百二十一個目
副会長は、まだ笑っている。そりゃもう、ここ最近で一番の笑いっぷりだ。
気持ちは分かる。ノイジーウッドの危険性が減ったことは知られているが、彼らに協力を求めようなどと考える人はいない。
女性物の下着を提供し、ダンジョンの入口防衛を手伝わせようというのだからね。
しかし、俺はこの方法こそがもっとも安価であると思う。ノイジーウッドの能力は、相手の魔力を揺らして気絶させる。
それはつまり、この世界のほぼ全ての相手を倒せるということだろう。だって魔力が無いやつって、俺以外会ったことがない。
ノイジーウッドが気絶させ、そして冒険者が倒す! 完璧な方法だ。
だが、俺の発言に女性陣は難色を示した。
「ボス……女性物の下着を提供するのは、いかがなものかと思いますわ」
「それはちょっとこう嫌悪感というか……」
「ノイジーウッドと協力? 協力か……。金じゃ駄目か?」
「そ、そこは交渉次第ではないでしょうか? くくっ、ねぇナガレさん?」
副会長はまだ笑っている。どうやらツボに入ったらしい。
喜んでもらえてなによりだが、俺も仕事のために言ったのに……。
「交渉には、自分が行きます。行きたくはありませんが。この案を出した自分が行くのが、道理でしょう。行きたくないですけど」
「とてつもなく行きたくなさそうだな……」
「行きたくなくても、行かなければならないんです。総管理人の補佐として、できることをやります」
俺は全然格好よくないことを、とても格好よく言っている。
分かりやすく言えば、女性物下着を餌に変態を雇います。こうでしかない。
女性陣は嫌そうな顔を崩さなかったが、この提案は採用された。
「では、とりあえず交渉次第で話を進めよう。女性物下着か……」
「店に……くくっ……発注しなければなりませんね」
「カーマシル! 笑い過ぎだぞ! はぁ……では交渉にはナガレさんと、ヴァーマとセレネナルが最適か? 一度会ったことがあるしな」
「女性を連れて行くかは悩むところですね……」
女性がいた方が、あいつらのテンションは高いだろう。しかし、いたらいたでうるさい。
やはり男性だけで赴く方がいいだろうか?
「うーん……綺麗な女性を連れて行って、適当に騙した方が……」
「ぶふっ! ナ、ナガレさん! 考えていることが、口から出ていますよ? 人選はお任せします」
「ボス、案外最低なことを考えていますのね……」
「いえ、その……ですね? 仕事ですからね? 仕事!」
女性陣の冷たい視線と、副会長の笑い声の中、俺は気まずいまま席に座った。
少し後、ヴァーマとセレネナルさんが会議室に召集される。
事情を説明すると、ヴァーマは快く引き受けてくれた。さすが我が心の友だ。しかしセレネナルさんは「また……あいつらに……」と、呟いていた。その気持ち、お察しします。
「さて、それで他の人選はどうしますか?」
副会長はやっと笑うのが収まったらしく、いつも通りのニヒルな顔で俺へ問いかけた。
人選といっても、三人いれば事足りる気がする。ふむ……。そうだ、ガブちゃんでも連れて行こうかな? たまには散歩もいいかもしれない。
俺がそんなことを考えていると、ハーデトリさんが俺をちらちらと見ている。どうしたのだろうか?
「ハーデトリさん、どうかしましたか?」
「い、いえ、その……綺麗な女性を連れて行くと仰っていましたわよね? 一体それは誰なのかと思いまして……」
「え? セレネナルさんがいれば、大丈夫ではないでしょうか?」
「おやおや、ボスは口がうまいねぇ」
いや、普通に考えてセレネナルさんはとびきりの美人だ。彼女が生贄……彼女が入れば、問題はない。
それとも、もう一人くらいいた方がいいのだろうか? ふーむ。
「わ、私がご一緒しても……」
「ハーデトリさんは、北門にこの後行く予定ですよね? その後は、各商店との打ち合わせがあります。自分はご一緒できませんが、そちらをお願いします」
「は……はい」
なぜかハーデトリさんは、がっくりと項垂れた。ノイジーウッドと会わなくて済む方がいいと思うのだが、よく分からない人だ。
その時、副会長が俺の肩を突いた。なにか禄でもないことを考えている顔をしている。でも一応聞いておこうかな。
「どうかしましたか?」
「会長にご一緒してもらうのはどうでしょうか?」
「駄目です」
「うん。私も仕事があるからな。うん……」
「ノイジーウッドに会わせるのは、教育に悪いです」
「子供扱いするでない!」
「えーっと……すみません。会長はお忙しいので、お連れするわけには行きません」
「取り繕うでない! むー!」
会長は頬を膨らませ、ぷんぷんと怒っている。可愛い。
だが、自分で言って気付いた。もし女性を連れて行くにしても、教育に悪いのでしっかりと人選する必要がある。
俺の知り合いで選ぶと……。
セトトル ×
フーさん ×
セレネナルさん ◎
ウルマーさん ○
靴屋のお姉さん △
サイエラさん ◎
……サイエラさん? そうか、この人がいた。冒険者でもあるし、戦力的にも不安はない。
俺が彼女の方を見ると、ギクッとした顔をしている。どうやら目論見に気付いたらしい。
「おっと! もうこんな時間か! 今日の議題について冒険者組合で話し合わなければならないな! では、私はこれで!」
彼女は、あっという間に逃げ出した。惜しい……。
まぁセレネナルさんがいるからいいか。一人いれば十分! 問題無しだ!
