナさん。
昨日休んでいい気分だったのに、ひどい仕事始まりだった。
「あの、ナガレさん?」
「はい……」
「わたしたち、やっぱり出直して来ますね」
「いえ、一緒に商人組合に向かいますので、少し待って頂けますか?」
「まだ開店前ですよね? でしたら、わたしたちだけでも先に商人組合へ……」
ダリナさんの提案はありがたい。気を使ってもらっているのも分かる。だが、もう少しだけ待ってもらいたい。正直、朝礼をしていたことやマヘヴィンがいきなり来たことなどで、少し混乱している。
そんな俺に、セトトルが話しかけてくる。
「ねぇボス」
「ん? ごめんね、ちょっと待ってくれるかな?」
だが、セトトルは首を横に振った。どうやら急ぎの話らしい。
セトトルは急ぎの話があるようだし、ダリナさんたちへの対応だって急がないといけないし……。どんどん用事が積み重なっていく。
せめてダリナさんたちが、明日来てくれていれば良かったのに!
「商人組合に行っても大丈夫だよ! ここはオレに任せて!」
「え……」
「大丈夫! こっちはオレがなんとかするよ!」
セトトルは笑顔でそう言っていた。一昨日のようにどんよりとした暗い顔ではない。とても心強い。
俺はここをセトトルに任せることにし、マヘヴィンは無視して、ダリナさんに話しかけた。
「すみません、お待たせしました。商人組合に向かいましょう」
大体全部、マヘヴィンのせいだ。マヘヴィンが悪い。手紙を隠していたんだからね!
しかし、ダリナさんはにっこりと笑っていた。
「はい、こちらこそ申し訳ありません。そちらに非が無いことは明らかです。先走ってしまっていた、こちらに非がありますから。商人組合に顔も出していませんし……」
そう言ってもらえることは助かる。だが、この真面目なダリナさんが先に商人組合へ先に顔を出していないことは、違和感があった。
まさかと思い、マヘヴィンを見る。彼はフーさんを見ながら、にやにやしていた。進歩がないやつだ。
「なぁマヘヴィン」
「はい! 魔王!」
「商人組合に、顔を出していないのかい?」
「はい! ダリナさんはそう言っていたのですが、魔王へ先に挨拶をするべきだと思いました!」
「商人組合が先だろ!」
もうやだ、こいつ。俺がこちらの世界で出会った人は多いが、出会いたくなかった人TOP3にマヘヴィンは入っている。
ちなみに一位は断トツでオルフェンスさんだ。でもあの人との出会いがなければ、今の状況も無かった。非常に複雑な気持ちになる。
二位は、会ったことはないが前町長。そして三位がマヘヴィンだ。
……そこで気付く。こいつは、なにをしにきたのだろう?
王都の倉庫を放ってくるなんて、普通は……いや、マヘヴィンならやりかねないか。頭が痛くなりそうだ。
でも一応聞こう。本当に一応だが、なにか違う答えが聞けるかもしれないからね。
「マヘヴィン、アキの町へは何をしに来たんだい?」
「仕事です!」
「仕事……?」
「はい! 仕事です!」
マヘヴィンは胸を張り、そう答えていた。
いや、そうじゃなくて内容を聞きたいんだけどね? 仕事と二回も言われても、困る。
やっぱり彼に聞いたのは失敗だった。このままじゃ埒があかない。俺はそう判断し、セトトルたちの方を向いた。
「ごめん。それじゃあ商人組合に行ってくるよ。できるだけ早く戻るからね」
「もうボス! 東倉庫はオレがいるから大丈夫だって!」
「うん、セトトルがいるから心配はしていないよ。じゃあ、ちょっと行ってくるよ」
「あ、うん! ボスいってらっしゃい!」
俺は気の毒そうな顔をした四人に見送られながら、二人が乗ってきた馬車で商人組合へと向かった。
道中短い時間ではあるが、事情を聞くことにする。このままでは何も分からないままで、商人組合へ行くことになるからだ。
「ダリナさんは、なぜアキの町に?」
「はい。お手紙にも書かせて頂いたのですが、王都からの荷物について、連携をうまくとるためです」
「魔王! 自分には聞かないのですか!」
「なるほど。それでは、しばらく滞在なさるのですか?」
「いえ、しばらくではなく、こちらに常駐するようにとエーオ本部長に言われています。実は、少しだけ出世しちゃいました」
「栄転ですか。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「魔王? ダリナさん? あのー、自分を無視しないでもらいたいのですが!」
王都での仕事がよく分かっている人が、アキの町に来る。それは非常に良いことだろう。
こちらで分かることと、王都で分かっていることとでは差があるので、その差が少しは埋められるはずだ。
お互いの町で管理方法などの違いだってあるはずだし、こちらでは管理方法が分からない物だってあるだろう。
うんうん、来てくれたのがダリナさんで本当に良かったよ。
ちなみに、雑音は当然のごとく無視して会話を続けた。
「それでは商人組合に常駐なされるので?」
「いえ、それなのですが……」
ダリナさんは少しだけ、言うことを戸惑っていた。言いづらいことなら、手紙を見せてもらった方がいいだろうか?
