百十一個目
そして俺たちは、たわいもない話をしながらオークの集落へ辿り着く。
待っていたとばかりに、オークの長や仲間たちが出迎えてくれた。
「ヨク、来タ。我ラ、歓迎スル」
「うむ。世話になる」
アグドラさんは会長に相応しい威厳で、俺たちの一番前を颯爽と歩き始めた。身長以外は立派だ。
っと、そういえばいつの間にかコートを脱いで、いつものマントに変わっている。
仕事時はこっちの格好と決めているのかもしれない。
やっぱり彼女には、この格好の方がしっくりくるね。
俺たちが通された場所は、オークの集落の中央にある広場のような場所だった。
広場には大きなキャンプファイヤーが立ち上っており、料理のおいしそうな匂いがする。
すでに準備は万全といったことだろう。
懐かしい……ここで縛られ、斧を首元に突き付けられたんだ。とてもいい思い出だ。
そう、いい思い出だ。そういうことにしておこう。でないと倒れてしまいそうだ。
俺たちはオークの長が座っている場所の、近くの席へ通される。
毛皮の敷物の上へ座るように言われる。みんなは疑問もなく座っていたが、俺はその敷物に見覚えがあった。
これ、ウルフの毛皮だ……。
ためらいつつ俺が席へつくと、料理が運び込まれる。
野性味溢れる肉が多いのだが、なんの肉かは怖くて聞けない。これもウルフだったりしそうだ。
切り分けられている肉はともかく、明らかに牛の丸焼きとかが見える。牛の丸焼きなんてワイルドな物は食べたことがないので、ちょっとテンションが上がってしまう。
注がれた酒は、きつい匂いを醸し出していた。だがその酒よりも、切り分けられた肉が気になる。ウルフの肉じゃないですよね……?
しかし、俺の疑問に答えてくれるものは、誰もいない。
そして疑問が残ったまま、挨拶が始まった。。
最初は、オークの長の挨拶からだ。
「ミナノ者、本日ハ、アキノ町カラ、客人キタ。我々、歓迎スル」
「「「ブヒイイイイイイイイ!(いええええええい!)」」」
オークたちのテンションは、凄く高かった。
どの種族でも、宴とはこんなテンションなのかもしれない。
「デハ、人間ニ挨拶シテモラウ」
挨拶があるのか。まぁ挨拶をする人が誰かなんて、考えるまでもなかった。アグドラさんとサイエラさんだ。
というか、オークたちの言葉がうまくなっている。これも人間との交流のお陰かな?
「んっんっ……こほん。本日はお招き頂きありがとうございます。私はアキの町の商人組合で会長をしている、アグドラと言う。宴を皆で楽しみたいと思う」
「「「ブヒイイイイイイイイイイ!(いええええええい!)」」」
あいつら同じことしか言っていない。
というか、早く飲ませろと言った感じだ。アグドラさんの挨拶が短くて良かった。長かったら、ブーイングが出ていそうだ。
次に、サイエラさんが立ち上がった。
会長二人が挨拶をする。想像通りの流れだ。
「冒険者組合の会長、サイエラだ。オークたちの協力で街道整備が進み、町周辺の警備も厳重になった。感謝している。本日はおおいに楽しもうではないか!」
「「「ブヒイイイイイイイイイイ!(いえええええええええい!)」」」
うんうん、これをきっかけに、さらに親交を深められればいいということだろう。町やオークのために必要なことだ。
納得しながらぼんやりとしていると、アグドラさんとサイエラさん、そしてオークの長までもが俺を見ていた。
ん? なにかあったのかな?
