番外編 ~初めてのクリスマス・前編~
今日と明日で、前後編となっております。
量は少し多めで、今日も明日も7000字前後となっております。
楽しんで頂けると幸いです。
この二週間ほどだろうか? 妙に忙しかった。
だがその忙しさも落ち着きを取り戻し、俺たちは通常営業に戻る。というか、若干暇なくらいだ。
「最近、妙に忙しかったね。急に預かる荷物が増えたからかな。どうしてこんなに多かったんだろう?」
「しょうがないよボス! 明日はクリスマスだからね!」
ピタリ、と俺は止まった。
今、セトトルはなんと言った? くりすます? くりすます……苦しみます。
明日は苦しみます? そうか、明日の仕事は忙しいということだろうか。聞き間違えたようだ。
苦しいのは嫌だね。でも仕事だから頑張らないと!
「そうだね。でも頑張ろう! 苦しいのは嫌だから、今から対策を練ろうか。明日はなんで苦しいの?」
「ボス、なにを言ってるの? 全然苦しくないよ! 明日はクリスマスだって言ったんだよ!」
「ク、クリスマス……!?」
どうやら聞き間違えじゃなかったらしい。
クリスマス? クリスマス!? そんなもの、今まで縁が無かった。クリスマスってあれでしょ? リア充どもが休みをとって、尻拭いをさせられる日だ。
というか、この世界にもクリスマスがあるの? サンタさんが来るということだろうか。
さすがに全く想像がつかないので、聞いてみることにした。
「ねぇセトトル。クリスマスってどんなイベントかな……?」
「ボスもしかして、クリスマスを知らないの? クリスマスはサンタさんがプレゼントを持ってきてくれるんだよ!」
「サンタさんいるんだね……」
「うん! 昔のお話なんだけどね。えっと……世界に一体しかいないドラゴンが、赤い服のサンタさんを貧しい村に届けたんだよ。で、その村でプレゼントを配ったんだって!」
ドラゴンが赤い人を連れてプレゼントを配った?
似ているようで少し違う。トナカイとソリはどこに行ったんだろうか。
大きくは違わないようだけど、うーん。
「キューンキュン? キューン、キュン、キューンキューン(それ血塗れだっただけじゃないッスか? プレゼントというのも、貴族かなにかで、助けてくれたお礼をしただけだと思うッス)」
「なんか妙に具体的だね」
「キューン!(僕の予想ッスよ!)」
キューンの予想は、なぜか真実味があった。
ドラゴンが人を助けた結果、村の人も助かったのか。それならいい話かな。
それにしても、プレゼントか。今からじゃ大した物は用意できそうにない。
まぁちょっとしたイベントみたいなものだろうし、後で適当に見繕うことにしようかな。
「オレ、今年はボスと出会えてすっごく幸せだったんだ。仕事もオレなりに頑張ったよ! いい子だったから、サンタさんがプレゼント持ってきてくれるかな……」
「セトトルはいつもいい子だから、絶対持ってきてくれるよ」
「そ、そうかな! 来てくれるかな!? オレ、サンタさんにプレゼント貰ったことないから……来てくれるといいなぁ」
……なんだって? 初めて? 初めてのサンタさんからのプレゼント!?
セトトルを見ると、目をキラキラとさせていた。これは物凄く期待している! やばい! 適当なプレゼントじゃまずい!
「サンタさん……。私も、初めてです。来て……くれるかな」
「フーさんも!?」
「は、はい……。本で読んだことはあったので……楽しみ」
フーさんは両手で頬を押さえ、にっこりと笑っていた。
これはいかん、本当にいかん。二人とも初めてのプレゼントで、凄く期待している!
ど、どうしよう……どうしよう! 何をプレゼントしよう! ……落ち着け、落ち着くんだ俺。
そう、困ったときは仲間を頼るんだ。いや、本人に聞くんだけどね? でも、さりげなく聞こう!
俺は、とてつもなくテンパっていた。正直仕事どころじゃない。
「二人は、さ。その……そう! 例え話だよ? 例え話なんだけど、プレゼントってなにが貰えると嬉しいかな?」
「なんでも嬉しいよ!」
「なんでも、嬉しいです」
難易度が、ぐーんと上がってしまった。やばいやばいやばいやばいやばいやばい。
二人とも、キラキラした顔をして笑っている。この期待を裏切ることができるだろうか? いや、できない!
