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百二十三個目

 俺は……当然、普通に立っていた。

 うん、正直この結果は分かっていたよ。だから手で防ごうともしなかったからね。


「ウ、ウヒョ!?(な、なぜ!?)」

「ウヒョウヒョ、ウヒョヒョ……!(重なった魔法は今までとは違い、数倍の威力のはずなのに……!)」

「ウヒョ、ウヒョ、ウヒョヒョヒョウヒョ!?(何度も言い争い、血へどを吐き、必死に鍛え上げた必殺の魔法が効かないだと!?)」

「うん、その……ごめんね? 効かないのも分かってくれたはずだし、話を聞いてもらってもいいかな?」

「ウ、ウヒョ……(が、がくり……)」


 それは擬音であり、口に出して言うものじゃないと思うが……いいか。こいつらにツッコむのは面倒そうだ。

 ということで俺はやっとノイジーウッドとの、ちゃんとした交渉に入った。



「……ということでね? ダンジョン前の警護をお願いしたいんだ」

「ウヒョ? ウヒョ?(女性物下着? 本物か?)」

「本物だって。ヴァーマ、先に渡してあげてくれるかな?」

「おう」


 ヴァーマは大きめの箱を、彼らの前へ置く。

 ノイジーウッドは、その箱を器用に開き……歓喜した。


「ウヒョオオオオ!(うひょおおおおおおお!)」

「ウヒョ! ウヒョ!(本物だ! 布ちっさ!)」


 うんうん、喜んでくれているようだ。これで交渉は、うまくいったも同然だろう。一時はどうなるかと思ったが、本当に良かった。

 と、思っていたのだが……そうはいかなかったのだ。


「ウヒョ……ウヒョヒョヒョヒョ?(でも……ボスは俺たちのことを騙していたんだろ?)」

「ウヒョ。ウヒョヒョ?ウヒョヒョウヒョヒョ(だよな。また騙しているんじゃないか? もっと厄介なことを頼もうとしているとか)」

「ウヒョヒョヒョ?(ダンジョン警護も危険だよな?)」

「そっか。うん、無理強いはできないね。あぁ心配しないでも、その下着はあげるよ」


 ノイジーウッドの言い分も、ご最もだった。危険であることは間違いないだろう。

 断られたからといって、文句は言えない。これ以上の交渉は厳しいか。少し残念だが、気絶したガブちゃんを撫でつつ、俺は項垂れた。


「ウ、ウヒョ。ウヒョヒョ(お、おい。項垂れてるぞパンツ)」

「ウヒョヒョヒョヒョ?(本当に困っているんじゃないかパンツ?)」

「ウヒョ。ウヒョヒョ、ウヒョウヒョ?(そうだな。もっと下着ほしいし、手伝ってやるパンツ?)」


 考えが変わってくれていることは嬉しいが、その語尾をやめろ。イラッとする。

 ノイジーウッドたちは、なにやら相談を始めていた。小声で聞き取れないが、もしかしたら手伝ってくれるかもしれない。

 そんな妙な期待をしつつ待つと、彼らはこう言いやがった。


「ウヒョヒョ……ウヒョヒョ!(手伝ってもいいが……一つ条件がある!)」

「条件? できることなら考えるよ」

「ウヒョ、ウヒョウヒョヒョ!(まずは、後ろのお姉さんたちをこちらに!)」

「この話は無かったことにしよう」

「ウヒョ! ウヒョヒョ! ウヒョ!?(なにもしませんから! お願いしますって! ね!?)」


 なーんか良からぬことを考えている気はするが、俺はセレネナルさんとウルマーさんを呼び寄せた。

 なにもしないと言ったんだから、信じていいよね?

 二人は恐る恐るといった感じだが、こちらへ近づいて来た。


「どうしたの、ボス?」

「いえ、こいつらが二人に頼み事があるって……」

「絶対、禄でもないことだね」


 はい、自分もそう思います。

 ですが、一応話だけは聞いてやろうと思うんですよ。騙してた罪悪感みたいなものも……いや、ないです。女性物下着を欲しがるようなやつらに、罪悪感とかこれっぽっちもありませんでした。


「それで? 二人にどうしてほしいの? 通訳はするよ」

「ウヒョウヒョ……ウヒョ、ウヒョヒョヒョ?(えっとえっと……それじゃあ、一日お二人を貸して頂くとかは?)」

「え? そんなことを通訳すると思っているの?」

「ウヒョー……。ウヒョ、ウヒョヒョ(ですよねー……。なら、ストリップとかは)」

「いやさぁ……。現実的なのにしないかい? それ、俺が伝えるんだよ? そんなこと通ると本当に思ってる?」


 ノイジーウッドは、しょんぼりとしていた。

 しょんぼりしたいのは、こっちの方だ。お前らの頭の中はピンク色過ぎるだろ。本当に自重してくれ。そんなことを、俺が伝えられるわけがないだろ?