手紙には必要な内容が記載されているはずだ。本当は事前に分かっていた内容がね!
俺はそう思っていたのだが、彼女は俺を見て告げた。
「商人組合と、東倉庫の手伝いをするように申し付けられています」
「うちの手伝い、ですか? それはありがたいですが……」
「はい、わたしに王族からも要請がありまして、人手が足りないであろう東倉庫を手伝うようにと言われました」
「自分は! 自分はですね!」
なるほど。ダリナさんがどれくらい倉庫業務を分かっているかは分からないが、色々と任せられるのは助かるかもしれない。
もちろん慣れるまでは大変だろうが、彼女は王都で見た限りでも、優秀な人に見受けられたので大丈夫だろう。
……さて、さっきからアピールしている問題児についても聞いてみるか。
「それで、これはなぜ来たのですか?」
「これ!?」
「これは……失礼しました。マヘヴィンさんは、実は王都で評価がとても高いんです」
評価が高い!? これが!? いや、マヘヴィンが!?
俺はその衝撃に、一瞬頭がくらりとした。
ありえない。本当にありえない。これほどの問題児が、なぜそんなことになっているんだ!?
「その、ですね。王都全体の倉庫に出向いて、ナガレさんが教えて下さった丁寧な管理方法を広めているのが、マヘヴィンさんです。今回もそれがあり、一度アキの町へ赴くように指示を受けていました。本当に頑張っていたんですよ?」
「頑張りました! 『魔王の一番弟子』は伊達じゃありません!」
「そうか、心を入れ替えて……待って? 今、マヘヴィンなんて言った?」
「はい! 頑張りました!」
「そこじゃないから」
明らかに聞き捨てならないことを言っていた気がする。
気のせいだ。そう、気のせいだ。聞こえなかったことにしたい。だが、そういうわけにもいかない。
俺は、マヘヴィンを見てもう一度聞く。
「魔王の……なんだって?」
「『魔王の一番弟子』です!」
聞き間違えじゃなかった……。
『魔王の一番弟子』!? なんだその、凄そうだけど、俺は嬉しくない異名は!? 魔王のことは百歩譲っても、そもそも弟子にした覚えがない!
「あの、本当にマヘヴィンさんはすごいんです。今回、短い期間とはいえ、こちらでの話し合いを任せられたくらいには頑張っていました」
「そうですか……」
「ふっふっふ、任せてください! 『魔王の右腕』として、恥じぬ働きをします!」
「……でもマヘヴィンさ、もう俺とは働きたくないって言っていたよね? 後、弟子にした覚えも右腕にした覚えもないからね」
俺の言葉に、マヘヴィンはふふんと笑った。腹立つ。
なぜこいつは、こんなに俺と相性が悪いのだろうか……。
「自分も、労働の喜びに気付いたんですよ!」
俺はその言葉を聞き、驚く前に心の中で否定した。
おかしい。こいつは、こんなに殊勝な人間じゃない。絶対に裏がある。
だから、少しだけカマをかけてみることにした。
「そっか。マヘヴィンが心を入れ替えてくれて俺も嬉しいよ。アキの町には綺麗な人も多いし、頑張ってね」
「そうなんですよ! ハーデトリさんとかもいますよね!? さっきの緑髪の美少女もいましたし! 王都でも評価は鰻登りで、ちやほやされちゃいますし、人生絶好調ですよ!」
「やっぱり……」
「そういうことだったんですか……」
「え? ……あ」
カマをかける必要も無かったくらい、簡単に暴露してくれた。
どうやら狙いはハーデトリさんと、可愛い女の子。仕事を頑張っている理由も、ちやほやされて楽しくなったかららしい。
うん……もてたいのも結構だし、気になる人がいるのもいい。なにより本当に仕事をしているのなら構わないだろう。
問題さえ起こさないでくれるならね。
俺は頭を抱えながら馬車を降り、到着した商人組合の中へと二人を連れて入った。