十三個目
次の日、朝はまず店の前の掃除を行う。
綺麗で入りやすい店であると同時に、真面目にコツコツやっているところを見せる。真面目さをアピールするためでもあった。
店の前で掃き掃除、店の壁を綺麗にセトトルと磨く。
まだ朝ということもあり人通りの少ない周囲では、ぼそぼそと話している声が聞こえる。
「オルフェンスの店の……」
「掃除なんてして……」
俺とセトトルは、こちらを見てひそひそ話をしているご婦人方の方へと振り向く。
相手は、自分達が見られたことで驚いていた。何か言われると思っているのだろう。
勿論、言わせてもらう。
俺たちは大きな声でご婦人たちに言った。
「「おはようございます!」」
ギョッとした顔をしたご婦人方に、笑顔で挨拶。
これは前もって打ち合わせてあった。出来るだけ仲良くなるために、笑顔でしっかり挨拶!
やはり基本は挨拶からだろう。その後の展開が良ければ、そのまま日常会話を少し楽しむという手もある。
だが、二人は俺たちから目線を逸らすと、そそくさと去って行った。
概ね計画通りだ。この調子でコツコツやっていこう。
そんな時、掃除を続ける俺たちの前に一人の男がやってきた。
柄が少し悪い感じの、明らかに苛立った人物だった。
何か少し嫌な予感はするが、俺たちは先程と同じように挨拶をした。
「「おはようございます!」」
「……はんっ」
鼻で笑われた。まぁ、こういうことも当然ある。
それで終われば良かったのだが、男はじろじろとこちらを嫌な目で見てくる。少し困ったな。
そして唐突に、イチャモンをつけてきた。
「おうおう、朝から掃除とはご立派なことだなぁ? どうせならうちの前も掃除くらいしてくれねぇか?」
「……申し訳ありません、店の掃除で手一杯ですので」
これはあれだ、絡まれているというやつだろう。
評判が悪かったからな、こういうこともあるだろう。うまく流そう。
だが、そうはいかなかった。
「できねぇだ? オルフェンスがどれだけ迷惑をかけたか分かってんのか!? 掃除くらいはしてくれてもいいんじゃねぇか? えぇ?」
「そ、それは今のボスがやったわけじゃないよ!」
「あぁ? 何わけわかんないこと言ってやがる! ちびっこは黙ってろ!」
怒鳴りつけられたセトトルは、その場で固まってしまった。何かあったときのことを考え、俺はセトトルの手を引き、後ろに下がらせた。
それにしても……そういうことか。色々やってくれてたみたいだな。
だが、はい、分かりました! とはいかない。そんなことをしていたら、町中掃除して歩かなければならない可能性だってある。
うまいこと穏便に済ませたいところだが……。
何か良い方法をと考えていたら、男の後ろから誰かが近づいてきた。
厄介事が増える予感!
「何だ、掃除する暇もないほど忙しいのか? なら俺が掃除してやろうか?」
「あぁ? てめぇは関係な……お、おやっさん」
「どうした、掃除するやつが必要なんだろ?」
「いえ、その……」
後ろから現れたのは、昨日昼食をとらせてもらった店の、ツンデレさんだった。
改めてみると、その威圧感のあるボウズ頭に圧倒される。
こんな人に言われたら、そりゃ萎縮するというものだ。
「こいつはな、オルフェンスのやつなんかとは違う。俺が保証してやる。それでもイチャモンつけてぇんなら、俺が掃除してやるぞ」
「い、いえ……大丈夫です。おやっさん、すいませんでした!」
イチャモンをつけてきた男は、足早にその場を立ち去った。
おやっさんすごい! ただのツンデレじゃなかった!
お礼を言おうかと思っていると、こちらをじっと見て先に話し始めた。先手をとられた感じだ。
「……まぁ、色々あると思うけどな。頑張れや」
「おやっさん……」
「誰がおやっさんだ! 気安く呼ぶんじゃねぇ! ちっ、こちとら仕込みがあるんだ。もう行くぞ!」
「はい! ありがとうございました!」
俺は丁寧に頭を下げた。セトトルもそれに続いて頭を下げる。
おやっさんは、少し照れくさそうに頭を掻いて、手を軽く振って去って行った。
ただし小声で、捨て台詞を残してだ。
「……何か困ったら来い」
やっぱりツンデレだ!
