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百二十四個目

 ノイジーウッドの件も片付き、今日は北門へ向かうはずだった。

 ……そう、はずだったのだ。しかし今、俺は東倉庫内で揉めていた。


「なんで! なんでボスは、いっつも仕事仕事で……オレも行く!」

「いや、セトトルがいないと困っちゃうから……。落ち着くまでは、なんとか頼めないかな?」

「やだやだー! オレもボスと行く! 行くったら行くー!」


 セトトルと揉めていたのだ。



 セトトルはカウンターの上で、両手両足を投げ出してじたばたと暴れている。

 それを見た他の面々も、珍しい事態におろおろとしていた。


「ボ、ボス? セトトルちゃんを……連れて行ってあげたら?」

「うーん……。でもセトトルがいないと、倉庫が不安だからね」

「やーだー! やだやだー! ボスと行くー!」

「キュ、キューン。キュンキューン……(あ、姐さんもこう言ってることッス。今日くらい連れて行ってあげたら……)」

『う、うむ。我らがなんとかしようではないか。たまには良いのではないか?』


 三人が同意をしてくれ、セトトルはパッと明るい顔をした。

 そして俺に向かって、彼女はにっこりと笑ったのだ。うぐぐ……そんないい笑顔をされても困ってしまう。


「セトトル? 俺は仕事で行くんだ。分かるね?」

「分かってるよ! だから、オレがボスをお手伝いするよ!」

「……手伝ってくれるなら、東倉庫にいてくれるのが一番助かるんだけどね」

「むぐ……」


 セトトルは、言葉に詰まった。

 よし、今がチャンスだ。ここでうまいこと言って聞かせよう。


「セトトルがいるから、俺は東倉庫を離れられるんだよ? だから、もう少し頼むよ? っと、もう時間がないや! じゃあ、また後でね!」


 俺は逃げるように、東倉庫を後にする。

 そんな中、セトトルの呟いた言葉が妙に耳に残った。


「……それじゃあ、オレはいっつもボスと一緒にいれないじゃん」



 セトトルの言葉が頭から消えないまま、俺は仕事をしていた。

 受け入れ時、どこまでチェックをするのかという話をアトクールさんとする。


「……ですので、全部見るのでは人手が足りません。ですが、それで漏らしてしまっても問題があります。……ボス? 聞いていますか?」

「え? は、はい! すみません! その通りですね。その後に倉庫でも検品するとはいえ、ここでしっかり見た方がいいでしょう」

「……少し休んだ方が良いのでは? 大分疲れているようですよ?」


 いかんいかん。今は仕事に集中しなければいけない。俺は頭を振り、眼鏡を指で押し上げる。

 よし、大丈夫だ。集中しよう。


「大丈夫です。北門には多目に人を回すことにしましょう。ですが、どうしても時間が掛かる作業ですので、手順をしっかりと決め……」


 夜まで、打ち合わせは続いた。

 俺は集中しようとしているのに、どうしてもセトトルの言葉が残ったままで仕事を終わらせたのだ。



 帰り道、おやっさんの店へ向かう。

 もう夜も遅いので、夕食を済ませて帰ることにした。


「こんばんは」

「おう、いらっしゃい」


 おやっさんに出迎えられると、なぜか安心してしまう。帰ってから書類と向き合わないといけないが、少しだけ落ち着いた気持ちになった。

 俺はカウンター席へ座り、適当に注文をする。

 そして注文を待っているとき、俺の横に荒々しく座る人物がいた。それは、ウルマーさんだった。


「ウルマーさん? どうかしましたか? 荒れているような感じがしますけど……」

「なにを考えているの?」

「……え?」


 彼女は、明らかに怒っていた。なぜかも分からず、ついおやっさんを見てしまう。

 しかし、おやっさんも俺を真っ直ぐに見ていた。え? なんで?


