百十三個目
その日、緊急招集がかけられて商人組合へと向かっていた。ついにこの日が来てしまったのだ……。
今日、四倉庫会議が行われる。
今回の議題は想像がつく。王都からの荷物についてだ。
むしろ、他の議題が思いつかない。波乱の予感がする。胃薬も飲んできたし、きっと大丈夫だろう。
俺はそう信じつつ、商人組合へ向かったのだった……。
商人組合へ入り、例の会議室へと向かう。
中へ入ると、すでに揃い踏みだった。一番新入りの俺が一番最後に来るとは、恥ずかしい限りだ。
というか、これでも20分前に着くようきたのですが……。
「ナガレさん、早かったな」
「少し早めに来たのですが……。もうみなさん揃っていらっしゃったようですね。申し訳ありません」
「いえ、皆さんが早かっただけですので気にしないでください」
アグドラさんと副会長の言葉で、少しほっとする。遅刻したわけではないのに、最後に到着するとなぜ少し気まずいのだろうか? 不思議なものだ。
ダグザムさんは俺に軽く手を上げ、アトクールさんは頭を下げた。俺もそれに倣い、二人へ頭を下げる。
ハーデトリさんは……俺に満面の笑顔を向けてくれた。どうやら機嫌がいいらしい。
しかし俺は知っている。この三人はすぐに揉め出す。機嫌がいいなんていうのは、飾りだ。
今日も穏やかに終らないんだろうな……。
全員が席へつき、お茶を飲みながら全倉庫の状況などが説明される。
どの倉庫も順調らしく、こちらは滞りなく終わった。問題はここからだろう。
「さて、では本題に入らせてもらう」
アグドラさんの言葉に、俺は背筋を少し伸ばす。
どうか何もありませんように……。
「王都とアキの町で、流通の連携をとることが決まった。つまり今後、流通が増える」
「……ほう、それは町としては良いことですね」
「そうだな。問題は、俺たちがそれに対応し切れるかということか」
「……ダグザムのところは厳しいかもしれませんね」
「あぁ!? お前のとこと一緒にするな!」
早速始まった。俺もこないだよりは慣れているので、関与せずにお茶を飲んでいた。
本当にやばそうになったら、止めよう。いや、先にアグドラさんや副会長が止めるかな? うん、そうだよね。俺は大人しくしていよう。
そこで、ふっと気付く。あの二人が言い争っているのに、ハーデトリさんがそこに割って入っていない。
珍しいと思い彼女を見ると、ハーデトリさんもその視線に気付き、俺へにっこりと笑ってくれた。
俺も釣られて笑顔を返した。どうやら本当に機嫌が良いらしい。三人争うよりは、二人の方がこちらとしても助かる限りだ。
「二人とも落ち着け。正直に言うが、私はどの倉庫も対応し切れるか怪しいと判断している。これに関しては、副会長であるカーマシルも同意見だ」
「会長の仰る通りです。特に北倉庫は厳しいものとなるかと」
「……うちの倉庫が、一番影響を受けるからですね」
「まぁ、王都から来るなら北門だよな。となると一番大変なのは、当然北倉庫か」
これについては、全員が概ね同意のようだ。
俺も特に異論はないので、頷いた。ハーデトリさんも同じようで、にこにこと笑っていた。
「これに対して、我々は商人組合だけでなく、四倉庫間での連携も重視する必要があると判断を下した」
「北倉庫だけで捌き切れる物量ではないと判断し、他倉庫と連携して対応する必要があるためです」
「……異論はありません」
「俺も異論はない」
「自分もです」
「私もありませんわ」
どの管理人も異論はないようだ。
つまり、連携を取り合おうということで纏まった。自分のところだけで対応できる! というやつがいなくて助かった。
そうなったら、一体どうなっていたことか……。
「はぁ……。これは決定ではないのだが、一つの意見として聞いてほしいと思っている。いいか? 一つの意見だぞ? 決定ではないからな? いいな?」
アグドラさんは念には念を押し、さらに念を押すという形で話している。
珍しい、一体どんな意見なのだろうか?
