百十六個目
――1週間後。
もうこのときが来てしまった。準備早すぎだろ! と思いつつも、来てしまった以上はどうにもならない。
これから俺は、中央広場の特設ステージで晒し者になるのだ。
嫌だ、行きたくない。行きたくないが、どれだけ自分が相応しくないかというアピールをしなければいけない。
この一週間、ずっと考え続けた。何枚もの原稿を書いた。書けば書くほど、自分が駄目人間みたいでへこんでくる。
そもそも俺が選ばれるわけがない。自意識過剰だ。普通に自己アピールをして、さらっと終わらせればいい。
そうすれば、他の三人の誰かが総管理人となり終わりだ。
自分を貶めてはいけない、その言葉が胸にズキリと痛みを残す。本当にこれでいいのだろうか? 俺は総管理人になる努力をすることこそが、正しいのじゃないだろうか?
俺はそんな自分の考えを、頭を振ることで消し去った。
他の三人を押しのけて、自分がなろうという考えは間違っている。そう言い聞かせたのだ。
冷静に考えれば分かる。俺が選ばれる可能性は……ある。
俺には無駄に知名度がある。悪評だらけの東倉庫を立て直したこと、オークとの関係改善の立役者。
こないだまで王都にも行っていたし、噂には事欠かない。
もちろん普通に考えれば、他三人が選ばれる。
だが、その他大勢は誰を選ぶだろうか? この浮動票が一番怖い。なんとなく名前を知っているあいつに入れてみるか? というケースは多いだろう。
あぁ……早く終わりたい。俺はそう思いつつ、今日も胃薬を飲んだ。
「それじゃあ行ってくるね。商人組合の方針で、町の人全員参加するようにとのことだから、お店の戸締りはしっかりしてくるんだよ」
「うん! ボス頑張ってね! ボスはすごいね、また出世しちゃうよ!」
出世したくないという俺の気持ちは、セトトルには届いていなかった。
俺はね、安定したら平々凡々と生きたいんだ。余計な立場なんていらない。現状こそが理想的なんだよ!
……と、セトトルに言ってもしょうがないので言葉を呑んだ。
はぁ……行きたくない。
「ボス……頑張って、ください!」
フーさんはオークとの宴以来、着ぐるみを脱いでいることが多くなった。
彼女を見ようと、たくさんの人が東倉庫に来る。追い払うわけにもいかないし、実際売り上げが伸びているので文句も言えない。
「キュン! キュン!(楽しみッスね! 絶対見に行くッス!)」
「……そうだ。キューンが代わりに出てみるかい?」
「キューン……(冗談きついッスね……)」
……駄目か。
キューンなら、なんとかできそうな気がしたんだけど……。残念だ。
『まずはこの町から手中に収めるのだな。大きな躍進だ』
「あのね、ガブちゃん……」
俺はガブちゃんの言葉で、さすがに限界をきたした。
東倉庫の面々には、本音を言わせてもらおう。
「俺は今のままでいいんだ。総管理人になんてなる必要もないし、選ばれる理由もないんだよ」
俺はそう言い残し、ローテンションのまま東倉庫を出る。
本当にそれでいいのか? と、自分の中からする声を聞こえないことにした。
広場には、もうたくさんの人が集まっている。
大量の出店もある。みんなたくましいことだ。いい匂いもするが、俺は胃がむかむかしていた。
楽しそうな人々を見て、尚更気分が落ちていく。出世街道とでもいえるのかもしれないが、俺はできればあの倉庫で仲間たちと細々とやっていきたい。
その地盤も固まり始めていたのに、どうしてこうなったんだ。
……いけない、愚痴っぽくなっている。俺は頭を振り、用意されたステージ……これガブちゃんの作ったステージじゃないか?