 頭を抱えて俺が困っていると、ウルマーさんが俺の肩を叩いた。


「ボス? ノイジーウッドは何て言っているの?」

「いえ、それはちょっと言えません」

「言って。ボスが町のために頑張っているのは、馬車の中で聞いたから分かってる。私だって、その力になりたい。このままじゃ、本当にただ付いてきただけだからね!」


 ウルマーさんの協力的な姿勢は嬉しいが、今は嬉しくない。

 どう考えても、こいつらが図にのるだけだ。

 ……そして、想像通りそうなった。


「……ウヒョ(……パンツ)」

「だから語尾に変な言葉を」

「ウヒョヒョヒョ!(そのお姉さんのパンツをください!)」

「ごめん、なんだって?」

「ウヒョウヒョウヒョヒョ! ウヒョ! ウヒョ、ウヒョヒョ!(金髪のお姉さんは協力的じゃないですか! 町のため! そう、町のためですよ!)」

「お前らな……」


 いい加減、堪忍袋の緒が切れそうだ。下手に出ていたら、この有様だ。

 ウルマーさんの優しさに付け込もうとしやがって!


「ボス、なんて言ったの?」

「いえ、その……」

「教えて!」


 え? 俺が言うの? これを、そのまま告げるの? ウルマーさんに? 俺が?

 ……いやいや、冗談ですよね? 無理ですよ、無理。言えるわけがありません。

 俺はそう思っていたのだが、ウルマーさんは本気だ。俺の肩を掴み、真剣な眼差しで訴えている。


「ウヒョウヒョヒョ!(お姉さんのパンツをください!)」

「そう、私のパンツを……え?」

「あ」


 しまった。ウルマーさんが俺に触れているせいで、こいつらの言葉が通じてしまった。

 ……いや、いいか。これで彼女も諦めてくれるだろう。こいつらの要求が、どれくらい下衆いか分かってもらえたはずだ。

 実際、彼女は真っ赤になってぷるぷると震えていた。


「そ、そんな物をあげられるわけがないでしょう!」

「ウヒョ! ウヒョ! ウヒョヒョ!(お願いします! 町のため! ボスのためです!)」

「ボ、ボスのため……」

「ウルマーさん!? 流されないでくださいね!?」

「キュン、キューン。キュン?(なんか、やばいッスね。倒すッス?)」

「先に逃げる選択肢を出してくれないかな!?」


 えぇい、なぜ俺の周りにはツッコミどころが多いやつしかいないんだ。さっきまで、のんびり観戦モードだったキューンはいきなり物騒なことを言うし!

 キュンとかウヒョとか、なんなんだこれは! 

 いや、それはいい! 今は、ウルマーさんを下がらせないといけない。俺がウルマーさんを下がらせようとすると、彼女は俺を掴んだまま少し前に出た。

 いや、下がってください。


「パ、パンツを渡したら、力を貸してくれるのね?」

「ウ……ウヒョ!? ウッヒョオオオオオオ! ウヒョヒョヒョ! ウヒョヒョ!(え……まじで!? うっひょおおおおおお! なんでも言うことを聞きます! 任せてください!)」