副会長をちらりと見ると、彼も少しだけ渋い顔をしていた。よっぽど面倒な意見なのだろうか……。
「……四倉庫で連携をとることを考え、四倉庫で総管理人を決めるのはどうだろうか? 指揮系統的に、その方が動きやすいのではないかと思っている」
俺はそれを聞き、正直なところ、さーっと血の気が引いていた。今日は帰れないかもしれない……。
そして想像通りガタッと、二人が反応した。ダグザムさんとアトクールさんだ。
ですよねー。そうなりますよねー。これは知っていました。
「……誰かは、決まっているのですか?」
「さっき言った通り、一つの意見だ。決めてはいない」
「ほー、なるほどな。そうかそうか……」
恐ろしい。なにが恐ろしいって、すでにダグザムさんとアトクールさんは睨み合っているからだ。
どうせなら一つの意見ではなく、指名してほしかった。
そうすれば、俺はそれに乗っかるだけで済んだのに……。
「待て待て二人とも落ち着け。まずはこちらの話を最後までさせてくれ。カーマシル、続きを」
「畏まりました。では一人一人に対する、こちらの判断を述べさせて頂きます。まず、アトクールさんが総管理人になった場合です」
「……お聞きしましょう」
「ちっ」
ダグザムさん舌打ちはやめてください。
ほら! アトクールさんが話を聞かずに睨みだしちゃったじゃないか!
「今回はどうしても北倉庫への比重が高くなるでしょう。そういう意味では、アトクールさんが総管理人になるのは理想的です」
「……ふっ、私もそう思います」
「ちっ!!」
勝ち誇った顔をするアトクールさんを、ダグザムさんが歯ぎしりしながら睨んでいる。
ここ会議室だよね? 本当に会議室? 物凄く帰りたいです。
「ですが、それと同時に危惧もしています」
「……危惧、ですか」
「はい。北倉庫が忙しくなったときのことを考えると、総管理人まで請け負わせるのは厳しくないか、ということです。他の方にやってもらった方が良いのでは? という点を危惧しています」
「……私なら問題ありません……と、言いたいところですが、一理あります」
「はっ」
ダグザムさんはとても嬉しそうな顔をしていた。
アトクールさんが今度は睨んでいますよ? やめてください。
「次にダグザムさんが総管理人の場合です。彼は人を引っ張ることに長けています。そういう意味では、理想的でしょう」
「俺もそう思っていたんだ!」
「……ちっ」
さっきと逆の展開になった。
これはもう一切口を出さずに静かにしていよう。……あれ? ハーデトリさんが静か過ぎないかな? もしかして、大人な対応をしているのだろうか。
ちらりと見ると、やっぱりにこにことしていた。何か違和感があるが、まぁいいか。
「しかし、短慮なところがダグザムさんにはあります。そこを危惧しますと、他の方のフォローが必須になります」
「む……。まぁ、確かにな」
「……はんっ」
めっちゃアトクールさんが煽っている。
火と水とはこういうことだろうか? この二人、凄く相性が悪い。
個人的には、ダグザムさんかアトクールさんが総管理人になり、どちらかがそのサポートにつけばいいと思うんだが……。
「では次にハーデトリさんですね」
「お待ち頂けますか?」
「はい? どうかいたしましたか?」
さっきまで黙っていたハーデトリさんが、すっと手を挙げた。
何かまたとんでもない発言が出るのではないだろうか? そうも思ったのだが、笑顔のままだし機嫌も良さそうだ。
きっと大丈夫だよね……?
「私は辞退いたしますわ」
「「……は?」」
ハーデトリさんの発言に、ダグザムさんとアトクールさんが驚いた。
言うまでもなく、俺とアグドラさんと副会長もだ。
私が一番ですわ! という考えを絶対に譲らない彼女が、あっさりと辞退した。……ありえない。
絶対になにがあるはずだ。俺たちがそう思い、彼女に注目する。
だが、その次の発言にはもっと驚かされた。
「辞退する代わりに、別の方を総管理人に推薦いたしますわ」
「ほーう? ハーデトリが推薦する人物か。それは興味深い。ぜひ聞かせてもらえるか?」
ダグザムさんの言葉に対し、ハーデトリさんは一つこほんと咳払いをした。
そしてにっこりと笑って俺を見る。……なぜ俺を見たのだろう。嫌な予感がする。
「私は東倉庫の管理人であるナガレさん。通称ボスを総管理人に推薦いたしますわ」
慌ただしく殺伐としていた会議室に、これ以上ないくらいの静寂が訪れたのだった。