百七個目
大忙しだ。
荷物を一気に下ろすと入口がいっぱいになってしまうが、どのくらいの物量かを知る必要がある。
俺たちはまず200箱を下ろした。
そして、箱数が本当にあっているか、荷物に不具合はないか、チェックを始める。
中身は石鹸かなにかのようだ。石鹸ってどのくらい保存が利くのだろう?
「セトトル、俺はちょっと話を聞いてくるから、こっちは任せていいかな?」
「オレが!?」
「大丈夫大丈夫。セトトルならいけるよ。書類関係のことで困ったら、フーさんと相談してね」
「わ、私も大丈夫かしらぁ」
ここで俺は気づいた。俺がいないとみんなは不安が先行してしまい、倉庫が機能していないということにだ。
そういえば、俺も仕事を押し付けられ……強制的に一人立ちさせられた。
ちょっとずつ、俺無しでもやれるように場を整える必要があるな。これからはそういうことも増やしていこう。
「大丈夫。分からなかったら、俺のところに来てくれればいいから。間違ってもいいから、考えて作業をしよう」
「う、うん」
「が、頑張るわぁ」
物凄く不安そうな顔をしている二人を残し、俺は話を聞きに行った。
「すみません、いくつか質問があるのですが」
「はいはい。ごめんなさいね、急にたくさん任せちゃって……」
「いえ、大丈夫です。まずは石鹸の保管方法についてお聞きしてもいいですか?」
「保管方法?」
「このまま保管しても大丈夫か、ということをまずはお聞きしたいと思います」
「あぁ、それは大丈夫だよ。開封していないから、2~3年は平気だよ」
未開封というのはありがたい。
ならば、このまま割れないように……石鹸は割れ物注意かな?
そういうラベルも作って、貼っておかないといけない。
「後は、どのくらいのスパンで品物は捌けますかね?」
「うーん……。これは今、王都で人気がある花の香りのする石鹸なんだよ。かなり早く出ていくと思うんだけど、長くて2年くらいかかるかもしれないね」
「2年、ですか」
2年。これは倉庫業務としては長い。……と、思うのが素人考えだろう。
倉庫業務の理想は、確かに即入れ即出しだ。
入ってきたものを、なるべく早くそのままの形で出す。そしてまた新しい物を入れる。ぐるぐる回転させていくのが理想だ。
全く動かない品物であれば、2年は問題がある。だが、これは流れていく品物だと言っている。
なら、なにも問題はない。むしろ儲かる。
そもそも一般的なそういう考えとは、うちの倉庫の在り方は少し違う。
だが……これが流れなかったときが問題だ。おかみさんの話は、期間が長すぎる。その間に売れなくなる可能性は、十分にあるのではないだろうか?
「200箱分も買って大丈夫だったんですか?」
「今、東通りは東倉庫のお陰で売り上げがぐんぐん伸びているからね。お金は大丈夫なんだけど……」
「だけど?」
「200箱は多すぎるからね。一桁多く注文しちゃったらしくて……」
「ふむ……。いくらか返すことはできないんですか?」
「一応その交渉もしているんだけど、半分は残っちゃいそうだよ。特価だったからって、いつもより多く注文したところに、誤発注をしちゃったからね」
100箱、か。現実的な数字になった。
100箱で月5箱動いてくれれば、18ヶ月。一年半か。これならいけそうだ。
「200箱お預かりしますが、全部捌ききれないときのことを考えると、少し減らしたほうがいいかもしれませんね」
「そうだね……。とりあえず返品も視野に入れているから、3ヶ月ほどは様子を見させてもらってもいいかい? 東通りは今調子がいいし、予想以上にいけるかもしれないからね」
東倉庫のお陰で東通りの調子がいい。冒険者のお客さんが多いからだ。
そして王都からの荷物も来る。そうなれば、確かに予想より捌けるかもしれない。
でもそれが続く保証がないのが、怖い。
「分かりました。とりあえずは様子見ということで」
「ごめんなさいね、管理人さん。本当に無理そうだと思ったら、すぐに返品するからね」
「いえいえ、全部売れるのが一番ですからね。そうなると良いなと思います」
「ありがとうね。一応、商人組合側にも通してる話だから、他の店や他の町に流すことになるかね……」
その後も詳しい話を聞くと、どうやら王都側から先に話があった品物だったようだ。
そういえば王都でお土産としてもらった品物のリストに、石鹸があった気がする。だから安かったのか。
よくよく考えれば、都合よくこんな大量の石鹸が用意されているのもおかしい。
今後、アキの町を流通拠点とするために用意がしてあったんだろう。