俺はそう思ったのだが、納得してくれない人がいた。
「ボス、ウルマーを連れて行こうじゃないか」
「え? 三人で問題ないと思いますが?」
「ウルマーを連れて行くよ。大丈夫。私が連れてくる。南門集合でいいね?」
「いえ、あの……」
「じゃあ、南門で会おうじゃないか。ヴァーマ、馬車は頼むよ」
「お、おう……行っちまったな」
「ですね……。では、自分は一度東倉庫へ戻り、南門へ向かいます」
「おう、また後でな」
室内の人たちに一礼し、俺は東倉庫へ戻った。
倉庫内では、慌ただしく皆が働いていた。軽く告げて、早く出てしまおう。
そう思い、これから出かける旨を告げると……。
「オレも行く!」
「私も……行きます!」
「キュン? キューン?(どこッスか? どこに行くッスか?)」
『たまには外の空気を吸いたいと思っていたところだ』
「短時間だし、仕事が落ち着いているのならいいよ。ただし、キューンかガブちゃんね」
「「えー!」」
セトトルがカウンターでじたばたと暴れ、フーさんが口を尖らせて抗議を始めた。ス、ストレスとかかな? 落ち着いたら、お休みをしっかりあげよう……。
キューンとガブちゃんは、どちらが行くかをすでに話し合っている。皆、外に出たかったんだね。
俺はそんな四人を見つつ、二階から持ってきた軽鎧を装着していた。一応ね、一応。ショートソードもしっかり持ってっと。
「なんで!? なんでオレとフーさんは駄目なの!?」
「納得……できません!」
「ノイジーウッドのところに行くからだよ
「さ、フーさん。お仕事頑張ろうね。ボスいってらっしゃい!」
「え? え?」
セトトルは、一瞬で意見を変えた。手の平返しどころではない。
まぁ一度会ったことがあるからね……。行きたくはないよね、うん。
だが、フーさんは納得していなかった。
「セトトルちゃん? なんで……?」
「ノイジーウッドはね! 変態だよ! すっごい変態! それで危ないんだよ! だから、駄目!」
「変態……怖い。ボスは、大丈夫?」
「ボスはノイジーウッドの親玉だからね!」
「違うからね!?」
セトトルからのよく分からない誤解を解き、俺は足早に南門へと向かった。
俺は南門へと急ぐ。早く行って早く帰りたいのもあるが、もう他の人たちが待っているかもしれないからだ。
ちなみにキューンとガブちゃんは、両方ついてきている。本当はどちらかのつもりだったのだが「ボスをちゃんと守ってね!」とセトトルが二人にお願いをしたのだ。
「キューン(珍しいトリオになったッスね)」
『うむ。キューン殿と我が居れば問題はないであろう。して、我ら三人だけで行くのか?』
「いや、後はヴァーマとセレネナルさんと……あ、もう来てるね。お待たせしました」
俺が軽く手を振ると、同じようにヴァーマが手を振って返してくれた。
そしてそこには……あれ、本当にウルマーさんがいるよ。しかも、化粧もばっちりしている。一緒に行くとは思えないし、見送りにきてくれたのかな?
「ウルマーさん、こんにちは」
「こ、こここここんにちは」
ウルマーさんは落ち着かない様子で、俺の前で視線を泳がせている。
そんな無理をしないでもいいのに……。そう告げようとすると、ウルマーさんがよく分からないことを言った。
「きょ、今日はどこへ行くの!? デー……四人で出かけるって聞いたんだけど! ちゃんと動きやすい格好にはしたから!」
『いや、我もいるのだが……』
「キュンキューン(僕らが見えていないッスね)」
ノイジーウッドのところに行くのだ、緊張してもしょうがない。キューンたちのことが目に入らないくらい、慌てているように感じる。
「動きやすい格好は大事ですね。ですが、本当にいいんですか?」
「も、もちろん! こんなこと慣れてるんだから!」
「そうなんですか? そういえば、おやっさんも冒険者だと言っていましたよね。少し安心しました」
「うん! ……うん? 冒険者? あれ? ボスはなんで鎧を着けているの?」
なぜか話が噛み合っていない。一体、ウルマーさんはなにを言っているのだろう?
俺が説明しようとすると、セレネナルさんがウルマーさんの肩を掴んだ。
「今日はノイジーウッドのところへ行くのさ」
「ノイジー……ウッド? え? どういうこと? 四人で出かけるって……」
「的は多い方がいいからね」
「的!? ちょっとセレネナル! どういうこと!?」
これ、セレネナルさんが騙して連れて来たんじゃないか? ひどすぎるだろ。
さすがに頂けない。ウルマーさんは帰らせてあげよう。
「ウルマーさん。どうやら事情を知らなかったようなので、帰られた方が……」
「そ、そうみたいね……」
「おや? ボスは綺麗どころが必要だって言っていたんだけどね」
「綺麗どころ!? それで私がボスに選ばれたの!? ……えへへ。さ、行きましょうか!」
ウルマーさんは確かに綺麗な方だが、完全に騙している。これは良くない。
俺はセレネナルさんに、小声で話しかけた。
「セレネナルさん、これは良くないですよ」
「ボスが守ってやればいいだろ? 早く行こうじゃないか! あ、私はヴァーマの後ろにいるからね」
そう言ったセレネナルさんの目は、澱んでいた。
どうやら説得するだけ無駄なようだ。まぁ、危険も少ないだろうし大丈夫だろう。たぶん。
ウルマーさんもなぜかノリノリで、キューンとガブちゃんと馬車に乗り込んでいるし……。
そんな三人を見て、俺とヴァーマは目を合わせ深く溜息をついた後に、馬車へ乗りこんだ。
あ、ちゃんと酔い止め飲んでおこうっと。
次は金曜に更新いたします。