百十五個目
町全体と聞き唖然としていたが、まあいいだろう。
俺は投票するだけだし、誰に入れるかを考えねば……いや、待とう。部外者じゃないのだから、投票をするのはおかしい。
なら、俺はなにもしないでいいじゃないか! これは良い展開になった。
「では総管理人を選ぶということで、投票を行う。立候補者は四人でいいな?」
「問題ありませんわ」
……四人?
俺は辺りを見回す。
ダグザムさん、アトクールさん、ハーデトリさん、ダグザムさん。
うん、ダグザムさんを二回数えないと四人にならない。どう考えても三人だ。
そんな俺の疑問に答えてくれたのは、副会長だった。
「申し訳ありませんが、ナガレさんにも参加をして頂きます」
「自分は辞退をしたのですが……」
「仰る通りです。ですが、形だけでも参加をして頂きたいと思います。一人だけいないというのも、違和感がありますからね。四人いるのですから、四人から選んでもらう。やはり、それが正しいと思います」
そういうものかな? ……と、今までの俺なら思っていただろう。
だが、そうはいかない。ここは強い意志で否定をしなければ!
「待ってください! 辞退をした人間が出るのはおかしいです! もし、万が一にも自分が選ばれてしまったら、どうするのですか?」
「それは、自分が選ばれる自信があるということでしょうか? でしたら、尚更出るべきだと私は思います」
副会長の言葉で、ダグザムさんとアトクールさんが「ほう……」とか言っている。
うまく誘導されている気もするが、なんとしてでもここは押し通させてもらおう。
「自信がある、ないではありません! 可能性の話です! 自分は立候補者から外して頂きます! もし選ばれたら、こうなってしまってはしょうがないですね。総管理人はナガレさんお願いします。とか言うつもりでしょう!」
「ふむ……そのつもりはありませんでしたが、確かにその通りですね」
ハーデトリさんは「その手がありましたのね」とか言っている。
今回一番気をつけなければいけないのは、ハーデトリさんのようだ。
「総管理人の手伝いだって、させてもらいます! ですが、立候補はしません!!」
「分かった分かった。それについても、これからしっかりと話し合おう。それでいいな?」
「はい、ありがとうございます」
ふぅ、少し熱くなってしまった。だが、ここまで言えば大丈夫だろう。
そう思っていたのだが、それを良しとしてくれない人たちがいたのだ……。
「投票ってことは、一番相応しいと町で思われてるやつがなるんだよな? もしボスが選ばれれば、町の人はそう思っているってことだろ?」
「……そうなりますね。つまり我々の誰が総管理人になっても、ボスが辞退したからなれた。そういうことですか?」
「いえ、自分は可能性の話をですね……」
「ボスが立候補していれば、ボスに決定ですわね。辞退して下さったお陰で、あなたたちも投票されるのです。感謝なさってはいかがですか? ボスがいない以上、総管理人になるのは私ですけどね!」
この人、なに言ってくれてるの? なぜこの状況で二人を煽った!?
俺はハーデトリさんを、やめてくださいという目で見た。だが彼女は、金髪縦ロールをいじりながらもじもじしていた。
えぇい、全く意思が伝わっていないじゃないか!
「分かった。よーく分かった。ボスも参加しろ! それで勝ってこその総管理人だ!」
「……私も同意見です。彼は優秀な人ですが、どちらが上かをしっかり教える必要がありますね!」
「あら? ボスも立候補しますのね? でしたら、私はボスに投票をすればいいのでしょうか?」
ハーデトリさんが素っ頓狂なことを言っているが、とりあえずそれは置いておこう。
俺は真っ青になりながら、胃を押さえた。
胃薬飲んできたのに、癖のように擦ってしまう。どうしてこうなったんだ……。
そんな俺に気付いたのか、アグドラさんが俺を見た。そうだ! 会長の鶴の一声で黙らせてやってください!
彼女は俺を見て、力強く頷いた。よし、まだいける!
「ナガレさんの気持ちも分かるが、最も相応しい人間がなる。それが一番だ! ただし誰が選ばれたとしても、他三人は全面的に協力をすること! いいな!」
「おう!」
「……当然です」
「ボスに協力いたしますわ」
「辞退、します……」
「ではこれより、投票について話し合う!」
アグドラさん、そうじゃないです……。
俺の弱弱しい声は、もう届いていなかった。
本当にやりたくないんです。能力がある人間には、それを行使する義務がある、とは誰が言った言葉だっただろうか。
やりたくない人間にも、それは当てはまるのだろうか? 能力的に考えても俺と他三人の間に、とてつもない差があるとは思えないのに……。
「会長、一つよろしいですか?」
「ん? どうしたカーマシル」
「はい。せっかくですので、一大イベントにしてはいかがでしょうか? 町の活性化にも繋がります」
なにこの人、余計なことを言っているの? 説明だけして、箱でも置いて投票でいいじゃないか。
町の活性化は大事かもしれないが、それは俺が表立たないイベントにしようよ。
「良い案だな。迅速に準備を進めよう。そうだ、檀上を作り自己アピールをしてもらおう」
「素晴らしい、さすが会長です」
「そんなに褒めないでくれ」
その後、どうやって行うかをノリノリで五人は話していた。
俺だけは、ただ下を向いて俯いて黙っていたけどね。
「やはり中央広場で行うのがいいだろう」
「人が集まるよう、事前に連絡を滞りなく行わなければなりませんね」
どんどん話の規模が大きくなっている。商人組合内だけで投票を行うつもりだと思っていたのに、どうしてこうなってしまったんだ……。
「一人一人の自己アピール時間はどうしますの?」
「時間もだが、内容も大事だな」
「……過激な内容は、お互い控えるようにするのはどうでしょうか?」
話し合いは順調で、内容にも問題はない。
だが俺が望んでいたのは、こういう話し合いではなかった。
「そういえば、王都から届いた大量の石鹸があったな? あれについては、ハーデトリが尽力してくれたようだ」
「貴族の仲間に声をかけただけですわ。ですが、それもアピールポイントになりそうですわね!」
最近、雑貨屋のおかみさんが嬉しそうに箱を引き取りに来ると思ったら、そういうことだったのか。
それについてはとても良かった。どうやら周囲の町の人も、王都に行くより近場で手に入るので喜んでいるらしい。
良かった良かった……。いや、だから今はそうじゃないよね!?
……待てよ。俺は一つだけ、ひどい方法を思いついた。これなら、なんとかなるかもしれない。
「自己アピールについて、質問をしてもいいですか?」
「お、ナガレさんもその気になってくれたようでなによりだ。何が気になるんだ?」
「内容は、過激でなければどんな内容でも?」
「もちろんだ。そこまでうるさく言うつもりはない。自分を町の人に売り込むつもりで、しっかりと考えてくれ」
売り込む、売り込むね……。ふふっ、俺はこれでも黒い噂が絶えない男ですよ? 非常に不本意ですがね!
なんとしても、総管理人に選ばれない自己アピールをしなければならない……!
俺は会議の内容を聞きながら、自分の黒い噂を思い出しつつ、自己アピールとは真逆の内容を、考えるのであった。