百二十八個目
先日休みをとり英気を養った俺たちは、一階に集合していた。
「おはようございます」
「おはようございまーす」
「キューン(おはようございますッス)」
「おはよう……ございます」
『おはようございます』
みんなちゃんと挨拶をしているのを確認する。
最初のうちはガブちゃんが『うむ、苦しゅうない』などと言っていたので、躾けるのが大変だった。でも今では見違えるようだ。
今日は明日からのことを考えて、少しだけ仕事の話をする予定としていた。
「明日から、王都の荷物が届く運びとなっています」
「うんうん、オレたちも箱や場所を用意したりしたから、大丈夫だよ!」
セトトルは自信満々だが、そんなにうまく仕事っていかないんだよね……。万全の準備をしたつもりでも、大体穴があるものだ。
でもしっかりと準備をしていれば、余裕を持って対応ができる。そういう意味では、今の状態は悪くないと思っていた。
「ですが、今日から荷物が届く可能性があります」
「明日からなのに……今日から、ですか?」
フーさんの疑問は尤もだ。
だから、俺はそれについて説明するつもりで朝礼を行っていた。
「確かに普通なら大丈夫なんだけどね。こういうときは、前日に来る人がいたりするんだよ」
「キューンキューン?(遠くから早目に来てたりとかッスか?)」
俺はキューンの言葉に頷いた。しかし、それはまだ良いケースだといえる。悪い場合だと、我先にと早目に来る人がいる。これが厄介だ。
こちらの準備などを考えてはくれないからね……。早ければいい、こういう考えの人は必ずいるものだ。
「そういうことなので、今日から心構えはしておきましょう。俺も出来る限り東倉庫にいるつもりだけど、いつ呼び出されるか分からないからね」
『ボスは忙しいからな。致し方あるまい』
なぜかガブちゃんに同情されつつ、その後も話を続ける。
注意事項などを確認している時だった。こんな朝早くにも関わらず、扉が叩かれたのだ。
「キュンキューン? キューンキュン……(開店前からお客様ッスか? CLOSEになっているはずッスけど……)」
「まだ開店時間より少し早いけど、ボスが言ってたみたいに早くきちゃったのかな?」
確かに早く来るかもしれないとは言ったが、こんな朝早くは流石に想定外だった。せっかちすぎる気もするが、仕方ないか。
……いや、待てよ? 単純に打ち合わせかもしれない。アグドラさんや、ハーデトリさんとかね。
なら、早く開けた方がいいだろう。俺はそう思い、扉を開いた。
「おはようございます。ご用件を……」
「おはようございます、魔王!」
俺は扉を閉じる。そして鍵を、しっかりとし直した。
無言で、なにも言わず、笑顔を崩さぬまま、相手を見た瞬間にだ。
……今、変なやつがいた。ここにいるわけがないやつだ。そうか、疲れているのかもしれない。
ちょっと最近頑張りすぎていたからね。無理を言ってでも、もう一日休んだ方が良かったようだ。
俺が現実逃避をしていると、足に擦りついているもふもふ狼がが声をかけてきた。
『ボスよ、客ではなかったのか?』
「うん、違うよ。絶対違う。間違いだったみたい。だから、開けたら駄目だよ?」
「キュン。キューン(間違いッスか。そういうこともあるッスね)」
うんうん、間違えちゃう人だっているよね。
開店前だと気付かずに、店へ来てしまう。飲食店とかへ10時に着いたのに、開店時間が11時とかで失敗するやつだ。
……だが、扉は当然まだ叩かれていた。
「魔王!? 魔王開けてください! 自分です! あ、もしかして準備中でしたか? なら、一言言ってくださいよ!」
凄くうるさい。ノイジーウッドなんて目じゃないくらい、嫌な思い出が浮かび上がる。
いるわけがない。ここにいるわけがない! 絶対に違う! これは幻聴だ! 幻覚だ! まだ俺は寝ているに違いない!
