百十個目
店を閉め、馬車が来るのを待つ。
待つのはいいのだが……少し大変だった。
「フーさん、コートを着たら着ぐるみは……」
「着ぐるみの中に着ているわぁ!」
「キューン……。キュン、キューン(それは変ッスよ……。諦めて、着ぐるみは脱いで行くッスよ)」
「嫌よぉ!」
俺たちは揉めていた。というか、フーさんが駄々をこねていたのだ。
ちなみに俺は関与せず、ガブちゃんを撫でていた。
ガブちゃんも興味がないらしく、我関せずだ。着ぐるみを無理矢理脱がせるのもあれだしね……。
「ボスだって、フーさんがコートを着ている姿を見たいよね!」
「うん? うん、そうだね。セトトルもとっても可愛いよ」
「え? えへへ……そうかな」
セトトルはくねくねとしていた。うんうん、くねくねするたんびにお尻のリボンもくねくねして、とっても可愛らしい。
「キュン! キューンキューン!(ボス! フーさんの可愛いコート姿を見たいッスよね!)」
「え、うん。もこもこふわふわした白いコートは、フーさんによく似合って可愛いと思うよ。でも無理矢理脱がすのは」
『脱ぎました』
はやっ! フーさんは、すぐに着ぐるみを脱いでいた。
よく分からないけど、これもフーさんの成長なのかもしれない。きっと、彼女もきっかけがほしかったのだろう。
買ってあげたコートが、そのきっかけになったのなら良かった。
そして俺たちは、迎えに来た馬車へ乗り込んだの……。
「あれ? アグドラさんと副会長? ヴァーマとセレネナルさんも?」
「うん、我々も顔を出しておかないとと思ってな」
「本日はよろしくお願いいたします」
ヴァーマとセレネナルさんは護衛といったところか。
万が一のことは、常に考えないとね。
おやっさんとウルマーさんも乗っていたので、俺は軽く頭を下げる。
……あれ? もう一人いる。
重厚な鎧を全身に身に着け、臨戦態勢と言わんばかりの人。それは……。
「久しぶりだな」
「サイエラさんもご一緒に?」
「あぁ、一応これだけの面子が行く以上、精鋭を集めた。私とナガレ、そして元A級冒険者。これだけ居れば心配もあるまい」
元A級冒険者? もしかして……俺は副会長をパッと見た。
副会長なら確かにそれもありえる。独特な雰囲気を持つ人だったが、元冒険者だったのか!
「私じゃありませんよ。見るからに強そうな人がいるではありませんか」
違った。副会長が指差した先には……おやっさんがいた。
よく見ると、とてつもなくでかい剣を抱えている。店の店主より、よっぽどしっくり来る。
「どうした、意外だったか?」
「いえ、納得しました。おやっさんなら何も不思議じゃありませんから」
「そりゃどういうことだ!」
「ほらほら父ちゃんも怒らないの」
「冗談だ冗談。自分の風貌くらいよく分かってる」
おやっさんは余裕があって大人な対応だった。俺もこんな余裕のある大人になりたいね。
そして俺たちは、妙に強そうなメンバーでオークの集落へ向かった。
道中、馬車の中ではたわいもない話をした。
「おやっさんは、冒険者から今の店の店主に?」
「おう。うちは母ちゃんも冒険者で、今も現役でどっかを飛び回ってる。そいつの帰ってくる場所を作ってやりたくてな」
「かっこいい……」
俺はポロリと、本音を口にしていた。
その言葉に、セトトルたちも頷いている。みんなどうやら同じ気持ちのようだ。
「そんな大したもんじゃねぇよ。若いころは一緒に冒険をしたが、結局俺はあいつに勝てなかったわけだしな」
「母ちゃん、S級冒険者だもんね」
S級? ……S級!? S級って、国から認められていて多大な功績がないとなれないっていう!?
