百二十六個目
俺は、東倉庫の前でうろうろとしていた。
扉を開けて中へ入り、セトトルに謝らなければいけない。なのに、その勇気が出ない。
素直に謝ればいいだけだ、ごめんと言えばいい……。だが、困っていた。
セトトルは怒っているはずだ。普通に謝って、許してもらえるだろうか? 彼女に嫌われたくない。
そうだ、機嫌取りになにかプレゼントを……。いやいや、こんな時間じゃ開いている店は無い。
困った……。
しかし、いつまでも困っていても変わらない。
俺は意を決して、扉を勢いよく……開くことはできず、そっと開く。
覗きこむように、ちょっとだけ開いて入った。
「た、ただいまー……」
「ボス? おかえりなさい!」
やばい。いきなりセトトルが待ち構えていた。俺はその事実だけで、頭が真っ白になってしまう。
どうしようどうしようどうしよう……。
彼女はカウンターの上へいたのだが、羽をはためかせて飛び、ふわふわと俺へ近づいてきていた。
もう考える時間も、ほぼない。……こうなったら、出たとこ勝負だ!
俺はセトトルへ向かって、思い切り頭を下げた。
「ごめん!」
「ごめんなさい!」
……ん? 今、セトトルが謝っていた? なんで?
俺の混乱していた頭は、さらに混乱していた。謝ったのに、謝られたのだ。ど、どうしたらいいんだろう?
そう思いセトトルを見ると、彼女も予想外だったらしく、おろおろとしていた。
どうしたらいいかが分からないまま、俺とセトトルはおろおろとする。な、何か言わないといけないのに、どうしよう。
えぇい、俺が悪かったんだ! こっちから切り出すべきだ! 俺はセトトルを見て、もう一度謝罪の言葉を述べた。
「セトトルごめん!」
「ボスごめんなさい!」
……あれー? さっきと同じ状況に戻ってしまったよ? これ、どうするの?
えっと……そうだ! セトトルの言葉を待とう。自分から言おうとしたからいけないんだ!
俺はそう決めて、ぎこちなくも笑顔を作り、セトトルを見た。
セトトルも俺を見て、なんとなく困った顔で笑っている。うんうん、お互い笑っているし冷静に話し合えるだろう。
「「……」」
セトトルは、何も言ってはくれなかった。俺も彼女の言葉を待っているので、何も言えない。
結果、俺たちが取れる行動はおろおろすることだけだった。
数分おろおろした結果、俺はもう一度自分から話しかけることにする。
このままじゃ埒が明かないからね。
「あの、セトトル」
「あの、ボス」
「「……」」
また、室内には静寂が訪れた。
だが、さっき俺から話すと決め直したんだ。俺はそのまま話を頑張って続けた。
「あのね、セトトル」
「あ、あのね、ボス」
「「……」」
「キュンキュウウウウウウン!(二人とも何をやってるッスかああああああああ!)」
「「!?」」
俺とセトトルの会話に割り込んできたのはキューン……だけではなく、他の二人もいた。
フーさんはくすくすと笑い、ガブちゃんもやれやれといった顔をしている。も、もしかしてずっと見られていたのか!?
「どうなるか……見ていました。でも……くすくす」
『やれやれ、ボスからまずは話したらどうだろうか?』
「う、うん。じゃあ、俺からでセトトルはいいかな?」
「オ、オレは大丈夫だよ!」
よし、ちゃんと謝るんだ。よく分からない状況になっているが、大丈夫だ。
俺は一度深呼吸をして自分を落ち着かせる。そして改めて話し始めた。
「その、セトトルごめんね? 俺が仕事ばかりにかまけていたせいで、寂しい思いをさせちゃったから……」
「そ、そんなことないよ! オレが我がままを言ってボスを困らせちゃって……」
「違うよ! 俺が悪いんだって! ウルマーさんからも話を聞いたよ! もっと、セトトルやみんなのことを考えないといけなかったんだ!」
「ボスは悪くないよ! 忙しいのは分かってたんだから、オレがもうちょっと我慢しないといけなかったんだよ!」
「俺が!」
「オレが!」
悪いのは俺だって言っているのに、セトトルは頑なに譲らない。いつの間にこんな頑固妖精になってしまったのだろう。
だが、絶対に譲れない。悪いのは俺だ。彼女がなんて言おうと、絶対に俺が悪い!
