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百八個目

 最近めっきり寒くなった。

 表の掃除をフーさんとしつつ、俺は白い息を吐き出す。


「フーさん、寒くなったね」

「……そうかしらぁ? 私はある程度魔法で調整できるから、寒くないわよぉ?」


 魔法って便利でいいね。俺もやっぱり使いたい。

 勉強したら使えるようにならないかと実験もしたが、結局どうにもならなかった。

 はぁ……魔法使いたい。


「あら、管理人さんとフーちゃんおはよう」

「おはようございます」

「おはようございます、今日もおばさまたちは元気ねぇ」

「元気の源は噂話よ! フーちゃんも一緒にどうかしら?」

「うふふ、少しだけよぉ」

「あら! 付き合いがいいわね!」


 元気の源って噂話なんだ……。

 噂話で知ることも多いので助かるのだが、今日はどんな話をするのだろう。

 フーさんは俺から離れ、少しだけ噂話へ混じりに行った。ちょっとくらいは別にいいだろう。


「最近、アキの町には黒幕がいるって噂があるのよ」

「黒幕? なにか物騒な感じだわぁ」


 ところで、噂話ってひそひそ話すんじゃないのかな?

 俺に聞こえていていいのだろうか。よく分からない。


「頭に羽が生えていて、体から触手が伸びるらしいわよ」

「頭に羽で体に触手? どう考えても人間じゃないわねぇ」


 人間じゃないどころか、どう考えても化け物だ。

 そんなやつが襲ってきたら……どうしよう。冒険者組合に逃げ込もうかな。


「体は筋肉もりもりで、毛むくじゃらで、もふもふしているらしいわよ」

「……それ、本当に大丈夫なのかしらぁ? 冒険者組合とかに、連絡をした方が良い気がするわぁ」

「いえいえ、それがね? どうも冒険者組合も商人組合も、グルらしいのよ! だから、アキの町の黒幕だって噂されているらしいわよ」

「この町のどこかに、そんな危ない生物が……。怖いわぁ」

「本当にねぇ。フーちゃんも見かけたら、近づいたら駄目よ?」

「気をつけるわぁ。他の皆にも言っておかないといけないわねぇ」


 頭に羽が生えていて、体は筋肉もりもりで、毛むくじゃらで、もふもふしていて、触手が伸びる。

 ……こわっ! なにそれ、想像するだけで怖い。絶対に出会いたくない。


「ボスごめんなさい、ちょっと長く話しちゃったわぁ」

「うん、大丈夫だよ。掃除も後少しだし、そっちを掃いてくれるかな?」

「はーい!」


 掃除をしながらも、俺はさっきの話が頭から離れなかった。

 アキの町の黒幕、か。噂話とはいえ、具体的な特徴が怖い。作り話にしても出来過ぎている。

 戸締りには気をつけよう……。




 俺は昼休み、寒くなってきたのでコートを買いに服屋へ向かった。

 セトトルとフーさんにも、コートをプレゼントしよう。キューンとガブちゃんには……コートいらないよね? 食べ物とかでいいかな。

 うきうきしつつ服屋へ入ると、良く知っている人物がいた。


「その……もう少し大きいサイズはないか? あまり小さいと、威厳が損なわれるのでな」

「体に合ったサイズがよろしいかと」

「むむ……」


 いたのは、アグドラさんだった。

 聞いてはいけない話を聞いてしまった気がする。服のサイズとかも気にしていたのか……。

 ここは聞かなかったことにして、平然とコートを探すフリをしよう。


「おじゃまします」

「はい、いらっしゃいませ」

「む? おぉ、ナガレさんではないか。買い物か?」

「アグドラさんこんにちは。最近寒くなってきましたので、三人分のコートでも買おうかと思いまして」

「なるほど。最近はめっきり寒くなってきたからな」


 俺は軽く頭を下げ、自分の買い物へ移った。

 女性の買い物は分からないからね。関わらないのが一番だ。


 ふむ……無難に黒いコートもいい。だが茶色も渋いかな? 灰色とかはどうだろう、これはこれでシックな感じがする。

 あー、でも濃い緑もいい。エプロンもうぐいす色だし、揃えて緑のコート? でも緑のコートは、ちょっとだけ勇気がいる。赤とかほどではないけどね。


「白のロングコートなどはどうだ? ナガレさんは私と違って身長もあるし、似あうのではないか?」

「うーん、白はちょっと勇気がいりますね。無難に黒か茶色がいいかなと」

「ふむふむ。確かにそうかもしれんな」


 ……俺がちょっとだけ目線を下げると、アグドラさんがいた。

 彼女は俺を見上げながら、にっこりと笑っている。可愛いので頭を撫でておこう。


「ナ、ナガレさん! 女性の頭を気安く撫でるものではないぞ! えぇい、恥ずかしいだろう! むー!」


 アグドラさんの頭って、高さが撫でやすいんだよ。

 フーさんも着ぐるみを脱いでくれたら撫でやすいんだけどね。

 俺は「むーむー」言うアグドラさんの頭を撫で、満足して手を離した。


「アグドラさんは、なにを買いにきたんですか?」

「しれっと普通に話し始めたな!? はぁ……まぁいい。私は冬服を見にきたんだ。時間があるときに見ないといけないからな」

「なるほど。お仕事お疲れ様です」

「いやいや、ナガレさんこそいつもお疲れ様」


 和やかに会話を済ませ、俺はコートをまた選ぶ。

 ふーむ、セトトルにはやはり青だろうか? フーさんは白?

 でも女の子はピンクが好きだよね。

 うーん……。赤とかも、あり?


