百十四個目
ハーデトリさんを見ると、俺に満面の笑みを向けていた。
アグドラさんは、俺とハーデトリさんを交互に見ている。きょろきょろしていて可愛い。
副会長は、うんうんと頷いていた。なぜ頷いているのだろう。
ダグザムさんとアトクールさんは、ぽかーんとした顔でハーデトリさんを見ていた。
ちなみに俺の心境は、ダグザムさんたちに近い。
え? この人は一体なにを言っているんだ? そういった気持ちだ。
おかしい……いや、おかしすぎる。
これは誰だ? 本当にハーデトリさんか?
俺の知っているハーデトリさんなら「私が総管理人に決まっていますわ! 他の木端は引っ込んでいなさい!」と、言うだろう。
なのに、なぜ俺を推薦したんだ? 全く理解ができない……。
「ハ、ハーデトリ? なぜナガレさんを推薦したかを教えてもらえるか?」
「簡単ですわ。もっとも優秀だからです。それに、私たち三人の誰かがなるとなったら、反発が起きるのではなくて?」
「ま、まぁそうだな。うん、言っていることは間違っていない。いないが……え?」
このアグドラさんの、こいつ誰だよといった顔。俺も完全に同意させてもらおう。
あなたは残り二人をねじ伏せてでも、自分が上に立とうとする人でしょ? なにか変なものでも食べたんですか?
そういえば、今日は最初からずっと笑顔でしずしずとお淑やかな感じだった。
見た目にあっていて、とても貴族っぽかった。
……あ、もしかしてお父さんになにか言われたのかな? 王都に行っていた期間も長かったし、その可能性はありそうだ。
いやいや、それは俺を推薦する理由にはならない。
え? どういうこと? 何一つ発言が理解できない。言っていることは正しいのに、思考が完全に置いていかれている。
「……ハーデトリ、体調でも崩しましたか?」
「何か悪い物でも食ったんじゃないか? 会議はハーデトリの調子が良くなるまで、延期するのはどうだ?」
あのダグザムさんとアトクールさんでさえ、この言い種だ。
それくらい異常なできことだったといえる。
だが当の本人は、笑顔を全く崩さない。
「私はどこにも異常はありませんわ? それとも二人は、私の意見に間違ったところがあるとでも?」
「……間違っているとは言いません。いえ、正直に言いましょう。この中で一番総管理人に近いのは、ハーデトリです。アキの町で一番の倉庫ですからね」
「アトクールの言う通りだ。人物的に問題はあるが、そこだけ見ればお前が一番優秀だ」
この二人がハーデトリさんを誉めた!? どんどん混沌と化している。
一体なにが起きているんだ……!?
「お二人の言葉はありがたいですわ。しかし私たちは、いつもボスから多くのことを学びました。今は私の倉庫が一番ですが、すぐに東倉庫に抜かれますわ。彼こそが総管理人に相応しいのは、言うまでもないことですの」
室内の全員は、また沈黙した。
そして……俺に視線が集まったのだ。勘弁してください。
「……ボス? あなたはハーデトリと王都に行っていましたね? なにかしでかす人だとは思っていませんが、何かあったのですか?」
「すみません、自分にも心当たりが……」
「手籠めにしたか?」
「……すると思いますか?」
「ないな」
「……ないですね」
あっさりと否定をされたが、これは信用されていると思ってありがたく思おう。
だがハーデトリさんは、手を頬に当てて赤くなっていた。誤解を招きかねない行動は、このタイミングでしないでもらいたい。
さて、なんにしろ困った。どうするんだこれ?
困った俺が頼れる相手は、アグドラさんと副会長だけだった。
「えーっと……。ナガレさんはどう思っているのだ?」
「そうですね。ナガレさんの意見をまずは聞きましょう」
「当然そうなりますよね……」
困った。本当に困った。
まず俺が総管理人になりますか? と言われれば、答えはNOだ。
厄介ごとを背負いたくないという気持ち以上に、他三人の方が相応しいと思う気持ちが強い。
ダグザムさんは率先して前に出るタイプだ。周りのサポートがあれば問題はない。
アトクールさんは効率的に処理をしてくれる。こちらも足りないところを三人で補えば、全く問題が無い。
そしてこの二人は管理人としての年季が長い。
町としても、この二人なら安心ではないだろうか?
では辞退をしたが、ハーデトリさんが総管理人になったらどうだろうか?
彼女には、能力がある。それは西倉庫の業績でも分かり切っている。そしてなによりも、人を引き付ける華があった。
多少、我が強いところもあるが……。そう! その我が今日は出てこない! なんで!?