「だから、セトトルは悪くないって! 俺が悪い!」
「ボスは悪くないよ!? オレが悪かったって、反省してるんだよ!?」
うぐぐ……、なぜこんなにセトトルは意固地になっているんだ? そう思いながらセトトルを見ると、彼女も「うぐぐ……」と言っている。
俺たち二人は、お互いそれに気付き……笑ってしまった。
「く、くくっ……はははっ」
「ちょ、ボスなんで笑って……えへへっ」
その後、俺とセトトルは一頻り笑った。そんな俺たちを見て、三人も笑っている。全く、なにをやっているんだか。
本当にそう思ってしまうのだが、笑ってしまったのだからしょうがない。
「セトトル、最後にもう一度だけ言うよ。ごめんね、俺がもう少しみんなのことを考えるべきだったよ」
「じゃあ、オレも最後にもう一回だけ言うよ! ボスごめんなさい! お仕事で忙しいのに我がままを言っちゃって……」
「いくらでも我がままを言っていいんだよ。それも嬉しいからね」
「でも! ……ううん、ボスはそういう人だよね」
セトトルはそう言い、半泣きで笑っていた。きっとすごく悩んでいたのだろう。気が抜けてしまったのかもしれない。
彼女はそんな自分に気付き、両手で涙を慌てて拭った。
「あ、あれ? オレなんで泣いてるんだろう? えっと……えへへ、おかしいね」
「おかしくなんてないよ」
俺はそう言い、セトトルの頭を指先で撫でた。
そういえば、こんな風に頭を撫でてあげるのも久しぶりな気がする。前は毎日のようにやっていたのに……。
忙しいからって、俺はなにをやっているんだ。しっかりと反省しよう。
「ちょ、ボス! 泣いてるのに撫でられて……恥ずかしいよ! ……えへへ」
他の三人も、なぜかうんうんと頷いている。ガブちゃんは、なぜか目をごしごしとしていた。案外涙脆いのかもしれない。
でも本当にいい仲間に出会えた。そんなことを再認識してしまう。
よし、四人に喜んでもらうためにも、休みをもらったことを告げようじゃないか。
「四人とも、明日は仕事が休みだよね?」
「うん、そうだよ! オレたちはお休みだけど、ボスは……」
セトトルはそう言って、また少しだけ暗い顔になっていた。フーさんはセトトルの側へ近づき、慰めている。
だけど、そんな顔はしなくても大丈夫だよ。俺は胸を張って、四人へ告げた。
「実は、俺も明日は休みをもらいました!」
「本当……ですか!?」
「キュン! キューンキュン!(おぉ! 久しぶりにみんなで休みッスね!)」
『狩りか? 肉か? 我は鍛え直したいぞ』
「肉はいいけど、狩りはしないかな」
みんなが嬉しそうな中、セトトルは困った顔をしていた。どうしたのだろう?
そう思い彼女へ近づくと、スカートの裾をぎゅっと掴んでこう言った。
「オ、オレが我がままを言ったから、ボスはお休みをとってくれたんだよね……」
本当に、セトトルはとてもいい子だ。
全く俺は、こんな子を悲しませてなにをやっているんだろう。胸が痛い。心の底から反省しよう。
そう思った俺は、セトトルへ笑顔でこう言った。
「違うよ。いや、正直疲れちゃっててさ……。それで休みをくださいってお願いしたら、もっと休めって言われちゃってね」
「そ、そうなの?」
「うん。だから、セトトルが気にすることじゃないよ」
俺の言葉を聞き、セトトルはまた笑顔に戻った。
やっと安心してくれたようだ。やっぱりセトトルには笑っていてほしいね。
少しでも彼女の気持ちが楽になったのなら、本当に良かった。
「やったー! ボスと、みんなとお休みだー!」
「うんうん、明日はなにをしようか? せっかくだし、みんなで相談しようか!」
俺たちはうきうきとしながら二階へ行き、寝る時間も惜しんで明日のことを話し合った。眠くなるまで、ずっと楽しく話した。
そういえば、みんなと寝るのも久しぶりな気がする。
四人の体温を感じながら、俺はそんなことに気付く。あぁ、とても温か……いや、暑い!
俺は前と同じように汗を流しながら、幸せな気持ちで眠りについた。
次は月曜日に更新します。
なんとか隔日更新は保っていきたいです。