 女性物は分からない。困る。

 俺のは黒でいいや。スーツも黒だし、無難だろう。

 女性物のコートの色……。


「そのサイズ、セトトルとフレイリスのか? あの二人は青や白を好んでいる感じがするな」

「そうなんですよね。やはり女性物は可愛さが大事ですかね? ……え?」

「そうだな。やはりワンポイントのリボンなどがあると可愛いな。で、なぜ驚いているのだ?」


 アグドラさん、まだ俺の横にいたよ。

 もしかして暇なんだろうか? それならアドバイスとかもらってもいいかな?


「あの、アグドラさん。お時間とかありますか?」

「ん? 今日は休みだからな。仕事の話なら、できれば明日がいい」

「いえいえ、仕事の話ではありません。できれば、セトトルとフーさんのコートを選ぶ相談にのってもらえればと……」

「ほほう! そうか! 私で良ければ力になろうではないか!」


 すっごく嬉しそうだった。なぜ喜んでいるのかは分からないが、嬉しそうなのはいいことだ。

 会長をやっているくらいだし、人に頼られると嬉しいのかな?

 ならここは、甘えさせてもらおう。


「やはりセトトルは青のコートですかね? フーさんは白で」

「いやいや、黒や茶色というのは女性でも合わせやすいものだ。私は赤のコートが好きだがな。あ、これいいな……もう一回り大きいのがあれば……」

「丁度良さそうに見えますが?」

「いや、やはり大きい方がいい。大は小を兼ねると言うだろう?」

「ですが、サイズが合っていない服を着ていると、だらしなく見えますよ?」

「……そ、そうだろうか」


 アグドラさんは、ちょっとしょんぼりしていた。

 彼女なりの葛藤があるのだろう。なにかフォローを入れておこう。


「アグドラさんはいつもピシッとした格好をしていて、とても格好いいですよ」

「……格好いいは、女性に使う言葉ではないだろう。全く……ふふっ」


 彼女はとても嬉しそうにしていた。

 可愛いと言った方が良かったのかもしれないが、思ったままに格好いいと言ってしまったよ。


「ま、まぁ私の話は置いておこうじゃないか」

「そうですね……っと、これなんて腰元にリボンがついていて可愛いんじゃないですか?」

「あ、これ可愛い……赤いのもあるな」


 俺が相談をしていたはずなのに、いつの間にかアグドラさんが悩んでいる。


 話しかけても反応がなくなってしまったので、俺はまた一人で考える。

 ……そして、ようやく決めることができた。

 セトトルには藍色のダッフルコート的なやつだ。お尻の辺りについているリボンが可愛らしい。

 フーさんには首元にファーがついていて、裾が広がっているコート。首から吊り下がっている、胸元の二つのボンボンが可愛らしい。神秘的な美少女であるフーさんがきたら、天使のようになるだろう。

 これなら、二人も喜んでくれそうだ。


「いや、駄目だ! 我慢だ我慢……」

「アグドラさん、どうしたんですか?」

「なんでもないぞ。そう、コートは今着ている物もある。可愛いからと言って買うわけにはいかんのだ」


 どうやら買うのをやめようとしているらしい。子供なのに、ちゃんと自制をしていて偉いな……。

 俺が三着のコートを手に持ち、支払いへ向かおうとすると、アグドラさんから声をかけられた。


「ところでナガレさん。サイズは大丈夫なのか?」

「コートですし、大体このくらいのサイズで大丈夫じゃないですかね?」

「それはいかん! さっき自分でも言っていたじゃないか。ピシッとサイズが合っていた方が良いとな!」


 ……確かに言った。格好いいとも言った。

 サプライズもいいけど、サイズを間違えたら問題がある。

 戻ってサイズを調べる? サイズを調べるって、なんかめちゃめちゃ怪しい人みたいだ。


 少し悩んだ後、素直に一緒に買いにこようと決めた。サプライズは諦めよう。

 俺は自分の黒いコートだけを持ち、支払いへ向かった。


「すみません、このコートを頂けますか?」

「はい。他のコートはよろしいですか? 今、お安くなっておりますが」

「なんと! 安く……いや、駄目だ。うん、自重せねばな」


 うーん。会長とはいえ、子供だからお小遣い制とかなのだろうか?

 いやいや、気安く買ってあげたりは……。でも、これくらいの値段ならいいかな。


「じゃあ、あの赤いのをお願いします。彼女に合うサイズのを一着もらえますか?」

「かしこまりました、今準備をいたします」

「え……ええええええ! ナガレさん! 借金がなくなったからといって、無駄遣いは良くないぞ!」

「いえいえ、相談にのって下さったお礼です」

「いやいや! 赤いコートは無しで頼む!」

「では、丁度払いますね」

「お買い上げありがとうございます」

「あわわわ……」


 俺は赤のフード付きで、裏地がチェック柄のコートをアグドラさんにプレゼントした。

 うんうん、とても有意義なお金の使い方を……なんか、これって賄賂っぽい? 大丈夫かな? 大丈夫だよね、うん。


「うむむ……お金はちゃんと払おうではないか!」

「いえいえ、いいですって」

「良くない!」

「いいですって!」

「駄目だ!」

「いいです!」


 十分程争った結果、アグドラさんが折れてくれた。

 無理矢理渡すつもりはなかったのだが、途中から俺も意固地になってしまった。大人げない、反省しよう。


「はぁ……。その、ありがとうナガレさん。大切にしようと思う」

「喜んでもらえたのなら、それで十分ですよ」

「うむ……」


 アグドラさんは、嬉しそうにコートへ顔をうずめていた。

 よく考えたら、普段は長いマントのようなコートを着ている。これはいつ着るのだろうか?

 ……まぁいいか。細かいことは気にしないことにしよう。


 良い事をした気分で、ほんわかとする休憩時間過ごせた。

 アグドラさんも喜んでくれて、なによりだね。

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