外伝9 ガブリエル
『ガブリエル、起きなさい私の天使』
『む? もう朝か。おはようございます母上殿』
『今日もあなたは輝いているわ!』
母の言葉に、父も満足気に頷いている。
ここは、とある森の洞穴。同種族たちが住んでいる森だ。
我はここで生を受けた。
偉大なる父と、慈愛に溢れた母の間に産まれたのだ。
我が名はガブリエル。この世界で五本の指に入る魔獣ダイアウルフである。
父と母はいつも通り、狩りへと向かう。
我は集落の凡庸なるものどもと戯れてやろうと、広場へと向かった。
その場所は森の中でも開けた場所であり、我が種族の集合場所でもある。
ここを襲われれば一溜まりもないのではないだろうか? そんなことを父に尋ねたことがある。
だが、答えは至ってシンプルな物だった。
『我らダイアウルフに勝てる種族などは一つだけだ。この世に一匹しか存在しない、ドラゴンだけであろう』
『ドラゴン、ですか』
『うむ。数年前まではその姿を見ることもあったが、今では闇に消えてしまった。人の冒険者に狩られたというものもいるが、そんなことはないだろう』
『なぜですか?』
『ドラゴンは強いのだ。あらゆる攻撃を無効化する絶対王者。恐らく我々全員で挑んでも、歯牙にもかけないだろう』
『なんと……』
偉大なる父の言葉に、我は戦慄した。
万物の頂点たるドラゴン。その存在にだ。
そしてそれと同じくらい、昂揚もした。我もいつかは、そのような存在を超えてみたいものだと。
広場には、子供から大人まで、たくさんの仲間たちが集まっていた。
我に気付いたのか、子供たちが集まってくる。……まぁ、我も子供だがな。
『皆のもの、良い朝だな』
『ようガブリエル……』
『ガ ブ リ エ ル(笑)』
ちっ、このものどもは、いつも我の偉大な名を馬鹿にする。
我は土魔法を用い、馬鹿にしたものどもをボコボコにした。地面を沼地のようにぬかるませ、土塊を雨のごとく降らせてやったのだ。
いつも通り、やつらは泣いて大人に助けを求める。その声で慌てて寄って来る大人どもも、我を窘める。
やれやれ……。悪いのはあちらなのに、面倒なやつらだ。
我はダイアウルフの子供でも、飛び抜けた実力を持っている。
すでに大人とも対等にやりあえるほどだ。偉大な父と母に恥じぬ強さと言えよう。
父と母はダイアウルフの中でも屈指の戦士であり、その血を継いだ我が強いのは当然のことであろう。
幼きころは、我が名のことで泣いたこともあった。
そのことを父と母に尋ねると、こう答えられたのである。
『お前が産まれたとき、天使が産まれたのかと錯覚するほど可愛かった』
『その可愛さゆえに、天使から名前を頂いたのです』
我はその言葉を聞き、自分が選ばれた存在なのだと理解をした。
そうか、他のものどもは違う。特別なダイアウルフだということをだ。
それから我は変わった。
未熟なるものどもを打ち倒し、我が名をダイアウルフの中でも高めたのだ。
戦えば戦うほど、己の中から力が湧いてくる。これこそが、選ばれしものなのだと理解した。
強きものに従うのが、ダイアウルフの掟である。
にも関わらず、こやつらは懲りずに我を挑発し続けた。度し難い愚か者たちだ。
我は良い汗を掻いたと、水浴びへ向かった。
泉では、他のものたちも水浴びをしている。
だが、我の姿を見て少し距離をとった。脆弱なるものどもは、いつもこのような態度だ。
同じ種族として、少し情けなくもある。しかし、それを責めることはできない。
これが強者たる所以だと、我も理解をしていたからだ。
ある日、我は父に呼ばれた。
父はその日、我を狩りへ連れて行くと言ってくれたのだ。血が滾るとはこのことだろう。我は昂ぶった。
森の中を進む。獲物を探すためだ。
そして……見つけた。
一際大きい猪を。その大きさもさることながら、身にまとうオーラがただの猪ではないことを現している。
『あれは……まずいな。ガブリエルよ、仲間を呼んでくるのだ』
『必要ありません父上。ここは我にやらせてください』
『いかん。驕るでない! お前が怪我でもしたら、父は発狂してしまうぞ』
『しかしこれほどの獲物を逃がすわけには……』
『分かった。ならば、お前はここで見張っておけ。父が仲間を呼んでくる。危険を感じたら、すぐに逃げるのだぞ。良いか、逃がさぬために見張るだけだからな!』
父の優しさに、我は多大な感謝をする。
だが父の優しさに甘えているだけでは、駄目なのだ。
父を見送った後、我は父の静止を聞かずに猪へと襲い掛かった。
足元を抑え込み、土の槍を降らせ、あらゆる手段を講じる。
