百二十二個目
移動中の馬車で、俺は眠っていた。
出張に出かける営業さんが、移動時間は睡眠時間だと言っていたことを思い出す。
まさか、異世界でそんな言葉に共感を覚える日がくるとは……。
「起きてボス。着いたみたいよ」
「はい……」
俺は浅い睡眠から目覚め、体を起こす。
うーん……少しだけ寝た気がする。気分も良好で、少し疲れがとれた気が……しない! 体が痛い!
固い馬車の中で寝ていたのだから、しょうがないことか。
首をゆっくりと回し、手を組んで頭の上へ伸ばす。……うん、体は痛いが悪くはない。
馬車から降りた俺は、周囲を見回す。
目の前には見慣れた看板がある。
『ノイジーウッド生息地!
女性は、すぐ離れるように!』
看板の内容は少しだけ変わっている。これは俺やヴァーマがノイジーウッドの報告をしたときに、書き換えてもらえるように頼んだからだ。
俺は、あの後もノイジーウッドへ会いに来ていた。たまに様子を見ないと、なにかしでかしそうで怖いからだった。
ちなみに平均すると、5分未満という短い時間しか話していない。あいつらと長く一緒にいるなんて、考えるだけで倒れてしまいそうだ。
「さて、それじゃあ行くか?」
「そうですね」
会いに行くときは、必ずヴァーマとセレネナルさんが一緒だった。
つまりこの二人も、何度も会ったことがある。だがセレネナルさんは、基本的に距離をとてつもなくとっていたので、近づくことはない。恐らく今日もそうなるだろう。
それでも行きたくないんですよね……。
「それで、私たちはどうすればいいの?」
ウルマーさんは首を傾げながら俺へと聞いてきた。首を傾げる仕草って、なんでこんなに可愛いんだろう。
セトトルが首を傾げるときは、体ごと少し傾いていて可愛いんだよね……。
「ウルマーさんは、セレネナルさんと一緒に距離をとっていてください」
「ボスたちの後ろへ付いて行けばいいってこと?」
「いえ、視界に入るくらいの距離を保ってください」
「そんなに!? ……了解。セレネナルの態度を見ても、かなりやばそうだし、言う通りにする」
物分りが良くて助かります。さて、交渉に向かいますか。
たまに会っているわけだし、ノイジーウッドも報酬があればやる気になってくれるだろう。
「キューン。キュンキューン、キューン(ノイジーウッドッスか。人とは相容れない種族なのに、凄いッスね)」
『ふむ、強いのか?』
「キューンキューン(ガブちゃんじゃ勝てないかもしれないッスね)」
『なに……?』
なぜかキューンがガブちゃんを煽っている。交渉だと言っているのに、ガブちゃんの目が爛々としていた。
やる気満々といった態度は困ります。大人しくしててね? 俺はそういう思いを込め、ガブちゃんの背を軽く撫でた。もふもふしている。
俺たち四人が歩を進めると、ノイジーウッドもこちらに気付いた。
そりゃこんな障害物も無いところなら、すぐに気付くよね。
「おーい、ノイジーウッドたち久しぶり」
「ウヒョ?(ん?)」
「ウヒョ、ウヒョ……(おい、あいつは……)」
あれ? なにかいつもと少し違う。なんというか、嫌らしい笑い方をしている。一体どうしたのだろう?
まぁいいか、こいつらはこんなもんだ。機嫌でも悪いのだろう。
今日は頼みごとをしに来たのだし、穏便にことを進められるよう頑張るしかない。
「今日は頼み事が有って来たんだよ。実は」
「ウヒョ!(断る!)」
「ダンジョンの入口を……え?」
いきなり断られた。どうやら本当に機嫌が悪いらしい。どうしたのかな?
俺が少し困っていると、ヴァーマから声がかけられる。
「どうしたボス?」
「いえ、機嫌が悪いみたいでして……話を聞く前から断られてしまいました」
『つまり力尽くで従わせるしかないのだな?』
「違うからね? ガブちゃんは戦おうとしないように」
『むぅ……』
ガブちゃんを宥めつつ、どうするかを考える。困った。
うーん……とりあえず事情を聞いて、話を進めていくしかないかな?
