百二十七個目
いつも通り四人に囲まれている俺は、暑さで目を覚ます。
気持ち的には、もっとぐっすり寝ていたい。だがそれ以上に、今日をみんなと過ごせることが嬉しかった。
今まで当たり前のことだったせいで、そんなことも忘れていたのか。
俺はベッドを出て伸びをし、服を着替える。なぜか起きていたキューンが俺の体に纏わりつこうとしたが、それは適当に振り払っておいた。
俺が着替え終わると、みんなが目を覚ましだす。
寝ぼけている感じが、とっても可愛い。
「おひゃようございます……?」
「おはようセトトル」
「朝……でうか?」
「フーさん、朝だよ」
フーさんは起きたと見せかけて、布団に張り付いていた。日々の疲れもあるし、しょうがないだろう。
俺はキューンと、しゃきっと目を覚ましたガブちゃんを連れて先に一階へと降りた。
「キューン!(いい天気ッスね!)」
『うむ。今日はどこへ行く? 町から出て、強敵を探すというのはどうだろうか?』
「うーん、休みは今日だけだし、次の休みはまた落ち着いてからになっちゃうからね……。とりあえずは、町の中かな?」
『そうか……』
ガブちゃんは一度負けてから、鍛え直したくてしょうがないようだ。最近は事あるごとに、町の外へ出たがっていた。でも、ずっとへこんで泣かれているよりはいいと思う。
そのうちヴァーマにでも頼んで、ガブちゃんをダンジョンにでも連れて行ってもらおうかな。ノイジーウッドの様子も気になるからね。
「ボス、なに考えてるの?」
「うん。ノイジーウッドたちは、ちゃんとやってるのかなってね」
いつの間にか一階へ降りて来ていたセトトルは、俺の前を踊るように、ふわりと飛ぶ。羽は淡く光り、彼女が飛んだ後には光が軌跡を描く。何度見ても、とても綺麗だ。
そして彼女はいつも通り、俺の肩の上に乗った。
なんだろう。妙に落ち着く。最近忙しくて追い詰められていた心が、癒されていく気がする。
「あぁ……いいね」
「んー? ボス、なにがいいの?」
「セトトルがいると、落ち着くなって」
「んん? よく分からないけど、オレもボスがいると嬉しいよ!」
セトトルは嬉しそうに笑っている。俺もそんな彼女を見て、同じ様に笑った。
準備が終わった俺たちは、しっかりと戸締りを確認した後、倉庫を出た。
昨日の夜に話し合ったが、結局俺たちはなにも決まらずにぶらぶらと町を歩いている。
休みらしくていいのじゃないかと俺は思う。だが、一つだけ不満があった。それは……暑いことだ!
もうコートを着るような寒さであり、普通なら暑いわけがない。にも関わらず、俺だけは暑い。
肩に乗っているセトトルは、頬ずりをするように俺へしがみついていて暑い。
ガブちゃんは俺の足にまとわりつき、歩きづらいしもふもふな毛皮が暑い。
フーさんも俺の左腕にしっかりと掴まり、暑い。
なのに、なぜか三人とも嬉しそうで文句が言えない。キューンはガブちゃんの背に乗っているだけなので、俺の体温を上げていない。
「キュン、キューン(ボス、汗がすごいッスよ)」
「キューンだけが俺の体温を上げないでくれているよ」
「……キューンキュン!(……いいことを思いついたッス!)」
「いい……こと?」」
全員俺に触れているので、キューンとの会話も滞りなく行える。普段なら俺が通訳をしたりするのだが、これはこれで楽でいい。
しかし今はそんなことよりも、キューンの思いついたことが気になる。フーさんは嬉々としてキューンを見ているが、俺には嫌な予感しかしない。
そんな俺の態度には気付いていないらしく、キューンは本当に名案のように言った。
「キューンキュン、キューン!(僕が汗を掻いても大丈夫なように、僕がボスの体にくっつくッスよ!)」
「嫌だよ!? 確かにキューンが体に張り付いていると、妙に気持ちいいよ! でもそれに慣れてしまったら、何かまずい気がするんだよ!」
「キューン。キューン(大丈夫大丈夫。害はないッス)」
害は無いが、譲ってはいけないところな気がした。あれは、なにか良くない。人間として駄目になっていく気がする。
ラバースーツのように張り付いたキューンが、ぬるま湯に入っているような心地よさをくれるからだ。麻薬のような中毒性があるのではないだろうか? 本当にやばい。
楽しそうに張り付くことを勧めるキューンと言い争っていると、肩の上にいたセトトルが嬉しそうに笑った。
「えへへっ……」
「ん? セトトル、どうかした?」
「ううん、楽しいなって思ってさ!」
「俺はあんまり楽しくないよ!? キューンに張り付かれるのを断っているの、聞いていたよね!?」
そう答えたのだが、セトトルはやっぱり笑っていた。
釈然とせずフーさんとガブちゃんを見ると、二人も笑っている。……そんなに俺が困っていることが楽しいのだろうか?
