十一個目
夜中に強盗を撃退したにもかかわらず、俺はそのまま仕事をしていた。
今日はお客様が荷物の受け取りに来る。つまり休むことはできない! 休ませてくれ……。
まぁ俺は別のことを考え、カウンターで頭を抱えていた。
自分で言うのもなんだが、俺は人付き合いがうまくない。だが、仕事はそれなりに出来る方だった。
社会では、そういう人間はやっかまれる。
予想通り、俺は職場でやっかまれていた。なのに、面倒な仕事は押し付けられるのだから、たまったもんじゃない。
……少し話が逸れていた。
そう、つまり俺は仕事がそれなりに出来る方だった。
そんな俺が仕事のことで今、頭を抱えていた。
こういう体験をしたことがなかったので、どこから手をつけるか悩んでいたのだ。
「客が来ない……」
管理人になった初日から、お先は真っ暗だった。
結局、午前中はお客様は来なかった。午後からは掃除を進めつつ待つ方針だ。
とりあえずは店の看板はCLOSEにして昼休憩にしよう。
「セトトル、お昼休みにしようか」
「え!? 今日も休んでいいの!? やったー!」
忙しかったら昼休みをずらすなどの必要もあるかもしれないが、現在はその必要は一切無かった。
さて、今日からは昼飯がちゃんと食べられる! 朝飯も昨日アグドラさんたちが置いていってくれた、大量のサンドイッチで済ませた。
昼休みは、町を探索しつつ外食でもしてみよう。
「よし、お昼は外で買って食べようか?」
「外で買うの!? すごいすごい!」
セトトルはバレリーナのようにくるくると器用に回っていた。
どうやって回っているのかは分からないが、軽やかな動きを見ると俺も羽が欲しくなる。
……いや、元の大きさが違うか。
普通サイズの俺が浮いてくるくる回っても、店の邪魔になるだけだ。考えると、少しショックだ。
エプロンを外しジャケットを羽織った俺は、回り過ぎて気持ち悪くなっているセトトルを頭に乗せ、店の外へと出た。
……そこには、中世風の建物が羅列していた。
目の前には広い大通りが、真っ直ぐと伸びている。
そう、海外の風景などで見るあの景色が目の前に広がっている。
これだけならば、海外だと思ってもおかしくないだろう。だが、決定的に違うことがあった。
それは、犬耳やら猫耳やらの人々。多種多様な種族の人たちが歩いていることだ。
「すごい……」
俺は今まさに、ファンタジーの世界の住人の一人としてこの世界にいるのだ。
それを初めて実感する。感動だ。
……そうか、そりゃそうだ。そこでやっと気づいた。
ここ数日、倉庫内から一度も出ていない! ずっと掃除をしていた記憶しかない!
そんな人間が、この世界で管理人となっているんだからお笑い草だった。
「ボズ……。なにがずごいの?」
呂律が回っていないぞ、セトトル。
頭の上から、吐きそうな声で彼女は聞いてきた。いや、本当には吐かないでくれよ?
「いや、うん。たくさんの人が歩いているなって思ってね」
「うぅ……。そりゃそうだよ、ほらあっちを見てみなよ」
俺はセトトルが指差した方を見る。
そこにあったのは、大きな門だ。たくさんの人や馬車がそこから入って来ている。
「ここはアキの町の東通り。しかも東門のすぐ近くだよ。たくさんたくさん人が来るよ! ……うっ」
セトトルは大声を出したせいか、またうっぷうっぷしていた。
なるほど、立地条件はかなり良い。人通りもかなり良い。なら、人だって来るはずだ。
そのために必要なのは、情報収集と宣伝。
まずは町の観察から始める必要がある。
正直、俺は少しウキウキしていた。
本音を言えば、そこらを歩いてる人みんなに話しかけたいくらいだ。
まぁ、仕事以外でそんな積極性を出せる人間ではないので、大人しく見ているだけだが……。
しかし、そんな浮かれた気分は一瞬で消え去った。
「ねぇ、あの人見た? 今、東倉庫から……」
「オルフェンスの子分? いやね、気を付けないと……」
陰口は、せめて聞こえないようにやって頂きたい。
だが一つはっきりとした。うちの倉庫、物凄く評判悪い!