ウルマーさんのときのステージにそっくりだ。だから朝いなかったのか。散歩だとか言っていたくせに、高そうな肉を咥えていたから変だと思ったんだよ。
俺はやれやれと呟き、ステージ横の仮設テントへと入った。
「ボスがならないのでしたら、私が総管理人になることは分かりきっていますわ。恥をかかないうちに、辞退されてはいかがかしら? あ、これは嫌味ではありませんわよ? 親切心ですわ!」
「ぶっ飛ばすぞこの小娘が! 俺は四人の誰がなってもいいと思っているが、絶対にお前だけにはやらせねぇ!」
「……二人とも落ち着いてください。投票なのですから、結果が全てです。そして結果は見ないでも分かり切っています。そう、私が総管理人となるのです」
俺は、そっと入口を閉じた。
ふぅ……。今日はいい天気だ。こんな日は仕事を休みにして、五人でピクニックとかどうだろうか?
そうだ、たまにはノイジーウッドの様子でも見に行こうかな? お土産に派手な赤色の下着でも買っていこう。
ヴァーマが好みそうな、ビキニパンツがいいな。うん、そうしよう。
「ナガレさん、どこへ行くんだ?」
……アグドラさんに見つかってしまった。
もう少しで自分を騙しきって逃げ切れたのに! くそ!
「なぜ恨めしそうな顔をしているのかは分からないが、中へ入るといい。他の三人はすでに来ているぞ」
俺はどんよりとした気分のまま、待機場所の仮設テントへ、アグドラさんに続いて入った。
入った瞬間、副会長と目が合う。そして彼は、とても嬉しそうな顔を見せたのだ。
これはあれだ……自分一人じゃ相手にし切れない! いいところに来てくれた! そういう感じだろう。
「ナガレさん! いいところに来て……こほん。遅かったですね。みなさんお揃いですよ」
「副会長、本音が少し出ていましたよ」
「そこは流しておいてください」
いつも通りのやり取りをしつつテントの中を見ると、ダグザムさんとアトクールさんがイライラとした様相をしていた。
ハーデトリさんは笑顔で俺を見ている。この殺伐とした状況で笑っていられるとは、彼女の精神は鉄で出来ているのだろうか。
このくらい精神が強かったら、俺も楽なのかな……。
「ボス、とりあえずここに座れよ」
「あ、はい」
「……ボス、あなたは私の横に座った方がよろしいですよ」
「え? はい」
「ボス! 私の横に座りますわよね!?」
「え? え?」
なんだこの状況は。三人が威嚇しあっているのはいいが、なぜ俺を隣に座らせようとしているのだろう。
そもそも、俺も立候補者だ。本当に一応だが、俺は彼らと競う立場にある。
なのに、なぜ……?
俺が少し引き気味で立ち尽くしていると、副会長が小声で教えてくれた。
「ナガレさん、三人は自分が総管理人になった後に、あなたに補佐をしてもらいたいのですよ」
「……そんな役職ありませんよね?」
「はい。私もそう言ったのですが、聞いてはもらえませんでした。他二人と協力はしたくない。なら、ナガレさんは自分の味方にしよう。そういうことのようです」
昨日、誰が総管理人になっても残りの三人は協力するって話しましたよね!?
もう、なんなんだこの人たちは。総管理人になりたいのか、他の人に負けたくないだけなのか、さっぱり分からない。
……駄目だ、俺の思考も良くない方向にいっている。冷静に対処をしよう。
「みなさん、聞いてください。自分は誰が総管理人になりましても、力になりたいと思っております。ですので安心してください」
「そうか、ならとりあえずボスはここに座れよ」
「……ダグザム、彼はそういうのをやめようと言っているのですよ」
「アトクールの言う通りですわね。いがみ合うのはやめましょう」
「分かった分かった。俺だって、ボスの気持ちは分かってる。冗談だ」
三人は、落ち着いた様子でにこにこと笑っていた。
その様子に、俺もアグドラさんも副会長も一安心だ。さて、始まるまでは俺もゆっくり座っていようかな。
そして俺が三人から少し離れた席へ座ると……椅子を持った三人が、俺の隣を取り合い始めた。
「おいおい、お前ら争うのはやめようぜ?」
「……全く持ってその通りです。ボスが困っているので、離れなさい」
「あら? それが分かっているのでしたら、お二人とも離れてはどうですの?」
全然分かっていなかった。
俺は三人の椅子を足にガンガン当てられつつ、額に手を当てて大きく溜息をついたのだった。