「……わ、分かった」


 ウルマーさんは顔を真っ赤にしながら、ズボンに手をかけた。手どころか、全身が震えているのが分かる。目も涙でうるうるしているじゃないか。

 ……そして俺はもちろん、そんなウルマーさんにストップをかけた。


「はい、ウルマーさん流されないでくださいね? お気持ちはありがたいですが、下がってください。セレネナルさん、ウルマーさんをお願いします」

「はいよ。ほらウルマー、少し落ち着きな」

「え!? で、でも私も覚悟を決めて……」

「いいから、ほら下がるよ」


 全く、困ったものだ。

 もちろんウルマーさんのことではない。ノイジーウッドのことだ。こいつらは本当に……少し甘やかし過ぎたようだな。

 俺は袋から小さい箱を出し、黒い小さな玉を出した。


「ウーヒョーヒョ! ウーヒョーヒョ! ウヒョーヒョ、ウヒョ……(パーンーツ! パーンーツ! 邪魔するなーって、それは……)」


 俺はウルマーさんたちが下がったことを確認する。

 ヴァーマもガブちゃんを連れて、少し距離をとってくれていた。キューンだけが、俺の足元でぷにぷにしているけど、キューンなら大丈夫だろう。


「お前たち、あまり調子にのるなよ? これがなにか覚えているよな?」

「ウヒョ! ……ウ、ウヒョヒョ、ウヒョ!(ひっ! ……で、でもお姉さんだって、合意の上で!)」


 俺は無言で黒い玉を、ノイジーウッドの足元に投げつけた。

 地面に当たった玉は、爆発し大きな炎をまき散らす。爆音が爽快だ。俺のストレス発散には持ってこいだよね、これ。


「ウヒョオオオオオオ! ウヒョ! ウヒョ!(ひいいいいいいいいい! 熱い! 熱い!)」

「だからさぁ? こっちは、お願いしていたんだよ。駄目なら、しょうがないとも思っていた。なのに、お前たちは何をしているのかな?」

「ウヒョ! ウヒョ!(すいやせん! すいやせん!)」


 謝るノイジーウッドへ、返答代わりとばかりに二発目を投擲した。

 先ほどと同じように、爆音と共に炎が広がる。ノイジーウッドは阿鼻叫喚だ。


「ウヒョ! ウヒョ!(協力します! 協力しますから!)」

「いや、協力してくれなくていいよ。お前らには何を言っても無駄みたいだからね」

「ウヒョ……? ウ、ウヒョヒョ……!?(え……? も、もしかして自分たちのことを……!?)」


 俺は、にっこりと笑った。そして三発目を下着の入った箱へと投げる。

 それは当然のように命中し、箱ごと真っ赤に燃え上がる。下着は灰になったのだ。


「ウ……ウヒョ……ウヒョ……(あ……あぁ……パンツ……)」

「ふぅ。さて、帰るかな。お前たちは何も手に入らなかったけど、これからは好きなように生きるといい。下着は、もう二度と手に入らないけどね。こっちでも手を回すし……あぁ、懸賞金とかもかかるかもしれないね」

「ウヒョ!? ウ、ウヒョヒョ?(え!? に、人間に狙われる?)」


 恐らく俺は、とてつもなく邪悪に笑っていただろう。

 こんなに清々しい気分は中々ないので、とてもいい気分だ。

 最近忙しかったから……。俺にも色々と溜まってるものがね?


「心配しなくていいよ? 筋肉隆々な男性冒険者ばかりを人選してくれるように、頼んでおくよ」

「ウ、ウヒョヒョ! ウヒョ、ウヒョヒョ!(せ、せめて女性の冒険者に! いえ、綺麗な女性冒険者に!)」


 四発目を、俺は投擲した。

 もう投げるつもりは無かったのに、こいつらはなんで懲りないんだ!?

 ……まぁいいか。帰ろう。こいつらとの付き合いもここまでだ。悪いやつらでは無かったが、最低なやつらだったな。

 俺が踵を返し馬車へ戻ろうとすると、ノイジーウッドたちが必死に声をかけてきた。


「ウヒョ! ウヒョヒョ! ウヒョ、ウヒョヒョ!(協力します! ダンジョン前はお任せください! ですので、どうかご容赦を!)」

「……でもなぁ、そう言ってまた約束を破るんだろ?」

「……ウヒョヒョ(……男性物の下着を渡したくせに)」

「むっ……。確かに、そこは俺の落ち度だね」


 俺は考え込むフリをした。こう言われることは想定の範囲内だったので、完全にフリだ。

 後は落としどころを提示してやるだけか。完璧に想定通りの展開となった。


 わざとらしく溜息をつき、やれやれと両手をあげる。仕方ない、こっちも悪かったからね! という態度を伝える必要があるからね。

 ……結構、俺って演技派かもしれない。そんなことを思ってしまう。


「分かった。俺も悪かったからね。ダンジョン前の警護をしてくれるなら、さっきの箱と同じような、女性物の下着を報酬に渡そう。どうだい?」

「ウヒョヒョ! ウヒョヒョ! ウヒョ!(やらせて頂きます! ご迷惑はおかけしません! 全力でやります!)」

「うんうん、良かった良かった」

「キュン、キューン(いやぁ、ボスって結構悪人ッスよね)」


 キューンにひどいことを言われた気もしたが、こうしてノイジーウッドとの穏便・・な交渉は成立した。

 すぐにダンジョン前への移動を開始してくれるらしいので、俺たちも急いで町に戻って報告をしなければならない。

 やれやれ、一苦労だったけど纏まって良かったね。



 しかし帰りの馬車の中で、口々に言われた。


「前も、あぁやってノイジーウッドを従わせていたんだね」

「ボスの本性見たりって感じだったな」

「……で、でも私を助けてくれるためだったし、ボスもしょうがなくじゃないかな?」

「キュン、キューン(いやいや、あれこそがボスッスよ)」


 せっかくウルマーさんが庇ってくれたのに、キューンの一言で台無しだ。

 ……だけど、まぁいいだろう。結果的には、とても良い結果が得られたのだからね。


『む……。はっ! やつらはどうした! 己! この我に珍妙な光を……馬車?』

「ガブちゃんも、お疲れ様」

『ま、まさか全ては済んだ後か!? 我は倒されただけということか!?』


 その後、帰りの馬車では、全員でガブちゃんを慰めているだけだった。

 まさか泣き出すとはね……そんなに負けたのが悔しかったのか。


 でもこれでガブちゃんの、すぐに戦おうとしたり飛びかかる癖が減るといいな。

次は火曜日に更新いたします。

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