「あの、なにかご迷惑を……」

「セトトルのこと、どういうつもりなのって聞いてるの」

「セトトルが、どうかしたんですか?」


 恐らく朝のことだろう。そう分かっているのに、俺は知らないフリをした。

 自分でも汚いと思う。だが仕事の疲れもあったし、言われたくなかったという気持ちもある。そんな逃げの気持ちから、知らないフリをしたのだ。


「あの子がどういう気持ちでいるか、分かってるの?」

「どういう、ですか?」

「ずっと、ボスと一緒に東倉庫を支えてきたんでしょ!? 一人投げ出されたような気持ちのまま、ずっと我がままも言わずに我慢してたのが分かってるのかって言ってるの!」

「……」


 答えられない。ウルマーさんの言っていることは間違っていない。そんなことは分かっている。

 だが、俺だってセトトルを信じて任せているのだ。ここまで言われる筋合いはない。


「仕事です。遊んでいるわけじゃありません。俺だって、セトトルを悲しませたいわけじゃ……」

「そんなことは分かっているわよ! でも、それでいいのかって言ってるの! 一人で抱え込んで、セトトルを悲しませて! ボスのそういうところ、大嫌いよ!」


 本当に、なにも答えられなくなった。

 俺はセトトルのために倉庫の管理人になったのに、そんなことも忘れていたようだ。

 忙しいから、仕事だからと言い訳をして、誤魔化していた。そんな浅ましい考えを、真っ直ぐに潰された。

 俺が俯いていると、おやっさんがウルマーさんへ話しかける。


「ウルマー、そこまでだ。ボスだって悪気もないし、忙しいのは分かってるだろ」

「だから言ってるのよ! 誰もボスに言ってあげないでしょ! 忙しいからしょうがない! ボスにも悪気はないって! 私が言わなかったら、誰が言うのよ! 父ちゃんが、セトトルのために言ってあげれるの!?」

「分かった、分かったから落ち着け。部屋に戻ってろ」


 ウルマーさんは、おやっさんに言われて怒りながら部屋へと戻って行った。

 はぁ……俺はなにをやっているんだ。仕事が忙しいからって、セトトルに寂しい思いをさせてしまったのか。その事実を考えるだけで、へこんでしまう。

 そんな俺の前に、料理と温かいお茶が差し出される。


「ウルマーを責めないでやってくれるか」

「いえ、彼女は悪くありませんので……」

「昼にセトトルたちが店へ来たときな。様子が変で、ウルマーが話を聞いてやっていたんだ。……そのときは違ったんだぞ?」


 違った? どう違ったのだろうか?

 彼女のことだから、ボスにビシッと言っておいてあげる! と言ったんじゃないだろうか? 今の態度を見ても、そうとしか思えない。


「ボスも仕事で忙しいから、落ち着いたら大丈夫だから、もう少しだけ我慢してあげて……ってな。セトトルを宥めていたんだ」

「ウルマーさんが……」

「でも、思うところがあったんだろうな。ボスを見て我慢できなかったらしい。セトトルには大人な対応をしていたのに、どうしようもないやつだ」


 俺はただ俯いていた。

 そして目を瞑り、ゆっくりと考える。自分がしなければならないことを。

 今、俺がしなければならないことは……食事を食べることだ。

 ガーッと一気に食事を食べる。息つく暇もないほど、急いで食べた。食べ終わった俺は、立ち上がる。ここでゆっくりしている場合じゃない。


「ごちそうさまでした。後、ウルマーさんはどうしようもなくありません。本当は言いたく無かったのに、俺やセトトルのために言ってくれたんです」

「そうか。それだけ分かってくれているんなら、俺から言うことはない」

「はい、ウルマーさんに挨拶をして帰ります。ご馳走様でした」


 俺はお金をカウンターへ置き、二階へ上がる。そしてウルマーさんの部屋の扉を軽く叩いた。

 ……返事はない。なので、俺はそのまま話し始める。


「ウルマーさん、すみませんでした。そしてありがとうございます。俺は仕事を理由に、東倉庫の仲間を蔑ろにしていました。これからも、そういうことが無いとは言えません。ですが、その時は今日と同じように言ってください」


 なにも返事はないが、俺は話し続ける。

 こんなに俺たちのことを心配してくれたのに、お礼を言わないわけにはいかない。


「これからその辺りのことも、なんとかできるようにします。……ウルマーさんと出会えて、本当に良かったです。また、店に寄ります。それでは」


 俺はウルマーさんの部屋から離れようとし、ビクッとした。

 ウルマーさんが少し離れたところに立っていたからだ。


「え? あの……」

「その、返事が無かったら部屋にいないと思わない?」

「怒っていて返事がないのかと思いまして……」

「反省している人間に、返事をしないようなことはしないから」


 えーっと……顔が見えないから言えたのに、今は若干気まずい。やばい、顔が赤くなってくる。

 俺、さっきなんて言ったっけ? 恥ずかしい。


「あの、ウルマーさん?」

「ごめん、こっち見ないでくれる?」


 ウルマーさんは、俺から顔を逸らす。逸らした顔を見ると、耳が真っ赤だった。照れると耳まで赤くなるところは、おやっさんそっくりだ。

 なんとなく、そんなことに気付いて笑ってしまった。本当に、この親子と出会えて良かった。


「……ちょっと、なんで笑ってるの?」

「いえ、なんでもないです。ありがとうございました。今度お礼をさせてください。それでは失礼します」

「ん……私も言い過ぎた。ボスが忙しいのは分かってたのにね。ごめん」


 俺はそんな彼女に頭を下げ、店を後にした。

 さて、どうにかしないといけないな。時間は遅いが、商人組合に行こう。アグドラさんたちがまだ残っているかもしれない。

次回は木曜更新。

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