百九個目
次の日は、昨日よりも冷たく厳しい寒さだった。
あぁ、寒いと嫌だな。そうだ、炬燵を作ろう。
火の魔石を中に入れて調節すれば、きっと……駄目だ。二度と出れなくなりそうだ。
でも今日はそろそろ店も閉めるし、我慢我慢……。
そんな葛藤をしていると、店の扉が開かれた。
「いらっしゃいませ。東倉庫へ……副会長?」
「どうも、お邪魔いたします。ちょっと用事があり寄らせて頂きました」
副会長はちょくちょくお店を気にして寄ってくれる。
そしてどこで調べたのかも分からないが、足りない備品を買ってきてくれたり、差し入れにとお茶菓子を持ってきてくれるのだ。
しかし、今日はちょっと違う感じがする。
「次のお休みを、お聞かせ願えますか?」
「休みでしたら、明後日は店が休みの予定です」
「なるほど……」
なにが「なるほど……」なのかは分からないが、一体どうしたのだろう。
そう思っていると、副会長が一通の手紙を俺へ渡した。
「オーク族が、ナガレさんに一度お会いしたいと言っているのです。お礼を言いたいらしいです。宴かなにかを催したいと」
「お礼ですか?」
「はい。明後日がお休みなのでしたら、明日の夕方ごろに店を閉めて、夜に少し顔を出して頂けないでしょうか?」
手紙をその場で開き見てみると、副会長に述べられた通りの内容が書かれていた。
オーク族か。会いたいような会いたくないような、会いたくない。
この間のウルフ討伐が脳裏によぎってしまう。……でも行かないわけにはいかないよね。
「分かりました。招待をお受けしたのに、断るのも失礼ですからね」
「ありがとうございます。もし日程が厳しいようでしたら、ずらすように連絡をいたしますが?」
「お気遣いありがとうございます。大丈夫ですよ」
「では、当日の夕方に東倉庫の前へ馬車を回すよう、手配をしておきます」
副会長は用件を済ませて立ち去って行った。
なんだかんだで忙しそうだ。おぉ、やだやだ。俺は絶対あぁいう立場にはなりたくないな。
副会長が帰ったのを見計らったように、倉庫の扉が開かれる。
そして、四名が飛び出してきた。
「ボス! 明日の夕方から出かけるの!? 宴って聞こえたよ!」
「うん、オークたちに会いに行かないといけないんだ」
「なら、急いでコートを買いに行かないといけないわねぇ!」
「うん……うん? 確かに寒くなったけど、俺のコートはもう買ったよ?」
「キューン、キューン?(じゃあ今晩はおやっさんの店で、夕食とかどうッス?)」
『我に異論はないぞ』
よく分からないうちに店を片付け、俺は昨日行った服屋へまた来ていた。
まぁおやっさんの店で夕食を済ますのはいい考えかな。
「いらっしゃいませ」
「お邪魔します」
昨日会っているので、店員さんもすぐに気づいて笑顔で迎えてくれた。
俺が軽く頭を下げていると、セトトルとフーさんが俺を引っ張っている。
「ボス! オレのコート選んでくれたんでしょ!? 可愛いやつだって言ってたよね! 嬉しいなぁ!」
「私にも、可愛いのを選んでくれたって言っていたわぁ! 今日ずっとそれが気になっていたのよぉ!」
今日一日、妙にそわそわしていると思ったら……。
まさかコートが欲しくてしょうがなかったとはね。可愛いものだ。
俺は二人の頭を撫でてあげた。うんうん、コートを買わないとな。
「これと、これがいいかなって思ったんだけど。他に気に入るのがあったら、そっちでも」
「これ可愛い! お尻のところにリボンがついてるよ! ふわー! オレ似合うかな、ボス!」
『私も似合いますか?』
もう着てるんですが!? というか、フーさんは着ぐるみをいつ脱いだの!?
……でも可愛いからいいか。うん、いいかな。この四人は俺の癒しだからね。
「うん、とてもよく似合っているよ。じゃあ、それを買おうか」
「やったー! これでオレたちも明日の準備はばっちりだね!」
『楽しみです』
「……え? 連れて行かないよ?」
ぴたり、と二人が止まった。
ま、まさかついて来る気だったのか。連れて行くわけがないじゃないか!