「そうじゃないです。みんな一緒なのが……楽しいんです」
『うむ。我は新参だが、やはりこの面子が一番落ち着くな』
「うん! オレもそう思うな!」
俺はその言葉に、ただ頷く。それだけで十分だと思ったし、実際十分だった。言わないでも伝わる感じが、とてもいい。
その後は暑いし歩きにくいとは思いつつも、口に出すことはなかった。
雑貨屋に行き、靴屋を覗き、服屋へ寄り、親方のところへ顔を出し、なにも特別でない普通の休日を過ごす。
そして時間は、あっという間に夕方になっていた。
空には夕焼けが浮かびあがり、茜色の空が今日の終わりを知らせている。
「んー! 今日はオレたち、色んなところに行ったね!」
『特別なところには行っていないがな』
それが逆に良かったのかもしれない。歩き疲れなどはあるが、心はほんのりと温かくなっていた。
元の世界では、こういう休暇を過ごせたことはない。自分の現状が、恵まれているものだったことを再認識させられる。
休暇というのは、そういう当たり前のことを気付かせてくれるのかもしれない。俺は今日一日で、そんなことを強く感じた。
「今日は楽しかったね」
「はい……お休みは、いいですね」
フーさんも、もしかしたら同じことを感じてくれているのかもしれない。
いや、四人ともそう感じてくれているはずだ。なんとなくだが、そう思う。
子供の顔を見たら、次の日も頑張れるというお父さんの気持ちが分かるよ。
……彼女がいたことも無いのに、先にそっちが分かるのか。少しだけ、もよっとした。
でも、まぁいいかな。
俺はみんなを改めて見て、笑顔で言った。
「よし! おやっさんの店で夕飯を食べようか! それと、次にまた長い休みがとれたら遠出しようか!」
「遠出!? オレ、また温泉がいいな!」
『ふむ。あれは良いものだ』
俺たちは次の休みを想像し、心躍らせながら、おやっさんの店へと歩き出した。
うんうん、楽しみのために頑張る! それは仕事を頑張る上でも、きっと大事なことだ。
……かつ、みんなのことを大事にすることを忘れないようにしないとね。
「キューンキューン(でも明日から忙しいッスよね)」
「……キューン、台無しだよ。今日寝るのが嫌になるじゃないか!」
「キュン……(申し訳ないッス……)」
全く、せっかくいい気分だったのに……あれ? でも良く考えたら、明後日くらいからは王都の荷物が届くのか。
……できるだけ東倉庫にいるつもりだが、呼び出されることが増えそうだな。
「どうしたの、ボス?」
そんなことを考えていた俺の顔を、セトトルが首を傾げて覗きこんだ。
一瞬考えを見抜かれたのかと思いドキッとしたが、彼女は幸せそうな顔で笑っていた。
セトトルの笑顔を見ていたら、明日のこともどうでも良くなってきた。……まぁ、明日のことは明日考えよう。俺は彼女の頭を指先で撫でながら、笑い返した。
「どうもしないよ。さぁ、お腹も減ったしご飯にしよう!」
「わーい!」
特別でないけど特別。普段は気付かないけど、大切な時間。
そういった物に改めて気づける、とても良い休日を俺は四人と過ごした。
明日から、また頑張ろう!
次の更新は、水曜の予定です。
次回からは、王都の荷物編となります。