リストにあった品物だったので、商人組合も試すのにいいと思ったのかもしれないが……。返品した方がいいんじゃないかな。
とは思うのだが、成行きに任せるかね。俺が売るわけじゃないんだし。
他の町へ流すのが主目的なのだろう。今後、大変そうだ……。
手続きを済ませ、おかみさんを見送った俺たちは大量の荷物整理を始めた。
俺はフーさんと一緒に、200箱分のラベルを作っている。取扱注意を一応貼っておかないとね。
紙をどうするかだが、画鋲は使いたくない。
貼り付ける方法……糊? そうか、糊だ。
「ごめん、ここ任せていいかな? ちょっと備品を買ってくるよ」
「ボ、ボス置いて行かないでぇ! 私一人じゃ終わらないわぁ!」
「う、うん。分かってるけど、少しだけ頼むよ! 走って行ってくるから!」
「す、少しだけよぉ……」
半泣きのフーさんの頭を撫で、俺は倉庫を飛び出した。
行き先は雑貨屋。糊を買うためだ。
雑貨屋へ辿り着き店に入ると、おかみさんはびっくりした顔をしていた。
そりゃそうだ、さっきまで会っていた人が走ってくれば驚くに決まっている。
「管理人さん、どうしたんだい?」
「糊はありますか?」
「あるけど……買うのかい?」
「はい! 何種類ありますか?」
「一応三種類あるね」
「じゃあ、とりあえずそれ一つずつ下さい!」
「なにか倉庫であったのかい? もしかして、さっき預けた荷物が……」
「大丈夫です! お任せください!」
俺は支払いを済ませ、走って倉庫へと走った。
フーさんが半泣きから本泣きになる前に戻らないと!
倉庫へ戻ると、フーさんはぐすぐす言いながら仕事をしていた。
俺を恨めしそうな顔で見るかと思ったのだが、パッと嬉しそうな顔に変わったのだ。逆に胸が痛いです。
「ごめんね、フーさん。でもどうしても必要だったんだ」
「構わないわぁ。それで糊なんてどうするのかしらぁ?」
「うん、ちょっと待ってね?」
俺はまずいらない紙を三分割した。
そして三種類の糊を三分割した紙へ別々に塗り、使っていない木箱に貼った。
「……ボス? そんなことをしたら、その木箱が使いにくくなるんじゃないかしらぁ?」
「まぁまぁちょっと待ってよ。乾くまで、仕事を進ませちゃおう」
不思議そうな顔をしているフーさんと、俺は取扱注意の紙を作り続けた。
そしてそれが全部できたとき、さっき貼り付けた紙を確認する。よしよし、全部張り付いているな。
「フーさん、これをこのまま引っ張るとどうなると思う?」
「紙が残って、汚くなるわぁ」
「そう! だから、そうならない剥がし方が必要なんだ! そしてこれができるのはフーさんだけだね!」
「私、そんな器用なことはできないわよぉ」
ところがどっこい、フーさんならできるはずだ。
俺はちょっと自慢気な顔をして笑っていたが、フーさんは頭の上に?マークを浮かべたままだった。
「温かい風を魔法で出せるよね? それで貼った紙を温めてくれるかな?」
「紙を? 糊がついた部分をということよねぇ?」
俺が頷くと、フーさんは手を翳して温風を出している。
指先で確認すると、温かかった。もう少し熱い方がいいのかな? まぁ、大丈夫か。
そして俺はそれに合わせ、少しずつ紙を引っ張った。初めての試みなので、ゆっくりゆっくりとだ。ぺりぺり……と紙が剥がれていく。
強く引っ張り過ぎないのがコツだと俺は思っている。ゆっくり優しくいこう。
そして数秒で、紙は綺麗に剥がれていた。
残り二種類の糊についても試してみたが、問題なく綺麗に剥がれる。完璧だ。
フーさんは糊がついていた部分を、不思議そうに指先で突いている。俺も最初は驚いたなぁ。
実はラベルや糊は、種類にもよるがドライヤーを当てることで綺麗に剥がすことができる。
ダンボールなどに張り付いたラベルを綺麗に剥がすのは大変だったので、これを知ったときは驚いたものだ。
フーさんをドライヤー代わりにすることで、可能になった技といえる。
よくこの技を使って、綺麗にラベルを剥がしたのを思い出す。
「ボス、これどうなってるのぉ?」
「温風を当てると、糊が綺麗に剥がせるんだよ。もちろん糊の種類にも寄るけど、これは全部大丈夫だったみたいだね」
「どうして綺麗に剥がせるのぉ?」
「昔、調べたことがあるんだけど、どうも粘着性は温度を上昇させると弱くなるみたいなんだ。だから、フーさんが温風を当てたことによって粘着性が弱くなったんだね」
フーさんは、俺の説明で納得してくれたようだった。
よしよし、これで貼っても綺麗に剥がせる。……待てよ?