俺は決意した。今からでも、全力でクリスマスの用意をしよう!
「キューンとガブちゃんは、サンタさんになにがもらえたら嬉しいかな!?」
「キューンキューン(みんながずっと幸せでいられることッスかね)」
『うまい肉だな。後は皆の幸せを願おう』
肉はともかく、幸せはプレゼントじゃないだろ! お前らは聖人か! クリスマスだからってか!? くそ! つっこんでいる時間すら惜しい!
「四人とも! 俺はちょっと外す……いや、午後は休みをもらうよ! 店のことは任せていいかな? 不安なら閉めちゃってもいいからね!」
「え? ボス、具合でも悪いの? でも大丈夫だよ! オレたちがボスの分まで頑張るから!」
「任せて……ください!」
『うむ、休息も必要であろう』
「ありがとう! それじゃあ、ちょっと出てくるね!」
俺は、倉庫を飛び出した。偉いことになってしまった。急いで準備をしないといけない。
まずは、えーっと……雑貨屋? 雑貨屋で何か探す? そうしよう!
目的地を決め、俺は歩きだした。
「そうだな……クリスマスプレゼント? コートは買ってあげちゃったし、ニット帽とか? いや、アクセサリ? 女の子だし、ぬいぐるみとか……」
「キュン……キューン、キューン(ボスからなら……サンタさんからなら、あの二人はなんでも喜ぶッスよ)」
「……キューン、なんでここにいるの?」
「キュン、キューン。キューン(ボスのことだから、そんなことだと思ったッス。僕も手伝うッスよ)」
「ありがとう! 正直、凄く困っていたんだ! とりあえずは雑貨屋に行こう!」
「キュン!(了解ッス!)」
頼りになる相棒を手に入れた俺は、二人で雑貨屋へと走ったのだった。
しかし、雑貨屋は……混雑していた。
もしかして、みんなクリスマスプレゼント狙いとか?
「例のやつは! 例のやつは入ったのか!? うちの娘が楽しみにしているんだ!」
「おい! それは俺が買うんだ! もう他の店では売り切れだったんだ! 頼む! 譲ってくれ!」
「お願いしますお願いします! 倍額払います! ですから、買わせてください!」
すみません、クリスマス舐めていました。
混雑どころか、やばい空気になっています。土下座している人までいます。雑貨屋のおかみさんも、すごい困っているじゃないか……。
「おや、管理人さん。どうしたんだい?」
「は、はい。クリスマスプレゼントを探そうかと思いまして……」
「すまないね。もう目ぼしい物は売り切れちゃってるんだよ」
「みたいですね。後、残っているものは」
「おかみさん! これ! これ買うから!」
「それは俺が買うって言ってるだろ!」
「……すみません、お邪魔しました」
「ごめんなさいね、また来てよ」
俺とキューンは、雑貨屋を出た。他の店なら大丈夫かな……?
俺は自分が出遅れていることを、このときまだ理解しきっていなかった。クリスマスやばい。
「すみません、売り切れていまして……」
「悪いね、もう品物が残っていないんだ」
……ナニモ、テニハイラナイ。
絶望に打ちひしがれながら、俺はふらふらと町を歩いた。疲れきって、ゾンビのようにだ。
「キューン……(クリスマスやばいッス……)」
「やばいね……超やばい。どのお父さんもお母さんも、殺気立ってる」
「キューン?(次はどこに行くッス?)」
「どこに行こう……はぁ……」
「おや? ナガレさんとキューンでは……ど、どうした? 顔が死んでいるぞ?」
「アグドラさん……」
俺はどんよりとした顔をしながら、アグドラさんを見た。
アグドラさんは、プレゼントをもらう方だろう。相談しても……会長? 商人組合の会長?
俺はアグドラさんに近づき、両肩を掴んだ。
「アグドラさん! お願いです! 助けてください!」
「お? おぉ? ど、どうしたのだナガレさん。町の人が見ているので、落ち着いてくれるか?」
「なんでもします! お金ですか!? 払います! お金で駄目でしたら、体で返します! だからお願いします!」
「体!? 待ってくれナガレさん! 誤解を招く発言は……」
「……ちょっと聞きました? 体で払うって」
「あれ、東倉庫の管理人さんと商人組合の会長さんよね?」
「もしかして、管理人さんが捨てられそうになっているのかしら?」
俺は、アグドラさんをしっかり掴んでいた。絶対に逃がすことはできない。
あなただけが頼りなんです! お願いします、見捨てないでください!