「ナガレさん、挨拶だ挨拶」
「え? 自分がですか?」
「本日の主役がなにを言っている。オークたちが誰を待っていたと思っているのだ」
「え? え?」
「ボス、早ク挨拶。ミナ、焦レテイル」
なぜか俺は無理矢理立ち上がらせられ、みんなの前へ進み出た。
挨拶とか、なにも考えていません。先に教えておいてください。というか、めっちゃ睨まれている気がします。
「あ、あー。うん、んっんっ」
喉の調子をなぜか確かめていると、オークたちがじっと俺を見ている。
ちょっと怖い。でも怖がっていても終わらないので、当たり障りのない挨拶をすることにした。
「えー……東倉庫の管理人をしています。ナガレと言います」
「ブヒイイイイイ!(ボスウウウウウウ!)」
「ブヒィ!(英雄!)」
「ブヒィ! ブヒブヒィ!(ナガレ、オークの生活を発展させた!)」
「ブヒ! ブヒィ!(素敵! 抱いて!)」
恐ろしいほどの大歓声が、オークたちから上がった。
俺は苦笑いで手を振る。そりゃ苦笑いにもなる。言葉が分からなかったら、睨まれているように見えるからだ。
そうか、睨まれていたわけではなかったんだ。真剣に俺の話を聞こうとしてくれていたのか。
関係が改善していることが分かり、俺は少し嬉しくなった。
「皆さん本日は、よろしくお願いいたします」
だが挨拶は苦手だし、ずっと注目されるのはもっと苦手だ。
早く終わらせようと手早く挨拶をし、軽く頭を下げた。
「ブヒイイイイイイ!(いえええええええい!)」
なんとか挨拶を済ませ座ろうとすると、長が俺に酒を渡した。
飲めということかな?
「ボス、乾杯ヲ」
「いえ、それはやはり長に言って頂かないと」
「イイカラ、早クシロ」
だからそういう予定は先に教えてくれって!
えぇい! もうヤケクソだ! 言えばいいんだろ!
俺は持たされた酒入りの木製コップを掲げ、大声で叫んだ。
「みんなお疲れ様! 今日は楽しもう! 乾杯!」
「ブヒイイイイイイイ!(飲めえええええええええ!)」
そこは乾杯って言えよ!
宴が始まり、みんな大騒ぎだ。
「ボスこれおいしいよ! なんのお肉だろう?」
「うん、おいしいね。なんのお肉かは、気にしないことにしよう」
セトトルとこんな当たり障りのない会話をしていると、オークの長が話しかけてきた。
その顔はとても嬉しそうに笑っている。分かっていなかったら、顔が歪んでいて怒っているようにも見えるけどね。
「ボス、オークト人間、ウマクイッテイル。アリガトウ。ミナ、ヨロコンデイル」
「この先、もっと良い関係を築いていきたいですね」
「私モ、ソウ思ウ」
俺と長は、カンッとコップを合わせた。
グラスじゃないと、チリンって音がしないから違和感はあるが、これはこれでいいかもしれない。
長とはその後も、人とオークについての話をした。
アグドラさんを交え、副会長を交え、サイエラさんを交え、話したのだ。
みんな嬉しそうな顔をしていたことが嬉しかった。あぁ、あの日のことは無駄になっていなかった……。
宴も最高潮のとき、本日のメインイベントが始まった。
いつの間にか着替え、寒そうなドレス姿の上に上着を羽織ったウルマーさんが進み出る。
そして彼女は、皆から良く見える位置で止まった。
「はーい! それじゃあ今日は、アキの町の歌姫! ウルマーさんが歌わせてもらっちゃうよ!」
彼女はにこやかな顔で、周囲を見渡して手を振っている。
酔っ払いどもは、全員大盛り上がりだ。もう面白ければ、なんでもといった感じがする。
でも檀上とかがないので、みんなと同じ位置にいるのは少し寂しい。
少しだけ高いステージみたいなものがあれば……。そこで思いついた。できるじゃないか。
俺にはできないが、頼りになる仲間たちがいるんだから。
「ガブちゃん、ちょっといいかな」
『我は肉を食うので忙しい』
「ウルマーさんの立っている位置、ステージみたいに少しだけ土を盛りあがらせれないかな?」
ガブちゃんは返事もせず、ポンッと地面を叩いた。
するとウルマーさんの足元が少しだけ隆起し、彼女の周りにはステージが完成していたのだ。
ワンタッチでお手軽簡単……。すごいな。
ガブちゃんは用事は済んだとばかりに、肉に齧りついているので軽く撫でながらお礼を伝えた。
「ありがとうガブちゃん」
『造作もない』
ウルマーさんは地面がいきなり隆起し、少しだけぐらぐらとしていた。しかし、すぐに収まったことで、こちらの意図を理解したらしい。嬉しそうな顔で両手をこちらへ振ってくれた。
うんうん、やっぱり歌といえばステージだよね。
「それじゃあ、いっくよー!」
「ブヒイイイイイ!(いえええええええい!)」
そして……ウルマーさんの歌が始まった。