すごい人が身近にいたものだ。きっと、おやっさんのように強そうな……いや、ウルマーさんみたいなタイプかもしれないな。魔法メインのタイプなら、ごつい必要もないし。
「ウルマーさんは、冒険者にはならなかったんですか?」
「んー、考えたことはあるんだけどね。やっぱり歌うのが好きだったから、かな」
「ウルマーさんの歌は素敵ですからね」
ウルマーさんは両手を振って照れていた。前はこんな台詞で照れる人じゃなかった気がするのだが……。あ、仕事中じゃないからかな。普段はこんな感じなのかもしれない。
「そういえば、ナガレさん。このコートをありがとう。今日はナガレさんもいることだし、折角なので着てこさせてもらった」
「えぇ、良くお似合いです。とても可愛らしいですよ」
「……笑顔でそう言われると、少し恥ずかしいな」
照れてるアグドラさんは歳相応な感じがして、とても可愛らしかった。
うんうん、喜んでくれて良かった。セトトルもフーさんも、似合っているし……。そう考えていると、背筋がぞっとした。
「オレも同じ店で買ってもらったんだよ! アグドラと一緒!」
「うんうん、ナガレさんはセトトルとフレイリスのを、頑張って選んでいたぞ」
『嬉しいです。とっても可愛いコートです』
違う、セトトルとフーさんじゃない。二人は機嫌が良さそうだ。
一体なにが、俺の背筋をこんなにぞくぞくさせるのだろうか?
「へぇー、ボスはアグドラにコートをプレゼントしたんだ」
「は、はい。ウルマーさんもあの店で買われたらどうですか? とても暖かくていいですよ」
「そうねぇ、ボスの黒いコートも似合っているわね」
目が……笑っていない。
俺は一体、ウルマーさんになにをしてしまったのだろう。彼女の目に力があり、逸らすことができない。
俺がドギマギしていると、ウルマーさんは大きく溜息をついた。
「はぁー……。ごめん、なんでもない。忘れて。三人とも、とっても可愛いコートね」
「えへへ……。そうだ! ウルマーもオレたちと同じ店で、おやっさんに買ってもらいなよ!」
「あー、うん。それは悪いかな。自分で買うから大丈夫よ」
そうか。ウルマーさんだって女の子だ。新品のコートを買ってもらったと聞いて羨ましかったのか。
なのに三人が嬉しそうに着ているから……。
俺はおやっさんに、そっと耳打ちした。
「おやっさん、ウルマーさんにもコートを買ってあげたらどうでしょうか? あ、もちろんお金の問題もありますし、無理にではないのですが……」
「ボス。お前、それ本気で言ってるのか?」
「え?」
「いや、それは女心が分かっていなさすぎではないか?」
「ナガレさんはこういう方ですので……」
なんで俺は、おやっさんとサイエラさんと副会長に責められているの?
そんなにおかしいことを言ったつもりはない。え? なんで?
俺がそう思いウルマーさんをちらりと見ると、彼女は少しだけ困った顔で、俺に笑いかけた。
なぜか、少しだけ胸がズキッと痛んだ。
困った俺は、御者台にいるヴァーマに小声で話しかけた。
「ヴァーマ。これ、どうしたらいいんだろう?」
「ん? まぁボスはそういうやつだからな……仕方ない。俺がなんとかしてやるか」
「ありがとう!」
さすが友達だ、とっても頼りになる!
ヴァーマはウルマーさんの方を向いて一つ咳払いをした。うんうん、なんて言うのかな。
「ウルマー! ボスが、ウルマーさんに似合う綺麗なコートを買ってプレゼントしたいってよ!」
「……え? 本当に?」
……え? 本当に? は、俺の台詞です。
俺がプレゼントするの!? ウルマーさんに!? コートを!? どうしてそうなったの!?
「あ……うん。あの、ボス? さっき私の態度が悪かったことは謝るから、そんなに気にしないで? 無理して買わなくていいからさ」
ぐっ……。ウルマーさんのへこんだ顔が、見ていてつらい。
そしてなにより、彼女の目が少しだけ期待をしているのだ。コートを買ってくれるの? と。
俺は溜息をつきたい気持ちだったが、それは失礼だろうと我慢した。
「ウルマーさん、今度一緒にコートを買いに行きませんか? いつもお世話になっていますし、お礼になれば嬉しいのですが……」
俺、もしかして全員分のコートを買って歩くわけじゃないよね? いくら今安かったからとはいえ、それは厳しいのだが……。
「本当に!? ありがとうボス! やった! すっごく嬉しい!」
ウルマーさんは、とても喜んでくれていた。
もしかしたらコートが欲しくてしょうがなかったけど、言い出せなかったのかもしれない。
おやっさんが太っ腹なところを見せてあげればいいのに! ……とも少しだけ思ったが、ウルマーさんに笑顔が戻っていたので、いいかなと思った。
三着買うつもりだったコートが、五着か。
こりゃ財布に大打撃だな……。