しかし……我はまだ未熟だった。その全ての攻撃は、あの分厚い毛皮の前では意味がなかったのだ。
「グルルル……」
『ほう、威嚇か。面白いぞ猪如きが!』
我は前から試して見たかった魔法を行使した。
それは……土塊で魔道人形を作ることだ。後で知った話だが、これはゴーレムというらしい。
我は十数体にも及ぶゴーレムを操りながら、己も魔法を使用して猪を追いこもうとする。
さすがの猪も、たじろぎ下がる。我の狙い通りだった。
ずるり、と猪の足が滑る。気付いたようだが、すでに手遅れだ。
猪は、我が魔法で作り出した落とし穴へと落ちる。
落とし穴の底には、我が魔法で作りだした鋭き土の槍を多数設置してある。そしてその場には、巨大な猪の断末魔が響いたのだ……。
結局のところ、我は無傷で猪を撃滅した。
その戦果に、後から来た大人たちも、当然父も歓喜したのだ。
ふふん、選ばれし我なら当然のことである。
その日は宴であった。
我が打ち取った巨大なる猪を、全員が喜び、食す。
それ以降、我が名を馬鹿にするものはいなくなった。当然のことであろう。
我は子供ながらにして、ダイアウルフ族でも一流の戦士として認められたのだ。
しかし、それからの日々は退屈なものであった。
周囲に戦うべき相手がいないのである。近辺の危険な生物はほぼ全てを打ち滅ぼした。我はこの先、どう成長すればいいのだろうか……。
偉大なる父と母に相談をすると、こう言われた。
『旅に出なさい。お前はまだ可愛い可愛い可愛い子供だが、選ばれしものの資格がある』
『お父さんの言う通りです。あなたは可憐で麗しく美しく……ずっと母といてほしいですが、旅に出るのが良いでしょう』
『父上殿、母上殿……』
我は、父と母の言葉に頷いた。
『世界を見分するのだ。戦う以外にも色々な強さがある。それを見てくるのだ。……なんなら、父もついていってやろうか? ガブリエルだけでは寂しいだろう? 父が、危険なやつは倒してやろう!』
『それなら母がいきましょう! 毎日の毛繕いが必要ですね。変なメスに引っかかっても困ります!』
『父上……母上……感謝いたします。ですが、我は一人で行こうと思います。ドラゴンを探そうかと思うのです』
父と母は、神妙な顔で俺を見た。
そして、はっきりと言われたのだ。
『ドラゴンは話が通じる相手だ。会うのも良いだろう。だが、決して争うでない。良いな? なんなら、父がドラゴンとの仲介をしてやろう』
『いえいえ、母が行きます。私の天使に苦労をさせるわけにはいきません! もういっそのこと、旅に出るのをやめても良いのでは?』
『うむ、そうだな。旅はやめてはどうだ?』
『心配頂き、ありがとうございます。しかし、我はやはり一人で行きます! 偉大な父と母の名に恥じぬよう、名を広めます。我がガブリエルの名を!』
父と母は、その言葉で目を潤ませながら成長したと言ってくれた。
我はその日、父と母と共に寝た。その温かさを、忘れないようにと。
我は旅に出たのだ。
最初の数日、うろうろと父や母がついてきていたが、帰って頂いた。両親からの愛に、感謝の気持ちを隠せない。
しかし、我にはこの旅での目的があった。ドラゴンを探すこと、そして……友達というものを、探したかったのだ。
集落では、我に付き従う子分のようなものしかいなかった。
我は対等の立場の相手と出会いたかったのだ。
そしてそれ以上に、己よりも上だと思える存在を探したかったことも事実である。
同じ種族なのか、別の種族なのか、それは分からない。
だが、我が認められるような存在……。それを想像するだけで、我の胸は高鳴るのだった。
旅に出て数週間後。
我は無理をしたせいか、腹が減りすぎて身動きがとれなくなる。人が住む村のようだが、物陰にいるせいか、誰も我には気づかない。
完全に抜かった。妙な腐った臭いで鼻が鈍っていたことが致命的だったといえよう。
『ぐぐ……我ともあろうものが、空腹で……』
我は……このまま……。
そのときだった。一人の人間が我を覗きこんでいたのだ……。
『なにを見ている人間……!』
「お腹が減っているの、かな? これで良かったら食べる?」
『人の施しは受けん!』
これが我と、生涯の主君であるボスとの出会いであった。
その後のことは言うまでもあるまい。
まさかこんな倉庫に傑物が集まっているとはな。ボスが名を高め、世界を征服するときが今から楽しみである。
……ボスは少し、積極性に欠けている気がしないでもないがな。
天使だと思いましたか?
実は違うんです。
後、オスです。天使にもなりませんし、メスにもなりません!