……ん? よく見たら、アグドラさんの顔が赤くなったり青くなったりしている。どうしたのだろうか?
「あああああああああ! もう! ナガレさんとキューン! こっちへ来い!」
「え? はい、分かりました……?」
あれ? 妙に周囲の人が見ているような……。
俺は慌てているアグドラさんに、手を掴まれた。どこへ行くのだろう?
「見ました!? 今、手を繋いでいましたよ!?」
「会長は子供だと思っていたのに、一足早い春がきたのね……」
「ああああああああああああ!」
周囲の人たちがなにかを言っていたが、アグドラさんの叫び声でなにも聞こえなかった。
一体どうしたのだろうか? 俺はよく分からないまま、おやっさんの店へと連れて来られたのだ。
アグドラさんは椅子へ座り、机をバンッと叩く。
き、機嫌が悪いのかな……? もしかしたら、忙しかったのかもしれない。俺もちょっと落ち着いてきたし、謝ろうかな?
「あの、アグドラさん?」
「もう! もう! 妙な誤解をされてしまった! 一体どうしてくれるのだ!」
「え? えっと、すみません」
「あああああああああああ!」
アグドラさんは頭を掴んで、髪をがしがしやっていた。
なにか、やばい薬物をやっている人みたいだ。とりあえず落ち着いてもらおう。
「アグドラさん、せっかくの綺麗な髪が台無しですよ。落ち着いてください」
「綺麗!? そ、そういうナガレさんの発言に問題があることに、なぜ気付かない! 自重したまえ!」
「す、すみません」
怒られた。
でも真っ赤になって怒っているので、言い返すことも理由を聞くこともできない。
俺が対応に困っていると、ウルマーさんが水を持ってきてくれた。なんてタイミングがいいんだ。
「どうしたの? 店の中で、あまり叫ばないでほしいんだけ……あ、水とられた」
「ごくごくごくごく……ぷはー! すまなかったな。店に迷惑をかけた」
「いや、うん。分かってくれれば大丈夫だから。で、どうしたの?」
「そうだ、私もそれを聞こうと思っていた。ナガレさんが困っているらしくてな」
あ、いつものアグドラさんに戻った。
水ってすごい。プレゼントに水を……いやいや、テンパりすぎだ。水を渡して喜ぶやつは、そんなにいないだろう。
「クリスマスプレゼントを用意したいのですが、売り切ればかりでして困っています」
「プレゼント? へぇーいいなー、私も誰かプレゼントとかくれないかなー」
「女性はプレゼントが好きだからな。貰えて喜ばないものはいないだろう」
プレゼントと聞いて嬉しそうな二人に、俺とキューンは俯いた。
二人もそんな俺たちの異変に気づいたのだろう、少し慌てている様子が窺える。
俺たちは二人に、重い口を開いた。
「セトトルとフーさん……サンタさんにプレゼントをもらったことがないんです……」
「「……」」
「キューンキューン、キューン……(なんとか用意してあげたいんッスけど、中々うまくいかないッス……)」
こんな相談をされても、二人も困るだけじゃないだろうか?
