百十九個目
商人組合の会議室には、関係者が全員揃っている。
アグドラさん、副会長、ダグザムさん、アトクールさん、ハーデトリさん、そして俺だ。
「では、全員揃ったので結果を述べさせてもらおう」
アグドラさんの言葉で、全員が注目する。
彼女は一枚の紙を出し……読み上げた。
「投票結果は……ほぼ全ての紙に、ハーデトリの名前が書いてあった。だがそれと同時に、他三人への賛辞も書かれていた」
当然だ。
あの場に入れば、ハーデトリさんに入れる。俺だって投票権があれば、彼女に入れただろう。それだけのことを、彼女はしたと思う。
でも俺たち三人への賛辞も書かれていたのは、ちょっと嬉しい。
全員の様子を窺いつつ、アグドラさんはゆっくりとした口調で問いかけた。
「……三人は、本当にそれでいいのだな? 他三人にも、総管理人になってほしいという意見が多数あった」
「おいおい、俺たちは辞退した。分かってるだろ?」
「……ダグザムの言う通りです。我々のやるべきことは、もう決まっています」
俺も二人の言葉に頷いた。
総管理人を補佐する。それが俺たちの仕事だ。ハーデトリさんの力になりたい。素直にそう思えた。
今、考えれば分かる。俺は逃げていた。総管理人という役職からだ。
元の世界で全て潰されていて出世できなかったことへの、しこりのようなものが残っていたのだろう。
でも、今は違う。彼女の力になることで、変わっていきたいと思っていた。
「分かった。では西倉庫の管理人、ハーデトリを総管理人とする!」
「ありがとうございますわ! 精一杯やらせて頂きますの!」
いつも通り、本当にいつも通り彼女は口元に手を当てて高笑いをしていた。
本当はプレッシャーだってあるはずなのに、とても強い人だ。
俺たちはそんな彼女に、惜しみない拍手を送った。総管理人、ハーデトリ=オーガスに。
……これで終われば、良い話だった。本当に良い話だった。
だが、副会長が前へ進みでたのだ。
「では、もう一つだけ話があります。投票された際に、もう一つ書かれていたことがありました」
「もう一つ? おいおい、今気持ちよく総管理人が決まったところだろう? 厄介ごとはごめんだぞ?」
全く持ってダグザムさんの言う通りだ。
しかし、副会長は笑って答えた。
「東倉庫の管理人、ナガレ。あなたを総管理人補佐へしてほしいという意見です」
「……え? 補佐? 補佐は三人でするんですよね?」
俺の言葉に、副会長は首を縦に振った。
三人で補佐をするのに、俺が補佐? どういうことだ?
「ナガレさんは、最初に全員を褒め称えていましたね? そしてハーデトリさんの話で、あなたが三人を変えたと分かりました。それが町民には良い印象を与えたようです。総管理人も若く大変でしょうし、その補佐にはぜひナガレさんを、という意見が多数きました」
つまりそれは……総管理人の手となり足となり、働けということ?
ま、まぁそれくらいならしょうがないかな? 俺も頑張ると決めたんだからね。
「それでしたら、総管理人から一つ提案がありますわ」
ハーデトリさんは、にっこりと笑って手をあげている。
少しだけ……少しだけですが、嫌な予感がします。
「他のお二人の協力も、もちろん必要です。ですが、私一人では対応仕切れません。ですので、ボスには私と一緒に総管理人業務を行って頂きますわ」
「ま、待ってください。総管理人は一人で……」
「分かっていますわ。しかし、私はまだまだ未熟者……会議などに同席して下さる補佐が決まっていたほうが、いいと思いますの。私が忙しいときに、他の二倉庫へ赴いて頂くこともできますからね」
な、なんかとても忙しそうなことを頼まれている気がする。
断りたい、でも断れない。もっと忙しいであろう総管理人から頼まれているのだ。断れない!
「……書類仕事などでしたら、私が手伝うこともできますが?」
「そうですわね。二人で回らなくなったら、お二人にもお手伝いを願う必要がありますわね。ですが、二人には北倉庫を中心に、現場を纏めて頂きたいと思っておりますわ。様々なお店との連携も必要になりますの」
「なるほど。確かにそれも必要だな。ハーデトリが捕まらないときは、ボスに連絡か」
俺が現場じゃ駄目なんですかね? え? 俺、出来る限りハーデトリさんについて回るってこと? さらに、他の二倉庫にも走り回るの?
