百十八個目
はぁ……後は、自己アピールだけで帰れる。
自己アピールの順番は質問とは逆にしようということで、俺の番からだった。
さぁ、必死に考えてきた文章を読ませて頂こう!
俺は満面の笑みで前へと出た。
「東倉庫の管理人、ナガレです。自分はまだこの町でも新参者ですし、妙な噂も多々ある人間です。ですが、総管理人に選ばれたら精一杯やらせて頂きます」
まずは無難な挨拶。
セトトルは俺の話を聞きながら、うんうんと頷いていた。よしよし、出だしは順調だ。
アピールといえないアピールは、このくらいにして……ここからが本番だ!
「まず王都からの荷物は北門から入ります。ということは、一番忙しくなるのは北倉庫であることは、みなさんもお分かりの通りです。北倉庫の管理人であるアトクールさんは最も忙しくなる。そんな彼に総管理人ができるでしょうか?」
俺の言葉で、ざわめきだす。
アトクールさんをちらりと見ると、彼は黙って聞いていた。しかし内心は面白くないだろう。
これでは、アトクールさんは相応しくないと言っているようにも聞こえる。
だが俺は、そのまま話を続けた。
「……しかし、なんの心配もありません! アトクールさんは、とても優秀な人です! 彼は忙しくなる他の店とも、しっかりと連携をとろうとしています! 自分の倉庫のことだけでなく、ちゃんと周りも考えられる。素晴らしい人です! 一人では大変でも、自分たちが補佐をすれば、問題ありません!」
いいぞ。わざとらしいくらいに持ち上げられた。
周囲でも「なるほど……」「アトクールさんなら大丈夫そうだ」と、聞こえてくる。
ふふっ、次はダグザムさんだ。どこまでもやり遂げてみせる!
「次に南倉庫のダグザムさんです。彼の倉庫は、北門とは真逆。王都からの荷物については、一番関係が薄いとも言えます」
ダグザムさんを見ると、少しだけ呻いていた。
いえいえ、安心してください! ここからですよここから!
「ですが、彼のリーダーシップは素晴らしいものです! 彼は常に南倉庫でも一番前に立ち、仕事をこなしています! 重い荷物でもなんでもこい! 俺についてこい! そんな頼りのある背中を見せてくれる彼は、素晴らしい! 現場の雰囲気を、良くしてくれることは間違いありません!」
今度も聞いてくれている人たちの反応は良かった。
聞こえてくる声は「確かについて行きたくなる……」「南倉庫は、一枚岩ですごいからな」と、言っていた。
いいぞいいぞ! 悪くない反応だ!
さぁ、後はハーデトリさんだ! やり切ってみせる!
「最後に、西倉庫のハーデトリさんです。彼女は一番若いです。自分と同じく、経験も浅い。一抹の不安を隠せないことは、事実です」
さすがにちょっと怒っているかもしれないと、ハーデトリさんのことも見てみる。
だが、彼女はにこにこと笑っていた。この後、褒められる流れに気付いているからかもしれない。
任せてください……! この日のために考えてきました!
「しかし、それがどうしたというのでしょうか? 彼女には実績があります! アキの町で、一番の倉庫の管理人! その見目麗しい姿にも定評があり、ファンも多い! 人脈も広く、頼りになることは間違いありません!」
どうだ! これで!
俺がそう思い、聞いてくれた人たちの反応をしっかりと聞く。すると、聞こえてきたのだ。
「確かにハーデトリ様なら……」「美人についていく方がいいよな……」ってね!
よし! 後は締めさせてもらおう!
「つまり自分が伝えたいことは、お三方全員が素晴らしい人物だということです! みなさん、よく考えてください! 誰が総管理人に相応しいのかということを! ……自分からは以上です」
俺は頭を下げ、後ろへ戻り椅子へ座った。
勝った……! これほどの手応えは、中々無いだろう。副会長が舞台袖で笑っているが、それは見なかったことにしよう。俺の目論みに気付いているんだろうな……。
三人を称える声が、檀上までしっかり聞こえている。俺は、やり切ったぞ!
一人こっそりとガッツポーズをする。そんな俺には気づかず、ハーデトリさんが前へと出た。
次はハーデトリさんの自己アピールか。ハーデトリさん、場は温めておきました!
彼女は前へ出ると、スカートの裾を掴み、広げるようにしながら優美に頭を下げた。
様になっている。とても綺麗だ。これだけでも好印象に違いない。
「西倉庫の管理人、ハーデトリですわ。皆様、本日はお時間を頂き感謝いたしますの」
彼女がそう言っただけで、声援が聞こえた。
さすがハーデトリさんだ。何を言っても、周囲は大喜びに違いない。だけど……ちょっと声援が大きすぎる。これでは話しても聞こえなのではないだろうか?