そうだ、話している暇があったら走ろう! まだ行っていない店だってある。
俺がそう思い立ち上がったとき、二人はすでに行動していた。
「父ちゃん! クリスマス用のディナーって、まだ材料残ってる!?」
「馬鹿野郎、あれは予約制だ。もう残ってるわけがないだろ」
「……分かった! なら、私が買ってくる!」
「ウルマー! お前、分かってんだろうな!?」
「う、うん……手に入らないかもしれないけど、なんとか探して」
「そうじゃねぇ! 金なんていくらかかってもいい! 絶対に見つけ出してやれ! ……あの二人は、初めてのクリスマスなんだぞ! ……ぐすっ」
「任せて父ちゃん! じゃあ、ボス! 夜は店に来てね! プレゼントは任せたから!」
ウルマーさんはそう言い残し、走り去って行った。
ぽかーんと、俺とキューンは眺めていたのだが、アグドラさんに腕を掴まれる。
「なにをしている! プレゼントを探しに行くぞ! ……そうだ! ハーデトリのところへ行くぞ! 知り合いが多いハーデトリなら、なにか知っているかもしれん!」
「は、はい! 分かりました!」
「もたもたするな!」
俺とキューンは、アグドラさんに続くように店を飛び出して、西倉庫へ走った。
い、息が……。やばい……。
本当に息も絶え絶えで西倉庫へ入ると、ハーデトリさんはすぐに見つかった。
「あら? 珍しい三人ですわね。はっ、もしかしてクリスマスイブのお誘いで」
「ハーデトリ! お前と話している暇はない! 緊急事態だ! プレゼントを買える場所を教えてくれ!」
「は、話している暇はないって……。少しひどいんじゃないかしら?」
「セトトルとフレイリスの、初めてのクリスマスプレゼントだ!」
「なん……ですって……。分かりましたわ! プレゼントが必要ですのね! 急ぎましょう!」
ハーデトリさんは倉庫に軽い指示を残し、俺たちを先導して走り出した。
ま、まだ走るんですか!? ぜぇ……ぜぇ……。
「すみません、ハーデトリ様。アクセサリはもう品切れで……」
「ハーデトリ様、こちらの服はすでに……あぁ! 持って行こうとしないでください! 困ります!」
……見つからなかった。
ハーデトリさんだけでなく、俺たち全員項垂れている。どうしよう……。
「私は、無力ですわ……。二人のプレゼントも探すことができない、無能な女ですの……」
「それを言うなら私もだ。初めてのクリスマスに、プレゼント無しだなんて……」
「二人は悪くありませんよ。気付くのが遅かった俺のせいです。すみません……」
二人は、これっぽっちも悪くない。事前にちゃんと調べて買っておかなかった俺が悪い。
こんなに頑張ってくれている二人を責めることなんて、俺にはできるわけがなかった。
……それにしても、どうしよう。もうアキの町全部の店を回った気がする。手に入ったのは、ガブちゃんとキューン用に買った柔らかいクッション二つだけだ。
もう品物は残っていない……品物が残っていない?
「キュン、キューン? キューン(ボス、どうするッス? もう行くところがないッス)」
「……作ろう」
「はい? 作る? ボス、一体なにを言っていますの?」
「親方の工房です! あそこなら、アクセサリだって作れます!」
「そうか! 無いのなら作ればいい! よし! 走るぞ!」
俺たちは最後の希望を工房へ託し、全力で走った。
工房では、いつも通りカーンカーンと音がする。休みじゃなくて良かった。絶賛営業中のようだ。
「ん? お主ら、なぜ汗だくなんじゃ?」
「親方あああああああああ! アクセサリを作ってください!」
「ほ? アクセサリ? こういうのか?」
親方は手に持っていた、星のついたブレスレットを見せてくれた。
それだ! それだよ! クリスマスだから星! 安直だが素晴らしい!
「それください!」
「いや、これは客先に納品するものでな」
「お金なら私が払いますわ!」
「待て待て、じゃからこれは客先に」
「納期なら商人組合で調整させよう!」
「……落ち着かんかあああああああああ! まずは事情を説明せい!」
「キューン(そりゃそうなるッスよね)」
全くもってその通りです。俺たちは親方に事情を話した。焦っていたので、少しだけ早口になってしまって申し訳ないです。
だが親方は、事情を聞いて頷いてくれた。
「分かった。おい、このアクセサリの予備がいくつかあったな? 全部持ってこい。サイズを調整するぞ」
「本当ですか!?」
「そこまで聞いて、見捨てるようなことはできんじゃろ。儂だって、あいつらが喜ぶ顔がみたいしの」
良かった! 本当に良かった! なんとかなりそうだ!
……その後、親方が作業をしているのを見ながら、一つ思いついたことがあった。頼んでみようかな?
「あの、親方? そのアクセサリって、まだ予備がありますか?」
「ん? 全部で五つくらいならあるぞ」
「なら、その……五つでお願いしてもいいですか?」
俺は親方に話しながら、聞かれていないかと心配になり、ちらりとアグドラさんたちを見た。
だが二人は走りつかれたのか、ぐったりとしていた。満足気な顔をしていたけどね。
「ははーん、そういうことか。分かった分かった。大して時間もかからんし、五つちゃんと用意してやるわ」
「すみません、ありがとうございます」
「甘いやつじゃ」
ぐうの音も出ません。
だけど、準備はこれで整いそうだ。俺はこのとき、やっと安心することができた。
二人の喜ぶ顔が見れそうだからね。