店の前の掃除も終わり、次は倉庫とカウンターのある部屋の掃除を始める。
毎日一回から二回、掃除をする。人に見られるところはこれを厳守する。
そうすることで、お客様も良い気分で店に来られるというものだ。
何より、埃を払って床を掃除するだけでも、ぐっと綺麗になる。これを続ければ、年に一回か二回大掃除をすれば十分な状態を保てる。
日々の掃除こそが、綺麗な倉庫を保つために必要なことだ。
とはいえ、今は荷物も大してあるわけではない。掃除は一日一度でいいだろう。
人や荷物が増えれば、それだけ掃除の回数を増やす必要がある。今はお客様も荷物もないからね……。
倉庫の掃除をして、本日引き渡す木箱二箱を手前に寄せておく。
こうすることで、引き渡しがより効率的に行える。日々行わなければいけないことは、できるだけ効率的にこなしていくべきだ。
掃除などをセトトルと一緒にしていて気づいたのだが、彼女はどうやら人と作業をすることで覚えるタイプだ。
ゲームの説明書を読むタイプ、読まないでプレイして覚えるタイプ。セトトルは明らかに後者だった。
時間の許す限り、説明をしながら一緒に作業を行えば、ぐんぐん伸びていくだろう。非常に頼りになる。
「ボス! 倉庫の掃除はこれで終わったね!」
「うん、じゃあ今日引き渡す荷物も軽く拭いておいてくれるかい? 出来るだけ良い状態で受け渡したいからね。俺は今度は、カウンターの掃除をしておくよ」
「お客様のことを考えてだね! 分かった!」
セトトルは凄い勢いで倉庫に戻って行った。本当に楽しそうで何よりだ。
昨日の引き渡しでは、気合を入れすぎて箱をピカピカにしてしまった。今日はそんな失敗はしない。
軽く拭いておく程度なら、それで相手が困ることもないだろう。……何もしないというのも、気が引けるからね。
それにしても、このカウンター内の掃除が終わらない。本当にぐしゃぐしゃだ。
既に引き渡した荷物の書類も、関係ない紙も、全てがぐしゃぐしゃだ。
一枚一枚確認をして、ファイルへと分けているのだが、中々終わらない。
……そういえば、俺は紙類を分けていて気づいた。
この世界の文字が読めるし、書ける。言葉も分かるし、話せる。
普通ならありえないことだが、思い当たる節があった。
恐らくは、あの眼鏡の人に額をつつかれたせいだろう。あれで、何かそういう能力を得たのだ。非常に助かる。
言葉を一から覚える必要がないというのは、とても助かることだった。
これから英語を覚えて働けと言われても、その前にめげてしまうだろう。
その点については、感謝していた。
「ボス! 終わったよ! 次はどうすればいい!?」
「おぉ、セトトル早いね。張り切ってるし。じゃあ、ちょっと荷物の確認をするね」
「確認?」
部下がやった作業は、全て上司が確認する。これは当然のことだ。
勿論、仕事に慣れている部下だったらある程度はそのまま通すだろう。
だが、今のこの状況ではこれが大事だった。セトトルに、そういうことが必要だと教えるためでもある。
俺は倉庫内に入り、荷物を確認する。
……うん、丁寧に拭かれているし、何も問題はない。
「うん、セトトルありがとう。とっても助かったよ。次のことをやる前に、少し休憩しててくれるかい?」
「本当!? 良かった! ……でも疲れてないし、ボスと一緒にいてもいいかな?」
俺が頷くと、セトトルは嬉しそうに肩に乗った。
自分も指導とかを受けたこともあり、指導をしたこともある。
その中で大事なことだが、叱る時は叱る。そして誉めるときは誉める。これが大事だ。
些細な一言でも、誉められた言葉というのは嬉しく、覚えているものだ。
そして甘やかしてはいけない。叱るときはしっかりと叱る。だがそれ以上に誉めてやらなければ、仕事をしていて辛くなるばっかりだ。
……まぁ、俺が叱られたり仕事を押し付けられてばっかりだったから、そうならないようになりたいんだけどね。
その後は二人で部屋を掃除したり、カウンター内の書類をあーでもないこーでもないとやっている間に、あっという間に昼となった。
荷物を受け取りには来なかったが、午後に来るのかもしれない。
俺たちは昼休憩をとることにした。