しかし、そう思っていた俺の心配は杞憂だった。
彼女が片手を少しあげると、それだけで町の人たちは静かになっていく。すごい、かっこいい。
「私は、ダグザムさんから人を引っ張っていく姿勢を学びました」
……後ろで聞いていた俺たち三人は、驚きで口が開いたままになった。少し離れた位置にいたセトトルとアグドラさんもだ。
え? あのハーデトリさんが、いきなりダグザムさんを誉めたよ!? どういうことだ!?
「アトクールさんから、効率良く仕事をこなしていくことを学びました」
次はアトクールさんを!? またハーデトリさんが変になってしまった!
動揺した俺が舞台袖を見ると、副会長とウルマーさん(いつ戻ってきたのだろう)も同じ顔をしている。
「しかし、私はそれを認められなかった……いえ、違いますわね。学ばせて頂いたことにも、気付いていなかったのですわ」
ハーデトリさんの話に、誰もが聞き入っている。それくらい彼女の言葉には真剣さがあった。
最初は驚きだけだったが、今は尊敬の念すら覚えてしまう。これが彼女の、本当の姿なのだろうか?
「それに気付かせてくれたのが、東倉庫の管理人であるナガレさんですわ。彼と出会わなければ、私たち三人は仲違いをしたままだったでしょう」
俺は、言葉を失った。……そして、自分を恥じた。
総管理人から逃げようとしていた俺とは、大違いだ。彼女はしっかりと、俺たち三人のことを見ていたんだ。
それに比べて俺は、なんて情けないんだ……。逃げるための口上を述べただけじゃないか。
「しかし、彼は総管理人を辞退いたしました。私は、その意思を尊重すると共に一つ決意をいたしましたわ。それは……」
俺が辞退したことを、あっさりとハーデトリさんはバラす。
それを聞いたアグドラさんは、慌てて前へ出ようとし……止まった。ハーデトリさんの目が、彼女へ告げている。上がってくるな、と。
彼女は視線を前へ戻し、話を続けた。
「私が、総管理人となることですわ。彼が表に立ちたくないというのなら、私が立ちます。彼が望んだように、四人でこの町を盛り立ててみせますわ! ……以上ですわ」
ハーデトリさんは先ほどと同じように、軽く頭を下げて後ろへ戻った。
一瞬遅れて、彼女へは惜しみない拍手が送られる。俺も彼女に惜しみない賛辞を込めて、拍手をする。
俺なんかとは、次元が違う。彼女こそ、総管理人に相応しい。
三人の誰でもいいと思っていたのに、素直にそう思ってしまった。
そんな気まずい空気の中、アトクールさんが壇上に上がる。彼もこんな空気の中で、前へ出るのはつらいだろう。
そう思っていたのだが、彼は薄っすらと笑みを述べながら前へと出た。勝算があるのだろうか?
「……北倉庫の管理人、アトクールです。私は、総管理人を辞退します」
その言葉に、俺たちだけではなく周囲全てが騒然とした。
あのアトクールさんが、辞退……!? 個人的には、さっきのハーデトリさんとは比べものにならない衝撃を受けた。天変地異としか言いようがない。
だが、それに続く人物がいたのだ。
「はっはっはっは! 南倉庫の管理人、ダグザムも辞退する!」
「え? えぇ? こ、この場合はどうするの!? オレじゃ対処できないよ! アグドラ!?」
「……お前たち、本気か?」
アグドラさんの言葉に、二人は笑顔で答えていた。
いつもの二人とは思えない柔らかな表情で、笑っている。
「……若者の時代、とまでは言いません。そこまで自分が年老いたとは思っていませんからね。ですが、あのハーデトリがここまで考えていたのです」
「だな。なら、俺たち年長者が補佐に回ってやるのも悪くないだろ!」
アグドラさんは、迷った顔をしていた。
そんな彼女の元へ、慌てて副会長が来る。その後、二人でなにかを話し合っていた。そりゃそうだよな……。
俺たち全員、ただじっと二人の話し合いが終わるのを待つ。
そして少し時間が経ち、二人の答えが出た。
「投票はこのまま行う。やると決めた以上、結果が必要だろう。それで四人ともいいな?」
「……結果は見えていますが、構いません」
「俺もいいぞ」
「私はお任せいたしますわ」
「俺もお三方と同じです」
俺たち四人の言葉に、アグドラさんは頷いた。
彼女は一つ咳払いをし、前へ出て町の人たちへ告げる。
「これにて、総管理人決戦を終わる! 投票へと移る! 結果は、数日後に出る! 以上だ!」
場は全く落ち着きを取り戻していないが、ハーデトリさんだけが平然とした顔で最初にその場を立ち去った。
それに気付き、段々と人々が投票場へと向かったり、帰り出す。
俺もその場にいるわけにも行かず、セトトルと東倉庫へと戻った。
数日後、投票の結果が出たと連絡が届く。
俺は足早に、商人組合へと向かった。
明日でこの章終わります。