これを使えば、分割管理もできるのではないだろうか? 1/2、2/2。1/3、2/3、3/3。この様なラベルを張ればいい。
……いや、保留にしよう。
さっき焦らず親方を待とうと決めたんだ。親方から良いアイディアがでなかったときに、こっちの運用を考える。そうしよう。
だが、この発見は個人的に大きかった。
この世界に紙はあっても、セロテープなどはない。なら糊をうまく活用すれば、紙をラベルにできる。
剥がす方法を知っていて良かった。なんでも覚えておくものだね。
この方法を使い、預かった200箱には簡易的なラベルを作って貼ることができた。
もちろん剥がすことは少し手間になってしまうが、ミスを減らすことを考えればありだと思っている。
今後もうまく活用できそうだ……。
一人でぐふぐふと怪しげに笑っていると、ガブちゃんが俺たちの作業をじーっと見ていた。
何か分からないことでもあったのかな?
「ガブちゃんどうしたの?」
『ずっと気になっていたことがあったのだが、良いか?』
ガブちゃんからの質問! 仕事への意欲が湧いてきたのかもしれない。
俺は喜びつつ、応えるためにその質問を待った。
『なぜ、マジックペンで書かないのだ?』
「……? ごめん、なにを書くのかな?」
『この間から、二つを一つになどと言っていたであろう。なら箱と剣に、記載しておけば良いのではないか?』
……なん、だと。
俺はこのとき、ビビッときてしまった。ガブちゃんの言う通りだ、マジックペンを有効活用すればいい。
ラベルを作る? 書いてしまえばいい。どうせ消せるんだ。
「あ……」
『む? どうしたのだ?』
「ああああああああああぁぁぁぁぁぁ……」
俺は床に手をつき、土下座のようなポーズで固まった。
考えすぎていた……。色を塗ることばかりに、頭がいってしまっていたのだ。
文字を書けばいい。そんな単純なことが浮かばなかった。
『ど、どうしたボスよ。なにか変なことを言ったか?』
「いや……ガブちゃんの言う通りです……。書けばいい、ね。剣にも番号とかを振って、それを両方に書いておけば良かったんだ……」
ビギナーの単純な思考に助けられることはある。
だが、こんなことが俺は浮かばなかったなんて……。
「……透明なケースがね、できたら便利だよね。だから、それは進めてもらおう。でも、ガブちゃんの意見で業務を進めていこう」
『嬉しいことではないのか? なぜそんなに項垂れている』
ぐぐっ……悔しいからとは、流石に言えない。
だから俺は精一杯強がって、ガブちゃんに笑顔を向けた。
「ガブちゃんはすごい! 偉い! その案は採用! よっ! 世界一!」
『はっはっは、そんなに誉めるではない。我にかかれば、当然のことだ』
ぐやじい……。
けど、その方法で分割されていた荷物の受け渡しミスは減った。
ガブちゃん様々だ。
でも、その考えが浮かばなかった自分が悔しい……!
自分でも色々と考えてはいたのですが、マジックペンで書くのはどうですか? という感想で、その通りだと気づいてしまいました。
許可を頂き、その案を採用させて頂きました。
読者に負けた作者です。
ぐやじい……!