「機嫌が悪そうだけど、なにかあったのかな?」
「ウヒョッ(けっ)」
「いや、そんなやさぐれてないでさ……。力になるよ」
俺がそう言った瞬間、ノイジーウッドたちが腕のような枝をばっさばっさと揺らしだした。
まるで威嚇されているようだ。こいつらじゃ無かったら、俺も後ずさっていた自信がある。
「そんな怒らないで……。理由を話してくれないかな?」
「ウヒョウヒョ!(お前が原因だろう!)」
「え? 俺? 俺に怒ってるの?」
なんてことだ。友好的な関係を築いていると思っていたのに、ノイジーウッドたちは怒っている。
全く思い当たらないのだが、一体なにをしてしまったのだろう? 理由が分からないと謝ることもできない。
「その、俺が悪いんだよね? でも心当たりがないんだ。教えてくれないかな?」
「ウヒョウヒョ!(よくも騙してくれたな!)」
「騙す!? 俺が!?」
ノイジーウッドたちは、さっきよりも強く枝を振っている。
そして、俺への距離を徐々に詰めている。これはやばいかもしれない。
「ウヒョウヒョ、ウヒョヒョウヒョヒョ!?(女性物の下着だと言って、ビキニパンツを持ってきていたな!?)」
「う、うん。それがどうかしたのかな?」
「ウヒョウヒョ……(俺たちは知っているんだぞ……)」
知っている? ま、まさか……。
気付かれたのか!? 一体どうして!?
「ウヒョウヒョ!(通りがかった旅人が言っていた!)」
「ウヒョヒョヒョ!(ノイジーウッドが被っているのは!)」
「ウヒョヒョ!(男性物だってな!)」
「ぐっ……」
しまった。これは完全にやらかした。
ビキニパンツなら男性用でも女性用でも変わらないという、俺の思い込みがいけなかったとしか言えない。
だ、だけど今日は、ちゃんと女性物の下着を持ってきている! これでなんとか怒りを鎮めてもらおう。
「き、聞いてくれないかな? 今日はちゃんと……」
「ウヒョ!(うるせぇ!)」
俺を囲むように、扇形の陣形を取ったノイジーウッドから光が放たれる。
それに咄嗟に反応したのは、ガブちゃんだった。
『このガブリエルが相手になろうではないか!』
勇ましく、ガブちゃんがノイジーウッドに飛び掛かる。ややこしい状況が、さらにややこしくなってしまった。
そんなガブちゃんに照準を定めたかのように、ノイジーウッドの光がガブちゃんを包み込む。
真っ直ぐに広がっていた光は、ガブちゃん目がけて重なり合い、いつも以上の効果があるように見えた。
「ガブちゃん!」
『ぐっ……なん……だこれ……は……』
飛び掛かろうとしていたガブちゃんは地に落ち、気絶した。
なんてことだ。俺がこいつらに男性物のビキニパンツを渡していたばっかりに、ガブちゃんが犠牲になってしまったのだ。
「ウヒョ! ウヒョヒョ、ウヒョウヒョ!(どうだ! 俺たちはお前を倒すために、この風魔法を強化した!)」
「ウヒョヒョ、ウヒョ! ウヒョ、ウヒョウヒョ!(これだけ重ねられれば、お前も耐えられない! さぁ、食らうがいい!)」
ノイジーウッドは、今度こそ俺に向かって光を放った。
ちなみにヴァーマとキューンはすでに距離をとって離れている。ちょっとヴァーマ!? 前は、格好よく庇ってくれたじゃないか! キューンも護衛できたんじゃなかったの!?
そんなツッコミを入れる暇もなく、俺の元に折り重なった光が迫る。
「ウヒョ、ウヒョヒョヒョ!(お前の後は、後ろの美人なお姉さん二人だ!)」
「ウヒョヒョ!(ざまぁみろ!)」
ウ、ウルマーさんとセレネナルさんだけは……!
俺はちょっとだけ格好良いことを考えつつ、光に包み込まれた。
次は日曜日に更新しやす。
ちょっと今月は仕事が立て込んでおり、毎日は本当に厳しいです。
申し訳ないです。