いやー、はっはっは。そりゃお客様来ないよね。これは参った。
何かいい手が浮かぶまで、コツコツと出来ることからやっていくしかないな……。
俺とセトトルは、近所にあるバーみたいな店に入った。異世界の食事! わくわくしてしまう。
しかし入った瞬間は良かったのだが、椅子に座って落ち着いたころには、こちらをジロジロと見る人が出だした。
やっぱり俺の服装が変わってるからか? スーツを着ている人なんて見なかったから、しょうがないことだ。
まあ、とりあえずは食事だ。そんな視線は気にしないことにしよう。
そこで、横を通りがかった店員風の男の人に声をかけた。
坊主頭で厳つい店員がこちらに向かって来る。ちょっと怖い。
「すみません。この店に来るのが始めてなのですが、メニューとかを教えてもらえますか?」
「……あんた、東倉庫から出てきたらしいな」
あ、これ何かやばいやつだ。雰囲気だけで分かる。
「オルフェンスのやつがうちの店で何をしたか、知ってるよな?」
「……申し訳ありません。前任者のことは、自分には分かりかねまして」
「知らないだあ!? うちの店で散々酒飲んで暴れてを、何度も繰り返したんだぞ! ここ数日来ないから安心してたら、今度はどんな用だ!」
セトトルはおろおろとしている。まあ、こんなことになればそれも当然だ。
とはいえだ、前任者のことでイチャモンつけられても困る。何より、出来る限りご近所様とは仲良くしたい。
まずはしっかりと観察をしつつ、敵ではないことを見せていかないとな……。
俺は椅子から立ち上がり、店員の男性の前に立つ。
「あぁ!? 何だ! やろうってのか!」
争う気は無い、俺は丁寧に店員へと頭を下げた。
「自分は昨日より東倉庫の管理人となった、ナガレと言います。前任者のことは、申し訳ありませんがほとんど存じ上げません。ここには昼食を頂きに来ました。決して揉め事を起こす気はありません」
「……あ? お、おう」
「ですが、今のお話で前任者に問題があったことはよく分かりました。お店に御迷惑をかける気もありませんので、どうしても駄目なようでしたらすぐに出ます」
俺は頭を下げたまま、懇切丁寧に述べた。
予想外の反応に、恐らく店員は戸惑っているだろう。人間とはそういうものだ。
自分の想定していない行動をとられると、どうしたらいいか分からなずに思考が一瞬止まる。特に怒っている人は、関係ないと言っている人に謝罪をされれば、それ以上怒るわけにはいかない。
「……も、問題を起こす気がないならそれでいいんだ! メニューはこれだ! 決まったら呼べ!」
「はい、ありがとうございます」
俺は頭を上げて、椅子に座り直してメニューを開いた。
セトトルはなぜかキラキラした顔で俺を見ていた。一体何だろう。
「ボスすごいね! 怒ってる人を落ち着かせちゃったよ! 魔法なのかな!」
「ん? いや、前任者の人が色々したと言っていたろ? 俺はその人とは違いますってことを、ちゃんと説明しただけだよ」
「そっかー。でも違うんだから、ボスを怒らなくてもいいのにね」
その言葉が聞こえていたのか、さっきの店員がこちらに耳を傾けているのが分かる。
俺は店員をフォローすることにした。近くの店と仲良くなって損はない。
「それはちょっと違うよ。店を滅茶苦茶にされたと言っていたろ? なら、怒るのは当たり前のことだ。確かに、セトトルの言っていた通り、俺はオルフェンスさんとは違う。でも知らなかったら、怒るのは当然なんだ。だから、ちゃんと誤解を解いたんだよ」
「んんん……? つまり、店員さんも悪くなくて、ボスも悪い人じゃないから、悪い人じゃないよって店員さんに話したんだね!」
「うんうん」
なんとなくは伝わったらしい。俺はセトトルの頭を指先で撫でてやった。彼女はくすぐったそうに照れていた。
さて、何はともあれ注文をしないといけない。何を頼もうか……。
俺が改めてメニューを見ると、目の前にドンッと料理が置かれた。
「さっきは父ちゃんが悪かったね! うちの店初めてだって言ってただろ? なら、看板メニュー食べてってくれよ! お詫びでサービスにしておくからね!」
元気が良い金髪ポニーテールのお姉さんは、笑顔いっぱいで俺を見ていた。
顔にはちょっとそばかすがあり、服装はタンクトップに膝まで見えている短いズボン。そして豊満な胸!
失礼、胸は服装ではなかった。
「えっと、ありがとうございます。ごちそうになります」
「うんうん、気に入ったらまた来てよね! あ、そうだこれもね!」
彼女はまたドンッと、今度は小さい樽に取っ手の付いた飲み物を机に置いた。
匂いを嗅いでみる。……酒だ。
「すみません。とても嬉しいのですが、午後も仕事があるのでお酒はちょっと……。料理だけ頂いてもいいですか?」
彼女はポカンとした顔をした後、無言で机からお酒を下げた。悪いことしちゃったかな?
と、思ったが気のせいだった。
彼女はバンバンと俺の背中を叩く。ちょっと痛い。
「いや、あんた真面目だね! 気に入ったよ! オルフェンスの馬鹿野郎とは大違いだ! なら、夜来てくれたときはお酒をサービスするよ!」
「ありがとうございます。仕事が落ち着いたら、是非」
彼女は嬉しそうにお酒を持って去って行った。
元気で魅力的な人だな。
何となくこっちまで元気になれる。
まあ、とりあえず食事を済ませよう。
セトトル用のお皿も用意してくれていたので、パンや――看板メニューとだという――ハンバーグなどを少し載せてあげて一緒に食べることにした。
「いただきます」
「いただきまーす!」
あ、おいしい。セトトルはハンバーグを初めて食べたと、大喜びで食べていた。
どうも見たことはあったらしく、憧れていたらしい。
俺もおいしくて嬉しいし、セトトルにも喜んでもらえて何よりだ。
その後は特に何を言われることもなく、食事を楽しんだ。
そして帰り際、やっぱりお金を払った方がいいかなと店員さんを呼ぶと、先程の男性が来た。
「おう、なんだ」
「すいません、代金を……」
「あぁ? ほんっとうに真面目なやつみてぇだな……気にすんな! それならまた来てくれ!」
「はい、必ず来ます。おいしかったです」
俺は今度は食べすぎて動けなくなったセトトルを頭に乗せ、店を出る。
出る直前、さっきの男性が小声でボソッと呟いた。
「……さっきは悪かったな」
ツンデレか。
借金:1億100万Z