オークだよ? オーク! 関係が改善しているとはいえ、なぜ連れて行くと思ったのだろうか……。
「キュ、キューン? キューン(あ、僕は行くッスよ? ボスが心配ッスから)」
『我も行こう。護衛は必要だからな。後はご馳走が楽しみだ』
「いや、連れて行かないけど……」
先ほどと同じように、二匹が止まった。
それっぽい理由をつけているところが、狡賢い。
困った。だが、服屋で話すことでもないだろう。
「とりあえず、その話はおやっさんの店でしようか。支払いを済ませよう」
「ボス、コートありがとう……オレ嬉しいなぁ……。明日着たかったなぁ……」
「コート可愛いわぁ。ありがとう。明日着たかったわぁ……」
俺は、じとっとした目の四人を無視して会計を済ませた。
おやっさんの店で説得しなければいけないな。
「お買い上げありがとうございます。女性三人にコートをプレゼントをするなんて、大変ですね」
「「三人?」」
「あ、うん。アグドラさんと昨日ここで会ってね。アグドラさんにもプレゼントしたんだ」
「そっか! オレたち三人お揃いだね!」
俺がそう言うと、セトトルは喜んだのだが、フーさんがちょっとだけしょんぼりとしていた。
アグドラさんにプレゼントしたらいけなかったのかな……? ま、まぁそのこともおやっさんの店でにしよう。
服屋の店員さんやお客さんに、なぜかにやにや見られているのは耐えられない!
俺は四人を連れて逃げるように、おやっさんの店へと向かった。
「おう、いらっしゃい。……どうした? 妙に暗い顔をしてるな」
「いえ、別に……空いている席に座らせてもらいますね」
「そうか。俺もちょっとボスに話が合ったからちょうどいいな」
おやっさんから話? これは珍しい。
なにか困りごとでもあったのだろうか? おやっさんのためなら、なんとしても力になりたい。
食事を済ませ、みんなの機嫌も少し良くなったときだった。
おやっさんがこちらに来て椅子へ座った。
「悪いな、ちょっと頼みごとがあってな」
「分かりました。お手伝いさせて頂きます」
「いや、まだ用件を言っていないんだが……」
「おやっさんには、お世話になっていますからね。無茶な内容ではないことも、想像がつきます」
俺がそう笑顔で言うと、おやっさんは照れ臭そうに頭を掻いていた。
うんうん、おやっさんが喜んでくれるのならなによりだ。
そしておやっさんが、その頼みごとを口にした。
「実は、明日の夜にオークたちの集落でウルマーが歌うことになっていてな。俺も心配だからついていくんだが……」
「オークたちの集落ですか」
なにか、聞いたことがある話だ。
というかこれって……。
「それで、知り合いとかもいた方がいいと思ってな。もう少し人手がほしい。なにかあったときも困るからな」
ピクッと、四人が動いたのを俺は見逃さなかった。
あ、やばいかもしれない。
「おやっさん任せてよ! オレたちが力になるよ!」
「大丈夫よぉ! 私たちが手伝うわぁ!」
「キューン!(僕たちに任せてほしいッス!)」
『む? なるほど、そういうことか。我らが力になろうではないか!』
「そうか。そりゃ助かるな。ボス、いいか?」
俺が四人を見ると、目をキラキラとさせていた。
はぁ……仕方ないか。
「ちゃんと俺の言うことを聞くんだよ?」
「うん! 任せてよ!」
「そういうことらしいので、ご一緒させて頂きます。俺も、オークにその日呼ばれていましたので丁度いいですからね」
「お、そうか。そりゃ助かるな。よろしく頼む」
おやっさんも、他四人も、とても嬉しそうにしていた。
全く……しょうがない。俺が気を付ければなんとかなるかな?
正直、俺もみんながいてくれた方がちょっと安心だしね。
なんだかんだで、少しほっとしてしまった。
楽しい宴になるといいな……。