「うん、それは良い意見だ。商人組合の会長として採用しよう! ナガレさんには、総管理人より補佐の方が向いていると思うしな!」
「副会長として、私も賛成いたします」
くっ……駄目だ、やるしかない。なにより、少しだけやりたいと思っている俺もいる。
今、ハーデトリさんの力になりたい。そういう気持ちが強いからだ。
俺が自分の決意を確認していると、アグドラさんが話し始めた。
「では、今後の話をさせてもらおう。ハーデトリにナガレさんは、会議なども増えると思うが大丈夫か?」
「東倉庫の話ですね? それなら大丈夫です。うちには優秀なメンバーが揃っています。そしてなによりも、セトトルがいます。彼女がいれば、大丈夫です」
「西倉庫もなんとかしますわ!」
「うんうん、それはなによりだ。では明日と明後日と明々後日の打ち合わせについてだが……」
俺たち二人の前に、ドサッと紙束がたくさん置かれた。
……なんですかこれ?
「会議用の資料となっている。一通り目を通してもらえるか?」
「は、はい……」
「ちょ、ちょっと多すぎませんかしら……?」
か、覚悟はしていたんだ。このくらいどうってことはない!
そうだ! 俺はやるんだ! 横でハーデトリさんが引き攣った笑顔になっているが、頑張らないといけないんだ!
「それでは、こちらもですね」
副会長が、違う紙束をドサッと置く。
それを見て、ちょっと体が震えてきました。
「今後の計画書などです。近日の会議では触れない分がこちらとなっております。あぁ、それと今後の四倉庫の運用についても、早目に纏めておいて頂けると助かります」
……俺は、さっと三人の管理人を見た。
全員、うげーっといった顔をしている。すみません、俺が一番そういう顔をしています。
「……補佐、変わりませんか?」
「ハーデトリ! ボス! お前らならやれる! 俺じゃ、とても無理だ! ……だ、だが約束したから手伝おうじゃないか!」
「……頑張りましょう。時間の許す限り、力になります」
「あ、ありがとうございますわ。これ、私一人で処理できるとは……。ボス! あなたが頼りですわ!」
「が、頑張ります……」
俺はその日から、寝る間も惜しんで仕事をすることになる。
毎日ハーデトリさんと、顔を青白くさせながら打ち合わせを続けることになった。
「ボス、この商品の在庫を北倉庫に……」
「いえ、北倉庫はいっぱいです。この分は南倉庫に……」
「キューンキューン、キューン(毎日ハーデトリが東倉庫に泊まって、商人組合を往復してるッス)」
「どんどん……二人ともやつれていっています」
ハーデトリさんは余っている部屋に泊まりながら、打ち合わせを一緒にしている。
そんな俺たちを、東倉庫のメンバーがサポートしてくれていた。
「ボス! ハーデトリ! お茶を持ってきたよ! あんまり根を詰めないでね? オレに手伝えることがあったら言ってね!」
「そ、倉庫の仕事を任せるよ……」
『ボスよ、出世とは大変なことなのだな』
「ガブちゃん……撫でさせてくださいませんかしら? 少しだけでいいですわ……」
『ボス、ハーデトリ殿。青い顔で我を撫でる暇が合ったら、少し寝た方が良いのではないか?』
「時間がない」
「時間がありませんわ」
ちくしょう! ちくしょう! 早く落ち着いてくれ!
俺はそう思いながら、今日も睡眠時間を削りつつ総管理人であるハーデトリさんと仕事をするのであった。
一階と二階を往復しつつ、こちらも手伝ってくれている四人には悪い気持ちだよ……。
過去に戻れたら、元の世界にいたころの俺に言ってやりたい。
出世とか考えなくていい。人間ぼちぼちやっていこうぜ……ってね。
これでこの章は終わりとなります。
外伝一つくらいは投稿するかもしれません。
次回の投稿は、新年少し休んでからにしようと思います。三箇日は投稿しないと思います。たぶん。
本当に拙い作品を読んでくれてありがとうございます!
では今年もお疲れ様でした。皆様良いお年をお過ごしください。