『なにやら騒いでいるようだが……』
「キュン、キューン……(ボス、この声ってもしかして……)」
「違うから! 開けないから! まだ開店前! いや、そうじゃなくても関わらない! ほら! 二人もセトトルやフーさんみたいに、扉から離れて!」
俺の全身が拒否反応を出している。絶対に関わらない、と。
しかし扉は叩かれ続ける。俺は絶対に開けないと決めていたが、このままでは家から出ることもできない。
厄介ごとの塊が、店の前にいると考えるだけで気分が落ち込んでいく。勘弁してくれ。せっかく昨日は休みをとって、とてもいい気分だったんだ。
……少し経つと、扉を叩く音が静かになった。
諦めて帰ったのかな? アグドラさんには悪いが、商人組合に行ってくれていると助かる。
俺が本当にいないかを確認しようと扉へ近づくと、さっきまでとは違い、扉が優しくノックされた。
どうやらまだいるようだ。このままじゃ店を開くこともできない。
嫌々、仕方なく、後ろ向きな気持ちのまま、俺は諦めて扉を開いた。
「商人組合に行け!」
「……え?」
言ってやったぞ! 扉を開けて間髪入れずに言ってやった! ざまぁみろ!
見ろ! 相手も唖然とした顔で、悲しそうな顔を……悲しそうな顔? あれ?
「ご、ごめんなさいナガレさん。朝早すぎましたよね。マヘヴィンさんが、どうしてもと言うので……。また出直してきます」
……黒髪、ポニテ、鱗、尻尾に赤いリボン。彼女は少しだけ涙目になりながら、その場を後に……させたら駄目だ!
俺は慌てて彼女の肩を掴んで止めた。
「ダ、ダリナさん!? すみません、失礼なことを言いました!」
「いえ、あの……こちらも時間を考えずに……」
「大丈夫です! 本当に大丈夫ですから! どうぞ中へ入ってください!」
「あ、本当ですか? では失礼しますね魔王!」
「待て」
俺はずかずかと中へ入ろうとする、血色の良くなった頬がこけた男を、ギリギリのところで止めた。
こいつ、本当になんでここにいるんだ。
「はい、待ちます! ……はっ、条件反射で答えてしまいました」
「あの日々が、無駄にはなっていないようで良かったよ。マヘヴィンは、なんでここにいるんだい? そうか、王都に帰って大丈夫だよ」
「まだ何も言っていませんよ!?」
ぶーぶーと文句を言う駄目人間筆頭のマヘヴィンを尻目に、俺はダリナさんへ向き直った。
王都からの荷物の件で来たのかもしれないので、彼女に話を聞こう。
「あの、ダリナさん。本日は突然どうしたんですか? 事前に連絡も無かったので、事情が分からないのですが……」
「連絡が、ない? もしかして、手紙が届いていませんか? 申し訳ありません、わたしの不手際ですね」
「手紙……?」
ダリナさんは、事前に今日来ることを手紙で連絡してくれていたらしい。
どんな不手際か分からないが、俺はそれを見ていない。どうしよう、彼女は悪くないが俺も悪くない。
うぅん……とりあえず、一緒に商人組合へ行った方がいいかな?
「魔王! 魔王!」
「うん、分かった。じゃあマヘヴィンは王都へ帰ろうか」
「そんな! 聞いてくださいよ! これ! これを見てください!」
全く聞きたくもないし、見たくもない。だがあんまりうるさいので、俺はマヘヴィンを見た。
彼は手になにかを持っている。持っているのは……便箋?
それを見て、最初に反応をしたのはダリナさんだった。
「あれ? それは、わたしがナガレさんに出した手紙では……」
「サプライズにしようと思って、自分がくすねておきました!」
「そうか! サプライズか! さすがマヘヴィンだ!」
「いやぁ、そんなに喜ばれると嬉しくなってしまいます!」
俺はにっこりと笑いながらマヘヴィンへ近づき、手紙を受け取る。そして中を確認する前に、マヘヴィンの頬をつねった。
この野郎! 常識的に考えて、それはやったらいけないことだろう!
「いひゃいっ! ひゃにをひゅるんでひゅか魔ひょう!?」
「こっちの台詞だ!」
「あ、あの、ナガレさん? 手紙が届いていなかった理由も分かりましたし、出直して来ますので、許してあげてくれますか?」
「ダリナさんに感謝をしろよマヘヴィン。次は無いぞ」
「無いってなんですか!?」
無いって何って……そりゃ無いってことだよね。
ダリナさんが庇ってくれていなかったら、躊躇わずエーオさんに連絡をして、お前を王国から追放してもらっていたところだよ。
「ボス? 入口でどうしたの? 押し売りとかならオレが……あれ?」
「見たこと……ある人が、います」
「緑髪の美少女!?」
マヘヴィンは素早くフーさんに近付こうとするが、なんとか羽交い絞めにした。
そういえば、王都では着ぐるみを着ていたから知らなかったのか……。
フーさんに近づこうとするマヘヴィンを羽交い絞めにしながら、俺は現状に溜息をつくしかなかった。
次は金曜日に更新頑張ります。