いやいや、落ち着こう。つまり俺は、この三人の誰がなっても問題ないと思っている。
喜んでサポートをさせてもらいたい。なのに……どうしてこうなったんだ。
とりあえず、悩んでいてもしょうがない。俺は率直に自分の意見を述べさせてもらうことにした。
「自分は、お三方の誰が総管理人になっても問題ないと思っております。そしてそのサポートをさせて頂くのがベストだと思っています」
「それは他三人よりも自分が劣っていると?」
「その通りです。ダグザムさん、アトクールさんは年季のある管理人です。お二人の安定感は、非常に心強いです。そしてハーデトリさんには、アキの町で一番の倉庫という実績があります」
「ふむ……。確かに、ナガレさんの言うことも間違っていない」
アグドラさんと副会長も俺の意見に頷く。
良かった。また自分を低く見るな! と言われるかと思って、少しドキドキしてしまった。
今は低く見たのではなく冷静に判断をしたつもりだが、問題はなかったようだ。
ハーデトリさんは相変わらずにこにこと笑っているが、俺は彼女を見て言った。
「ハーデトリさん。自分を推薦して下った気持ちは嬉しいです。ですが、ご自分がどうしたいのか。それを第一に考えてくださいませんか?」
「私の気持ちは変わりませんわ。ボスを推薦したいと思っております。ボスは私に、総管理人になるよう立候補してほしいのでして?」
「実績などを考えても、それは当然のことだと思います」
俺がそう言うと、ハーデトリさんはガバッと立ち上がった。
急に立ち上がるから驚いちゃったよ……。
「先ほどの意見を撤回いたしますわ! ボスがそう言うのでいたら、私が総管理人にならせて頂きますの!」
「待て! 急に調子を取り戻したみたいだが、お前が総管理人と決まったわけじゃないだろ!」
「……ダグザムの言う通りです。小娘の気概が戻ったのは良いですが、大人しく座っていてください」
言葉とは裏腹に、ダグザムさんもアトクールさんも嬉しそうだった。怒っているような口調なのに、嬉しそうだ。きっとこの三人は、こういう関係なのだろう。
うんうん、やっぱりハーデトリさんはこうじゃないとね。
その時は、そう思っていました……。
「ですから! ボスが辞退する以上、私が相応しいのは歴然ですわ!」
「うるせぇ! 倉庫はパワーだ! 南倉庫より力があるところはないだろ!」
「……やれやれ。ということですので、会長。このやかましい二人よりも、私が相応しいと思いますが?」
いつも通りになっていた。
この会議、今日終わらないね。だって、三人とも全く譲らないもの。
アグドラさんと副会長も同意見のようで、げっそりとした顔をしていた。早く収拾がつかないかな……。
俺がそう思っていると、アグドラさんが立ち上がった。
「三人とも止めないか! こうなった以上、なにか別の方法で決めようではないか! 話し合いは無駄だ!」
「無駄どころか、不毛ですね」
俺も二人の言葉に頷く。うんうん、なにも進展していないからね。
別の方法か。一体どうやって決めるのだろう?
「ということで、別の方法を考えたいと思う。方法は、私とカーマシル、ナガレさんで決める。いいな?」
さらっと俺が混ぜられていた。
でもまぁ、方法を考えるくらいならいいかな。
「まずは私からだ。こちらで話し合い、誰が総管理人かを決定する。どうだ?」
「却下ですわ!」
「納得できるか!」
「……横暴ですね」
「そう言うと思っていたぞ。なら、カーマシルの案を聞こう」
副会長は考え込んでいたが、少し経つと口を開いた。
どんな案が出るのだろう。
「王都から優秀な人材を呼び、総管理人とするのはいかがでしょうか? 王都との連携も取りやすいかと思います」
外部から引っ張ってくる。よくある案だ。だがこの方法は、大体内部からの反発が大きい。
今まで頑張ってきた人間ではなく、外からきた人間がいきなり上司になるわけだからね。
そして、想像通り三人は先ほどよりも大きく反発した。
こうなることは副会長も分かっていたはずだ。なら、あえてこの意見を出したのかな? まぁ、可能か不可能か考えて行くことは大事なことだ。
「ではナガレさんの案を聞こう」
「自分は、投票制で決めることを提案します」
「投票、ですか?」
「はい。票数が多い人間が総管理人。手っ取り早いかと思います」
「なるほど……」
アグドラさんと副会長は、二人でぼそぼそと話し合っている。
三人は「私が一番票数が多いですわ!」とか「人望なら俺だろ!」とか「……どのような方法でも、私の勝利ですね」と、自信満々だ。
俺はというと、早く帰りたいので提案をした。投票なら今日すぐにともいかないだろうし、後日になるだろう。
そして、アグドラさんと副会長の話し合いが終わった。
「よし、ナガレさんの案を採用させてもらう」
「さすがボスですわね」
「準備ができ次第、投票を行う! 町民全員の意見で決めようではないか!」
俺はそれを聞き、お茶を吹き出しかけた。
……え? 商人組合内とかじゃないんですか?